トウキ根エキスとは…成分効果と毒性を解説






・トウキ根エキス
[医薬部外品表示名]
・トウキエキス(1)
セリ科植物トウキ(学名:Angelica acutiloba 英名:Japanese angelica)の根から水、エタノール、BG、またはこれらの混液で抽出して得られる抽出物(植物エキス)です。
トウキ(当帰)というと、本来は中国を原産とする「カラトウキ(学名:Angelica sinensis)」を指しますが、日本でも本州中部より北の山地に自生している日本当帰を「当帰」と呼び、昔から栽培されている「大和当帰」と昭和以降に栽培されている「北海当帰」の2種類が存在しており、漢方生薬の中でも国内自給率の高い生薬として知られています(文献1:2011;文献2:2009)。
「大和当帰」は主に奈良県吉野郡や和歌山県大深町(∗1)で、「北海当帰」は昭和以降に北海道で栽培されており、その収穫量から一般に多く流通しているのは北海当帰です(文献1:2011)。
∗1 和歌山県大深町で栽培されている大和当帰は「大深当帰」とも呼ばれています。
トウキ根エキスは天然成分であることから、地域、時期、抽出方法によって成分組成に差異があると推察されますが、その成分組成は主に、
分類 | 成分名称 | |
---|---|---|
ポリケタイド | フタリド | リグスチリド(主要成分) など |
アミノ酸 | アルギニン、アラニン など |
これらの成分で構成されていることが報告されており(文献3:2013;文献4:2011;文献5:1987)、主要成分のリグスチリド(ligustilide)には抗喘息、鎮痙、鎮痛、抗炎症、血管拡張作用などが知られています(文献4:2011;文献6:2016;文献7:2007)。
トウキ根(生薬名:当帰)の化粧品以外の主な用途としては、漢方分野において血行を促進し冷えを除く補血作用があることから、月経不順、月経痛、腹痛、貧血性頭痛、めまい、乾燥性便秘などに用いられており(文献6:2016)、婦人科領域の主薬として非常に多くの処方に配合されています。
化粧品に配合される場合は、
これらの目的で、スキンケア製品、メイクアップ製品、シャンプー製品、コンディショナー製品、洗顔料、洗顔石鹸、クレンジング製品、シート&マスク製品、ボディ&ハンドケア製品、ボディソープ製品、入浴剤など様々な製品に汎用されています。
チロシナーゼ活性阻害による色素沈着抑制作用
チロシナーゼ活性阻害による色素沈着抑制作用に関しては、まず前提知識としてメラニン色素生合成のメカニズムおよびチロシナーゼについて解説します。
以下のメラニン生合成のメカニズム図をみてもらうとわかりやすいと思うのですが、
皮膚が紫外線に曝露されると、細胞や組織内では様々な活性酸素が発生するとともに、様々なメラノサイト活性化因子(情報伝達物質)がケラチノサイトから分泌され、これらが直接またはメラノサイト側で発現するメラノサイト活性化因子受容体を介して、メラノサイトの増殖やメラノサイトでのメラニン生合成を促進させることが知られています(文献8:2002;文献9:2016;文献10:2019)。
また、メラノサイト内でのメラニン生合成は、メラニンを貯蔵する細胞小器官であるメラノソームで行われ、生合成経路としてはアミノ酸の一種かつ出発物質であるチロシンに酸化酵素であるチロシナーゼが働きかけることでドーパに変換され、さらにドーパにも働きかけることでドーパキノンへと変換されます(文献8:2002;文献10:2019)。
ドーパキノンは、システイン存在下の経路では黄色-赤色のフェオメラニン(pheomelanin)へ、それ以外はチロシナーゼ関連タンパク質2(tyrosinaserelated protein-2:TRP-2)やチロシナーゼ関連タンパク質1(tyrosinaserelated protein-1:TRP-1)の働きかけにより茶褐色-黒色のユウメラニン(eumelanin)へと変換(酸化・重合)されることが明らかにされています(文献8:2002;文献10:2019)。
そして、毎日生成されるメラニン色素は、メラノソーム内で増えていき、一定量に達すると樹枝状に伸びているデンドライト(メラノサイトの突起)を通して、周辺の表皮細胞に送り込まれ、ターンオーバーとともに皮膚表面に押し上げられ、最終的には角片とともに垢となって落屑(排泄)されるというサイクルを繰り返します(文献8:2002)。
正常な皮膚においてはメラニンの排泄と生成のバランスが保持される一方で、紫外線の曝露、加齢、ホルモンバランスの乱れ、皮膚の炎症などによりメラニン色素の生成と排泄の代謝サイクルが崩れると、その結果としてメラニン色素が過剰に表皮内に蓄積されてしまい、色素沈着が起こることが知られています(文献8:2002)。
