t-ブチルメトキシジベンゾイルメタンの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | t-ブチルメトキシジベンゾイルメタン |
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医薬部外品表示名 | 4-tert-ブチル-4′-メトキシジベンゾイルメタン |
部外品表示簡略名 | t-ブチルメトキシジベンゾイルメタン |
慣用名 | アボベンゾン |
INCI名 | Butyl Methoxydibenzoylmethane |
配合目的 | 紫外線防御、退色防止 |
1. 基本情報
1.1. 定義
ジベンゾイルメタン誘導体の一種であり、以下の化学式で表される芳香族化合物です[1a]。
1.2. 物性・性状
t-ブチルメトキシジベンゾイルメタンの物性・性状は(∗1)、
∗1 融点とは固体が液体になりはじめる温度のことです。また極大吸収波長とは、人体に影響を及ぼす紫外線波長であるUVB-UVAの波長領域(290-400nm)の中で最も吸収する波長のことをいいます。
状態 | 融点(℃) | 極大吸収波長(nm) | 溶解性 |
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粉末 | 81-86 | 357(UVA領域) | 水に不溶、エタノールに微溶 |
2. 化粧品としての配合目的
- UVA吸収による紫外線防御効果
- 退色防止
主にこれらの目的で、化粧下地製品、日焼け止め製品、ネイル製品、香水、リップケア製品、リップ系メイクアップ製品、その他のメイクアップ製品、ボディ&ハンドケア製品など様々な製品に汎用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. UVA吸収による紫外線防御効果
UVA吸収による紫外線防御効果に関しては、まず前提知識として紫外線(ultraviolet:UV)および紫外線の皮膚への影響について解説します。
紫外線とは、以下の図表のように、
紫外線の分類 | 略称 | 波長領域(nm) |
---|---|---|
長波長紫外線 | UVA | 320-400 |
中波長紫外線 | UVB | 290-320 |
短波長紫外線 | UVC | 190-290 |
太陽による光の波長のうち可視光線よりも波長の短いものを指し、生物学的な作用によって3種類に分類されていますが、以下の図が示すように、
300nm以下の波長のものは成層圏のオゾン層に吸収されるため、地上に到達するのは波長領域300-400nm、つまりUVBの一部(300-320nm)とUVAのみであり、人体に作用するのはUVBおよびUVAであることが知られています[5a][6][7a]。
UVBおよびUVAによるヒト皮膚に対する障害は、以下の表のように、
UVB | UVA | ||
---|---|---|---|
皮膚到達度 | 表皮まで | 真皮まで | |
皮膚 外観 変化 |
単回 曝露 |
一過性の炎症(紅斑) 遅延黒化(紅斑消退後) |
一過性の即時黒化 UVBによる紅斑の増強 一過性の紅斑(大量曝露時) |
反復 曝露 |
持続型黒化の増強 | 光老化皮膚の形成 | |
皮膚 内部 変化 |
単回 曝露 |
表皮細胞の損傷 DNAの損傷 メラニン産生の促進 活性酸素(・O2–)の生成 活性酸素(NO)の促進 |
活性酸素(1O2)の生成 |
反復 曝露 |
メラノサイトの増殖 | 真皮細胞外マトリックスの変性 |
皮膚外観および皮膚内部のそれぞれで、主にこれらの変化が報告されています[5b][7b][8a][9a]。
UVBは、単回曝露時の即時的な皮膚反応としていわゆる「日焼け」とよばれる紅斑や浮腫のような炎症反応を引き起こすことが知られており、この炎症が紫外線曝露24時間をピークとして消退したあとに(紫外線曝露から3日後に)各メラノサイト活性化因子の分泌が亢進し、メラノサイトがそれらを受け取ることでメラノサイト内でメラニン産生が促進され、遅延型黒化を引き起こします(∗2)[5c][7c][9b]。
∗2 紫外線曝露による、炎症のメカニズムについては抗炎症成分カテゴリで、メラニン産生促進による黒化のメカニズムについては美白成分カテゴリでそれぞれ解説しているので併せて参照してください。
また、反復曝露(長期間の曝露)による主な皮膚反応としてメラノサイトの増殖によってメラニン量が増加することによる皮膚の持続的な黒化や部分的な色素沈着があります[7d][8b]。
一方で、UVAは単回曝露時の即時的な皮膚反応として、曝露した直後に皮膚が黒化する即時黒化を引き起こしますが、この即時黒化反応は2-3時間で消失する一時的な皮膚の外観変化であり、メラニンの生成促進によって引き起こされたものではなく、皮膚にすでに存在している淡色のメラニン(還元メラニン)の光酸化によるものであると考えられています[8c][9c]。
また、反復曝露(長期間の曝露)による主な皮膚反応として真皮に存在する細胞外マトリックスの変性による皮膚の老化(ハリや弾力の低下)が促進されることが知られています(∗3)[5d][7e]。
∗3 皮膚の老化(光老化)のメカニズムについては、抗老化成分カテゴリで解説しているので、併せて参照してください。
このような背景から、過剰なUVBおよびUVAの曝露から皮膚を保護することは、健常な皮膚の維持や光老化の予防という点で重要であると考えられています。
