アスコルビルリン酸Naの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | アスコルビルリン酸Na |
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医薬部外品表示名 | リン酸L-アスコルビルナトリウム |
慣用名 | APS |
INCI名 | Sodium Ascorbyl Phosphate |
配合目的 | 美白、抗酸化 など |
リン酸L-アスコルビルナトリウムは、カネボウの申請によって医薬部外品美白有効成分として厚生省(現 厚生労働省)に承認された成分です。
1. 基本情報
1.1. 定義
以下の化学式で表されるアスコルビン酸の2位のヒドロキシ基(-OH)をリン酸エステル化しナトリウム塩にしたアスコルビン酸リン酸エステルのナトリウム塩(ビタミンC誘導体)です[1]。
1.2. 物性・性状
アスコルビルリン酸Naの物性・性状は、
状態 | 溶解性 |
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粉末 | 水に可溶、エタノールに不溶 |
1.3. ビタミンC誘導体としての特徴
アスコルビン酸(ビタミンC)は、皮膚において抗酸化作用、メラニンの産生抑制、コラーゲンやムコ多糖類の合成など優れた機能を有していますが、一方で水溶液では熱および光に不安定であることから、化粧品においては多くの場合、安定化したビタミンC誘導体の形で用いられることが知られています[4][5]。
アスコルビルリン酸Naは、アスコルビン酸の2位のヒドロキシ基(-OH)をリン酸エステル化したナトリウム塩であり、弱アルカリ(pH7.0-9.0)領域での安定性と優れた水溶性を特徴とすることから[2b]、「安定型ビタミンC誘導体」とよばれています。
アスコルビン酸リン酸塩としてはリン酸アスコルビルMgも広く使用されており、これらは特徴としては同じですが、厳密には以下の表のように、
アスコルビルリン酸塩 | 安定性 | 水溶性 |
---|---|---|
リン酸アスコルビルMg | ◎ | ○ |
アスコルビルリン酸Na | ○ | ◎ |
アスコルビルリン酸Naは安定化に加えて水溶性を高めることに焦点を当てたビタミンC誘導体であり、実際の処方においてこれらは用途に合わせて使い分けられています[6][7]。
皮膚においては、細胞膜に存在するホスファターゼによりアスコルビン酸に分解され、アスコルビン酸として効果を発揮することが報告されています[8][9]。
2. 化粧品および医薬部外品としての配合目的
- メラニン産生抑制による美白作用
- 過酸化脂質抑制による抗酸化作用
主にこれらの目的で、スキンケア製品、マスク製品、洗顔料、ボディケア製品、ハンドケア製品、化粧下地製品、クレンジング製品などに使用されています。
以下は、化粧品および医薬部外品(薬用化粧品)として配合される目的に対する根拠です。
2.1. メラニン産生抑制による美白作用
メラニン産生抑制による美白作用に関しては、まず前提知識としてメラニン色素生合成のメカニズムについて解説します。
以下のメラニン生合成のメカニズム図をみてもらうとわかりやすいと思うのですが、
皮膚が紫外線に曝露されると、細胞や組織内では様々な活性酸素が発生するとともに、様々なメラノサイト活性化因子(情報伝達物質)がケラチノサイトから分泌され、これらが直接またはメラノサイト側で発現するメラノサイト活性化因子受容体を介して、メラノサイトの増殖やメラノサイトでのメラニン生合成を促進させることが知られています[10a][11][12a]。
また、メラノサイト内でのメラニン生合成は、メラニンを貯蔵する細胞小器官であるメラノソームで行われ、生合成経路としてはアミノ酸の一種かつ出発物質であるチロシンに酸化酵素であるチロシナーゼが働きかけることでドーパに変換され、さらにドーパにも働きかけることでドーパキノンへと変換されます[10b][12b]。
ドーパキノンは、システイン存在下の経路では黄色-赤色のフェオメラニン(pheomelanin)へ、それ以外はチロシナーゼ関連タンパク質2(tyrosinaserelated protein-2:TRP-2)やチロシナーゼ関連タンパク質1(tyrosinaserelated protein-1:TRP-1)の働きかけにより茶褐色-黒色のユウメラニン(eumelanin)へと変換(酸化・重合)されることが明らかにされています[10c][12c]。
そして、毎日生成されるメラニン色素は、メラノソーム内で増えていき、一定量に達すると樹枝状に伸びているデンドライト(メラノサイトの突起)を通して、周辺の表皮細胞に送り込まれ、ターンオーバーとともに皮膚表面に押し上げられ、最終的には角片とともに垢となって落屑(排泄)されるというサイクルを繰り返します[10d]。
