合成ワックスの基本情報・配合目的・安全性

化粧品表示名 合成ワックス
医薬部外品表示名 合成炭化水素ワックス
INCI名 Synthetic Wax
配合目的 固化・増粘感触改良研磨・スクラブ など

1. 基本情報

1.1. 定義

FT法(Fischer-Tropsch process:フィッシャー・トロプシュ法)またはエチレンの重合(∗1)によって得られる炭化水素系ワックスです[1a]

∗1 重合とは、複数の単量体(モノマー:monomer)が分子結合し、鎖状や網状にまとまって機能する重合体(ポリマー:Polymer)となる反応です。

FT法(フィッシャー・トロプシュ法)とは、1926年にドイツのフィッシャー(F. Fisher)とトロプシュ(H. Tropsch)が公表した炭化水素合成法であり、この製法による合成ワックスの産生はドイツ、アメリカなどを中心に行われていましたが、FT法による合成ワックスの生産は原油精製と比較してはるかに割高であることから、現在この方法で生産しているのは南アフリカ共和国のサゾール公社(Sasol)のみであり(∗2)、このような背景からFT法によって得られる合成ワックスは「フィッシャー・トロプシュワックス」または「サゾールワックス」ともよばれています[2a]

∗2 南アフリカ共和国は、原油の入手が困難であることと良質の石炭が豊富に埋蔵されていることから1947年よりFT法による合成ワックス産生を国家事業としています。

1.2. 物性・性状

合成ワックスの物性・性状は(∗3)

∗3 融点とは固体が液体になりはじめる温度のことです。

状態 融点(℃) 溶解性
微結晶性の固体 52-113

このように報告されています[3a][4a]

1.3. 化粧品以外の主な用途

合成ワックスの化粧品以外の主な用途としては、

分野 用途
医薬品 コーティング、結合目的の医薬品添加剤として経口剤に用いられています[5]

これらの用途が報告されています。

2. 化粧品としての配合目的

化粧品に配合される場合は、

  • 固化
  • 非水系増粘
  • 硬度調整による感触改良
  • 研磨・スクラブ

主にこれらの目的で、スティック系メイクアップ製品、ペンシル系メイクアップ製品、その他のメイクアップ製品、化粧下地製品、クレンジング製品などに汎用されています。

以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。

2.1. 固化

固化に関しては、合成ワックスは高融点の微結晶性固体であり、液状の油性成分と加熱混合した後に冷却することによって以下の図のように、

固化のメカニズム

板状のワックス結晶同士が物理的な噛み合わせで結合したカードハウス構造(∗4)を形成し、その結果として油性成分をはじめ着色料や粉体などが各噛み合わせの内部空間に溜まり、物理的に流動性を失うことによって固形状になることから、油性成分と混合し油性固形基剤としてスティック系製品、ペンシル系製品、パレット系製品を中心に汎用されています[6][7][8]

∗4 カードハウス構造とは、トランプのカードをタワーをつくるように組み合わせた構造のことをいい、ワックス結晶の結合は実際にはトランプタワーのような規則的な構造ではありませんが、物理的な隙間をつくる構造が類似していることから、このワックス結合の構造もカードハウス構造とよばれています。

2.2. 非水系増粘

非水系増粘に関しては、合成ワックスは粘度の調整あるいは製品の安定性を保つ目的で主にクリーム系製品に使用されています[1b][9]

2.3. 硬度調整による感触改良

硬度調整による感触改良に関しては、合成ワックスは化学的に不活性で酸化安定性が高く、融点および硬度が高いことから、基剤や乳化物の硬さを調整する目的で使用されています[10]

2.4. 研磨・スクラブ

研磨・スクラブに関しては、以前はマイクロプラスチックビーズとして合成ワックスの一種であるポリエチレンがスクラブ剤として汎用されていましたが、環境保護の観点から2010年代より世界的に洗顔料やボディソープなどの洗浄製品への使用を規制する動きの中で、国内においても2016年以降ポリエチレンの使用が減少したことから[11a]、その代替品の一つとして融点が高く固くてもろい固体である合成ワックスが、物理的に古い角質を除去する研磨・スクラブ剤として洗顔料、ボディケア製品などに使用されています[4b]

ポリエチレンは、生分解性(∗5)がないことから生物被害および環境汚染が問題提起されていますが、FT法で得られる合成ワックスはパラフィンワックスと化学構造上類似しており[2b]、またパラフィンは生分解性を有していることから自主規制の対象とはなっていないことから[11b]、ポリエチレンの代替品として使用されていると考えられます。

