チューベロース多糖体の基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | チューベロース多糖体 |
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医薬部外品表示名 | チューベロースポリサッカライド液 |
INCI名 | Polianthes Tuberosa Polysaccharide |
配合目的 | 皮膚保護、保湿 など |
1. 基本情報
1.1. 定義
キジカクシ科植物チューベローズ(学名:Polianthes tuberosa 和名:月下香)の花弁をカルス培養して得られる、化学構造的にマンノースとグルクロン酸が交互に結合した主鎖に側鎖としてアラビノースとガラクトースが結合した構造をもつ多糖体です[1][2][3]。
1.2. 物性
チューベロース多糖体は、分子量1万-2000万の酸性複合多糖体であり、水によく溶け、温度変化の影響を受けにくい柔軟性のある網状の皮膜を形成することを特徴としています[4a][5a]。
2. 化粧品としての配合目的
- 皮膜形成による皮膚保護作用
- 保湿作用
主にこれらの目的で、スキンケア製品、メイクアップ製品、化粧下地製品、ボディ&ハンドケア製品、日焼け止め製品、マスク製品などに使用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 皮膜形成による皮膚保護作用
皮膜形成による皮膚保護作用に関しては、チューベロース多糖体は酸性複合多糖体であり、皮膚表面に塗布した場合に高い柔軟性および残留性を有するミクロな網状の皮膜を形成することが知られています[6a]。
この皮膜は温度変化の影響をほとんど受けず、また乾燥後はまったく皮膜感を与えないことから[5b]、とくに寒冷や乾燥に対する角層保護目的でスキンケア製品を中心に使用されています。
1996年に花王によって報告されたチューベロース多糖体の落屑量(∗1)への影響検証によると、
∗1 落屑(らくせつ)とは角層の最外層が皮膚から剥がれていく現象を指します。健康な皮膚ではターンオーバーに従って角質細胞が角層から個々に剥離するため、肉眼でその現象に気づくことはありませんが、肌荒れなどの皮膚疾患では角質細胞が塊となって剥離し、一部は皮膚表面に剥がれかかった状態で残っているため、肉眼でも形態的に認められるようになります。
– 寒冷・乾燥風に対する保護試験 –
3名の被検者の前腕部を10分間アセトン/エーテル処理することによって人工的に肌荒れ状態をつくり、その肌荒れモデル部位に0.5%各種高分子多糖体水溶液を50μL/c㎡塗布し、5℃および相対湿度30%下で10分放置後に同環境の風を5分間あて、落屑の程度を評価した。
落屑の評価としては、「0:落屑を認めない」「1:ごくわずかに落屑を認める」「2:軽度の落屑を認める」「3:中等の落屑を認める」「4:重度の落屑を認める」の5段階評価を用いたところ、以下のグラフのように、
未塗布部位では激しく落屑がみられたのに対して、チューベロース多糖体塗布部位では落屑の発生がほぼ完全に抑制された。
この結果から、チューベロース多糖体は荒れ肌を寒冷・乾燥などの刺激から保護する効果が高いと考えられた。
– スキー場での実使用試験 –
群馬県万座スキー場にてスキー滑走前に5名の女性被検者の顔半分にチューべロース多糖体配合化粧水を塗布し、1日スキー滑走をしてもらった後にその前後の角層の変化を測定・評価した。
その結果、未塗布側では落屑が生成していたのに対し、チューべロース多糖体配合化粧水塗布側ではほとんど落屑が生成しなかった。
このような試験結果が明らかにされており[6b]、チューベロース多糖体に皮膜形成による皮膚保護作用が認められています。
2.2. 保湿作用
保湿作用に関しては、まず前提知識として皮膚最外層である角質層の構造と役割について解説します。
直接外界に接する皮膚最外層である角質層は、以下の図のように、
水分を保持する働きもつ天然保湿因子を含む角質と角質の間を細胞間脂質で満たした、レンガとモルタルの関係と同様の構造になっており、この構造が保持されることによって外界からの物理的あるいは化学的影響から身体を守り、かつ体内の水分が体外へ過剰に蒸散していくのを防ぐとともに一定の水分を保持する役割を担っています[7][8]。
また、角質層内の主な水分は、天然保湿因子(NMF)の分子に結合している結合水と水(液体)の形態をした自由水の2種類の状態で存在しており、以下の表のように、
角質層内の水の種類 | 定義 | |
---|---|---|
結合水 | 一次結合水 | 角質層の構成分子と強固に結合し、硬く乾燥しきった角質層の中にも存在する水です。 |
二次結合水 | 角質層の構成分子と非常に速やかに結合するものの、乾燥した状態でゆっくりと解離するような比較的弱い結合をしている水の分子のことをいい、温度や湿度など外部環境によって比較的容易に結合と解離を繰り返す可逆的な水です。 | |
自由水 | 二次結合水の容量を超えて角質層が水を含んだ場合に液体の形で角質層内に存在する水であり、この量が一定量を超えると過水和となり、浸軟した(ふやけた)状態が観察されます。 |
角質層の柔軟性は、水分量10-20%の間で自然な柔軟性を示す一方で、水分量が10%以下になると角層のひび割れ、肌荒れが生じると考えられており、種々の原因により角質層の保湿機能が低下することによって水分量が低下すると、皮膚表面が乾燥して亀裂、落屑、鱗屑などを生じるようになることから、角層に含まれる水分量が皮膚表面の性状を決定する大きな要因として知られています[9b]。
このような背景から、肌荒れやバリア機能の低下やなどによって角層の水分量が低下している場合に、皮膚表面に水分を含んだ膜を形成し、皮膚の水分蒸散を防止することは、皮膚の乾燥、ひび割れ、肌荒れの予防や改善において重要なアプローチのひとつであると考えられています。
1997年に花王によって報告されたチューベロース多糖体の角層水分量への影響検証によると、
