ワイルドタイムエキスとは…成分効果と毒性を解説


・ワイルドタイムエキス
[医薬部外品表示名]
・タイムエキス(1)
シソ科植物ワイルドタイム(∗1)(学名:Thymus serpyllum 和名:ヨウシュイブキジャコウソウ)の地上部から水、エタノール、BG、またはこれらの混液で抽出して得られる抽出物(植物エキス)です。
∗1 ワイルドタイム(wild Thyme)は別名としてクリーピングタイム(creeping Thyme)とも呼ばれています。
ワイルドタイム(wild Thyme)は、ヨーロッパ、北アフリカおよび北アメリカ北東部を原産とし、これらの地域の乾いた岩石がちの地域に広く分布しています(文献1:2018)。
ワイルドタイムエキスは天然成分であることから、地域、時期、抽出方法によって成分組成に差異があると推察されますが、その成分組成は主に、
分類 | 成分名称 | |
---|---|---|
テルペノイド | モノテルペン | チモール、シメン、γ-テルピネン、ボルネオール など |
フラボノイド | フラボン | アピゲニン、ルテオリン |
これらの成分で構成されていることが報告されています(文献2:2004;文献3:2014;文献4:2018)。
ワイルドタイムの化粧品以外の主な用途としては、風邪の予防や喉の痛みに効果が知られていることからハーブティーなどに用いられています(文献1:2018)。
化粧品に配合される場合は、
これらの目的で、スキンケア製品、シート&マスク製品、シャンプー製品、コンディショナー製品、洗顔料、洗顔石鹸、ボディソープ製品、メイクアップ製品、化粧下地製品などに使用されています。
キネシン抑制による色素沈着抑制作用
キネシン抑制による色素沈着抑制作用に関しては、まず前提知識としてメラニン色素生合成メカニズムから合成メラニンの表皮への移送およびキネシンについて解説します。
以下のメラニン生合成のメカニズム図をみてもらうとわかりやすいと思うのですが、
皮膚が紫外線に曝露されると、細胞や組織内では様々な活性酸素が発生するとともに、様々なメラノサイト活性化因子(情報伝達物質)がケラチノサイトから分泌され、これらが直接またはメラノサイト側で発現するメラノサイト活性化因子受容体を介して、メラノサイトの増殖やメラノサイトでのメラニン生合成を促進させることが知られています(文献5:2002;文献6:2016;文献7:2019)。
また、メラノサイト内でのメラニン生合成は、メラニンを貯蔵する細胞小器官であるメラノソームで行われ、生合成経路としてはアミノ酸の一種かつ出発物質であるチロシンに酸化酵素であるチロシナーゼが働きかけることでドーパに変換され、さらにドーパにも働きかけることでドーパキノンへと変換されます(文献5:2002;文献7:2019)。
ドーパキノンは、システイン存在下の経路では黄色-赤色のフェオメラニン(pheomelanin)へ、それ以外はチロシナーゼ関連タンパク質2(tyrosinaserelated protein-2:TRP-2)やチロシナーゼ関連タンパク質1(tyrosinaserelated protein-1:TRP-1)の働きかけにより茶褐色-黒色のユウメラニン(eumelanin)へと変換(酸化・重合)されることが明らかにされています(文献5:2002;文献7:2019)。
そして、毎日生成されるメラニン色素は、メラノソーム内で増えていき、一定量に達すると樹枝状に伸びているデンドライト(メラノサイトの突起)を通して、周辺の表皮細胞に送り込まれ、ターンオーバーとともに皮膚表面に押し上げられ、最終的には角片とともに垢となって落屑(排泄)されるというサイクルを繰り返します(文献5:2002)。
キネシン(kinesin)は、このメラニン生合成 – 排出メカニズムにおいて以下のメラニン輸送図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
メラノサイト内でメラニンを内包したメラノソームを周辺の表皮細胞に輸送するために、デンドライトに沿ってデンドライトの中心部から先端部へ運搬する性質をもつモータータンパク質の一種です(文献8:2019;文献9:2004)。
正常な皮膚においてはメラニンの排泄と生成のバランスが保持される一方で、紫外線の曝露、加齢、ホルモンバランスの乱れ、皮膚の炎症などによりメラニン色素の生成と排泄の代謝サイクルが崩れると、その結果としてメラニン色素が過剰に表皮内に蓄積されてしまい、色素沈着が起こることが知られています(文献5:2002)。
このような背景から、キネシンの働きを抑制することは色素沈着の抑制において重要なアプローチのひとつであると考えられています(文献10:2000)。
2012年に一丸ファルコスによって報告されたワイルドタイムエキスのキネシンおよびヒト皮膚色素沈着に対する影響検証によると、
PVDF膜を処理した後にキネシン抗体を添加し、抗マウスIgG抗体を反応させ、キネシン発現量を算出したところ、以下のグラフのように、
ワイルドタイムエキスは、非常に強いキネシン抑制作用を示した。
次に、40名の女性被検者(30-60歳)のうち20名に5%ワイルドタイムエキス配合乳液を、残りの20名に未配合乳液を1日2回(朝晩)洗顔後の顔面に3ヶ月にわたって塗布してもらった。
3ヶ月後に「有効:シミ・ソバカス、色素沈着が改善された」「やや有効:シミ・ソバカス、色素沈着がやや改善された」「無効:使用前と変化なし」の3段階で評価したところ、以下の表のように、
試料 | 皮膚色素沈着に対する評価(人数) | ||
---|---|---|---|
有効 | やや有効 | 無効 | |
ワイルドタイムエキス配合乳液 | 2 | 16 | 2 |
乳液のみ(対照) | 0 | 4 | 16 |
5%ワイルドタイムエキス配合乳液の塗布は、未配合乳液と比較して明確に皮膚色素沈着に対する改善効果を有することが確認された。
このような試験結果が明らかにされており(文献11:2012)、ワイルドタイムエキスにキネシン抑制による色素沈着抑制作用が認められています。
複合植物エキスとしてのワイルドタイムエキス