このような背景から、チロシナーゼの活性を阻害することは色素沈着の抑制において重要なアプローチであると考えられています。
1987年に小林コーセー(現 コーセー)によって報告されたトウキ根エキスのチロシナーゼに対する影響検証によると、
試料 | チロシナーゼ活性阻害率(%) |
---|---|
トウキ根エキス(エタノール抽出) | 76.2 |
トウキ根エキスは、優れたチロシナーゼ活性阻害効果を示した。
このような試験結果が明らかにされており(文献11:1987)、トウキ根エキスにチロシナーゼ活性阻害作用が認められています。
次に、1988年に三省製薬によって報告されたトウキ根エキスのメラニン生成およびヒト皮膚色素沈着に対する影響検証によると、
任意で選んだ180名の被検者(20-50歳)のうち60名に3%トウキ根エキス(エタノール抽出)配合化粧水を、別の60名に1%トウキ根エキス(エタノール抽出)配合パックを、別の60名に2%トウキ根エキス(エタノール抽出)配合乳液をそれぞれ3ヶ月連続使用してもらった。
試験期間後に有効性について「有効:色素沈着・皮膚透明度に改善がみられた」「やや有効:色素沈着・皮膚透明度にやや改善がみられた」「無効:使用前と変化なし」の3段階で被検者に評価してもらったところ、以下の表のように、
試料 | 被検者数 | 有効 | やや有効 | 無効 |
---|---|---|---|---|
3%トウキ根エキス配合化粧水 | 60 | 5 | 48 | 7 |
1%トウキ根エキス配合パック | 60 | 4 | 48 | 8 |
2%トウキ根エキス配合乳液 | 60 | 8 | 46 | 6 |
1%-3%トウキ根エキス配合化粧品は、いずれも色素沈着・皮膚透明度において改善傾向を示した。
このような試験結果が明らかにされており(文献12:1988)、トウキ根エキスにメラニン生成抑制による色素沈着抑制作用が認められています。
カテプシンL2発現促進による沈着色素淡色化
カテプシンL2発現促進による沈着色素淡色化に関しては、まず前提知識として老人性色素斑と基底細胞におけるメラノソームの蓄積との関係およびカテプシンL2について解説します。
老人性色素斑とは、いわゆる「シミ」であり、主に紫外線の長期反復曝露によってほとんどの中年以降の男女の顔面、手の甲、前腕などの露光部において出現する大小種々の類円形褐色斑のことをいいます(文献9:2016;文献13:2018)。
この老人性色素斑では、以下のイメージ図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
基底層の角化細胞内に複数のメラノソームからなる集塊が蓄積されることが報告されており(文献14:2006)、この集塊がターンオーバーによって排出・希釈されることなく、色素が沈着した状態が続き、シミとしていつまでも黒褐色に見える要因であると考えられています(文献15:2017)。
一方で、角化細胞に取り込まれたメラノソームの膜構造の消化(分解)に関わる酵素としてリソソーム(lysosome)に存在するカテプシンL2(cathepsin L2)の酵素活性が高いことが報告されています(文献16:2006)。
このような背景から、基底細胞内のリソソームに存在するカテプシンL2の活性を促進し基底細胞内に蓄積したメラノソームを分解することは、沈着色素の淡色化において重要なアプローチであると考えられています。
2017年に丸善製薬によって報告されたトウキ根エキスのカテプシンに対する影響検証によると、
トウキ根エキスは、濃度依存的なカテプシンの活性促進を示した。
次に、カテプシンL2遺伝子発現に対するトウキ根エキスの影響を検討するために、in vitro試験においてヒト表皮角化細胞株を播種した培養液に各濃度のトウキ根エキスを添加し、処理後にカテプシンL2のmRNA発現量を測定したところ、以下のグラフのように、
トウキ根エキスの添加によりカテプシンL2の発現量は有意に増加した。
このような試験結果が明らかにされており(文献15:2017)、トウキ根エキスにカテプシンL2発現促進作用が認められています。
次に、2016年に丸善製薬によって報告されたトウキ根エキスの沈着色素の淡色化に対する影響検証によると、
その結果、2%トウキ根エキス配合クリーム塗布群のシミ部位においてシミの淡色化が確認された。
このような試験結果が明らかにされており(文献17:2016)、トウキ根エキスに沈着色素の淡色化が認められています。
