パルミチン酸Kとは…成分効果と毒性を解説




・パルミチン酸K
[医薬部外品表示名称]
・パルミチン酸カリウム、カリウム石けん用素地
化学構造的に炭素数16の高級脂肪酸であるパルミチン酸のカリウム塩(高級脂肪酸アルカリ金属塩)であり、セッケン(Soap)(∗1)に分類される分子量294.51の陰イオン界面活性剤(アニオン界面活性剤)です(文献1:2019)。
∗1 セッケンには、「セッケン」「石けん」「せっけん」「石鹸」など4種の表記法があり、これらの用語には界面活性剤を意味する場合と界面活性剤を主剤とした製品を意味する場合がありますが、化学分野では界面活性剤を「セッケン」、製品を「せっけん」と表現する決まりになっています。それらを考慮し、ここでは界面活性剤を「セッケン」、セッケンを主剤とした製品を「石鹸」と記載しています。
セッケンの歴史は非常に古く、紀元前3000年頃のメソポタミア地方の出土品にセッケンらしきものの記録があるといわれていますが、工業的に大規模生産されるようになったのは1800年代であり、セッケンが普及したのもこの頃です(文献2:1979)。
セッケンの製造法には、
- ケン化法:油脂 + 水酸化Naまたは水酸化K → 油脂脂肪酸Naまたは油脂脂肪酸K + グリセリン
- 中和法:高級脂肪酸 + 水酸化Naまたは水酸化K → 高級脂肪酸Naまたは高級脂肪酸K + 水
この2種類があり、またケン化または中和に用いるアルカリは水酸化Naと水酸化Kでは、
- 水酸化Naを用いてケン化または中和する場合:固形石鹸
- 水酸化Kを用いてケン化または中和する場合:液体石鹸
このように利用目的が異なり(文献2:1979)、パルミチン酸Kは高級脂肪酸であるパルミチン酸 + 水酸化Kの中和法によって得られることから、一般に液体石鹸として利用されます。
高級脂肪酸カリウム塩は動物または植物油脂から得られるものを使用しており、一般に油脂の主体となる3種類以上の高級脂肪酸が配合されるため、成分表示一覧には3種類以上の高級脂肪酸カリウム塩が記載されることが多く、パルミチン酸Kを含む脂肪酸カリウム塩の脂肪酸は主にヤシ油などから得られるため、パルミチン酸Kが配合される場合は一緒にラウリン酸Kをはじめとして、ミリスチン酸K、ステアリン酸K、オレイン酸Kのいずれかまたは複数が併用されると考えられます。
化粧品に配合される場合は、
これらの目的で、洗顔料&洗顔石鹸、ボディ&ハンドソープ製品、スキンケア化粧品などに使用されています。
起泡および選択洗浄
起泡および選択洗浄に関しては、セッケンは洗浄力および起泡力を有していることが知られていますが、脂肪酸カリウム塩(カリウムセッケン)は脂肪酸ナトリウム塩(ナトリウムセッケン)より溶解性が高く、起泡性に優れていることが知られています(文献3:1958)。
また、30℃および40℃での各脂肪酸における0.5%濃度の脂肪酸カリウム塩(カリウムセッケン)の起泡力および泡持続性は、
脂肪酸名 | 起泡性 | 泡持続性 | |||
---|---|---|---|---|---|
30℃ | 40℃ | 30℃ | 40℃ | ||
飽和脂肪酸 | ラウリン酸 | ○ | ○ | ○ | ○ |
ミリスチン酸 | ◎ | ◎ | ○ | ○ | |
パルミチン酸 | △ | ◎ | ○ | ○ | |
ステアリン酸 | ☓ | ☓ | ☓ | ☓ | |
不飽和脂肪酸 | オレイン酸 | ◎ | ◎ | ○ | ○ |
このような傾向が明らかにされており(文献4:1989)、パルミチン酸は40℃付近の温水では起泡力を発現しますが、30℃以下では起泡力をほとんど発揮しないことが知られています。
ただし、市販の洗浄製品には使用されている脂肪酸カリウム塩は複数の混合物であり、またほかの界面活性剤との相乗効果を考慮した処方設計されていることも多く、製品における洗浄力や起泡性はこれらの総合的な洗浄力、起泡性および泡持続性を示します(文献5:1993)。
次に、脂肪酸カリウム塩は主に洗顔料に使用されますが、洗顔の場合、過剰な皮脂や汚れを洗浄することが必要である一方で、皮膚の恒常性を保持するための角質細胞間脂質などまで洗い流してしまうことは望ましいことではありません。
このような背景から、洗顔において皮膚のつっぱり感や肌荒れを回避するために、皮膚の恒常性に必要な物質を極力洗い流さない選択洗浄性(∗2)が重要であり、顔における脂肪酸カリウム塩の選択洗浄性とは、皮膚の向上性を保つために重要な因子である角層細胞由来脂質であるコレステロールおよびコレステロールエステルを残存させ(∗3)、皮脂由来脂質であるスクワレンを汚れとともに洗浄することを意味します。
∗2 選択洗浄性とは、ある物質はよく洗い流すが、ある物質は洗い流さず残すという洗浄剤の性質のことです。
