レシチンとは…成分効果と毒性を解説






・レシチン
[医薬部外品表示名]
・大豆リン脂質、卵黄レシチン
自然界の動植物すべての細胞中に存在する生体膜の主要構成成分であるリン脂質を主成分とし、化学構造的に1分子中にリン酸エステル塩型のアニオン活性基および第四級アンモニウム塩型のカチオン活性基から成る親水基と2つのアシル基(脂肪酸残基)から成る疎水基をもつ脂質混合物の総称(両性界面活性剤)です。
レシチンは、化学分野においてリン脂質の一種であるホスファチジルコリン(Phosphatidylcholine)の別名ですが、一般的にはリン脂質から成る脂質混合物のことを総称してレシチンと呼んでおり、使用する原料によって組成や特性が異なることから、卵黄を原料とするものは「卵黄レシチン」、大豆を原料とするものは「大豆レシチン」と原料に何を使用するかによって区別されています。
ただし、大豆工業の発展にともない大豆リン脂質を分離する技術が導入され、大量生産が可能になり、価格的にも安価になったことから、現在は単に「レシチン」という場合には一般に大豆レシチンを指します(文献4:1970)。
大豆レシチンと卵黄レシチンの脂肪酸組成は、
脂肪酸 | 炭素数:二重結合数 | 大豆 | 卵黄 |
---|---|---|---|
パルミチン酸 | C16:0 | 17 – 21 | 35 – 37 |
ステアリン酸 | C18:0 | 4 – 6 | 9 – 15 |
オレイン酸 | C18:1 | 12 – 15 | 33 – 37 |
リノール酸 | C18:2 | 53 – 57 | 12 – 17 |
リノレン酸 | C18:3 | 6 – 7 | 0.5 |
アラキジン酸 | C20:0 | – | 3.7 |
一例としてこのように報告されており(文献2:2006)、基本的に二重結合数が多いほど酸化しやすく、大豆レシチンはリノール酸、卵黄レシチンはオレイン酸の割合が多いことから、非常に酸化しやすい性質のため、一般的には水素を添加して酸化安定性を高めた水添レシチンが使用されます。
化粧品に配合される場合は、
これらの目的で、オーガニックをコンセプトとした製品、スキンケア製品、メイクアップ製品、洗浄製品、ヘアケア製品、日焼け止め製品などに使用されています。
乳化
乳化に関しては、まず前提知識として乳化とエマルションについて解説します。
乳化とは、1つの液体にそれと溶け合わない別の液体を微細な粒子の状態に均一に分散させることをいいます(文献7:1990)。
そして、乳化の結果として生成された分散系溶液をエマルションといい、基本的な化粧品用エマルションとして、以下の図のように、
水を外部相とし、その中に油が微細粒子状に分散している水中油滴型(O/W型:Oil in Water type)と、それとは逆に油を外部相とし、その中に水が微細粒子状に分散している油中水滴型(W/O型:Water in Oil type)があります(文献7:1990)。
身近にあるO/W型エマルションとしては、牛乳、生クリーム、マヨネーズなどがあり、一方でW/O型エマルションとしてはバター、マーガリンなどがあります。
レシチンは、その分子中に親水基と親油基を適当なバランスで含む両親媒性(∗1)であることから天然の乳化剤として利用されており、大豆レシチンと卵黄レシチンの乳化力は、以下の表のように、
∗1 両親媒性とは、親水性と親油性の両方を有している性質のことです。
リン脂質の種類 | 大豆 | 卵黄 |
---|---|---|
PC(ホスファジルコリン) | 24 – 32 | 66 – 76 |
PE(ホスファチジルエタノールアミン) | 20 – 28 | 15 – 24 |
PI(ホスファチジルイノシトール) | 12 – 20 | – |
PA(ホスファチジン酸) | 8 – 15 | – |
大豆と卵黄ではリン脂質組成が異なっており、PC(ホスファジルコリン)純度の高い卵黄レシチンのほうが乳化力が高いと報告されています(文献5:1998)。
また、界面活性剤の水と油への親和性の程度を表す指標としてHLB(Hydrophilic-Lipophilic Balance:親水親油バランス)が用いられることが多く、以下の図のように、
HLB値は、0から20までの値を取り、0に近いほど親油性が高く20に近いほど親水性が高くなり、また界面活性剤が水中に分散するためには3以上、溶解するためには10以上が要求されることが知られており、HLB値だけで一義的に界面活性剤の性質が定まるわけではありませんが、HLB値によってその界面活性剤の性質や用途もある程度決定されます(文献8:2015)。
大豆レシチンの特性は、
HLB | 作用 | 分散・溶解性 |
---|---|---|
7.0 , 9.0 | O/W型乳化 | 撹拌により分散 – 安定分散 |
このように報告されており(文献3:1990;文献12:1986)、通常O/W型エマルションを形成することが知られていますが、転相温度(∗2)以上ではW/O型エマルションを生成することがあることも報告されています(文献12:1986)。
