変性アルコールの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | 変性アルコール |
---|---|
医薬部外品表示名 | 酢酸リナリル変性アルコール(∗1) |
INCI名 | Alcohol Denat.、SD Alcohol 39-C、SD Alcohol 40、SD Alcohol 40-B |
配合目的 | 溶剤・基剤、収れん、清涼感付与、防腐補助、整髪 など |
∗1 変性剤として酢酸リナリルを用いた場合のみです。
1. 基本情報
1.1. 定義
工業用アルコールの飲用への転用を防止するためにエタノールに少量(0.5%-5%)の変性剤(∗2)を加えたものです[1a][2]。
∗2 変性剤とは、エタノールを飲用に適さなくするために添加される成分であり、ローズ様芳香を有する香料成分であるゲラニオールやフェネチルアルコール、ベルガモット様芳香を有する酢酸リナリル(リナリールアセテート)、強い苦味を有する成分である八アセチルショ糖(8アセチルショ糖:オクタアセチルスクロース)などの使用が報告されています[3][4a][5]。香料を変性剤とした変性アルコールが配合されている場合は、化粧品成分一覧に香料成分の表示がない場合であってもかすかな花様の芳香を感じる可能性があると考えられます。
1.2. 変性アルコールが開発された経緯
工業用エタノールは、飲用に転用することが可能であるため、許可を得ない場合は酒税相当の加算額が課せられ原料価格が高騰するという現状があります。
その現状の中で、工業用エタノールに変性剤を混和し工業用アルコールである(飲用アルコールでない)ことを明示することで加算額を免れることが可能であり、加算額を回避し原料価格を抑える目的で変性アルコールが流通しています。
現状に至る経緯としては、1937年から2001年まで施行されたアルコール専売法では、エタノール単体には酒税が課せられていたため、工業用に使用するアルコールには添加物を加えて飲用不可の状態(変性アルコール)とすることが義務付けられており、工業用には変性エタノールが汎用されていました。
2000年にアルコール専売法と入れ替わる形で施行されたアルコール事業法では、事前許可を得なければ加算額(不正使用を防止する価格:酒税相当額)が課せられるため価格が高くなる一方で、事前許可を得た場合は加算額が免除されるというものになっており[4b][6][7]、事前許可を得ればエタノールを変性アルコールと同等の価格で提供できるため、現在は変性アルコールの使用は減少傾向にあると考えられます。
1.3. 化粧品以外の主な用途
変性アルコールの化粧品以外の主な用途としては、
分野 | 用途 |
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医薬品 | 基剤、溶剤、溶解・溶解補助目的の医薬品添加剤として外用剤などに用いられています[8][9][10][11]。 |
これらの用途が報告されています。
2. 化粧品としての配合目的
- 溶剤・基剤
- 収れん作用
- 揮発性による清涼感付与効果
- 防腐補助
- 乾燥促進による整髪
主にこれらの目的で、スキンケア製品、ボディ&ハンドケア製品、メイクアップ製品、化粧下地製品、日焼け止め製品、シート&マスク製品、洗顔料、洗顔石鹸、クレンジング製品、シャンプー製品、コンディショナー製品、ボディソープ製品、トリートメント製品、頭皮ケア製品、アウトバストリートメント製品、香水、ネイル製品、ヘアカラー製品、ヘアスタイリング製品など様々な製品に汎用されています。
変性アルコールは容量の95%以上がエタノールであり、配合目的もエタノールと同様であることから[1b]、化粧品として配合される目的に対する根拠として以下にエタノールのものを記載しています。
2.1. 溶剤・基剤
溶剤・基剤に関しては、エタノールは化学構造的に油になじみやすいエチル基(CH3CH2-)と水になじみやすいヒドロキシ基(-OH)が結合した構造をもち、炭化水素鎖が2つと充分に短く、ヒドロキシ基の影響が強く出ることから、極性溶媒である水と自由な割合で混和する性質を有しています。
また、2つとはいえ炭化水素鎖を有していることから、様々な油や有機溶媒とも混和する性質も有しています。
このような背景から、ポリマー、植物エキスなどを溶かし込む溶剤・溶媒として汎用されています[1c][12a][13]。
2.2. 収れん作用