t-ブチルメトキシジベンゾイルメタンは、以下の紫外線吸収スペクトル図をみてもらうとわかりやすいと思いますが(∗4)、
∗4 吸光度(absorbance:abs)とは、溶液に吸収される光の量のことを指し、Lambert-Beerの法則を用いた場合、光透過率100%の吸光度0.0、31.6%の吸光度0.5、10%の吸光度1.0、1%の吸光度2.0となり、吸光度が大きいほど光透過率は低くなります。ただし、濃度依存的に吸光度は高くなるため、吸光度はあくまでもスペクトルを示すための参考値です。
UVA領域である357nmに吸収極大を示すUVA吸収能を有しており、またUVB吸収剤であるメトキシケイヒ酸エチルヘキシルへの溶解に優れていることから[4b]、UVA吸収による紫外線防御目的で化粧下地製品、日焼け止め製品、リップ系製品、ボディ&ハンドケア製品などに汎用されています。
ただし、t-ブチルメトキシジベンゾイルメタンは金属と結合すると着色する性質があるため、紫外線防御目的においてはEDTA(∗5)などの金属封鎖剤(キレート剤)と組み合わせて使用されることが多いです[4d]。
∗5 一般に化粧品に使用されるEDTAにはEDTA-2Na、EDTA-3Na、EDTA-4Naがあります。
2.2. 退色防止
退色防止に関しては、t-ブチルメトキシジベンゾイルメタンはUVA吸収能に優れることから[4c]、紫外線曝露による色素の退色・変色、香料の変臭、高分子化合物の分解ならびに解重合、油脂類の酸化などを防ぎ、製造から使用を終えるまでの長期間にわたって化粧品の安定性を保つ目的で、香水、ネイル製品、メイクアップ製品、ボディ&ハンドケア製品など様々な製品に使用されています[1b][10]。
3. 混合原料としての配合目的
t-ブチルメトキシジベンゾイルメタンは混合原料が開発されており、t-ブチルメトキシジベンゾイルメタンと以下の成分が併用されている場合は、混合原料として配合されている可能性が考えられます。
原料名 | AvoCap 2 |
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構成成分 | t-ブチルメトキシジベンゾイルメタン、酢酸セルロース |
特徴 | 紫外線吸収剤のべたつきをなくし、光感作リスクを低減するt-ブチルメトキシジベンゾイルメタン内包マイクロカプセル |
原料名 | AvoCap |
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構成成分 | t-ブチルメトキシジベンゾイルメタン、オクトクリレン、酢酸セルロース |
特徴 | 紫外線吸収剤のべたつきをなくし、光感作リスクを低減するt-ブチルメトキシジベンゾイルメタンおよびオクトクリレン内包マイクロカプセル |
原料名 | Eusolex UV-Pearls OB-S |
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構成成分 | 水、オクトクリレン、t-ブチルメトキシジベンゾイルメタン、ソルビトール、シリカ、フェノキシエタノール、PVP、クロルフェネシン、EDTA-2Na |
特徴 | t-ブチルメトキシジベンゾイルメタンとオクトクリレンをマイクロカプセル技術で内包し、水に分散させた紫外線ケア原料 |
原料名 | Silasoma MEA |
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構成成分 | ポリシリコーン-14、メトキシケイヒ酸エチルヘキシル、t-ブチルメトキシジベンゾイルメタン、水 |
特徴 | UVA波およびUVB波吸収剤を90%内包したカプセルの水分散液 |
原料名 | Silasoma REA(E) |
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構成成分 | ポリシリコーン-14、オクトクリレン、t-ブチルメトキシジベンゾイルメタン、水 |
特徴 | UVA波およびUVB波吸収剤を90%内包したカプセルの水分散液 |
原料名 | パルソール GUARD |
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構成成分 | オクトクリレン、ホモサレート、t-ブチルメトキシジベンゾイルメタン、トコフェロール、ヒマワリ種子油 |
特徴 | 幅広いUV吸収スペクトルをもつ透明製品向け退色・変色防止剤 |
4. 配合量範囲
4-tert-ブチル-4′-メトキシジベンゾイルメタンは、医薬部外品(薬用化粧品)への配合において配合上限があり、配合範囲は以下になります。
種類 | 配合量 | その他 |
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薬用石けん・シャンプー・リンス等、除毛剤 | 10 | 紫外線吸収剤の合計は10以下とする |
育毛剤 | 10 | |
その他の薬用化粧品、腋臭防止剤、忌避剤 | 10 | |
薬用口唇類 | 10 | |
薬用歯みがき類 | 配合不可 | |
浴用剤 | 2.0 | |
染毛剤 | 1.0 | |
パーマネント・ウェーブ用剤 | 1.0 |
また、t-ブチルメトキシジベンゾイルメタンは配合制限成分リスト(ポジティブリスト)収載成分であり、化粧品に配合する場合は以下の配合範囲内においてのみ使用されます。
種類 | 最大配合量(g/100g) |
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粘膜に使用されることがない化粧品のうち洗い流すもの | 10 |