∗2 転相温度とは、エマルションがW/O型からO/W型に変化する温度のことです。
ただし、天然の乳化剤であることから、基本的に合成の乳化剤と比較すると乳化作用は低く、オーガニックをコンセプトとした製品に使用されることはありますが、一般的には乳化助剤として使用されています。
リポソーム形成による効果促進作用
リポソーム形成による効果促進作用に関しては、まず前提知識として細胞膜の構造およびリポソーム技術について解説します。
細胞膜とは、細胞の内外を隔てる生体膜であり、以下の図をみてもらうとわかるように、
親水性のリン酸基(頭部)と疎水性の脂肪酸鎖(テール部分)をもつリン脂質が二層に連なった脂質二重層で構成されており、ほぼ全ての生物で細胞膜の基本構造として存在しています。
リン脂質のような両親媒性分子は、水溶液中に存在すると親水性のリン酸基は水溶液側に向かって動くため外側に位置し、また疎水性の脂肪酸鎖は水溶液から自ら離れて内側に向くように自然に自己集合して、以下の図のように、
脂質二分子膜を形成し、さらにリポソームと呼ばれる閉じた球状の閉鎖小胞を形成します(文献9:1990)。
このリポソーム形成現象は、1960年代にBanghamによって見いだされ(文献6:1965)、医療分野においては、そのままでは皮膚に浸透しない成分を脂質二重膜の親水性部分および/または脂肪酸鎖部分に充填・内包することで、安定性を保持したまま皮膚内へ浸透させるDDS(Drug Derivery System:ドラッグ輸送技術)とよばれる医療技術に応用されており、現在では化粧品においてもその技術が応用されています(文献14:2005;文献15:2011)。
ただし、リポソームの形成により皮膚に対して内包成分に薬効が認められる場合は、医薬品または医薬部外品として扱われることから(文献9:1990)、化粧品においては化粧品としての効果にとどまると考えられます。
レシチンは、水中に分散させる場合、以下の表のように、
レシチンの割合(%) | 水の割合(%) | 水中でのレシチンの構造 |
---|---|---|
100-90 | 0-10 | ゲル |
90-70 | 10-30 | ヘキサゴナル液晶 |
70-60 | 30-40 | ラメラ液晶 |
60-0 | 40-100 | リポソーム |
レシチン濃度が非常に高い場合はゲル(結晶)状態で存在しますが、これを水で希釈していくと液晶状態へと変化していき、レシチン濃度が60%以下(水の比率が40%以上)になると2分子膜構造をもったリポソームとして水に分散するため(文献2:2006)、この乳化特性を利用して、有効成分(∗3)を皮膚に浸透させるリポソーム形成剤として使用されています。
∗3 リポソームは、水溶性の有効成分は真ん中の水溶性部分に、油溶性の有効成分は脂肪酸鎖部分に取り込むことができます(文献10:1977)。
リポソームとして使用される場合は、エタノールおよび/またはグリセリンに加温溶解したのちに水相に配合しリポソームを得るため、レシチンと一緒にエタノールおよび/またはグリセリンが配合されていることが多いです(文献11:2005)。
角質層水分量増加による保湿作用
角質層水分量増加による保湿作用に関しては、レシチンは皮膚親和性が高く、外部の環境条件の変化に関係なく、角質層の水分保持および角質層水分量の有意な増加が認められています(文献12:2003)。
界面活性剤に対する刺激緩和作用
界面活性剤に対する刺激緩和作用に関しては、レシチンは他の界面活性剤の刺激を緩和する性能を有していると報告されています(文献2:2006)。
ヘアコンディショニング作用
ヘアコンディショニング作用に関しては、化学構造的に四級アンモニウム塩をもっていることから、カチオン活性によるリンス効果による感触改良および使用後感の向上が報告されています(文献5:1998)。
実際の使用製品の種類や数および配合量は、海外の2014-2015年の調査結果になりますが、以下のように報告されています。
以下表におけるリーブオン製品は、付けっ放し製品(スキンケア製品やメイクアップ製品など)を表しており、またリンスオフ製品は、洗い流し製品(シャンプー、ヘアコンディショナー、ボディソープ、洗顔料、クレンジングなど)を指します。
レシチンの安全性(刺激性・アレルギー)について
- 薬添規2018規格の基準を満たした成分が収載される医薬品添加物規格2018に収載
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 50年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし-わずか
- 眼刺激性:ほとんどなし
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
