イソステアリン酸グリセリルの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | イソステアリン酸グリセリル |
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医薬部外品表示名 | モノイソステアリン酸グリセリル |
部外品表示簡略名 | イソステアリン酸グリセリル |
INCI名 | Glyceryl Isostearate |
配合目的 | 乳化 |
1. 基本情報
1.1. 定義
以下の化学式で表されるイソステアリン酸のカルボキシ基(-COOH)にグリセリンのヒドロキシ基(-OH)を脱水縮合(∗1)したモノエステル(∗2)であり、多価アルコールエステル型のグリセリン脂肪酸エステルに分類される非イオン性界面活性剤(ノニオン性界面活性剤)です[1]。
∗1 脱水縮合とは、分子と分子から水(H2O)が離脱することにより分子と分子が結合する反応のことをいいます。脂肪酸とアルコールのエステルにおいては、脂肪酸(R-COOH)のカルボキシ基(-COOH)の「OH」とアルコール(R-OH)のヒドロキシ基(-OH)の「H」が分離し、これらが結合して水分子(H2O)として離脱する一方で、残ったカルボキシ基の「CO」とヒドロキシ基の「O」が結合してエステル結合(-COO-)が形成されます。
∗2 モノエステルとは分子内に1基のエステル結合をもつエステルであり、通常はギリシャ語で「1」を意味する「モノ(mono)」が省略され「エステル結合」や「エステル」とだけ記載されます。2基のエステル結合の場合はギリシャ語で「2」を意味する「ジ(di)」をつけてジエステルと記載されます。
1.2. 性状
イソステアリン酸グリセリルの性状は、
状態 | 淡黄色の液体 |
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このように報告されています[2a]。
2. 化粧品としての配合目的
- 親油性乳化
主にこれらの目的で、メイクアップ製品、化粧下地製品、日焼け止め製品、スキンケア製品などに使用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 親油性乳化
親油性乳化に関しては、まず前提知識として乳化、エマルションおよびHLBについて解説します。
乳化とは、互いに溶け合わない2種の液体の一方が微細な液滴(乳化粒子)となり他方の液体中に均一に分散されることをいいます[3][4]。
そして、油と水のように互いに溶け合わない2種の液体の一方が微細な液滴(乳化粒子)として他の液体中に分散している乳化物をエマルション(emulsion)といい[5]、基本的なエマルションとして、以下の図のように、
水を外部相とし、その中に油が微細粒子状に分散しているO/W型(Oil in Water type:水中油滴型)と、それとは逆に油を外部相とし、その中に水が微細粒子状に分散しているW/O型(Water in Oil type:油中水滴型)があります[6]。
身近にあるO/W型エマルションとしては、牛乳、生クリーム、マヨネーズなどがあり、一方でW/O型エマルションとしてはバター、マーガリンなどがあります。
次に、界面活性剤のように分子内に水になじむ部分と油になじむ部分を併せもつ両親媒性分子は、どちらかといえば水になじみやすいものとどちらかといえば油になじみやすいものがあり、このわずかな親和性の違いが界面活性剤の挙動を劇的に変えることが知られています[7][8a]。
このような背景から、界面活性剤の水と油へのなじみやすさの程度を示す指標としてHLB(hydrophile-lipophile-balance:親水性-親油性バランス)が提案・提唱されており、以下の図のように、
HLB「7」を基準とし、「7」以上でどちらかといえば親水性を、「7」以下でどちらかといえば親油性を示すことが予想され、またHLB8-18の界面活性剤はO/W型エマルションを、HLB3.5-6の界面活性剤はW/O型エマルションを形成することが知られていることから、界面活性剤型乳化剤の作用を知る上で有用であると考えられています[8b]。
イソステアリン酸グリセリルの乳化の特徴は、
乳化の種類 | HLB |
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W/O型乳化 | 4.0[2b] |
このように報告されており、親油性乳化剤としてメイクアップ製品、化粧下地製品、日焼け止め製品、スキンケア製品などに使用されています。
3. 配合製品数および配合量範囲
実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の1998-1999年および2014-2015年の調査結果になりますが、以下のように報告されています(∗3)。
∗3 以下表におけるリーブオン製品は、付けっ放し製品(スキンケア製品やメイクアップ製品など)を指し、またリンスオフ製品は、洗い流し製品(シャンプー、ヘアコンディショナー、ボディソープ、洗顔料、クレンジングなど)を指します。
4. 安全性評価