∗3 角質細胞間脂質であるコレステロールおよびコレステロールエステルの残存は皮膚の乾燥や肌荒れを防ぐための重要な因子であると考えられています。
1989年にポーラ化成工業によって報告された各脂肪酸カリウム塩(カリウムセッケン)の選択洗浄性検証によると、
水洗いでは、親水性の高いコレステロールが除去され、コレステロール比率の減少を示した。
一方で、パルミチン酸Kは非常に優れたスクワレン洗浄力を示すとともに、コレステロールエステルおよびコレステロールを残す選択洗浄性を示した。
さらに、複数の脂肪酸カリウム塩を組み合わせた処方系においても同様の選択洗浄性がみられ、とくにパルミチン酸Kおよびステアリン酸Kを組み合わせたものがスクワレン除去率が高く、
- ラウリン酸K、ミリスチン酸K
- ミリスチン酸K、パルミチン酸K、ステアリン酸K
- パルミチン酸K、ステアリン酸K
これらのいずれの組み合わせにおいてもコレステロールエステルおよびコレステロールを残す選択洗浄性を示した。
このような検証結果が明らかにされており(文献6:1989)、パルミチン酸Kは優れたスクワレン(皮脂腺由来皮脂)の洗浄力とコレステロールエステルびコレステロールを皮膚に残す選択洗浄性が認められています。
非極性油のスクワレンは、親油基が大きい(炭素鎖が長い)界面活性剤のほうが親和力が高いため、比較的親油基が大きい(炭素鎖が長い)パルミチン酸Kに十分な洗浄性が示されたと考えられます。
乳化
乳化に関しては、まず前提知識として乳化とエマルションについて解説します。
乳化とは、1つの液体にそれと溶け合わない別の液体を微細な粒子の状態に均一に分散させることをいいます(文献11:1990)。
そして、乳化の結果として生成された分散系溶液をエマルションといい、基本的な化粧品用エマルションとして、以下の図のように、
水を外部相とし、その中に油が微細粒子状に分散している水中油滴型(O/W型:Oil in Water type)と、それとは逆に油を外部相とし、その中に水が微細粒子状に分散している油中水滴型(W/O型:Water in Oil type)があります(文献11:1990)。
身近にあるO/W型エマルションとしては、牛乳、生クリーム、マヨネーズなどがあり、一方でW/O型エマルションとしてはバター、マーガリンなどがあります。
現在、一般的に乳化に使用される界面活性剤は非イオン界面活性剤ですが、1950年代以降非イオン界面活性剤が発達するまでは、化粧品用エマルションの乳化剤として陰イオン系のステアリン酸セッケンなどが主として使用されてきました(文献10:1969)。
セッケンは、様々な油性成分を乳化し、またO/Wエマルションを生成するための乳化剤として優れており、さらにセッケン乳化によって生成したエマルションは安定性が高く、ある程度の硬度をもちながらさっぱりした感触を付与するという特徴から、非イオン界面活性剤が発達した今日でもある程度の硬度とさっぱりした感触を目的に使用されています(文献10:1969)。
ただし、セッケンを乳化剤としたエマルションは温度によって硬度が変化しやすく、また経日変化が大きいことから、セッケンの欠点を補うために非イオン界面活性剤と併用する処方が用いられていることが多いです(文献10:1969)。
セッケン乳化に用いられるセッケンはステアリン酸セッケンが多いですが、乳化系スキンケア化粧品ではパルミチン酸セッケンが使用されることもあります。
実際の使用製品の種類や数および配合量は、海外の2016-2019年調査結果になりますが、以下のように報告されています。
以下表におけるリーブオン製品は、付けっ放し製品(スキンケア製品やメイクアップ製品など)を表しており、またリンスオフ製品というのは、洗い流し製品(シャンプー、ヘアコンディショナー、ボディソープ、洗顔料、クレンジングなど)を指します。
パルミチン酸Kの安全性(刺激性・アレルギー)について
- 外原規2006規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2006に収載
- 50年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし(データなし)
- 眼刺激性:詳細不明
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし(データなし)
- 皮膚吸着性:ほとんどなし
このような結果となっており、洗浄製品のような短時間の非連続使用として皮膚から完全に洗い流すように設計された製品において、一般的に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)について
