バニリルブチルの基本情報・配合目的・安全性

バニリルブチル

化粧品表示名 バニリルブチル
INCI名 Vanillyl Butyl Ether
配合目的 温感 など

1. 基本情報

1.1. 定義

以下の化学式で表されるバニリルアルコールのブチルエーテルです[1]

バニリルブチル

1.2. 物性・性状

バニリルブチルの物性・性状は、

状態 液体
溶解性 ジオール(二価アルコール)、エステル、植物油脂に可溶、水、スクワラン、鉱物油、シリコーンに不溶

このように報告されています[2]

2. 化粧品としての配合目的

化粧品およびに配合される場合は、

  • TRPV1活性化による温感付与効果

主にこれらの目的で、リップ系メイクアップ製品、ボディケア製品、ハンドケア製品、頭皮ケア製品、シャンプー製品、ボディソープ製品、入浴剤などに使用されています。

以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。

2.1. TRPV1活性化による温感付与効果

TRPV1活性化による温感付与効果に関しては、まず前提知識として自由神経終末、温度感受性TRP(Transient Receptor Potential)チャネルおよびTRPV1について解説します。

皮膚には、体温を維持するために環境温を感受する温度受容器官が備わっており、温度受容器として働いているのが、表皮顆粒層に分布するケラチノサイト(角化細胞)および真皮から表皮に分布する自由神経終末です[3a][4a]

皮膚の温度受容器官

ケラチノサイトおよび自由神経終末では、温度感受性TRPチャネルと呼ばれる陽イオンチャネル受容体が細胞膜に存在しており、これらが温度受容の一端を担っていると考えられています[3b][4b]

温度感受性TRPチャネルとは、温度だけでなく多くの化学的・物理的刺激を感受する刺激受容体であり、以下の図をみるとわかりやすいと思いますが、

温度感受性TRPチャネル

活性化温度域、発現部位などにより9つのチャネルが存在し、主に28℃以下の冷たい温度領域および43℃以上の熱い温度領域で活性化する温度感受性TRPチャネルは自由神経終末で発現、30-40℃の温かい温度領域で活性化する温度感受性TRPチャネルはケラチノサイトで発現すると報告されています[4c]

TRPV1は、主に自由神経終末に存在し、43℃以上の熱刺激やトウガラシの主成分であるカプサイシン(capsaicin)によって活性化する(∗1)熱刺激受容体(カプサイシン受容体)ですが[4d][5a]、43℃は生体に痛みを引き起こす温度閾値(∗2)と考えられており、カプサイシンが熱感だけでなくヒリヒリとした痛み刺激も活性化したり、また酸刺激(プロトン)でも活性化することから、TRPV1は熱刺激だけでなく痛み刺激の受容体でもあると考えられています[4e]

∗1 トウガラシを食べると、口の中に灼けつくような熱さを感じるのは、TRPV1の活性化によるものです。

∗2 閾値とは、境界となる値のことであり、ここでは生体に痛みを引き起こす最低温度は43℃であるという意味です。

カプサイシンはその構造にバニリル基を有しており、カプサイシンを皮膚に接触させるとこのバニリル基にTRPV1が応答し[5b]、活性化温度閾値が上昇することによって常温に近い温度で熱感が引き起こされますが、この温感はバニリル基によってTRPV1が活性化したことによって引き起こされた感覚であり、実際に温度が上昇するわけではありません。

バニリルブチルもバニリル基を有していることから、皮膚に接触させると温感・熱感が付与されることが明らかにされており[6]、ボディマッサージ製品、ハンドケア製品、リップ系メイクアップ製品、頭皮ケア製品、入浴剤などに使用されています。

バニリルブチルの温感付与効果は即効型ではなく、塗布2分あたりから温感が上昇し10分あたりをピークとしてゆるやかに下降しながら温感を保持する持続型であり[7a]、速効型であるトウガラシ果実エキスと併用している場合は、即効性と持続性を兼ね備えた処方である可能性が考えられます。

また、1,2-アルカンジオールは、カリウムチャネルの一種であるTREK-1に作用することで温感強度を調整するため、バニリルブチルとカプリリルグリコール1,2-ヘキサンジオールなどの1,2-アルカンジオールを併用することで、灼熱感や刺激感が低減することが報告されていることから[7b][8]、これらが併用されている場合は刺激感を低減させたほどよい温感を実現する設計であると考えられます。

3. 混合原料としての配合目的

バニリルブチルは混合原料が開発されており、バニリルブチルと以下の成分が併用されている場合は、混合原料として配合されている可能性が考えられます。

原料名 Thermolat
構成成分 バニリルブチル1,2-ヘキサンジオールカプリリルグリコールパルミチン酸アスコルビル
特徴 1,2-アルカンジオールを併用することにより灼熱感や刺激を低減したバニリルブチルと1,2-アルカンジオールの混合原料
原料名 CelluCap VBE
構成成分 (酢酸/酪酸)セルロース、トリカプリリン、ベンゾトリアゾリルドデシルp-クレゾール、テトラ(ジ-t-ブチルヒドロキシヒドロケイヒ酸)ペンタエリスリチル、バニリルブチル
特徴 塗布することでバニリルブチルが放出され、やさしい温感与えるカプセル化バニリルブチル