正常な皮膚においてはメラニンの排泄と生成のバランスが保持される一方で、紫外線の曝露、加齢、ホルモンバランスの乱れ、皮膚の炎症などによりメラニン色素の生成と排泄の代謝サイクルが崩れると、その結果としてメラニン色素が過剰に表皮内に蓄積されてしまい、色素沈着が起こることが知られています[10e]。
このような背景から、過剰なメラニンの生成を阻害することは色素沈着の抑制において重要なアプローチのひとつであると考えられています。
2015年にDSMニュートリションジャパンによって報告されたアスコルビルリン酸Na(APS)のメラニンに対する影響検証によると、
– in vitro : メラニン生成抑制作用 –
ヒトメラノサイトを70%コンフルエンスまで培養後、メラノサイトを人工的に活性化させるためにUVA(25KJ/㎡)を1日2回4日間にわたって照射した後、0.14%APSの存在下で6日間培養し、メラノサイトが生成するメラニンの量を吸光度475nmで測定し、APS未添加の場合とい比較したところ、以下のグラフのように、
0.14%APSを添加した場合は、未添加と比較してUVA照射によりメラニンの生成を刺激したメラノサイトのメラニン量を41%抑制した。
このような検証結果が明らかにされており[13a]、アスコルビルリン酸Naにメラニン産生抑制作用が認められています。
次に、1997年に鐘紡(現 カネボウ)によって報告されたアスコルビルリン酸Na(APS)の紫外線照射によるヒト皮膚色素沈着に対する有用性検証によると、
– ヒト使用試験:色素沈着抑制作用 –
20名の被検者の背部皮膚2箇所に最小紅斑線量の2倍のUVBを照射し皮膚の基準明度を測定した後、1箇所に各濃度のAPS配合クリームを1日2回6週間連用した。
美白効果(皮膚明度の回復効果)の判定は、6週間後の塗布部位および非塗布部位の皮膚明度を光色彩計で測定して「5:△V-△V’(∗1)≧0.12」「4:0.12>△V-△V’≧0.08」「3:0.08>△V-△V’≧0.04」「2:0.04>△V-△V’≧0」「1:0>△V-△V’」の判定基準を用いて評価点を算出したところ、以下の表のように、
∗1 △V:塗布部位の回復値、△V’:非塗布部位の回復値
APS濃度(%) | 皮膚色回復評価点 |
---|---|
3.0 | 4.2 |
1.0 | 4.0 |
0.05 | 4.0 |
0.0001 | 2.2 |
APS配合クリームは、濃度0.05%以上で優れた皮膚明度の回復効果を示した。
このような検証結果が明らかにされており[14]、アスコルビルリン酸Naに色素沈着抑制作用が認められています。
2.2. 過酸化脂質抑制による抗酸化作用
過酸化脂質抑制による抗酸化作用に関しては、まず前提知識として過酸化脂質の発生メカニズムと過酸化脂質の皮膚への影響について解説します。
皮膚に対する紫外線曝露によって産生される活性酸素種である一重項酸素(¹O₂)やヒドロキシルラジカル(HO)は、細胞膜と反応して過酸化脂質(lipid peroxide)を生成することが知られています[15a]。
過酸化脂質の発生メカニズムについては、以下の図をみるとわかりやすいと思いますが、
発生したヒドロキシルラジカル(HO)が脂質(LH)から電子を奪い、水素原子と結合して水(H₂O)と脂質ラジカル(L・)を生成することからはじまり、生成された脂質ラジカルは酸素分子(O₂)と速やかに反応して脂質ペルオキシルラジカル(LOO・)となります[15b]。
脂質ペルオキシルラジカル(LOO・)は、他の脂質(LH)と反応して水素を引き抜き、自らは過酸化脂質(脂質ヒドロペルオキシド)となり、同時に新たに脂質ラジカル(L・)が生成され、脂質過酸化反応が連鎖的に繰り返されます[15c]。
このような連鎖的反応によって生成された過酸化脂質は、皮膚に対して炎症、浮腫、壊死、色素沈着などを起こすことが知られています[16]。
また、皮膚表面に存在する皮表脂質(∗1)においても紫外線などの曝露によって発生する一重項酸素により過酸化脂質が増加することが知られており[17]、皮表脂質の過酸化脂質量は20代を最小としそれ以降は年齢とともに増加することも明らかにされています[18a]。
∗1 皮表脂質とは、表皮細胞(角化細胞)の分化過程で産生されるコレステロール、コレステロールエステルなどの表皮脂質と皮脂腺由来の皮脂が皮膚表面で混ざったもののことをいいます。
皮表脂質の成分組成は、ヒトによって含有量が異なり、また同じヒトであっても日によって変動がありますが、
由来 | 成分 | 含量範囲(%) |
---|---|---|
表皮細胞 | コレステロールエステル | 1.5 – 2.6 |
