リゾレシチンとは…成分効果と毒性を解説




・リゾレシチン
[医薬部外品表示名]
・大豆リゾリン脂質液、卵黄リゾホスファチジルコリン
自然界の動植物すべての細胞中に存在する生体膜の主要構成成分であるリン脂質を主成分とするレシチンを酵素処理によりアルキル鎖を1本として親水性を高めた加水分解レシチン(両性界面活性剤)です。
レシチンは、化学構造的に1分子中にリン酸エステル塩型のアニオン活性基および第四級アンモニウム塩型のカチオン活性基から成る親水基と、2つのアシル基(脂肪酸残基)から成る疎水基で構成されていますが、リゾレシチンは酵素を用いてレシチンの脂肪酸部分を加水分解することで、疎水性が低減し相対的に親水性が向上したレシチンです(∗1)。
∗1 リゾレシチンは、合成反応をともなわずに製造されることから天然素材に分類されます。
リゾレシチンの脂肪酸組成は以下の表のように、
脂肪酸 | 炭素数:二重結合数 | 大豆 | 卵黄 |
---|---|---|---|
ミリスチン酸 | C14:0 | – | 0.2 |
パルミチン酸 | C16:0 | 24.0 | 68.5 |
ステアリン酸 | C18:0 | 8.0 | 26.1 |
オレイン酸 | C18:1 | 11.0 | 3.4 |
リノール酸 | C18:2 | 52.0 | 0.3 |
リノレン酸 | C18:3 | 5.0 | – |
一例としてこのように報告されており(文献3:2000)、基本的に二重結合数が多いほど酸化しやすく、大豆リゾレシチンは約70%が二重結合を含む不飽和脂肪酸、卵黄リゾレシチンは90%以上が二重結合を含まない飽和脂肪酸であり、大豆リゾレシチンは非常に酸化しやすく、卵黄レシチンは酸化しにくいという異なった物性となっているのが特徴的です。
化粧品に配合される場合は、
これらの目的で、スキンケア製品、ボディ&ハンドケア製品、メイクアップ製品、シート&マスク製品、洗浄製品、ヘアケア製品などに使用されています。
乳化
乳化に関しては、まず前提知識として乳化とエマルションについて解説します。
乳化とは、1つの液体にそれと溶け合わない別の液体を微細な粒子の状態に均一に分散させることをいいます(文献7:1990)。
そして、乳化の結果として生成された分散系溶液をエマルションといい、基本的な化粧品用エマルションとして、以下の図のように、
水を外部相とし、その中に油が微細粒子状に分散している水中油滴型(O/W型:Oil in Water type)と、それとは逆に油を外部相とし、その中に水が微細粒子状に分散している油中水滴型(W/O型:Water in Oil type)があります(文献7:1990)。
身近にあるO/W型エマルションとしては、牛乳、生クリーム、マヨネーズなどがあり、一方でW/O型エマルションとしてはバター、マーガリンなどがあります。
また、界面活性剤の水と油への親和性の程度を表す指標としてはHLB(Hydrophilic-Lipophilic Balance:親水親油バランス)が用いられることが多く、以下の図のように、
HLB値は、0から20までの値を取り、0に近いほど親油性が高く20に近いほど親水性が高くなり、また界面活性剤が水中に分散するためには3以上、溶解するためには10以上が要求されることが知られており、HLB値だけで一義的に界面活性剤の性質が定まるわけではありませんが、HLB値によってその界面活性剤の性質や用途もある程度決定されます(文献8:2015)。
リゾレシチンは、以下の表のように、
原料の種類 | HLB | 作用 | 分散・溶解性 |
---|---|---|---|
大豆 | 12 – 16 | O/W型乳化 , 可溶化 | 透明分散物 – 透明溶液 |
卵黄 | 16.5 – 17.5 | O/W型乳化 , 可溶化 | 透明溶液 |
一例としてこのように報告されており(文献4:1990)、卵黄と大豆ではHLBの範囲が若干異なるものの、どちらもO/W型乳化作用を示します。
また、リゾレシチンのO/W型エマルションはレシチンと比較して熱および塩に対して安定性が高く、かつイオンによる乳化力の低下が起こりにくいという特性も有しています(文献5:1990)。
耐塩性および皮膚親和性が高く、かつ透明化も実現できることから、スキンケア化粧水などの低粘度の製品に電解質を有するものが多い天然保湿因子(NMF)と脂質を乳化する目的(∗2)で配合されるため、天然保湿因子と脂質類と一緒にリゾレシチンが保湿化粧水など低粘度保湿製品に配合されている場合はNMFと脂質の安定乳化目的の可能性が考えられます(文献18:2010)。