4. 安全性評価

バニリルブチルの現時点での安全性は、

  • 15年以上の使用実績
  • 皮膚刺激性:ほとんどなし-軽度
  • 眼刺激性:詳細不明
  • 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
  • 光毒性(光刺激性):ほとんどなし
  • 光感作性:ほとんどなし

このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。

以下は、この結論にいたった根拠です。

4.1. 皮膚刺激性

Symriseの安全性データ[7c]によると、

  • [ヒト試験] 17名の被検者の前腕に0.4%バリニルブチルを含むクリームを塗布し、塗布30秒および2,5,10,15および20分後の皮膚刺激感(灼熱感、チクチク刺すような刺激、紅斑)を評価したところ、5分後に1名、10分後に3名、15分後に5名および20分後に4名がいずれかの皮膚刺激感を報告した
  • [ヒト試験] 17名の被検者の前腕に0.4%バリニルブチルおよび1,2-アルカンジオールを含むクリームを塗布し、塗布30秒および2,5,10,15および20分後の皮膚刺激感(灼熱感、チクチク刺すような刺激、紅斑)を評価したところ、5分後に1名、10分後に2名、15分後に2名および20分後に3名がいずれかの皮膚刺激感を報告した
  • [ヒト試験] 156名の被検者の肩または背中に0.4%バリニルブチルおよび1,2-アルカンジオールを含むボディバームを塗布し、塗布30分後まで皮膚刺激感(灼熱感、チクチク刺すような刺激、紅斑)を評価したところ、6名の被検者がいずれかの皮膚刺激感を報告した
  • [ヒト試験] 80名の被検者の肩または背中に0.32%バリニルブチルおよび1,2-アルカンジオールを含むボディバームを塗布し、塗布30分後まで皮膚刺激感(灼熱感、チクチク刺すような刺激、紅斑)を評価したところ、4名の被検者がいずれかの皮膚刺激感を報告した

このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して一部の被検者に皮膚刺激が報告されているため、一般に皮膚刺激性は非刺激-個人差のある皮膚刺激を引き起こす可能性があると考えられます。

また、皮膚刺激感はバニリルブチル単体より、バニリルブチルと1,2-アルカンジオール併用系のほうが有意に少ないことが明らかにされています。

バニリルブチルは適度であれば快適な温感および刺激感を付与する一方で、多すぎると灼熱感やヒリヒリ感といった不快刺激を感じることが知られており、また感受性の違いや温感や刺激感の感じ方の違いに個人差があることが考えられます。

そのため、製品によっては意図して適度な刺激感を付与したり、あるいは低減したり様々な処方で使用されています。

4.2. 眼刺激性

試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細不明です。

4.3. 皮膚感作性(アレルギー性)

Research Institute for Fragrance Materialsの安全性データ[9a]によると、

  • [ヒト試験] 104名の被検者に3%バニリルブチルを含むエタノール:フタル酸ジエチル(1:3)混合液を対象にHRIPT(皮膚刺激性&皮膚感作性試験)を実施したところ、いずれの被検者においても皮膚感作反応を示さなかった

このように記載されており、試験データをみるかぎり皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚感作性はほとんどないと考えられます。

4.4. 光毒性(光刺激性)および光感作性

UV吸収スペクトルおよび入手可能データに基づくと、バニリルブチルは光毒性または光アレルギー誘発性の懸念を示さないと考えられています[9b]

5. 参考文献

  1. 日本化粧品工業連合会(2013)「バニリルブチル」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,766.
  2. ProTec Ingredia Ltd(2019)「Cetpro VBE」Technical Data Sheet.
  3. ab富永 真琴(2012)「刺激感受性:温度感受性TRPチャネルの生理機能」日本香粧品学会誌(36)(4),296-302. DOI:10.11469/koshohin.36.296.
  4. abcde富永 真琴(2013)「温度感受性TRPチャネル」Science of Kampo Medicine(37)(3),164-175.
  5. ab富永 真琴(2004)「温度受容の分子機構」日本薬理学雑誌(124)(4),219-227. DOI:10.1254/fpj.124.219.
  6. Ling-Chiao Chen, et al(2010)「Vanillyl Butyl Ether to Topically Induce Blood Cell Flux, Warming Sensation」Cosmetics & Toiletries(125),36-39.
  7. abcSymrise AG(2019)「Thermolat」Technical Data Sheet.
  8. 岩瀬コスファ株式会社(2018)「防腐剤フリーのニーズに適した補助剤を提案」C & T(1),42-43.
  9. abA.M. Api, et al(2021)「RIFM fragrance ingredient safety assessment, vanillyl butyl ether, CAS Registry Number 82654-98-6」Food and Chemical Toxicology(153)(Supplement 1),112361. DOI:10.1016/j.fct.2021.112361.

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