コレステロール | 1.2 – 2.3 | |
皮脂腺 | スクワレン | 10.1 – 13.9 |
ワックス | 22.6 – 29.5 | |
トリグリセリド | 19.5 – 49.4 | |
ジグリセリド | 2.3 – 4.3 | |
遊離脂肪酸 | 7.9 – 39.0 |
このように報告されており[19]、皮脂腺由来の脂肪が約90%を占めることから、広義には皮表脂質も皮脂とよばれています。
皮表脂質では、スクアレンが酸化の第一標的となることが明らかにされており、ヒト皮膚再構築モデルを用いてこのスクアレン過酸化物の皮膚刺激性を検討したところ、皮表接触4時間後では障害反応は起こりませんが、接触24時間後では特異的に障害反応を示し、その障害範囲は表皮ケラチノサイトだけでなく真皮線維芽細胞にも及んでいることが報告されています[18b]。
スクアレン過酸化物が皮表接触24時間後で線維芽細胞まで障害を起こすメカニズムとしては、スクアレン過酸化物由来の脂質過酸化反応の連鎖により真皮まで伝播していき、線維芽細胞の細胞膜構成脂質を酸化し破壊するという反応系であると考えられています[18c]。
アトピー性皮膚炎においては、健常皮膚と比較して皮表の抗酸化能が劣っている(過酸化脂質産生量が多い)ことが明らかにされており、皮膚の状態と皮表脂質過酸化の進行度合いは相関することが示唆されています[18d]。
このような背景から、紫外線の曝露時および曝露後に生成される過酸化脂質を抑制することは、皮膚の酸化ストレス障害を抑制し、ひいては光老化、炎症および色素沈着などの抑制において非常に重要であると考えられます。
2015年にDSMニュートリションジャパンによって報告されたアスコルビルリン酸Na(APS)の皮膚表層過酸化脂質に対する影響検証によると、
– ヒト使用試験 : 過酸化脂質抑制作用 –
20名の被検者に1%APS配合乳化剤あるいはプラセボ乳化剤を1日2回7日間にわたって塗布した後、UVA(10J/c㎡)を照射し、皮膚表層から抽出したスクワレン過酸化物を測定したところ、以下のグラフのように、
1%APS配合乳化剤を塗布した場合では、過酸化物の生成を30%抑制した。
また、1%APSと1%酢酸トコフェロールを併用することにより過酸化物の生成を40%抑制し、これらの組み合わせによる相乗効果が認められた。
このような検証結果が明らかにされており[13b]、アスコルビルリン酸Naに過酸化脂質抑制による抗酸化作用が認められています。
3. 混合原料としての配合目的
アスコルビルリン酸Naは混合原料が開発されており、アスコルビルリン酸Naと以下の成分が併用されている場合は、混合原料として配合されている可能性が考えられます。
原料名 | BeauPlex VH |
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構成成分 | パントテン酸Ca、ナイアシンアミド、アスコルビルリン酸Na、酢酸トコフェロール、ピリドキシンHCl、マルトデキストリン、オクテニルコハク酸デンプンNa、シリカ |
特徴 | ビタミンC、E、B3、B5、B6を一体化した水溶性ビタミン原料 |
4. 配合製品数および配合量範囲
実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の2000-2001年の調査結果になりますが、以下のように報告されています。
5. 安全性評価
- 医薬部外品有効成分に承認
- 1990年代からの使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし-わずか
- 眼刺激性:ほとんどなし-わずか
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品および医薬部外品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
5.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)
National Industrial Chemicals Notification and Assessment Schemeの安全性データ[2b]によると、
- [動物試験] 6匹のウサギにアスコルビルリン酸Naを半閉塞パッチ適用し、OECD404テストガイドラインに基づいてパッチ除去後にPII(Primary Irritation Index:皮膚一次刺激性指数)0.0-8.0のスケールで皮膚刺激性を評価したところ、PIIは0.75であり、この試験物質はこの試験条件下においてわずかな皮膚刺激剤に分類された(BASF,1997)
