酢酸ブチルの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | 酢酸ブチル |
---|---|
INCI名 | Butyl Acetate |
配合目的 | 溶剤 など |
1. 基本情報
1.1. 定義
以下の化学式で表される、酢酸とブタノールが脱水縮合(∗1)した果実様香気をもつ揮発性のエステルです[1a][2a]。
∗1 脱水縮合とは、2個の分子がそれぞれ水素原子(H)とヒドロキシ基(-OH)を失って水分子(H2O)が離脱することにより分子と分子が結合(縮合)し、新たな化合物をつくる反応のことをいいます。
1.2. 物性
酢酸ブチルの物性は、
融点(℃) | 沸点(℃) | 比重(d 20/20) | 屈折率(n 20/D) |
---|---|---|---|
-77 | 125-126 | 0.8826 | 1.3942 |
このように報告されています[2b]。
1.3. 分布
酢酸ブチルは、自然界においてブドウ、イチゴ、リンゴ、ナシなど果物の揮発性香気成分として存在しています[3a]。
1.4. 化粧品以外の主な用途
酢酸ブチルの化粧品以外の主な用途としては、
分野 | 用途 |
---|---|
塗料 | 主にニトロセルロース、各種樹脂、ラッカーなどの溶剤に用いられています[4][5]。 |
食品 | 果実フレーバー(香料)として食品に用いられています[3b]。 |
医薬品 | 溶剤目的の医薬品添加剤として外用剤に用いられています[6]。 |
これらの用途が報告されています。
2. 化粧品としての配合目的
- 溶剤
主にこれらの目的で、ネイル製品に汎用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 溶剤
溶剤に関しては、酢酸ブチルは水には微溶ですが、エタノール、エーテルなどに自由に混和し、ほとんどの炭化水素によく溶けるため[2c]、化粧品においてはネイル製品の皮膜を形成するニトロセルロースや樹脂などを溶かす中沸点の溶剤としてネイルエナメルの伸展性を高めたり、仕上がった膜の曇りを出さなくするために他の溶剤と併用してマニキュア、トップコート、ベースコート、除光液などネイル製品に汎用されています[1b][7][8]。
3. 配合製品数および配合量範囲
配合製品数および配合量に関しては、海外の2006年の調査結果になりますが、以下のように報告されています。
4. 安全性評価
- 食品添加物の指定添加物リストに収載
- 薬添規2018規格の基準を満たした成分が収載される医薬品添加物規格2018に収載
- 40年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:軽度-重度
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
4.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[9a]によると、
- [ヒト試験] 50名の被検者に酢酸ブチル溶液(濃度不明)を対象にHRIPT(皮膚刺激性&感作性試験)を実施したところ、この製品は皮膚感作剤ではなかった(S. D. Gad et al,1986)
- [ヒト試験] 25名の被検者に25.5%酢酸ブチルを含むネイルエナメルを対象にHRIPT(皮膚刺激性&感作性試験)を実施したところ、この製品は皮膚感作剤ではなかった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1984)
- [ヒト試験] 10名の被検者に25.5%酢酸ブチルを含むネイルエナメルを対象に21日間累積刺激性試験を実施したところ、この試験物質は皮膚累積刺激剤ではなかった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1984)
- [ヒト試験] 55名の被検者(約半分は過敏な皮膚を有する)に25.5%酢酸ブチルを含むネイルエナメルを少なくとも週3回3週間にわたって使用してもらい、爪および手を評価し、またネイルエナメルが触れる機会のある顔、首およびまぶたの変化も同時に評価したところ、この製品に対する有害な皮膚反応は報告されず、安全性の観点から許容されうると結論付けられた(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1984)
- [ヒト試験] 11名の皮膚科医が参加した40か月におよぶNACDG(North American Contact Dermatitis Group:北米接触皮膚炎共同研究班)の個々の化粧品成分に対するパッチテストにおいて、149名の被検者にNACDGおよび国際接触皮膚炎研究グループの手順に従って酢酸ブチルをパッチテストしたところ、1名の被検者に皮膚反応がみられたことから、NACDGはパッチテストによって特定された皮膚炎を引き起こす成分として酢酸ブチルをリスト化した(North American Contact Dermatitis Group,1982)
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して皮膚刺激および皮膚感作なしと報告されていることから、一般に皮膚刺激性および皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
NACDGの酢酸ブチルのパッチテストによる1例の皮膚反応については、試験データ元の論文[10]を参照したところ、皮膚刺激か皮膚感作なのか詳細が掲載されていないこと、国内において酢酸ブチルの皮膚感作報告がみあたらないこと、報告が1例のみであることから、結論を考慮する対象としては除外しました。
4.2. 眼刺激性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[9b]によると、
- [動物試験] 9匹のウサギの片眼に25%酢酸ブチルおよび10%酢酸エチルを含むマニキュア液0.1mLを点眼し、3匹は点眼30秒後に水で眼をすすぎ、残りの6匹は眼をすすがず、点眼後7日目まで眼刺激性を評価したところ、非洗眼群の6匹のうち3匹は最小限、2匹は中程度の角膜混濁、またすべてのウサギに角膜点描が観察され、これらの症状は7日目までに解消した。さらに中程度-重度の紅斑および浮腫が観察され、これら結膜の刺激の大部分は7日目には解消された。洗眼群では3匹のうち2匹に軽度-中程度の紅斑および浮腫が観察されたが、これらの影響は7日目までに解消された(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1976)
このように記載されており、試験データをみるかぎり軽度-重度の眼刺激が報告されているため、一般に眼刺激性は軽度-重度の眼刺激を引き起こす可能性があると考えられます。
5. 参考文献
- ⌃ab日本化粧品工業連合会(2013)「酢酸ブチル」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,433.
- ⌃abc大木 道則, 他(1989)「酢酸ブチル」化学大辞典,847.
- ⌃ab樋口 彰, 他(2019)「酢酸ブチル」食品添加物事典 新訂第二版,150.
- ⌃有機合成化学協会(1985)「酢酸ブチル」有機化合物辞典,332-333.
- ⌃浅原 照三, 他(1976)「酢酸ブチル」溶剤ハンドブック,575-577.
- ⌃日本医薬品添加剤協会(2021)「酢酸n-ブチル」医薬品添加物事典2021,254.
- ⌃日光ケミカルズ株式会社(1977)「溶剤」ハンドブック – 化粧品・製剤原料 – 改訂版,799-802.
- ⌃宇山 侊男, 他(2020)「酢酸ブチル」化粧品成分ガイド 第7版,230.
- ⌃abN.J. Toy(1989)「Final Report on the Safety Assessment of Ethyl Acetate and Butyl Acetate」Journal of the American College of Toxicology(8)(4),681-705. DOI:10.3109/10915818909010527.
- ⌃H.J. Eiermann, et al(1982)「Prospective study of cosmetic reactions: 1977-1980」Journal of the American Academy of Dermatology(6)(5),909–917. DOI:10.1016/s0190-9622(82)70080-5.