ココイルサルコシンNaの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | ココイルサルコシンNa |
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医薬部外品表示名 | ヤシ油脂肪酸サルコシンナトリウム液 |
部外品表示簡略名 | ヤシ油脂肪酸サルコシンNa液 |
INCI名 | Sodium Cocoyl Sarcosinate |
配合目的 | 洗浄 |
1. 基本情報
1.1. 定義
以下の化学式で表されるココイルサルコシン(∗1)のナトリウム塩であり、アミノ酸系界面活性剤のアシルサルコシン塩(Acyl Sarcosinate:AS)(∗2)に分類される陰イオン性界面活性剤(アニオン性界面活性剤)です[1]。
∗1 ココイルサルコシンとは、ヤシ脂肪酸の塩化物と、生体内においてコリンからグリシンへの代謝中間体であるサルコシン(N-メチルグリシン)を縮合して得られる陰イオン性界面活性剤です。
∗2 界面活性剤の分類において「AS」というとラウリル硫酸Naに代表されるアルキル硫酸エステル塩(Alkyl Sulfate:AS)であり、アシルサルコシン塩は「AS」と略して用いられているわけではありませんが、ここでは「Acyl Sarcosinate」の頭文字から「AS」と略して記載しています。アミノ酸系界面活性剤の中の「AS」といった狭義的な意味合いです。
1.2. 物性・性状
ココイルサルコシンNaの物性・性状は、
状態 | 微黄色の液体 |
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cmc(w/w%) | 0.087 |
クラフト点(℃) | – |
cmcおよびクラフト点についてそれぞれ順に解説しますが、まず界面活性剤の基礎知識であるミセル形成およびcmcについて解説します。
界面活性剤は親水基と疎水基(親油基)をもち、界面活性剤の現象として親水基部分は水に溶け込むものの、疎水基部分は安定しようとする性質があるため、以下の図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
界面活性剤のごく薄い水溶液では、1個ずつ単分散状態で溶解し、空気と水との界面にはあまり界面活性剤が集まっていないので、空気と水とはほとんど直接に接触していることになり、表面張力はあまり下がらず、水に近い状態ですが、界面活性剤の濃度が増していくにつれて水のないところ(溶液の表面や容器の壁面)に集まり、空気と水とが直接接触する面積を減少させ、それに比例して表面張力も下がっていきます[5a]。
表面があるうちは表面に集まりますが、表面には限りがあるので、さらに界面活性剤の濃度が増していくと疎水基の逃げ場がなくなり、水との反発をなるべく減らすために、界面活性剤はお互いの疎水基を互いに向け合いはじめ、親水基を水側に向けて球状のミセル(micelle:会合体)を形成し始めます[5b][6a]。
この疎水基の逃げ場がなくなってミセルが形成され始める濃度を臨界ミセル濃度(cmc:critical micelle concentration)と定義しており、また界面活性剤はミセルを形成することではじめて界面活性剤が有する様々な機能を発揮します(∗3)[6b]。
∗3 cmc以上に界面活性剤の濃度を高めていくと、ミセルの数が増加し、次に棒状や板状のミセルとなり、それ以上の高濃度では液晶が形成されます。
次に、クラフト点とは個々の界面活性剤に固有の急激に溶解し始める温度(クラフト温度)のことをいいます[7]。
界面活性剤は、クラフト温度以下の条件では水にほとんど溶けず、その濃度が臨界ミセル濃度以上であってもミセルを形成しませんが、クラフト点以上の温度以上で水への溶解性が急激に高くなり、その上で臨界ミセル濃度(cmc)以上の濃度によりミセルを形成することでその機能を発揮します[8][9]。
2. 化粧品としての配合目的
- 洗浄作用
主にこれらの目的で、シャンプー製品、洗顔料、ボディソープ製品、スキンケア製品、化粧下地製品、マスク製品などに使用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 洗浄作用
洗浄作用に関しては、前提知識として洗浄作用および洗浄のメカニズムについて解説します。
「汚れる」ということは、汚れが固体表面へ付着することであり、汚れを除去するためには汚れの付着エネルギー以上のエネルギーを外部から加える必要があることが知られています[10a]。
洗浄作用とは、この付着エネルギーを最小にして、汚れを取り除きやすくして汚れを再付着しにくくすることをいい、具体的な洗浄作用のメカニズムについては以下の洗浄のメカニズム図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
まず汚れおよび固体表面が洗浄液でぬれ、次に汚れおよび固体表面に界面活性剤が吸着し、そして汚れがローリングアップ(∗4)、乳化、可溶化によって分散・溶解し、最後に再付着しないようにすすぐことで除去されるといった一連の過程になります[10b][11]。
∗4 液体汚れが油滴となって固体表面から離脱する現象のことです。
アニオン界面活性剤においてアシルサルコシン塩は、皮膚に対して低刺激性であり、酸性pH領域で良好な界面活性を示し、セッケンと比較して耐硬水性に優れ、セッケンに劣らない洗浄力を特徴とする界面活性剤であることが知られており[4b][12]、ココイルサルコシンNaは、皮膚刺激性が低く、セッケンに劣らない洗浄力と弱酸性領域で優れた起泡力を有していることから[2b][3b]、主にシャンプー製品、洗顔料、ボディソープ製品などに使用されています。
1985年に味の素中央研究所によって報告されたN-アシルサルコシンNaの起泡力検証によると、
– 泡立ち性試験 –
各脂肪酸のN-アシルサルコシンNaの0.1%溶液の起泡力をRoss&Miles法に基づいてpH5-11の範囲で測定したところ、以下のグラフのように、
N-アシルサルコシンNaは脂肪酸の違いにより泡立ちが異なり、ココイルサルコシンNaはpH8-11で泡立ちが良く、弱アルカリ性洗浄剤としても使用が可能であることを示した。
