エラグ酸の基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | エラグ酸 |
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医薬部外品表示名 | エラグ酸 |
INCI名 | Ellagic Acid |
配合目的 | 美白 など |
エラグ酸は、ライオンの申請によって1996年に医薬部外品美白有効成分として厚生省(現 厚生労働省)に承認された成分です。
1. 基本情報
1.1. 定義
以下の化学式で表されるフェノール構造をもつ複素環式化合物です[1][2a]。
1.2. 物性・性状
エラグ酸の物性・性状は、
状態 | 溶解性 |
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結晶性粉末 | 水、エーテルに不溶、エタノールに難溶 |
このように報告されています[3]。
1.3. 分布
エラグ酸は、植物の細胞壁や細胞膜の構成成分としてエラグ酸およびエラジタンニンの形で広く存在しており、とくにキイチゴ属(ラズベリー、クランベリー、ブラックベリー)およびイチゴの果実、ザクロやカムカムなどの熱帯果実、クルミやピーカンナッツなどに比較的多く存在しています[2b][4a]。
エラジタンニンは、グルコースとエラグ酸のエステルであり、加水分解されるとエラグ酸を生成します[4b]。
2. 化粧品および医薬部外品としての配合目的
- チロシナーゼ活性阻害による美白作用
主にこれらの目的で、スキンケア製品、パック製品、マスク製品などに使用されています。
以下は、化粧品および医薬部外品(薬用化粧品)として配合される目的に対する根拠です。
2.1. チロシナーゼ活性阻害による美白作用
チロシナーゼ活性阻害による美白作用に関しては、まず前提知識としてメラニン色素生合成のメカニズムおよびチロシナーゼについて解説します。
以下のメラニン生合成のメカニズム図をみてもらうとわかりやすいと思うのですが、
皮膚が紫外線に曝露されると、細胞や組織内では様々な活性酸素が発生するとともに、様々なメラノサイト活性化因子(情報伝達物質)がケラチノサイトから分泌され、これらが直接またはメラノサイト側で発現するメラノサイト活性化因子受容体を介して、メラノサイトの増殖やメラノサイトでのメラニン生合成を促進させることが知られています[5a][6][7a]。
また、メラノサイト内でのメラニン生合成は、メラニンを貯蔵する細胞小器官であるメラノソームで行われ、生合成経路としてはアミノ酸の一種かつ出発物質であるチロシンに酸化酵素であるチロシナーゼが働きかけることでドーパに変換され、さらにドーパにも働きかけることでドーパキノンへと変換されます[5b][7b]。
ドーパキノンは、システイン存在下の経路では黄色-赤色のフェオメラニン(pheomelanin)へ、それ以外はチロシナーゼ関連タンパク質2(tyrosinaserelated protein-2:TRP-2)やチロシナーゼ関連タンパク質1(tyrosinaserelated protein-1:TRP-1)の働きかけにより茶褐色-黒色のユウメラニン(eumelanin)へと変換(酸化・重合)されることが明らかにされています[5c][7c]。
そして、毎日生成されるメラニン色素は、メラノソーム内で増えていき、一定量に達すると樹枝状に伸びているデンドライト(メラノサイトの突起)を通して、周辺の表皮細胞に送り込まれ、ターンオーバーとともに皮膚表面に押し上げられ、最終的には角片とともに垢となって落屑(排泄)されるというサイクルを繰り返します[5d]。
正常な皮膚においてはメラニンの排泄と生成のバランスが保持される一方で、紫外線の曝露、加齢、ホルモンバランスの乱れ、皮膚の炎症などによりメラニン色素の生成と排泄の代謝サイクルが崩れると、その結果としてメラニン色素が過剰に表皮内に蓄積されてしまい、色素沈着が起こることが知られています[5e]。
このような背景から、チロシナーゼの活性を阻害することは色素沈着の抑制において重要なアプローチのひとつであると考えられています。
1997年にライオンによって報告されたエラグ酸のチロシナーゼに対する影響検証によると、
– in vitro : チロシナーゼ活性阻害作用 –
チロシナーゼを用いてエラグ酸を添加し、チロシナーゼに対するIC50値(∗1)を求めたところ、以下のグラフのように、
∗1 IC50値とは、50%を阻害するのに必要な濃度のことであり、数値(濃度)が低いほど作用が強いことを意味します。
エラグ酸は濃度依存的なチロシナーゼ活性阻害作用を示すとともに、そのIC50値は78μMであり、非常に強いチロシナーゼ活性阻害作用を示した。
このような検証結果が明らかにされており[8a]、エラグ酸にチロシナーゼ活性阻害作用が認められています。
また、エラグ酸のチロシナーゼ活性阻害のメカニズムは、チロシナーゼに存在する銅イオンに結合し、不活性化するキレート作用によるものであることが確認されています[8b]。
次に、1995年に東京慈恵会医科大学皮膚科、徳島大学医学部皮膚科、帝京大学医学部皮膚科およびワタナベ皮膚科によって報告された紫外線照射による色素沈着に対するエラグ酸の有用性検証によると、
– ヒト使用試験 –
70名の被検者の両腕の一方に0.5%エラグ酸配合クリームを、対照としてもう片方にエラグ酸を除いた同処方クリームを6週間塗布する二重盲検群間比較法で評価したところ、色素沈着度の改善比較においてエラグ酸配合製剤塗布部は対照製剤塗布部に比べ高い改善を示した。
試験終了後に被検者に改善度ならびに副作用の両面から有用度を求めたところ、以下の表のように、
試料 | 色素沈着に対する評価 | ||
---|---|---|---|
極めて有用 | 有用 | やや有用 | |
0.5%エラグ酸 配合クリーム |
5 | 46 | 9 |