- 光毒性・光感作性:ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
皮膚刺激性について
- [ヒト試験] 20名の被検者に65%レシチン原料を3%含む日焼けオイルおよび対照としてレシチン未配合日焼けオイルを対象に24時間単一閉塞パッチにて皮膚一次刺激性試験を実施し、PII(Primary Irritation Index:皮膚一次刺激性指数)を0.0-4.0のスケールで評価したところ、日焼けオイルと対照オイルとの間に刺激性の有意差は観察されず、試験物質配合日焼けオイルのPIIは0.00であった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1978)
- [ヒト試験] 18名の被検者に0.83%レシチン粉末を含む石けんの0.5%水溶液および対照としてレシチン未配合石けんを対象に24時間単一閉塞パッチにて皮膚一次刺激性試験を実施し、PII(Primary Irritation Index:皮膚一次刺激性指数)を0.0-4.0のスケールで評価したところ、レシチン配合石けんと対照の間に刺激性の有意差は認められず、レシチン配合石けんのPIIは0.25であった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1978)
- [ヒト試験] 17名の女性被検者に65%レシチンを含む原料0.3%を含むファンデーション0.1mLを対象に4日間皮膚累積刺激性試験を24時間閉塞パッチにて実施した。試験部位は各パッチ除去直後にPII(Primary Irritation Index:皮膚一次刺激性指数)を0.0-4.0のスケールで評価したところ、最大スコアは1名の被検者において2.0(中程度の紅斑)であり、13名の被検者は±反応(ほとんど知覚できない紅斑)であった。試験物質を含むファンデーションのPIIは0.65であった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1981)
- [ヒト試験] 20名の女性被検者に65%レシチンを含む原料の3%を含むアイライナーを対象に4日間皮膚累積刺激性試験を24時間閉塞パッチにて実施した。試験部位は各パッチ除去直後にPII(Primary Irritation Index:皮膚一次刺激性指数)を0.0-4.0のスケールで評価したところ、5名の被検者で±反応(ほとんど知覚できない紅斑)が観察され、PIIは0.13であった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1987)
- [ヒト試験] 11名の被検者の背中に65%レシチンを含む原料の3%日焼けオイル0.3mLを対象に21日間累積刺激性試験を23時間閉塞パッチにて実施し、各パッチ除去1時間後に試験部位を評価したところ、この製品は非刺激性であった(Hill Top Research Inc,1978)
- [ヒト試験] 38名の女性被検者に65%レシチンを含む原料の3%日焼けオイル0.3mLを対象に4週間使用試験を実施したところ、試験機関を通じて著しい臨床的および主観的皮膚刺激はなかった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1978)
と記載されています。
試験データをみるかぎり、非刺激-わずかな紅斑反応が報告されているため、皮膚刺激性は非刺激性-わずかな皮膚刺激が起こる可能性があると考えられます。
眼刺激性について
- [動物試験] 5匹のウサギの片眼の結膜嚢にステアリルアミンを含む卵黄レシチンリポソーム調製物50μLを15分ごとに合計9回点眼し、5匹のウサギの対照群はもう片眼の結膜嚢に生理食塩水を適用したところ、合計眼刺激スコアは実質的に非刺激性であり、一時的に最小限の眼刺激性が生じたウサギもすぐに回復した(Taniguchi et al,1988)
- [動物試験] 6匹のウサギの片眼の結膜嚢に中性および+電荷の卵黄レシチンリポソーム調製物50μLを点眼し、対照としてもう片眼の結膜嚢に生理食塩水を点眼し、点眼後5分間、各眼の瞬きの回数を数えた。この手順を1時間間隔で6回繰り返したところ、中性レシチンリポソーム調製物は瞬きの数に統計的に有意な変化を生じさせなかったが、+電荷のレシチンリポソーム調製物は瞬きの数を有意に増加させた(Taniguchi et al,1988)
と記載されています。
試験データをみるかぎり、眼刺激性なしと報告されているため、眼刺激性はほとんどないと考えられます。
皮膚感作性(アレルギー性)について