∗5 生分解性とは、環境中の微生物・酵素の働きによって最終的に無害な物質まで分解される性質のことです。プラスチックは紫外線照射によって経時的に劣化・変性し、細かく壊れていき微粒子状まで小さくなりますが、このプラスチックの細片化は化学的に分解したのではなく、形が崩壊して細かくなっただけで完全に分解したわけではなく、マイクロビーズは環境中(海洋)において化学的に分解されません[12]

3. 混合原料としての配合目的

合成ワックスは混合原料が開発されており、合成ワックスと以下の成分が併用されている場合は、混合原料として配合されている可能性が考えられます。

原料名 SMART WAX 202S
構成成分 合成ワックスカルナウバロウ
特徴 十分な硬さおよびなめらかさを付与する混合ワックス
原料名 SMART WAX 202S
構成成分 合成ワックス、キャンデリラロウエステルズ、カルナウバロウ
特徴 十分な硬さ、粘り気およびなめらかさを付与する混合ワックス

4. 配合製品数および配合量範囲

実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の1984年および2002-2003年の調査結果になりますが、以下のように報告されています。

合成ワックスの配合製品数と配合量の調査結果(1984年および2002-2003年)

5. 安全性評価

合成ワックスの現時点での安全性は、

  • 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
  • 40年以上の使用実績
  • 皮膚刺激性:ほとんどなし
  • 眼刺激性:ほとんどなし
  • 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし

このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。

以下は、この結論にいたった根拠です。

5.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)

Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[3b]によると、

  • [ヒト試験] 209名の被検者に6%合成ワックスを含むリップコンディショナーを閉塞パッチ適用し、パッチ除去後に皮膚反応を評価したところ、いずれの被検者においても観測できる皮膚反応はみられず、この製品は皮膚刺激剤および皮膚感作剤ではなかった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1980)
  • [ヒト試験] 25名の被検者に6%合成ワックスを含むリップ製剤を対象に4週間の使用試験を実施したところ、いずれの被検者においても皮膚反応を誘発しなかった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1980)

このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して皮膚刺激および皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性および皮膚感作性はほとんどないと考えられます。

5.2. 眼刺激性

Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[3c]によると、

  • [動物試験] 6匹のウサギの片眼に6%合成ワックスを含むリップ製剤0.1gを適用し、適用から3日後まで眼刺激性を評価したところ、この試験物質は眼刺激剤ではなかった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1980)

このように記載されており、試験データをみるかぎり眼刺激なしと報告されているため、一般に眼刺激性はほとんどないと考えられます。

6. 参考文献

  1. ab日本化粧品工業連合会(2013)「合成ワックス」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,392.
  2. ab小池 清(1983)「フィッシャー・トロプシュワックス」ワックスの性質と応用,134-141.
  3. abcR.L. Elder(1984)「Final Report on the Safety Assessment of Fossil and Synthetic Waxes」Journal of the American College of Toxicology(3)(3),43-99. DOI:10.3109/10915818409010516.
  4. abMicro Powders Inc.(2021)「Synscrub Series」Technical Data Sheet.
  5. 日本医薬品添加剤協会(2021)「合成ワックス」医薬品添加物事典2021,230-231.
  6. 柴田 雅史(2012)「硬いスティックにする成分」おもしろサイエンス リップ化粧品の科学,50-57.
  7. 柴田 雅史(2017)「ワックスゲルの物性制御と化粧品への応用」オレオサイエンス(17)(12),633-642. DOI:10.5650/oleoscience.17.633.
  8. 柴田 雅史(2019)「油性ゲルの物性制御と化粧品への応用」日本化粧品技術者会誌(53)(1),2-8. DOI:10.5107/sccj.53.2.
  9. 宇山 侊男, 他(2020)「合成ワックス」化粧品成分ガイド 第7版,57.
  10. Micro Powders Inc.(2021)「Microease 110XF」Technical Data Sheet.
  11. ab株式会社三菱ケミカルリサーチ(2017)「平成28年度国内外におけるマイクロビーズの流通実態等に係る調査業務報告書」, 2022年2月24日アクセス.
  12. 兼廣 春之(2016)「洗顔料や歯磨きに含まれるマイクロプラスチック問題」海ごみシンポジウム.

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