0.5%エラグ酸を含むクリーム塗布部位は、無配合クリーム塗布部位と比較して70名中60名(約86%)がやや有用以上高い有用性を示したことにより、統計的にエラグ酸は日焼けによるしみ・そばかすの予防剤として有用度の高い薬剤であると考えられた。
このような検証結果が明らかにされており[9]、エラグ酸にヒトに対する色素沈着抑制作用が認められています。
次に、2001年に横山皮フ科クリニックによって報告された色素沈着症に対するエラグ酸の有用性検証によると、
– ヒト使用試験 –
肝斑、炎症後色素沈着、雀卵斑、老人性色素班を有する72名の女性被検者に、0.5%エラグ酸配合製剤を1日2回1ヶ月以上から3ヶ月以内の期間毎日被検部位に塗布してもらい、2週間に1回経過観察を行い、総合評価は試験終了時に最終改善度をそれぞれ5段階で評価したところ、以下の表のように、
症例 | 合計人数 | 最終改善度 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
かなり改善 | 改善 | やや改善 | 不変 | 悪化 | ||
肝斑 | 15 | 2 | 4 | 5 | 4 | 0 |
炎症後色素沈着 | 24 | 12 | 7 | 4 | 1 | 0 |
雀卵斑 | 18 | 0 | 1 | 5 | 12 | 0 |
老人性色素斑 | 13 | 0 | 4 | 5 | 4 | 0 |
0.5%エラグ酸配合製剤は、とくに炎症後色素沈着に対する改善度が顕著であり、不変の事例は24名のうち1名のみであった。
肝斑や老人性色素斑に対しても高い改善効果が認められたが、雀卵斑に対しては、他の症例ほど改善度が高くはなかった。
なお試験を通じて悪化した例はまったく認められなかった。
このような検証結果が明らかにされており[10]、エラグ酸にヒトに対する色素沈着抑制作用が認められています。
エラグ酸は医薬部外品の美白有効成分として承認されていることから、医薬部外品(薬用化粧品)の有効成分として配合されている場合は、その製品において美白効果を発揮する濃度が配合されていると考えられます。
3. 安全性評価
- 1996年に医薬部外品有効成分に承認
- 25年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:詳細不明
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
3.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)
ライオンの臨床データ[11]によると、
- [ヒト試験] 15名の被検者に1%エラグ酸を含む乳液を1日2回5週間にわたって塗布し、皮膚反応を評価したところ、使用期間中および使用期間後において皮膚の状態に異常は認められなかった
- [ヒト試験] 10名の被検者に0.2%エラグ酸を含むパック剤を3日に1回の頻度で6ヶ月間使用してもらい、皮膚反応を評価したところ、使用期間中および使用期間後において皮膚の状態に異常は認められなかった
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して皮膚刺激および皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性および皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
3.2. 眼刺激性
試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細不明です。
4. 参考文献
- ⌃日本化粧品工業連合会(2013)「エラグ酸」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,231.
- ⌃abJavad Sharifi-Rad, et al(2022)「Ellagic Acid: A Review on Its Natural Sources, Chemical Stability, and Therapeutic Potential」Oxidative Medicine and Cellular Longevity,3848084. DOI:10.1155/2022/3848084.
- ⌃大木 道則, 他(1989)「エラグ酸」化学大辞典,299.
- ⌃abD.A. Vattem & K. Shetty(2005)「Biological Functionality of Ellagic Acid: a Journal of Food Biochemistry(29)(3),234-266. DOI:10.1111/j.1745-4514.2005.00031.x.
- ⌃abcde朝田 康夫(2002)「メラニンができるメカニズム」美容皮膚科学事典,170-175.
- ⌃日光ケミカルズ株式会社(2016)「美白剤」パーソナルケアハンドブックⅠ,534-550.
- ⌃abc田中 浩(2019)「美白製品とその作用」日本香粧品学会誌(43)(1),39-43. DOI:10.11469/koshohin.43.39.
- ⌃ab田中良昌・立花新一(1997)「エラグ酸のメラニン生成抑制効果」Fragrance Journal(25)(9),37-42.
- ⌃上出 良一, 他(1995)「XSC-29製剤の紫外線照射による色素沈着に対する予防効果に関する臨床評価成績」西日本皮膚科(57)(1),136-142. DOI:10.2336/nishinihonhifu.57.136.
- ⌃横山 美保子・伊藤 祐成(2001)「色素沈着症に対するエラグ酸配合製剤の有用性評価」皮膚科(43)(4-5),286-291. DOI:10.11340/skinresearch1959.43.286.
- ⌃ライオン株式会社(1998)「皮膚外用組成物」特開平10-081618.