収れん作用に関しては、エタノールは揮発性をもち、皮膚に塗布した場合に蒸発熱による皮膚温の一時的な低下による物理的な収れん作用を発揮することから、収れん性化粧品に配合されています[1d][12b][14a]。
2.3. 揮発性による清涼感付与
揮発性による清涼感付与に関しては、エタノールは揮発性をもち、皮膚に塗布した場合に蒸発熱による皮膚温の一時的な低下が起こることが知られています[14b]。
2008年に資生堂によって報告されたエタノール塗布による皮膚温度変化検証によると、
– ヒト皮膚温度変化測定試験 –
水およびエタノール25μLを皮膚に塗布した場合の皮膚温度変化を測定したところ、以下のグラフのように、
最大降下温度は、水で2.9℃、エタノールで1.1℃であり、初期温度降下は、エタノールの揮発が速かった。
このような検証結果が明らかにされており[15a]、エタノールは水と比較して初期温度降下が速いことが認められています。
初期温度降下速度がより早くかつ最大降下温度が大幅に低下するほど清涼感が高くなることから、エタノールの塗布は清涼感の付与効果を有していると考えられており[15b]、清涼感付与目的でアフターシェービングローション、さっぱり系化粧品などに使用されています。
2.4. 防腐補助
防腐補助に関しては、エタノールは濃度70%で最大の殺菌力を有することから、日本薬局方において76.9vol%-81.4vol%濃度範囲で消毒用エタノールとして用いられている一方で[16]、濃度20%以下の低濃度では殺菌力は有さず、細菌の発育または増殖を抑制する静菌作用にとどまり、グラム陰性菌に対してはやや抑制力が高いことから、濃度7%程度まではグラム陰性菌の増殖抑制効果を有すると報告されています[17]。
2012年に御木本製薬によって報告された抗菌性物質の最小発育阻止濃度の検証によると、
– in vitro : 保存性効力試験 –
抗菌性原料の強さを表す最小発育阻止濃度(minimum inhibitory concentration:MIC)を基準として、化粧品に汎用される8種類の抗菌性原料の抗菌性を日本薬局方保存効力試験で推奨された下記5菌種を使用して検討した。
- 黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus:Sa):グラム陽性球菌
- 緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa:Pa):グラム陰性桿菌
- 大腸菌(Escherichia coli:Ec):グラム陰性桿菌
- カンジダ(candida albicans:Ca):酵母
- コウジカビ(aspergillus brasiliensis:Ab):カビ
滅菌容器に20gの試料を入れ、1mLあたり10⁷-10⁸個に調整した微生物懸濁液0.2mLを接種・混合し、1週間おきに一部を取り出し、MICを基準として生菌数を測定したところ、以下の表(∗3)のように、
∗3 表のSa,Pa,Ec,CaおよびAbは菌の英語表記の略称です。またMICは最小発育阻止濃度であるため、数字が小さい(濃度が低い)ほど抗菌力が高いことを意味します。
抗菌剤 | MIC:最小発育阻止濃度(%) | ||||
---|---|---|---|---|---|
Sa | Pa | Ec | Ca | Ab | |
メチルパラベン | 0.2 | 0.225 | 0.125 | 0.1 | 0.1 |
フェノキシエタノール | 0.75 | 0.75 | 0.5 | 0.5 | 0.4 |
BG | 16 | 8 | 10 | 14 | 18 |
ペンチレングリコール | 4 | 2 | 2 | 3 | 3 |
エタノール | 9 | 5 | 5 | 7 | 5 |
DPG | 22.5 | 8 | 12 | 16 | 22.5 |
1,2-ヘキサンジオール | 2.5 | 1 | 1 | 1.5 | 1.5 |
カプリリルグリコール | 0.35 | >0.5 | 0.125 | 0.175 | 0.175 |
防腐剤として配合されるメチルパラベンやフェノキシエタノールに顕著な抗菌性があることは広く知られていますが、エタノールは抗菌性を有する多価アルコールであるカプリリルグリコール、1,2-ヘキサンジオールおよびペンチレングリコールに次ぐ抗菌性を示し、また5種類の菌種すべてに抗菌性を有していることが示された。
このような検証結果が明らかにされており[18]、エタノールに抗菌性が認められています。