- [動物試験] 23匹のモルモットを用いて50%アスコルビルリン酸Na水溶液を対象にOECD406テストガイドラインに基づいてMaximization皮膚感作性試験を実施したところ、チャレンジ期間で4匹に皮膚反応がみられたが、2回目のチャレンジパッチにおいていずれのモルモットにおいても皮膚反応はみられず、この試験物質はこの試験条件下において皮膚感作剤ではなかった(BASF,1997)
このように記載されており、試験データをみるかぎり皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
皮膚刺激性に関しては、わずかな皮膚刺激が報告されているため、一般に非刺激-わずかな皮膚刺激を引き起こす可能性があると考えられます。
また、医薬部外品有効成分に承認されており、30年以上の使用実績がある中で重大な皮膚刺激および皮膚感作の報告がないこともアスコルビルリン酸Naの安全性を裏付けていると考えられます。
5.2. 眼刺激性
National Industrial Chemicals Notification and Assessment Schemeの安全性データ[2c]によると、
- [動物試験] 6匹のウサギの片眼にアスコルビルリン酸Naを適用し、OECD405テストガイドラインに基づいて適用72時間後まで眼刺激性を評価したところ、この試験物質はわずかな眼刺激剤に分類された(BASF,1997)
このように記載されており、試験データをみるかぎりわずかな眼刺激が報告されているため、一般に眼刺激性は非刺激-わずかな眼刺激を引き起こす可能性があると考えられます。
6. 参考文献
- ⌃日本化粧品工業連合会(2013)「アスコルビルリン酸Na」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,127.
- ⌃abcNational Industrial Chemicals Notification and Assessment Scheme(2002)「Sodium Ascorbyl Phosphate」STD/1010.
- ⌃BASF AG(2005)「Sodium Ascorbyl Phosphate」Technical Information.
- ⌃石神 昭人(2011)「美容とビタミンC」ビタミンCの事典,189-203.
- ⌃田村 健夫・廣田 博(2001)「ビタミン類」香粧品科学 理論と実際 第4版,242-245.
- ⌃昭和電工株式会社(-)「APM APS」製品カタログ.
- ⌃伊東 忍(2015)「百花斉放, プロビタミンCの時代」Fragrance Journal(43)(9),14-19.
- ⌃鐘紡株式会社(1994)「皮膚化粧料」特開平06-24931.
- ⌃伊東 忍, 他(2014)「美白ケア」プロビタミンC – 分子デザインされたビタミンCの知られざる働き,57-73.
- ⌃abcde朝田 康夫(2002)「メラニンができるメカニズム」美容皮膚科学事典,170-175.
- ⌃日光ケミカルズ株式会社(2016)「美白剤」パーソナルケアハンドブックⅠ,534-550.
- ⌃abc田中 浩(2019)「美白製品とその作用」日本香粧品学会誌(43)(1),39-43. DOI:10.11469/koshohin.43.39.
- ⌃ab淵端 三枝(2015)「アスコルビン酸リン酸エステルナトリウムの香粧品への幅広い有用性」Fragrance Journal(43)(9),64-68.
- ⌃鐘紡株式会社(1997)「皮膚化粧料」特開平9-118613.
- ⌃abc藤沢 章雄(2018)「活性酸素種と抗酸化物質」Fragrance Journal(46)(7),51-58.
- ⌃遠藤 正行, 他(1991)「角層中における過酸化脂質及び皮表脂質の分布と洗浄による除去」油化学(40)(5),422-426. DOI:10.5650/jos1956.40.422.
- ⌃河野 善行, 他(1991)「化学発光検出器を用いたHPLCによるヒト皮表脂質過酸化物の定量」油化学(40)(9),715-718. DOI:10.5650/jos1956.40.715.
- ⌃abcd河野 善行, 他(1995)「皮膚における過酸化反応とその防御」油化学(44)(4),248-255. DOI:10.5650/jos1956.44.248.
- ⌃D.T. Downing, et al(1969)「Variability in the Chemical Composition of Human Skin Surface Lipids」Journal of Investigative Dermatology(53)(5),322-327. DOI:10.1038/jid.1969.157.