カテプシン発現促進による沈着色素淡色化のメカニズムは、以下の基底角化細胞(ケラチノサイト)内のカテプシンとメラノソームの反応図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
ケラチノサイト内にはリソソームが存在し、リソソームに存在するタンパク質分解酵素であるカテプシンL2の発現を促進することで、紫外線の長期反復曝露によってケラチノサイト内に過剰に蓄積されたメラノソームの塊を消化・分解しメラノソーム内のメラニンを分散させることで、見た目の褐色色素を淡色化するというものです。
フィラグリン産生促進による保湿作用
フィラグリン産生促進による保湿作用に関しては、まず前提知識として皮膚最外層である角質層の構造と役割およびフィラグリンについて解説します。
直接外界に接する皮膚最外層である角質層は、以下の図のように、
角質と角質の間を細胞間脂質で満たした、レンガとモルタルの関係と同様の構造となっており、この構造が保持されることによって、外界からの物理的あるいは化学的影響から身体を守り、かつ体内の水分が体外へ過剰に蒸散していくのを防ぐとともに一定の水分を保持する役割を担っています(文献18:1990;文献19:2002)。
また、角層に存在し水分を保持する働きをもつ水溶性物質は、天然保湿因子(NMF:natural Moisturizing Factor)と呼ばれ、以下の表のように、
成分 | 含量(%) |
---|---|
アミノ酸 | 40.0 |
ピロリドンカルボン酸(PCA) | 12.0 |
乳酸 | 12.0 |
尿素 | 7.0 |
アンモニア、尿酸、グルコサミン、クレアチン | 1.5 |
ナトリウム(Na⁺) | 5.0 |
カリウム(K⁺) | 4.0 |
カルシウム(Ca²⁺) | 1.5 |
マグネシウム(Mg²⁺) | 1.5 |
リン酸(PO₄³⁻) | 0.5 |
塩化物(Cl⁻) | 6.0 |
クエン酸、ギ酸 | 0.5 |
糖、有機酸、ペプチド、未確認物質 | 8.5 |
アミノ酸、有機酸、塩などの集合体として存在しており(文献20:1985)、これらのアミノ酸およびその代謝物は、以下の図のように、
表皮顆粒層に存在しているケラトヒアリン(∗2)が角質細胞に変化していく過程でフィラグリンと呼ばれるタンパク質となり、このフィラグリンがブレオマイシン水解酵素によって完全分解されることで産生されることが報告されています(文献21:1983;文献22:2002)。
∗2 ケラトヒアリンの主要な構成成分は、分子量300-1,000kDaの巨大な不溶性タンパク質であるプロフィラグリンであり、プロフィラグリンは終末角化の際にフィラグリンに分解されます。
一方で、老人性乾皮症やアトピー性皮膚炎においては、角質細胞中のアミノ酸類が顕著に低下していることが報告されており(文献23:1989;文献24:1991)、また乾皮症発症部位ではフィラグリンの発現が低下していることが報告されていることから(文献25:1994)、キメの乱れがみられる部位では天然保湿因子の減少により角質層の乾燥が引き起こされている可能性が考えられており、フィラグリン産生を促進することは、角質層の天然保湿因子生成の促進し、結果的にキメの乱れの改善につながると考えられています。
このような背景から、フィラグリンの産生を促進することは角質層の水分保持、ひいては皮膚の健常性の維持において重要であると考えられます。
2006年に日本メナード化粧品によって報告されたトウキ根エキスのフィラグリンおよびヒト皮膚への影響検証によると、
トウキ根エキスは、優れたNMF産生促進作用(フィラグリン産生促進作用)を有することが確認された。
次に、肌の乾燥やかゆみに悩む60名の女性被検者(30-45歳)のうち30名に0.5%トウキ根エキス配合クリームを2ヶ月間連用し、対照として別の30名にトウキ根エキス未配合クリームを同様に用いた。
評価方法として「優:肌の乾燥が改善された」「良:肌の乾燥がやや改善された」「可:肌の乾燥がわずかに改善された」「不可:使用前と変化なし」の基準で2ヶ月後に評価したところ、以下の表のように、
試料 | 被検者数 | 優 | 良 | 可 | 不可 |
---|---|---|---|---|---|
トウキ根エキス配合クリーム | 30 | 16 | 9 | 5 | 0 |
クリームのみ(対照) | 30 | 0 | 2 | 7 | 21 |
0.5%トウキ根エキス未配合クリーム塗布グループは、優れた肌の乾燥改善効果を示した。
このような試験結果が明らかにされており(文献26:2006)、トウキ根エキスにフィラグリン産生促進による保湿作用が認められています。
MMP-1活性阻害による抗老化作用
