カリ石ケン素地とは…成分効果と毒性を解説



・カリ石ケン素地
[医薬部外品表示名称]
・カリウム石けん用素地、カリウム石けん用素地(2)
化学構造的に炭素数12-18を主とする高級脂肪酸または油脂のカリウム塩(脂肪酸アルカリ金属塩)であり、セッケン(Soap)(∗1)に分類される陰イオン界面活性剤(アニオン界面活性剤)です。
∗1 セッケンには、「セッケン」「石けん」「せっけん」「石鹸」など4種の表記法があり、これらの用語には界面活性剤を意味する場合と界面活性剤を主剤とした製品を意味する場合がありますが、化学分野では界面活性剤を「セッケン」、製品を「せっけん」と表現する決まりになっています。それらを考慮し、ここでは界面活性剤を「セッケン」、セッケンを主剤とした製品を「石鹸」と記載しています。
セッケンの歴史は非常に古く、紀元前3000年頃のメソポタミア地方の出土品にセッケンらしきものの記録があるといわれていますが、工業的に大規模生産されるようになったのは1800年代であり、セッケンが普及したのもこの頃です(文献1:1979)。
セッケンの製造法には、
- ケン化法:油脂 + 水酸化Naまたは水酸化K → 石ケン素地またはカリ石ケン素地 + グリセリン
- 中和法:高級脂肪酸 + 水酸化Naまたは水酸化K → 石ケン素地またはカリ石ケン素地 + 水
この2種類があり、ケン化または中和に用いるアルカリは水酸化Naと水酸化Kでは、
- 水酸化Naを用いてケン化または中和する場合:石ケン素地(固形石鹸)
- 水酸化Kを用いてケン化または中和する場合:カリ石ケン素地(液体石鹸)
このように明確な違いがあります(文献1:1979)。
化粧品成分表示における液体石鹸成分の表示は、必ず「カリ石ケン素地」と記載されるわけではなく、カリ石ケン素地を構成する成分に応じて以下の表のように、
表示の種類 | 使用成分(反応させる成分) | 表示成分一覧 |
---|---|---|
単一成分表示 | – | カリ石ケン素地 |
反応後表示 | 高級脂肪酸 + 水酸化K | ラウリン酸K、ミリスチン酸K、パルミチン酸K、ステアリン酸K、オレイン酸K |
油脂 + 水酸化K | ヤシ脂肪酸K、オリーブ脂肪酸K | |
反応前表示 | 高級脂肪酸 + 水酸化K | ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、水酸化K |
油脂 + 水酸化K | ヤシ油、パーム油、パーム核油、オリーブ果実油、水酸化K |
これらの記載方法があります。
高級脂肪酸は一般的にこれらのいずれか3つ以上が使用(記載)され、油脂はこれらのいずれかひとつまたは複数が使用(記載)されるのが一般的であり、また油脂においてはこれら以外の油脂が使用されることもあります。
化粧品に配合される場合は、
これらの目的で、洗顔料、ボディ&ハンドソープ製品などに使用されています。
起泡・選択洗浄
起泡および選択洗浄に関しては、セッケンは洗浄力および起泡力を有していることが知られていますが、脂肪酸カリウム塩(カリウムセッケン)は脂肪酸ナトリウム塩(ナトリウムセッケン)より溶解性が高く、起泡性に優れていることが知られています(文献3:1958)。
また、30℃および40℃での各脂肪酸における0.5%濃度の脂肪酸カリウム塩(カリウムセッケン)の起泡力および泡持続性は、
脂肪酸名 | 起泡性 | 泡持続性 | |||
---|---|---|---|---|---|
30℃ | 40℃ | 30℃ | 40℃ | ||
飽和脂肪酸 | ラウリン酸 | ○ | ○ | ○ | ○ |
ミリスチン酸 | ◎ | ◎ | ○ | ○ | |
パルミチン酸 | △ | ◎ | ○ | ○ | |
ステアリン酸 | ☓ | ☓ | ☓ | ☓ | |
不飽和脂肪酸 | オレイン酸 | ◎ | ◎ | ○ | ○ |
このような傾向が明らかにされています(文献4:1989)。
ただし、カリ石ケン素地は複数の高級脂肪酸または油脂のカリウム塩混合物であることから、配合されている高級脂肪酸または油脂のカリウム塩の総合的な洗浄力、起泡性および泡持続性を示します(文献5:1993)。