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 15年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:ほとんどなし
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
- 光毒性(光刺激性):ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
ただし、皮膚炎の病歴を有する場合において3例の皮膚感作事例が報告されているため、皮膚炎や化粧品によるアレルギーの病歴を有する場合はごくまれに皮膚感作を引き起こす可能性が考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
4.1. 皮膚刺激性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[9a]によると、
- [動物試験] 3匹のウサギの皮膚にイソステアリン酸グリセリルを4時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去1,24,48および72時間後にPII(Primary Irritation Index:皮膚一次刺激性指数)0-4のスケールで皮膚刺激性を評価したところ、この試験物質は皮膚刺激物ではないと結論付けられた(Biogir S.A. Conseil Recherche,1989)
- [動物試験] 6匹のウサギの皮膚にイソステアリン酸グリセリルを23時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去24および72時間後にPII(Primary Irritation Index:皮膚一次刺激性指数)0-4のスケールで皮膚刺激性を評価したところ、PIIは0.21であり、この試験物質は非刺激剤に分類された(Insiitut Frangais de Recherches et Essais Biologiques,1977)
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して皮膚刺激なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性はほとんどないと考えられます。
4.2. 眼刺激性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[9b]によると、
- [動物試験] 6匹のウサギの片眼に100%イソステアリン酸グリセリル0.1mLを点眼し、1,2,3,4および7日目に眼刺激スコア0-20のスケールで眼刺激性を評価したところ、この試験物質は非刺激剤に分類された(Institut Franfais de Recherches et Essais Biologiques,1977)
このように記載されており、試験データをみるかぎり眼刺激なしと報告されているため、一般に眼刺激性はほとんどないと考えられます。
4.3. 皮膚感作性(アレルギー性)
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[9c]によると、
- [動物試験] 10匹のモルモットに2.5%イソステアリン酸グリセリル溶液0.1mLを皮内注射した5-7日後に100%イソステアリン酸グリセリル溶液を48時間閉塞パッチ適用(誘導パッチ)し、約2週間の休息期間後にチャレンジパッチを適用した。チャレンジパッチ除去24および48時間後に皮膚感作反応を評価したところ、24時間後で1つ、48時間後で2つの陽性反応がみられたため、再チャレンジパッチを実施したところ、いずれのモルモットにおいても感作反応は認められなかった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1985)
– 個別事例 –
- [個別事例] かゆみをともなう顔面紅斑を有する35歳の女性患者に0.01%イソステアリン酸グリセリルを対象にパッチテストを実施したところ、強い陽性反応がみられた。報告によると、かゆみをともなう顔面の紅斑は、1.77%ジイソステアリン酸グリセリルを含むファンデーションの使用から生じたものであり、ジイソステアリン酸グリセリルには不純物としてイソステアリン酸グリセリルを含んでいることに注意することが重要です(Tanaka et al,1993)
- [個別事例] リップクリームによる皮膚炎の病歴を有する18歳の女性に0.01%イソステアリン酸グリセリルを対象にパッチテストを実施したところ、パッツ除去48および72時間後で++の陽性反応を誘発した(Hayakawa et al,1987)
- [個別事例] 5種類の異なるリップスティックの使用後に唇にかゆみをともなう紅斑を生じた病歴を有する女性に同様の5種類のリップスティックを対象にパッチテストを実施したところ、すべての製品に陽性反応を示した。各成分を対象にパッチ試験を実施したところ、2つの成分に陽性反応を示し、そのうちのひとつが1%イソステアリン酸グリセリルを含む軟膏であった。健常な皮膚を有する3名の被検者に1%イソステアリン酸グリセリルを対象に同様のパッチテストを実施したところ、陰性であった(S Inui et al,2009)