- [ヒト試験] 99名の被検者に65%レシチンを含む原料3%を含む日焼けオイルを対象にHRIPT(皮膚刺激性&感作性試験)を閉塞パッチにて実施したところ、1名の被検者は誘導期間の7回目のパッチ適用後に+反応(弱い非小胞性反応)を生じ、この反応はチャレンジパッチ後の96時間での評価まで継続した。この被検者に改めて未希釈の試験物質と1:3に希釈した試験物質の両方を対象にチャレンジパッチを適用したところ、24時間で+反応を示した。5日間にわたって1日3回毎日開放パッチ適用したところ、陰性であった。これらの結果から、この被検者は低感作性であると結論づけられたが、反応が低レベルであり、解放パッチが陰性であったため、臨床的意義はないと結論づけられた。また別の2名の被検者は誘導期間の4回目の適用後に+反応を示したが、これらは重要とはみなされなかった。この製品は皮膚刺激および皮膚感作を示さないと結論づけられた(Research Testing Laboratories,1978)
- [ヒト試験] 25名の被検者に65%レシチンを含む原料0.1%を含むマスカラ0.3gを対象にHRIPT(皮膚刺激性&感作性試験)を実施したところ、試験部位に皮膚反応は観察されず、通常使用において接触感作を引き起こす可能性は低いと結論付けられた(Ivy Research Laboratories,1982)
と記載されています。
試験データをみるかぎり、皮膚感作性なしと報告されているため、皮膚感作性(アレルギー性)はほとんどないと考えられます。
光毒性および光感作性について
- [ヒト試験] 10名の被検者に15%レシチンを含むワセリン0.017-0.025mgをパッチ適用し、パッチ除去48時間後に0-4のスケールでスコアリングした。次いで片方の試験部位にWG345(2mm)フィルターを用いたソーラーシミュレーターでUVB線量の10倍に相当するUVAを照射し、未処置部位も同様に照射し対照として用いた。照射5分後および24時間後に皮膚反応を評価したところ、15%レシチンを含むワセリンは光毒性がなかった(International Research Services Inc,1997)
- [ヒト試験] 198名の被検者に65%レシチンを含む原料0.3%を含むファンデーションを対象に光感作性試験をともなうHRIPT(皮膚刺激性&感作性試験)を実施したところ、この製品は光感作反応を誘発する可能性を示さなかったと結論付けられた(Research Testing Laboratories,1979)
と記載されています。
試験データをみるかぎり、光毒性および光感作性なしと報告されているため、光毒性および光感作性はないと考えられます。
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レシチンは界面活性剤、保湿成分、抗炎症成分にカテゴライズされています。
成分一覧は以下からお読みください。
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参考文献:
- Cosmetic Ingredient Review(2001)「Final Report on the Safety Assessment of Lecithin and Hydrogenated Lecithin」International Journal of Toxicology(20)(1),21-45.
- 日光ケミカルズ(2006)「天然界面活性剤各論」新化粧品原料ハンドブックⅠ,275-286.
- 田村 健夫, 他(1990)「両性界面活性剤」香粧品科学 理論と実際 第4版,138-140.
- 太田 静行(1970)「レシチン」油化学(19)(8),792-806.
- 松本 哲治, 他(1998)「大豆レシチンの機能と化粧品への応用の課題」Fragrance Journal(26)(3),41-48.
- A.D.Bangham, et al(1965)「Diffusion of univalent ions across the lamellae of swollen phospholipids」Journal of Molecular Biology(13)(1),238-252.
- 田村 健夫, 他(1990)「乳化作用」香粧品科学 理論と実際 第4版,270-273.
- 野々村 美宗(2015)「親水性・親油性バランス」化粧品 医薬部外品 医薬品のための界面化学,35-39.
- 田村 健夫, 他(1990)「リポソーム」香粧品科学 理論と実際 第4版,281-283.
- 豊島 喜則, 他(1977)「リポソーム系とその応用」油化学(26)(10),597-605.
- 佐々木一郎, 他(2005)「エタノール/グリセリン/水で形成するゲルを用いた簡便なリポソームの調製法(第八報)」 日本薬学会年会要旨集(125)(2),151.
- 松本 宏一(2003)「大豆レシチン」化粧品原料と製品技術,201-211.
- 山野 善正(1986)「大豆リン脂質と乳化」油化学(35)(6),478-485.
- 内藤 昇, 他(2005)「化粧品とリポソーム」リポソーム応用の新展開,644-650.
- 紺野 義一(2011)「リン脂質の化粧品への応用」日本化粧品技術者会誌(45)(2),83-91.