また、「カリ石ケン素地」とだけ記載されている場合は、高級脂肪酸の種類や比率がわかりませんが、製品プロモーション媒体やパッケージにカリ石ケン素地に使用している成分が記載されていることがあり、その場合は記載された成分を調べることで配合されたカリ石ケン素地の性質や傾向がわかります。
次に、脂肪酸カリウム塩は主に洗顔料に使用されますが、洗顔の場合、過剰な皮脂や汚れを洗浄することが必要である一方で、皮膚の恒常性を保持するための角質細胞間脂質などまで洗い流してしまうことは望ましいことではありません。
このような背景から、洗顔において皮膚のつっぱり感や肌荒れを回避するために、皮膚の恒常性に必要な物質を極力洗い流さない選択洗浄性(∗2)が重要であり、顔における脂肪酸カリウム塩の選択洗浄性とは、皮膚の向上性を保つために重要な因子である角層細胞由来脂質であるコレステロールおよびコレステロールエステルを残存させ(∗3)、皮脂由来脂質であるスクワレンを汚れとともに洗浄することを意味します。
∗2 選択洗浄性とは、ある物質はよく洗い流すが、ある物質は洗い流さず残すという洗浄剤の性質のことです。
∗3 角質細胞間脂質であるコレステロールおよびコレステロールエステルの残存は皮膚の乾燥や肌荒れを防ぐための重要な因子であると考えられています。
1989年にポーラ化成工業によって報告された各脂肪酸カリウム塩(カリウムセッケン)の選択洗浄性検証によると、
水洗いでは、親水性の高いコレステロールが除去され、コレステロール比率の減少を示した。
一方で、ラウリン酸K、パルミチン酸Kおよびステアリン酸Kは非常に優れたスクワレン洗浄力を示すとともに、コレステロールエステルおよびコレステロールを残す選択洗浄性を示した。
また、ミリスチン酸Kおよびオレイン酸Kもラウリン酸K、パルミチン酸Kおよびステアリン酸Kほどではないが、スクワレン洗浄力を示すとともにコレステロールエステルおよびコレステロールを残す選択洗浄性を示した。
さらに、複数の脂肪酸カリウム塩を組み合わせた処方系においても同様の選択洗浄性がみられ、とくにパルミチン酸Kおよびステアリン酸Kを組み合わせたものがスクワレン除去率が高く、
- ラウリン酸K、ミリスチン酸K
- ミリスチン酸K、パルミチン酸K、ステアリン酸K
- パルミチン酸K、ステアリン酸K
これらのいずれの組み合わせにおいてもコレステロールエステルおよびコレステロールを残す選択洗浄性を示した。
このような検証結果が明らかにされており(文献6:1989)、スクワレンの洗浄力は脂肪酸によって差があるものの、いずれの脂肪酸カリウム塩もコレステロールエステルおよびコレステロールは残しており、選択洗浄性が認められています。
カリ石ケン素地の安全性(刺激性・アレルギー)について
- 50年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし(データなし)
- 眼刺激性:詳細不明
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし(データなし)
このような結果となっており、洗浄製品のような短時間の非連続使用として皮膚から完全に洗い流すように設計された製品において、一般的に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)について
一般的なカリ石ケン素地は、セッケン成分として50年以上の使用実績がある中で重大な皮膚刺激および皮膚感作の報告がみあたらないことから、化粧品配合量および通常使用下において、一般的に皮膚刺激および皮膚感作性(アレルギー性)はほとんどないと考えられますが、詳細な安全性試験データがみあたらず(∗4)、データ不足のため詳細は不明です。
∗4 古い試験データはたくさんありますが、試験方法自体古く、試験データと実際の使用における関連性が不確かなデータが多かったため、現段階では記載できるデータはみつかっていません。現在採用されている試験規格に基づいた試験データがみつかり次第追補します。
脂肪酸アルカリ塩の皮膚刺激性に関しては、
ラウリン酸(C₁₂) ← ミリスチン酸(C₁₄) ← オレイン酸(C₁₈) ← パルミチン酸(C₁₆) ← ステアリン酸(C₁₈)