– ヒト使用試験 –
健常皮膚を有する5名の被検者の前腕部に各保湿剤を配合した化粧水0.2mLを塗布し、1時間後の角層水分量を測定したところ、以下の表のように(∗2)、
∗2 スペースの都合上、チューべロース多糖体を「PTPoly」、シロキクラゲ多糖体を「TFPoly」、グリセリンを「Gly」と略しています。
化粧水 | 保湿剤濃度 | 角層水分量 相対値 |
|||
---|---|---|---|---|---|
PTPoly | TFPoly | Gly | BG | ||
01 | 0.4 | 0.1 | 2.5 | 0.5 | 1.67 |
02 | 0.5 | – | 2.5 | 0.5 | 1.60 |
03 | – | 0.5 | 2.5 | 0.5 | 1.55 |
04 | – | – | 2.5 | 0.5 | 1.42 |
無塗布 | – | – | – | – | 1.00 |
チューベロース多糖体配合化粧水塗布部位は、無塗布やおよびBG・グリセリン配合化粧水と比較して高い角層水分量の増加を示した。
また、チューベロース多糖体とシロキクラゲ多糖体を併用することで角層水分量の増加に対する相乗効果を示すことがわかった。
このような試験結果が明らかにされており[11]、チューベロース多糖体に角層水分量増加による保湿作用が認められています。
ただし、チューベロース多糖体は複合多糖体であることから皮膚に浸透して保湿効果を発揮することは考えにくく、かといって皮表にて水分を保持することによる保湿作用なのかというと、吸湿性や保水性に関する情報が明らかにされておらず(みつけられておらず)確証がないため、保湿メカニズムについては情報がわかりしだい追補します。
3. 配合製品数および配合量範囲
実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の2013-2015年の調査結果になりますが、以下のように報告されています(∗3)。
∗3 以下表におけるリーブオン製品は、付けっ放し製品(スキンケア製品やメイクアップ製品など)を指し、またリンスオフ製品は、洗い流し製品(シャンプー、ヘアコンディショナー、ボディソープ、洗顔料、クレンジングなど)を指します。
4. 安全性評価
- 25年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:詳細不明
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし(データなし)
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
4.1. 皮膚刺激性
花王の安全性データ[4b]によると、
- [動物試験] 6匹の剃毛した健常皮膚または損傷皮膚を有するウサギに1%チューべロース多糖体0.5mLを24時間適用し、除去3,24および48時間後に皮膚反応を判定したところ、健常皮膚および損傷皮膚のいずれのウサギも皮膚反応はまったく認められなかった
- [動物試験] 6匹の剃毛した健常皮膚または損傷皮膚を有するウサギに1%チューべロース多糖体30mgを1日1回2週間にわたって合計12回適用し、毎塗布24時間後に皮膚反応を判定したところ、いずれのウサギも累積刺激および皮膚感作などの皮膚反応はまったく認められなかった
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して皮膚刺激なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性はほとんどないと考えられます。
4.2. 眼刺激性
試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細不明です。
4.3. 皮膚感作性(アレルギー性)
25年以上の使用実績がある中で重大な皮膚感作の報告がみあたらないため、化粧品配合量および通常使用下において、一般に皮膚感作性(アレルギー性)はほとんどないと考えられますが、詳細な安全性試験データがみあたらず、データ不足のため詳細は不明です。
5. 参考文献
- ⌃日本化粧品工業連合会(2013)「チューベロース多糖体」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,646.
- ⌃大辻 一也, 他(1993)「チューベローズ培養細胞による細胞外多糖(TPS)の生産 第1報 TPS生産におよぼす植物ホルモンの影響」日本農芸化学会誌(67)(3),261. DOI:10.1271/nogeikagaku1924.67.251.
- ⌃大辻 一也, 他(1997)「チューベローズ培養細胞による多糖類の生産と化粧品への応用」Plant Biotechnology(14)(Supplement),8. DOI:10.5511/plantbiotechnology.14.Supplement_8.
- ⌃ab花王株式会社(1994)「創傷治癒促進剤」特開平6-329546.
- ⌃ab花王株式会社(2001)「ソフケアTP-S」Fragrance Journal(29)(11),92.
- ⌃ab冨士 章, 他(1996)「TPS (チューベロース多糖) の化粧品基剤としての有用性」日本化粧品技術者会誌(30)(1),77-83. DOI:10.5107/sccj.30.77.
- ⌃朝田 康夫(2002)「保湿能力と水分喪失の関係は」美容皮膚科学事典,103-104.
- ⌃田村 健夫・廣田 博(2001)「表皮」香粧品科学 理論と実際 第4版,30-33.
- ⌃ab日光ケミカルズ株式会社(2006)「水」新化粧品原料ハンドブックⅠ,487-502.
- ⌃武村 俊之(1992)「保湿製剤の効用:角層の保湿機構」ファルマシア(28)(1),61-65. DOI:10.14894/faruawpsj.28.1_61.
- ⌃花王株式会社(1997)「外用剤組成物」特開平9-143024.