∗2 スキンケア製品において脂質・天然保湿因子(NMF)・水分のバランスを重要視するモイスチャーバランス理論は皮膚の恒常性を維持するための基本理論となっていますが、NMF成分は電解質であるものが多く、電解質を有していると油滴の凝集を起こし、O/W型エマルションの安定性を著しく低下させることから、化粧水のような低粘度の製品にNMF成分と脂質を併用することは難しいと認識されていました。リゾレシチンは、耐塩性および皮膚親和性があることから、NMF成分と脂質の安定乳化が可能な成分として見いだされています。
可溶化
可溶化に関しては、まず前提知識としてミセル形成および界面活性剤における可溶化のメカニズムについて解説します。
界面活性剤は親水基(水溶性)と疎水基(油溶性)をもっており、水中における界面活性剤の現象として親水基部分は水に溶け込みますが、疎水基部分は安定しようとするために水のないところ(溶液の表面や容器の壁面)に逃げようとします。
ただし、表面には限りがあり、さらに界面活性剤の濃度を増やすと疎水基の逃げ場がなくなり、疎水基は水との反発をなるべく減らすために、以下の図のように、
疎水基同士で集合し、親水基を水側に向けてミセル(micelle:会合体)を形成します。
この疎水基の逃げ場がなくなってミセルが形成され始める濃度のことを臨界ミセル濃度(cmc : critical micelle concentration)と呼び、cmc以上の濃度で界面活性剤の機能は発揮されます。
水に溶けない油性物質をcmc以上の濃度の界面活性剤を含む水溶液に添加すると、油性物質は逃げ場を探し、ミセル内部に溶け込みますが、このようにcmc濃度以上の界面活性剤におけるミセルの存在によって油溶性物質を透明に溶解する現象が可溶化です(∗3)。
∗3 可溶化には、水と油が逆のパターン(油中で界面活性剤の親水基部分が集合しミセルを形成し、水溶性物質がミセル内部に溶け込む)もあります。
乳化と可溶化の違いに関しては、油を含む水溶液にcmc濃度以上の界面活性剤を添加すると、ミセルが油を取り込み可溶化し、可溶化状態からさらに油を加えていくとミセルが大きくなるとともに透明な液体が徐々に濁っていき、可溶化の限度を超えたときにエマルションが形成される現象を乳化と呼びます。
大豆リゾレシチンについては透明化をともなう可溶性は高くありませんが、卵黄リゾレシチンは他の天然系界面活性剤と比較して、多様な油性成分を可溶化するとともに良好な安定性を示し、とくに極性のある油性成分に対して優れた可溶性を示すことが知られています(文献3:2000)。
リゾレシチンは親水性が高く、かつ油性成分を可溶化・透明分散することから、水性ベースに油性のビタミン、植物エキス、保湿成分、または香料などを可溶化分散する目的で水性ベースの製品に使用されています。
また卵黄リゾレシチンに卵黄レシチンを併用することで、極性の低い油性成分に対しても可溶化力を発揮し、さらに安定性も高まることから(文献3:2000)、リゾレシチンとレシチンが併用されている場合は、可溶化目的の可能性が考えられます。
ラミニン5産生促進による抗老化作用
ラミニン5産生促進による抗老化作用に関しては、まず前提知識として表皮基底膜およびラミニン5を解説します。
まず以下の肌図をみてほしいのですが、
皮膚は大きく表皮と真皮に分かれており、表皮は主に紫外線や細菌・アレルゲン・ウィルスなどの外的刺激から皮膚を守る働きと水分を保持する働きを担い、真皮はプロテオグリカン(ヒアルロン酸およびコンドロイチン硫酸含む)・コラーゲン・エラスチンで構成された細胞外マトリックスを形成し、水分保持と同時に皮膚のハリ・弾力性に深く関与しています。
そして、表皮最下部の基底膜(基底層)は、表皮の土台および構造の異なる表皮-真皮間のコミュニケーション・コントロールを担う役割として、
- 表皮-真皮間においてエネルギーや栄養を輸送
- 細胞の分化形質の発現・維持
- 表皮細胞による酵素産生のコントロール
- 表皮-真皮間における各種サイトカイン類の動きをコントロール
これらの働きが知られており(文献9:1996;文献10:1996;文献11:1993;文献12:1998;文献13:1997;文献14:1997;文献15:1994)、肌を正常に保つために重要な働きを担っています。
基底膜の構造は、以下の基底膜拡大図をみてもらうとわかるように、
基底膜にはⅣ型およびⅦ型コラーゲンが結合しており、Ⅳ型コラーゲンと基底細胞をつないでいるのがラミニン5という細胞接着タンパク質で、ラミニン5の活性としては基底細胞(表皮細胞)の接着促進活性および基底膜修復促進活性が知られています(文献16:2000;文献17:1998)。