ワイルドタイムエキスは、他の植物エキスとあらかじめ混合された複合原料があり、ワイルドタイムエキスと以下の成分が併用されている場合は、複合植物エキス原料として配合されている可能性が考えられます。
原料名 | プランテージ<モイスト> |
---|---|
構成成分 | ワイルドタイムエキス、オタネニンジン根エキス、マヨラナ葉エキス、BG、水 |
特徴 | 代謝後にアミノ酸となるフィラグリンの発現促進作用を有するワイルドタイムエキス、16種類のアミノ酸をバランスよく含有したオタネニンジン根エキス、表皮ヒアルロン酸産生促進作用を有するマヨラナ葉エキスを混合することによって多角的に角質層の潤いをケアする混合植物抽出液であり、1%濃度製剤をヒト皮膚に1日3回15日間塗布することにより角層アミノ酸量および角層水分量の増加作用が認められています |
ワイルドタイムエキスの安全性(刺激性・アレルギー)について
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 20年以上の使用実績
- 皮膚一次刺激性:ほとんどなし
- 皮膚累積刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:詳細不明
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし(データなし)
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
皮膚刺激性について
- [動物試験] 3匹のモルモットの剪毛した背部に乾燥固形分濃度1%ワイルドタイムエキス水溶液0.03mLを塗布し、塗布24,48および72時間後にDraize法の判定基準に基づいて一次刺激性を評価したところ、いずれのモルモットも紅斑および浮腫を認めず、この試験物質は皮膚一次刺激性に関して問題がないものと判断された
- [動物試験] 3匹のモルモットの剪毛した側腹部に乾燥固形分濃度2%ワイルドタイムエキス水溶液0.03mLを1日1回週5回、2週にわたって塗布し、各塗布日および最終塗布日の翌日にDraize法の判定基準に基づいて皮膚刺激性を評価したところ、いずれのモルモットも2週間にわたって紅斑および浮腫を認めず、この試験物質は皮膚累積刺激性に関して問題がないものと判断された
と記載されています。
試験データをみるかぎり、皮膚刺激なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性はほとんどないと考えられます。
眼刺激性について
試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細は不明です。
皮膚感作性(アレルギー性)について
医薬部外品原料規格2021に収載されており、20年以上の使用実績がある中で重大な皮膚感作の報告がみあたらないため、化粧品配合量および通常使用下において、一般的に皮膚感作性(アレルギー性)はほとんどないと考えられますが、詳細な安全性試験データがみあたらず、データ不足のため詳細は不明です。
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ワイルドタイムエキスは美白成分にカテゴライズされています。
成分一覧は以下からお読みください。
参考:美白成分
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参考文献:
- ジャパンハーブソサエティー(2018)「クリーピングタイム」ハーブのすべてがわかる事典,128.
- F. Sefidkon, et al(2004)「The Composition of Thymus serpyllum L. Oil」Journal of Essential Oil Research (16)(3),184-185.
- M. Nikolić, et al(2014)「Chemical composition, antimicrobial, antioxidant and antitumor activity of Thymus serpyllum L., Thymus algeriensis Boiss. and Reut and Thymus vulgaris L. essential oils」Industrial Crops and Products(52),183-190.
- K. Tazabayeva, et al(2018)「Chemical composition of the essential oil and flavonoids of Thymus serpyllum L., growing on territory of the East Kazakhstan」Acta Poloniae Pharmaceutica – Drug Research(75)(6),1329-1337.
- 朝田 康夫(2002)「メラニンができるメカニズム」美容皮膚科学事典,170-175.
- 日光ケミカルズ株式会社(2016)「美白剤」パーソナルケアハンドブックⅠ,534-550.
- 田中 浩(2019)「美白製品とその作用」日本香粧品学会誌(43)(1),39-43.
- 福田 光則(2019)「メラニン合成酵素およびメラノソーム輸送の分子機構 – 輸送阻害に着目した美白剤開発 -」日本香粧品学会誌(43)(1),28-31.
- D.C. Barral & M.C. Seabra(2004)「The Melanosome as a Model to Study Organelle Motility in Mammals」Pigment Cell Res(17)(2),111-118.
- M. Hara, et al(2000)「Kinesin Participates in Melanosomal Movement along Melanocyte Dendrites」Journal of Investigative Dermatology(114)(3),438-443.
- 一丸ファルコス株式会社(2012)「キネシン抑制剤」特開2012-219092.
- 一丸ファルコス株式会社(2002)「ファゴサイトーシス抑制剤」特開2006-124355.