この順に皮膚刺激が強いことが知られており、また脂肪酸ナトリウム塩より脂肪酸カリウム塩のほうが刺激性が強いことが報告されていますが(文献2:1939)、一般に洗浄製品のような短時間の非連続使用として皮膚から完全に洗い流すように設計された製品において、セッケンが皮膚に与える影響は極めて少ないことが明らかにされています(文献1:1972)。
眼刺激性について
試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細は不明です。
皮膚吸着性について
皮膚吸着性に関しては、まず前提知識として脂肪酸アルカリ塩の皮膚吸着に対する影響について解説します。
一般的に脂肪酸アルカリ塩を含む洗顔料を使用した洗顔において、脂肪酸アルカリ塩が皮膚に吸着残留する量が増えるほど洗顔後につっぱり感やかさつき感を感じる傾向にあり、洗顔後のつっぱり感やかさつき感を防ぐためには、皮膚吸着の少ない脂肪酸アルカリ塩の使用が重要であると考えられます。
1989年にポーラ化成工業によって報告された各脂肪酸カリウム塩(カリウムセッケン)の選択洗浄性検証によると、
ラウリン酸Kおよびミリスチン酸Kで洗浄した場合は、使用した脂肪酸と同じ脂肪酸量が洗浄時間とともに増加したことから、明らかに皮膚吸着を示していると考えられた。
一方で、パルミチン酸Kおよびステアリン酸Kは残存量が非常に少なく、洗浄時間とともに減少しており、皮膚吸着していないものと考えられた。
また、オレイン酸Kの場合は、残存量は比較的多いものの洗浄時間とともに減少していることから、皮膚吸着の可能性は低いと考えられた。
このような検証結果が明らかにされており(文献8:1999)、パルミチン酸K、ステアリン酸Kおよびオレイン酸Kは皮膚吸着性がほとんどないことが認められている一方で、ラウリン酸Kおよびミリスチン酸Kに皮膚吸着性が認められています。
そのため、ラウリン酸Kおよびミリスチン酸Kが配合されている場合は、かさつき感やつっぱり感を感じる可能性があると考えられます。
ただし、優れた起泡性の観点から、コンセプトや処方の上でラウリン酸Kおよび/またはミリスチン酸Kが欠かせない場合もあり、そういった場合ではコレステロールを併用することで、ラウリン酸の皮膚吸着率が約40%減少することが報告されているため(文献8:1999)、ラウリン酸Kと一緒にコレステロールが併用されている場合は、皮膚吸着がかなり抑制されると考えられます。
また、洗顔時のすすぎ時間や回数が少なければ、皮膚上に残る界面活性剤量は多くなり、皮膚上のpHも一時的に高くなりますが、洗顔前に水で素洗いし、なおかつよく泡立てて使用することで、すすぎ後の皮膚pHは洗顔前の値に戻り、界面活性剤の皮膚吸着が抑制できることが判明しています(文献9:1996)。
∗∗∗
カリ石ケン素地は界面活性剤にカテゴライズされています。
成分一覧は以下からお読みください。
参考:界面活性剤
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文献一覧:
- 小野 正宏(1979)「身のまわりの化学”セッケンおよびシャンプー”」化学教育(27)(5),297-301.
- L. D. Edwards(1939)「The pharmacology of SOAPS」Journal of the American Pharmaceutical Association(28)(4),209-215.
- Luis Mauri, 他(1958)「起ホウ力の評価」油化学(27)(5),104-106.
- 大矢 勝, 他(1989)「衣類の泡沫洗浄に関する研究」繊維製品消費科学(30)(2),87-93.
- 宮澤 清(1993)「化粧せっけん及びヘアシャンプーの泡立ちとソフト感」油化学(42)(10),768-774.
- 橋本 文章, 他(1989)「界面活性剤の皮膚への吸着性と洗顔料による選択洗浄性」日本化粧品技術者会誌(23)(2),126-133.
- 岩本 行信(1972)「セッケン」油化学(21)(10),699-704.
- 酒井 裕二(1999)「理想的な洗顏料の開発」日本化粧品技術者会誌(33)(2),109-118.
- 高橋きよみ, 他(1996)「肌トラブルを未然に防ぐ洗顔法について」第38回SCCJ研究討論会講演要旨集,44-47.
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