MMP-1活性阻害による抗老化作用に関しては、まず前提知識として真皮の構造、光老化のメカニズムおよびMMP-1について解説します。
真皮については、以下の真皮構造図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
表皮を下から支える真皮を構成する成分としては、細胞成分と線維性組織を形成する間質成分(細胞外マトリックス成分)に二分され、以下の表のように、
分類 | 構成成分 | |
---|---|---|
間質成分 (細胞外マトリックス) |
膠原線維 | コラーゲン |
弾性繊維 | エラスチン | |
基質 | 糖タンパク質、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン | |
細胞成分 | 線維芽細胞 |
主成分である間質成分は、大部分がコラーゲンからなる膠原線維とエラスチンからなる弾性繊維、およびこれらの間を埋める基質で占められており、細胞成分としてはこれらを産生する線維芽細胞がその間に散在しています(文献27:2002;文献28:2018)。
間質成分の大部分を占めるコラーゲンは、膠質状の太い繊維であり、その繊維内に水分を保持しながら皮膚のハリを支えています(文献27:2002)。
このコラーゲンは、Ⅰ型コラーゲン(80-85%)とⅢ型コラーゲン(10-15%)が一定の割合で会合(∗3)することによって構成されており(文献29:1987)、Ⅰ型コラーゲンは皮膚や骨に最も豊富に存在し、強靭性や弾力をもたせたり、組織の構造を支える働きが、Ⅲ型コラーゲンは細い繊維からなり、しなやかさや柔軟性をもたらす働きがあります(文献30:2013)。
∗3 会合とは、同種の分子またはイオンが比較的弱い力で数個結合し、一つの分子またはイオンのようにふるまうことをいいます。
エラスチン(elastin)を主な構成成分とする弾性繊維は、皮膚の弾力性をつくりだす繊維であり、コラーゲンとコラーゲンの間に絡み合うように存在し、コラーゲン同士をバネのように支えて皮膚の弾力性を保持しています(文献27:2002)。
基質は、主に糖タンパク質(glycoprotein)とプロテオグリカン(proteoglycan)およびグリコサミノグリカン(glycosaminoglycan)で構成されたゲル状物質であり、これらの分子が水分を保持し、コラーゲンやエラスチンと結合して繊維を安定化させることにより、皮膚は柔軟性を獲得しています(文献27:2002;文献28:2018)。
細胞成分としては線維芽細胞(fibroblast)が真皮に分散しており、コラーゲン繊維やエラスチン繊維が古くなるとこれらを分解する酵素を産生して不必要な分を分解し、新しいコラーゲン繊維やエラスチン繊維を産生して細胞外マトリックス成分の産生・分解系バランスを保持しています(文献27:2002)。
これら真皮の働きを要約すると、
- コラーゲン繊維が水分を保持しながら皮膚の張りを支持
- エラスチンを主とした弾性繊維がコラーゲン同士をバネのように支えて皮膚の弾力性を保持
- 基質(ゲル状物質)が水分を保持し、コラーゲン繊維と弾性繊維を安定化
- 紫外線曝露時など必要に応じてコラーゲン繊維、弾性繊維、ムコ多糖を産生し、細胞外マトリックス成分の産生・分解系バランスを保持
それぞれがこのように働くことで、皮膚はハリや柔軟性・弾性を保持しています。
一方で、一般に紫外線を浴びる時間や頻度に比例して、間質成分(細胞外マトリックス成分)であるコラーゲン、エラスチン、ムコ多糖類への影響が大きくなり、シワの形成促進、たるみの増加など老化現象が徐々に進行することが知られています(文献31:2002)。
紫外線の曝露によりシワが形成されるメカニズムは、以下の光老化メカニズム図をみてもらうとわかりやすいと思いますが(∗4)、
∗4 図ではNF-κBを「κB」と略しています。
UVBが表皮に到達することで表皮角化細胞において過剰に発現した転写因子(∗5)であるNF-κB(nuclear factor-kappa B)が、炎症性サイトカイン(∗6)であるIL-1(Interleukin-1)を産生し、IL-1などが真皮に存在する線維芽細胞を活性化することでⅠ型コラーゲン分解酵素であるMMP-1(Matrix metalloproteinase-1:マトリックスメタロプロテアーゼ-1)が過剰に産生され、コラーゲンを分解することが報告されています(文献32:1993;文献33:2018;文献34:2019)。
∗5 転写因子とは、細胞内のDNAに特異的に結合するタンパク質の一群のことです。