このような背景から、濃度5%-7%以上では静菌性を発揮すると考えられますが、それ以下の濃度においては静菌作用はほとんどなく、抗菌・防腐助剤としての効果はほとんどないと考えられます。
2.5. 乾燥促進による整髪
乾燥促進による整髪に関しては、エタノールは揮発性を有していることからヘアスタイリング製品の乾燥を促進し毛髪のスタイリングを早める目的でヘアスタイリング製品・ヘアスタイリング製品に使用されています[12c]。
3. 安全性評価
- 薬添規2018規格の基準を満たした成分が収載される医薬品添加物規格2018に収載(∗4)
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載(∗5)
- 20年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし-軽度
- 皮膚刺激性(皮膚炎を有する場合):濃度依存的に皮膚刺激を引き起こす可能性あり
- 眼刺激性:詳細不明
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
- 光毒性(光刺激性):ほとんどなし
∗4 医薬品添加物規格2018に収載されているのは、ゲラニオール変性アルコール、八アセチルしょ糖変性アルコール、フェニルエチルアルコール変性アルコール、リナリールアセテート変性アルコールです。
∗5 医薬部外品原料規格2021に収載されているのは、酢酸リナリル変性アルコールです。
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
ただし、皮膚炎を有する場合は健常な皮膚と比較して皮膚刺激を引き起こす可能性がかなり高くなるため、注意が必要であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
3.1. 皮膚刺激性
名古屋大学医学部附属病院分院皮膚科の試験データ[19a]によると、
– 健常皮膚を有する場合 –
- [ヒト試験] 30名の被検者に70%ゲラニオール変性アルコール溶液を48時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去後すぐおよび24時間後に皮膚刺激性を評価したところ、3名の被検者に最小限の反応、2名の被検者に軽度の皮膚反応が観察されたが、実質的にこの試験物質は皮膚刺激剤ではなかった
- [ヒト試験] 31名の被検者に70%ゲラニオール変性アルコール溶液を48時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去後すぐおよび24時間後に皮膚刺激性を評価したところ、6名の被検者に最小限の反応、1名の被検者に軽度の皮膚反応が観察されたが、実質的にこの試験物質は皮膚刺激剤ではなかった
このように記載されており、試験データをみるかぎり非刺激-軽度の皮膚刺激が報告されていることから、健常な皮膚において一般に皮膚刺激性は非刺激-軽度の皮膚刺激を引き起こす可能性があると考えられます。
次に、市立柏原病院皮膚科の試験データ[20]によると、
– 皮膚炎を有する場合 –
- [ヒト試験] 皮膚炎などを有する314名の患者に70%消毒用エタノール(添加物なし)を30分間閉塞パッチ適用し、パッチ除去後に皮膚反応を評価したところ、以下表のように、
皮膚病名 試験数 陽性数 陽性割合(%) 蕁麻疹 84 35 41.7 接触皮膚炎 164 102 62.2 脂漏性皮膚炎 13 9 69.2 尋常性ざ瘡 19 12 63.2 その他 36 17 47.2 175名(55.5%)の患者に刺激反応がみられた。70%の高濃度で刺激反応を生じている可能性が考えられたため、70%濃度で刺激反応を示した97名に13%エタノール希釈液で同様にパッチテストしたところ、82名が刺激反応を示した。さらに51名に3%エタノール希釈液で同様にパッチテストしたところ、30名が刺激反応を示した
このように記載され、試験データをみるかぎり濃度依存的な皮膚刺激反応が報告されており、国内においては化粧水に用いられる濃度は高くても20%程度と報告されていますが[21]、濃度13%および3%においても皮膚刺激反応が報告されていることから、一般に皮膚炎を有する場合においては皮膚刺激を引き起こす可能性が低くないと考えられます。
3.2. 眼刺激性
化粧品使用濃度範囲における試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細不明です。
3.3. 皮膚感作性(アレルギー性)