医薬部外品原料規格2006に収載されており、セッケンを構成する脂肪酸塩のひとつとして50年以上の使用実績がある中で重大な皮膚刺激および皮膚感作の報告がみあたらないことから、洗浄製品のような短時間の非連続使用として皮膚から完全に洗い流すように設計された製品において、一般的に皮膚刺激および皮膚感作性(アレルギー性)はほとんどないと考えられますが、詳細な安全性試験データがみあたらず(∗4)、データ不足のため詳細は不明です。
∗4 古い試験データはたくさんありますが、試験方法自体古く、試験データと実際の使用における関連性が不確かなデータが多かったため、現段階では記載できるデータはみつかっていません。現在採用されている試験規格に基づいた試験データがみつかり次第追補します。
脂肪酸アルカリ塩の皮膚刺激性に関しては、
ラウリン酸(C₁₂) ← ミリスチン酸(C₁₄) ← パルミチン酸(C₁₆) ← ステアリン酸(C₁₈)
この順に皮膚刺激が強いことが知られており、また脂肪酸ナトリウム塩より脂肪酸カリウム塩のほうが刺激性が強いことが報告されていますが(文献7:1939)、一般に洗浄製品のような短時間の非連続使用として皮膚から完全に洗い流すように設計された製品において、セッケンが皮膚に与える影響は極めて少ないことが明らかにされています(文献8:1972)。
眼刺激性について
試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細は不明です。
皮膚吸着性について
皮膚吸着性に関しては、まず前提知識として脂肪酸アルカリ塩の皮膚吸着に対する影響について解説します。
一般的に脂肪酸アルカリ塩を含む洗顔料を使用した洗顔において、脂肪酸アルカリ塩が皮膚に吸着残留する量が増えるほど洗顔後につっぱり感やかさつき感を感じる傾向にあり、洗顔後のつっぱり感やかさつき感を防ぐためには、皮膚吸着の少ない脂肪酸アルカリ塩の使用が重要であると考えられます。
1989年にポーラ化成工業によって報告された各脂肪酸カリウム塩(カリウムセッケン)の選択洗浄性検証によると、
ラウリン酸Kおよびミリスチン酸Kで洗浄した場合は、使用した脂肪酸と同じ脂肪酸量が洗浄時間とともに増加したことから、明らかに皮膚吸着を示していると考えられた。
一方で、パルミチン酸Kおよびステアリン酸Kは残存量が非常に少なく、洗浄時間とともに減少しており、皮膚吸着していないものと考えられた。
また、オレイン酸Kの場合は、残存量は比較的多いものの洗浄時間とともに減少していることから、皮膚吸着の可能性は低いと考えられた。
このような検証結果が明らかにされており(文献9:1999)、パルミチン酸Kは皮膚吸着性がほとんどないことが認められています。
そのため、パルミチン酸Kは脂肪酸カリウム塩の中では、かさつき感やつっぱり感を感じることが比較的少ないと考えられます。
∗∗∗
パルミチン酸Kは界面活性剤にカテゴライズされています。
成分一覧は以下からお読みください。
参考:界面活性剤
∗∗∗
文献一覧:
- “Pubchem”(2019)「Potassium palmitate」, <https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/compound/Potassium-palmitate> 2019年10月2日アクセス.
- 小野 正宏(1979)「身のまわりの化学”セッケンおよびシャンプー”」化学教育(27)(5),297-301.
- Luis Mauri, 他(1958)「起ホウ力の評価」油化学(27)(5),104-106.
- 大矢 勝, 他(1989)「衣類の泡沫洗浄に関する研究」繊維製品消費科学(30)(2),87-93.
- 宮澤 清(1993)「化粧せっけん及びヘアシャンプーの泡立ちとソフト感」油化学(42)(10),768-774.
- 橋本 文章, 他(1989)「界面活性剤の皮膚への吸着性と洗顔料による選択洗浄性」日本化粧品技術者会誌(23)(2),126-133.
- L. D. Edwards(1939)「The pharmacology of SOAPS」Journal of the American Pharmaceutical Association(28)(4),209-215.
- 岩本 行信(1972)「セッケン」油化学(21)(10),699-704.
- 酒井 裕二(1999)「理想的な洗顏料の開発」日本化粧品技術者会誌(33)(2),109-118.
- 光井 武夫(1969)「化粧品における応用」油化学(18)(9),521-529.
- 田村 健夫, 他(1990)「乳化作用」香粧品科学 理論と実際 第4版,270-273.
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