つまり、ラミニン5の量および状態が正常である場合は、表皮と基底膜の接着が強固になり、その結果として基底膜の働きが滞りなく行われ、皮膚が紫外線などでダメージを受けて断裂された場合でもすぐに表皮を修復することが明らかにされています(文献6:2001)。
一方、ラミニン5の量および状態が正常でない場合は、基底膜の機能が不安定になり、表皮-真皮間の輸送および伝達がうまくいかなくなったり、表皮ダメージの修復機能も低下し、結果的にしわやたるみなどの老化現象を促進させる一因となることが明らかにされています(文献6:2001)。
また、20代後半から30代前半にかけて紫外線暴露部位である顔面皮膚における表皮基底膜の構造変化として基底膜構造の断裂や多重化がみられ、一方で紫外線非暴露部位である腹部や大腿上部の皮膚ではこの基底膜ダメージがほとんど観察されないことから、この基底膜のダメージは紫外線により促進されると考えられ、また加齢とともに蓄積されることも明らかにされています(文献6:2001)。
このような背景から、ラミニン5の産生量を維持することは、皮膚の健常化維持において非常に重要であると考えられます。
2001年に資生堂によって報告されたラミニン5の産生を促進する成分の検証によると、
大豆リゾレシチンは、単層培養したケラチノサイトにおけるラミニン5の各種遺伝子発現および蛋白産生を促進した。
また、三次元培養皮膚モデルに大豆リゾレシチンを添加したところ、非添加群と比較してラミニン5の遺伝子発現および基底膜の形成を促進した。
このような検証結果が明らかになっており(文献6:2001)、リゾレシチンにラミニン5産生促進による抗老化作用が認められています。
実際の使用製品の種類や数および配合量は、海外の2014-2015年の調査結果になりますが、以下のように報告されています。
以下表におけるリーブオン製品は、付けっ放し製品(スキンケア製品やメイクアップ製品など)を表しており、またリンスオフ製品は、洗い流し製品(シャンプー、ヘアコンディショナー、ボディソープ、洗顔料、クレンジングなど)を指します。
リゾレシチンの安全性(刺激性・アレルギー)について
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 30年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:ほとんどなし
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)について
- [ヒト試験] 51名にリゾレシチン(濃度不明)を対象にHRIPT(皮膚刺激性&感作性試験)を実施したところ、皮膚感作性はなかった
– 個別事例 –
兵庫医科大学皮膚科学教室の臨床データ(文献2:2006)によると、
- [個別事例] 28歳の女性はそれまで使用歴のなかった化粧品を使用し約1ヶ月後より顔面にかゆみをともなう紅斑が出現するようになった。パッチテストを実施したところ、日焼け止めと保湿乳液が陽性であったため、これらの各成分をパッチテストしたところ、リゾレシチンで紅斑が認められた。この結果からリゾレシチン含有化粧品による接触皮膚炎と診断された
と記載されています。
試験データをみるかぎり、皮膚刺激性および皮膚感作性なしと報告されているため、皮膚刺激性および皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
眼刺激性について
- [動物試験] ウサギ角膜上皮由来細胞(SIRC 細胞)にリゾレシチン(濃度不明)を暴露し、72時間培養後のSIRC細胞の細胞生存率を評価したところ、眼刺激性なしと結論付けられた
と記載されています。
試験データをみるかぎり、眼刺激性なしと報告されているため、眼刺激性はほとんどないと考えられます。
∗∗∗
リゾレシチンは界面活性剤、抗老化成分にカテゴライズされています。
成分一覧は以下からお読みください。
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参考文献:
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- 中山 由美, 他(2006)「リゾレシチン含有の化粧品による接触皮膚炎の1例」皮膚の科学(5)(5),342-345.
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