このように記載されており、試験データをみるかぎり皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
ただし、皮膚炎の病歴を有する場合において3例の皮膚感作事例が報告されているため、皮膚炎や化粧品によるアレルギーの病歴を有する場合はごくまれに皮膚感作を引き起こす可能性が考えられます。
4.4. 光毒性(光刺激性)および光感作性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[9d]によると、
- [動物試験] 20匹のモルモットの背中にUVAのみ、UVBのみ、イソステアリン酸グリセリルのみ、イソステアリン酸グリセリル+UVA、イソステアリン酸グリセリル+UVBと処置パターンを分けて、24時間適用し、UV照射パターンについては適用30分後にUV照射した後、それぞれの光刺激性を評価したところ、UV照射の有無によって重大な皮膚反応の誘発はなかった(Unichema International,1997)
このように記載されており、試験データをみるかぎり光刺激なしと報告されているため、一般に光毒性(光刺激性)はほとんどないと考えられます。
5. 参考文献
- ⌃日本化粧品工業連合会(2013)「イソステアリン酸グリセリル」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,184.
- ⌃ab日光ケミカルズ株式会社(2021)「グリセリン脂肪酸エステル」製品カタログ,25-26.
- ⌃薬科学大辞典編集委員会(2013)「乳化」薬科学大辞典 第5版,1150.
- ⌃鈴木 敏幸(2003)「乳化」化粧品事典,638-639.
- ⌃鈴木 敏幸(2003)「エマルション」化粧品事典,356.
- ⌃田村 健夫・廣田 博(2001)「乳化作用」香粧品科学 理論と実際 第4版,270-273.
- ⌃鈴木 敏幸(2003)「親水性-親油性バランス」化粧品事典,531.
- ⌃ab野々村 美宗(2015)「親水性・親油性バランス」化粧品 医薬部外品 医薬品のための界面化学 -基礎から応用まで,35-39.
- ⌃abcdF.A. Andersen(2004)「Final Report of the Amended Safety Assessment of Glyceryl Laurate, Glyceryl Laurate SE, Glyceryl Laurate/Oleate, Glyceryl Adipate, Glyceryl Alginate, Glyceryl Arachidate, Glyceryl Arachidonate, Glyceryl Behenate, Glyceryl Caprate, Glyceryl Caprylate, Glyceryl Caprylate/Caprate, Glyceryl Citrate/Lactate/Linoleate/Oleate, Glyceryl Cocoate, Glyceryl Collagenate, Glyceryl Erucate, Glyceryl Hydrogenated Rosinate, Glyceryl Hydrogenated Soyate, Glyceryl Hydroxystearate, Glyceryl Isopalmitate, Glyceryl Isostearate, Glyceryl Isostearate/Myristate, Glyceryl Isostearates, Glyceryl Lanolate, Glyceryl Linoleate, Glyceryl Linolenate, Glyceryl Montanate, Glyceryl Myristate, Glyceryl Isotridecanoate/Stearate/Adipate, Glyceryl Oleate SE, Glyceryl Oleate/Elaidate, Glyceryl Palmitate, Glyceryl Palmitate/Stearate, Glyceryl Palmitoleate, Glyceryl Pentadecanoate, Glyceryl Polyacrylate, Glyceryl Rosinate, Glyceryl Sesquioleate, Glyceryl/Sorbitol Oleate/Hydroxystearate, Glyceryl Stearate/Acetate, Glyceryl Stearate/Maleate, Glyceryl Tallowate, Glyceryl Thiopropionate, and Glyceryl Undecylenate」International Journal of Toxicology(23)(2_suppl),55-94. DOI:10.1080/10915810490499064.