このような検証結果が明らかにされており[13]、ラウロイルサルコシンNaは幅広いpH領域で良好な泡立ちが認められています。
一方で、2014年に川研ファインケミカルによって報告されたN-アシルサルコシン塩の起泡力検証によると、
– 泡立ち性試験 –
N-アシルサルコシン塩の0.25%溶液(pH6, 40℃)の起泡力をRoss&Miles法に基づいて測定したところ、以下のグラフのように、
ココイルサルコシンNaは、ラウロイルサルコシンNaとほぼ同等の泡高さおよび泡持続力を示した。
このような検証結果が明らかにされており[3c]、ココイルサルコシンNaはpH6で良好な泡立ちおよび泡持続力が認められています。
これら2つの試験データはpHによる起泡力が異なっていますが、この違いは原料会社によるヤシ脂肪酸の組成比の違いによるものと推測され、ココイルサルコシンNaはヤシ脂肪酸の組成比によってpH領域による起泡性が異なると考えられます。
3. 配合製品数および配合量範囲
実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の1998年および2015-2016年の調査結果になりますが、以下のように報告されています(∗5)。
∗5 以下表におけるリーブオン製品は、付けっ放し製品(スキンケア製品やメイクアップ製品など)を指し、またリンスオフ製品は、洗い流し製品(シャンプー、ヘアコンディショナー、ボディソープ、洗顔料、クレンジングなど)を指します。
4. 安全性評価
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 20年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:濃度5%以下においてほとんどなし-最小限(データなし)
- 眼刺激性:濃度10%以下においてほとんどなし-最小限
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし(データなし)
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
4.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)
試験データがみあたりませんが、化学構造的にラウロイルサルコシンNaと類似していることから、洗い流す製品において安全に使用できると結論付けられており、つけっぱなしにする製品においても濃度5%以下で安全に使用できると結論付けられています[14a][15]。
4.2. 眼刺激性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[14b]によると、
- [動物試験] ウサギの片眼に10%ココイルサルコシンNa水溶液(弱酸性-中性)を点眼し、Draize法に基づいて点眼後に眼刺激性を評価したところ、一時的な眼刺激がみられたが、角膜に損傷はみられなかった(Geigy Chemical Corp,-)
このように、試験データをみるかぎり非刺激-最小限の眼刺激が報告されているため、一般に眼刺激性は非刺激-最小限の眼刺激を引き起こす可能性があると考えられます。
5. 参考文献
- ⌃日本化粧品工業連合会(2013)「ココイルサルコシンNa」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,405.
- ⌃ab日光ケミカルズ株式会社(2021)「N-アシルアミノ酸塩」製品カタログ,47-48.
- ⌃abc川研ファインケミカル株式会社(2014)「ソイポンシリーズの紹介」Technical Data Sheet.
- ⌃ab日光ケミカルズ株式会社(2006)「N-アシルサルコシン塩」新化粧品原料ハンドブックⅡ,180-181.
- ⌃ab藤本 武彦(2007)「界面活性剤の基本的な性質と作用」界面活性剤入門,14-26.
- ⌃ab鈴木 敏幸(2003)「臨界ミセル濃度」化粧品事典,846.
- ⌃鈴木 敏幸(2003)「クラフト点」化粧品事典,427-428.
- ⌃藤本 武彦(2007)「界面活性剤の親水基の種類と性質の関係」界面活性剤入門,147-152.
- ⌃野々村 美宗(2015)「界面活性剤の相挙動」化粧品 医薬部外品 医薬品のための界面化学 -基礎から応用まで,30-33.
- ⌃ab日光ケミカルズ株式会社(2006)「洗浄のメカニズム」新化粧品原料ハンドブックⅡ,631-635.
- ⌃鈴木 敏幸(2003)「洗浄剤」化粧品事典,567.
- ⌃橋本 悟(2009)「アニオン界面活性剤」界面と界面活性剤 改訂第2版,42-47.
- ⌃竹原 将博(1985)「アミノ酸系界面活性剤」油化学(34)(11),964-972. DOI:10.5650/jos1956.34.964.
- ⌃abF.A. Andersen(2001)「Final Report on the Safety Assessment of Cocoyl Sarcosine, Lauroyl Sarcosine, Myristoyl Sarcosine, Oleoyl Sarcosine, Stearoyl Sarcosine, Sodium Cocoyl Sarcosinate, Sodium Lauroyl Sarcosinate, Sodium Myristoyl Sarcosinate, Ammonium Cocoyl Sarcosinate, and Ammonium Lauroyl Sarcosinate」International Journal of Toxicology(20)(1_suppl),1-14. DOI:10.1080/10915810152902547X.
- ⌃M.M. Fiume, et al(2021)「Amended Safety Assessment of Fatty Acyl Sarcosines and Sarcosinate Salts as Used in Cosmetics」International Journal of Toxicology(40)(2_suppl),117S-133S. DOI:10.1177/10915818211023881.