粘膜に使用されることがない化粧品のうち洗い流さないもの | 10 |
粘膜に使用されることがある化粧品 | 10 |
5. 安全性評価
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 20年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし-最小限
- 眼刺激性:ほとんどなし
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
- 光感作性:ほとんどなし(データなし)
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
5.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)
European Chemicals Agencyの安全性データ[11a]によると、
- [動物試験] 6匹のウサギの無傷および擦過した皮膚に10%t-ブチルメトキシジベンゾイルメタンを4時間閉塞パッチ適用し、OECD404テストガイドラインに基づいてパッチ除去後に皮膚刺激性を評価したところ、この試験物質はこの試験条件下において最小限の皮膚刺激剤であった
- [動物試験] モルモット(数不明)に5%および20%t-ブチルメトキシジベンゾイルメタンを対象にOECD406テストガイドラインに基づいてMaximization皮膚感作性試験を実施したところ、この試験物質は皮膚感作剤ではなかった
このように記載されており、試験データをみるかぎり皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
皮膚刺激性については、最小限の眼刺激が報告されているため、一般に非刺激-最小限の眼刺激を引き起こす可能性があると考えられます。
5.2. 眼刺激性
European Chemicals Agencyの安全性データ[11b]によると、
- [動物試験] 3匹のウサギを1群とし、それぞれの片眼に5,10および20%t-ブチルメトキシジベンゾイルメタンを点眼し、OECD405テストガイドラインに基づいて点眼後に眼刺激性を評価したところ、この試験物質はこの試験条件下において眼刺激剤ではなかった
このように記載されており、試験データをみるかぎり眼刺激なしと報告されているため、一般に眼刺激性はほとんどないと考えられます。
5.3. 光感作性
兵庫県立加古川医療センター皮膚科の臨床データ[12]によると、
- [個別事例] 48歳の女性は、左足に貼布したケトプロフェン含有湿布剤によって光接触皮膚炎を起こした翌年の夏に、日焼け止め製品で光接触皮膚炎を起こした。成分別パッチテストを実施したところ、ケトプロフェンの光感作試験で陽性であり、ケトプロフェンの光感作を抑制する目的で添加していたt-ブチルメトキシジベンゾイルメタンにも陽性を示した。光接触皮膚炎を起こした日焼け止めにはt-ブチルメトキシジベンゾイルメタンが含まれていたため、これを原因成分であると考え、以降t-ブチルメトキシジベンゾイルメタン含有日焼け止め製品を禁止とした
– 個別事例 –
このように記載されており、個別事例のみですが1例の光感作事例が報告されています。
30年以上の使用実績がある中で重大な光感作の報告がみあたらないため、化粧品配合量および通常使用下において一般に光感作性はほとんどないと考えられますが、詳細な安全性試験データがみあたらず、データ不足のため詳細は不明です。
6. 参考文献
- ⌃ab日本化粧品工業連合会(2013)「t-ブチルメトキシジベンゾイルメタン」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,842-843.
- ⌃日光ケミカルズ株式会社(2006)「紫外線防御剤」新化粧品原料ハンドブックⅠ,445-457.
- ⌃本間 茂継(2014)「化粧品開発に用いられる紫外線防御素材」日本化粧品技術者会誌(48)(1),2-10. DOI:10.5107/sccj.48.2.
- ⌃abcd長沼 雅子(2000)「紫外線吸収剤の開発の最前線」皮膚の光老化とサンケアの科学,29-52.
- ⌃abcd正木 仁(2003)「紫外線」化粧品事典,500-502.
- ⌃磯貝 理恵子・山田 秀和(2021)「太陽光線と皮膚:マクロの変化」臨床光皮膚科学,16-22.
- ⌃abcde錦織 千佳子(2009)「紫外線と光防御」美容皮膚科学 改定2版,31-39.
- ⌃abc日光ケミカルズ株式会社(2016)「紫外線障害予防剤」パーソナルケアハンドブックⅠ,586-594.
- ⌃abc富田 靖(2009)「メラニンと色素異常」美容皮膚科学 改定2版,22-30.
- ⌃田村 健夫・廣田 博(2001)「安定剤としての紫外線吸収剤」香粧品科学 理論と実際 第4版,235-237.
- ⌃abEuropean Chemicals Agency(2021)「1-[4-(1,1-dimethylethyl)phenyl]-3-(4-methoxyphenyl)propane-1,3-dione」, 2022年4月8日アクセス.
- ⌃足立 厚子, 他(2016)「湿布剤中のアボベンゾンにより感作されたサンスクリーンによる光接触皮膚炎」日本皮膚アレルギー・接触皮膚炎学会雑誌(10)(2),125-129. DOI:10.18934/jedca.10.2_125.