東京医療保険大学大学院によって報告されたエタノール接触皮膚傷害症例データ[22]によると、
- [ヒト試験] 1982年から2008年の間において日本人におけるエタノール接触皮膚障害は、接触蕁麻疹38例、アレルギー性接触皮膚炎18例、接触蕁麻疹とアレルギー性接触皮膚炎2例、接触蕁麻疹と刺激性接触皮膚炎1例であり、その多くはパッチ塗布5分後に紅斑が生じる即時型アレルギーで、まれに24-72時間後にも紅斑が持続または増強する遅延型反応も確認された
このように記載されており、試験データをみるかぎりごくまれにエタノールによる接触蕁麻疹およびアレルギー性接触皮膚炎が報告されているものの、臨床的な皮膚感作報告は非常に少なく[23a]、一般的に皮膚感作性はほとんどない(ごくまれに起こる可能性あり)と考えられます。
ただし、以下の東邦大学医学部附属大橋病院皮膚科によって報告された試験データによると[23b]、
- [ヒト試験] エタノールに過敏反応を有する17名にイソプロパノールおよびラノリンをパッチテストしたところ、6名(35.3%)がイソプロパノールに、2名がラノリンに感作反応を示し、またラノリンに感作した2名はイソプロパノールにも感作していた
このように記載されており、試験データをみるかぎりエタノールに過敏反応を示す場合はイソプロパノールやラノリンにも感作反応を示す可能性があることから、エタノールに皮膚感作を有する場合はイソプロパノールおよびラノリンにも注意が必要であると考えられます。
3.4. 光毒性(光刺激性)
名古屋大学医学部附属病院分院皮膚科の試験データ[19b]によると、
- [ヒト試験] 30名の被検者に70%ゲラニオール変性アルコール溶液を48時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去後にUVAを6J照射し光による影響を観察したところ、光照射によって反応が増強した被検者は認められなかった
- [ヒト試験] 31名の被検者に70%ゲラニオール変性アルコール溶液を48時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去後にUVAを6J照射し光による影響を観察したところ、光照射によって反応が増強した被検者はいなかった
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して光刺激なしと報告されているため、一般的に光毒性(光刺激性)はほとんどないと考えられます。
4. 参考文献
- ⌃abcd日本化粧品工業連合会(2013)「変性アルコール」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,882.
- ⌃c大木 道則, 他(1989)「変性アルコール」化学大辞典,2175.
- ⌃日本化粧品工業連合会(2013)「変性剤」日本化粧品成分表示名称事典 第3版付録,742.
- ⌃ab経済産業省(2014)「アルコール使用法の手引き」, 2021年7月3日アクセス.
- ⌃鈴木 一成(2012)「政府所定変性アルコール」化粧品成分用語事典2012,638-639.
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- ⌃経済産業省(2014)「アルコール事業法の理解を深める」, 2021年7月3日アクセス.
- ⌃日本医薬品添加剤協会(2021)「ゲラニオール変性アルコール」医薬品添加物事典2021,225.
- ⌃日本医薬品添加剤協会(2021)「八アセチルしょ糖変性アルコール」医薬品添加物事典2021,461-462.
- ⌃日本医薬品添加剤協会(2021)「フェニルエチルアルコール変性アルコール」医薬品添加物事典2021,510-511.
- ⌃日本医薬品添加剤協会(2021)「リナリールアセテート変性アルコール」医薬品添加物事典2021,708-709.
- ⌃abc日光ケミカルズ株式会社(1977)「天然アルコール」ハンドブック – 化粧品・製剤原料 – 改訂版,58-70.
- ⌃宇山 侊男, 他(2020)「エタノール」化粧品成分ガイド 第7版,229.
- ⌃ab西山 聖二・熊野 可丸(1989)「基礎化粧品と皮膚(Ⅱ)」色材協会誌(62)(8),487-496. DOI:10.4011/shikizai1937.62.487.
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