∗6 サイトカインとは、細胞間相互作用に関与する生理活性物質の総称であり、標的細胞にシグナルを伝達し、細胞の増殖、分化、細胞死、機能発現など多様な細胞応答を引き起こすことで知られています。炎症性サイトカインとは、サイトカインの中で主に生体内に炎症反応を引き起こすサイトカインのことをいいます。
また、UVAは直接真皮に到達して線維芽細胞に働きかけ、同様にMMP-1の発現促進によりコラーゲンを分解するとともに、コラーゲン合成能を低下させることが報告されています(文献33:2018;文献35:1993)。
このような背景から、紫外線曝露環境にある場合はMMP-1の活性を阻害するアプローチが、光老化の防御において重要であると考えられています。
2000年にノエビアによって報告されたトウキ根エキスのMMP-1および紫外線照射後の皮膚に対する影響検証によると、
培地を交換し培養後に生細胞数を計測し、試料未添加のMMP-1活性を100とした場合の培地上清中のMMP-1活性を測定したところ、以下のグラフのように、
トウキ根エキスは、0.002mg/mL濃度で58%、0.05mg/mLで25%の濃度依存的なMMP-1活性阻害効果を示した。
次に、通常屋外で作業する40名の女性被検者(20-50歳代)のうち20名に0.02%トウキ根エキス配合化粧水を、別の20名に対照としてトウキ根エキス未配合化粧水を、顔面にそれぞれ1日2回1ヶ月(5月中旬-6月中旬)にわたって二重盲検法に基づいて塗布してもらった。
評価方法として「有効」「やや有効」「変化なし」「やや悪化」「悪化」の基準で行い、1ヶ月後に評価したところ、以下の表のように、
試料 | 被検者数 | シワ改善効果(人数) | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
有効 | やや有効 | 無効 | やや悪化 | 悪化 | ||
トウキ根エキス配合化粧水 | 20 | 5 | 12 | 3 | 0 | 0 |
化粧水のみ(対照) | 20 | 0 | 0 | 13 | 5 | 2 |
試料 | 被検者数 | 弾性改善効果(人数) | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
有効 | やや有効 | 無効 | やや悪化 | 悪化 | ||
トウキ根エキス配合化粧水 | 20 | 7 | 12 | 1 | 0 | 0 |
化粧水のみ(対照) | 20 | 0 | 0 | 13 | 5 | 2 |
0.02%トウキ根エキス配合乳液塗布グループは、いずれにおいても皮膚のシワおよび弾性の悪化傾向を認めず、皮膚のシワおよび弾性について改善傾向を示した。
このような試験結果が明らかにされており(文献36:2000)、トウキ根エキスにMMP-1活性阻害による抗老化作用が認められています。
ただし、ヒト使用試験においては2000年時点では有効なシワの評価方法が確立されていなかった中での効果確認であるため、その点は留意する必要があります。
血管拡張による血行促進作用
血管拡張による血行促進作用に関しては、1992年に花王と岡山大学医学部心臓血管学科によって報告された入浴におけるトウキ根エキスの血流促進への影響検証によると、
0.033%(330ppm)濃度のトウキ根エキスを溶解した後の浴槽への入浴は、血流の増加を引き起こした。
このような試験結果が明らかにされており(文献37:1992)、トウキ根エキスに血管拡張による血行促進作用が認められています。
複合植物エキスとしてのトウキ根エキス
トウキ根エキスは、他の植物エキスとあらかじめ混合された複合原料があり、トウキ根エキスと以下の成分が併用されている場合は、複合植物エキス原料として配合されている可能性が考えられます。
原料名 | プランテージ<リンクル> |
---|---|
構成成分 | 水、BG、カンゾウ葉エキス、トウキ根エキス、スイカズラ花エキス、加水分解コンキオリン、ハトムギ種子エキス |
特徴 | コラーゲン産生促進作用、基底膜成分産生促進作用、抗酸化作用、保湿・バリア機能向上作用、エラスチン産生促進作用など多角的な作用により抗シワ効果が確認された5種類の生薬由来成分混合液 |
原料名 | K-Blend HANA |
---|---|
構成成分 | 水、BG、ムラサキ根エキス、トウキ根エキス、キハダ樹皮エキス、ウコン根茎エキス |
特徴 | 漢方処方「紫雲膏」および「中黄膏」に基づき、チロシナーゼ活性阻害作用および抗酸化作用による多角的な色素沈着抑制作用を発揮する4種類の植物エキス混合液 |
原料名 | 混合植物エキス OG-D1 |
---|---|
構成成分 | 水、エタノール、トウキ根エキス、シャクヤク根エキス、センキュウ根茎エキス、ジオウ根エキス、ショウガ根茎エキス |
特徴 | 漢方処方に基づき、アンモニア、硫化水素、メチルメルカプタン、トリメチルアミン、タバコ臭に対して消臭効果を発揮する5種類の植物を同時抽出した混合液 |
原料名 | 混合植物エキス OG-1 |
---|---|
構成成分 | 水、エタノール、トウキ根エキス、シャクヤク根エキス、センキュウ根茎エキス、ジオウ根エキス、コプチスチネンシス根茎エキス、シナキハダ樹皮エキス、オウゴン根エキス、クチナシ果実エキス |
特徴 | 漢方処方「温清飲」に基づき、角層水分量増加、バリア機能改善、かゆみ軽減効果を発揮する8種類の植物を同時抽出した混合液 |
原料名 | 混合植物エキス OG-2 |
---|---|
構成成分 | 水、エタノール、トウキ根エキス、シャクヤク根エキス、センキュウ根茎エキス、ジオウ根エキス |
特徴 | 漢方処方「四物湯」に基づき、血行促進作用により温浴効果を高める4種類の植物を同時抽出した混合液 |
原料名 | 混合植物エキス OG-7 |
---|---|
構成成分 | 水、エタノール、トウキ根エキス、シャクヤク根エキス、センキュウ根茎エキス |
特徴 | 漢方処方に基づき、穏やかな血行促進作用により身体のほてり感を抑える3種類の植物を同時抽出した混合液 |
トウキ根エキスの安全性(刺激性・アレルギー)について
- 医療上汎用性があり有効性および安全性の基準を満たした成分が収載される日本薬局方に収載
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 30年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:詳細不明
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし(データなし)
- 光毒性:ほとんどなし
- 光感作性:ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
皮膚刺激性について
- [ヒト試験] 40名の被検者に5%トウキ根エキス水溶液を48時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去後に皮膚刺激性を評価したところ、いずれの被検者も皮膚反応を示さなかった
池田回生病院皮膚科の安全性試験データ(文献38:1996)によると、
- [ヒト試験] 30名の女性被検者(20-58歳)の腕に注射針で#型に乱切を加え、2%トウキ根エキス(50%エタノール抽出)を含むエタノール溶液を20分間閉塞パッチ適用し、パッチ除去10分後に皮膚刺激性を評価したところ、いずれの被検者も皮膚刺激を示さなかった
と記載されています。
試験データをみるかぎり、共通して皮膚刺激なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性はほとんどないと考えられます。
眼刺激性について
試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細は不明です。
皮膚感作性(アレルギー性)について
日本薬局方および医薬部外品原料規格2021に収載されており、30年以上の使用実績がある中で重大な皮膚感作の報告がみあたらないため、化粧品配合量および通常使用下において、一般的に皮膚感作性(アレルギー性)はほとんどないと考えられますが、詳細な安全性試験データがみあたらず、データ不足のため詳細は不明です。
光毒性および光感作性について
- [ヒト試験] 30名の女性被検者(20-58歳)の腕に注射針で#型に乱切を加え、2%トウキ根エキス(50%エタノール抽出)を含むエタノール溶液を48時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去後に適用部位の左半側をアルミ箔を入れた黒色テープで覆い、UVAライト(3J/c㎡)を12.5cmの距離で5分間照射した。照射30分および72時間後に光毒性および光感作性を評価したところ、いずれの被検者も光毒性および光感作を示さなかった
と記載されています。
試験データをみるかぎり、光毒性および光感作なしと報告されているため、一般に光毒性および光感作性はほとんどないと考えられます。
∗∗∗
トウキ根エキスは美白成分、保湿成分、抗老化成分、血行促進成分にカテゴライズされています。
成分一覧は以下からお読みください。
∗∗∗
参考文献:
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