ヒスチジンの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | ヒスチジン |
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医薬部外品表示名 | L-ヒスチジン |
部外品表示簡略名 | ヒスチジン |
INCI名 | Histidine |
配合目的 | 保湿、毛髪修復 など |
1. 基本情報
1.1. 定義
以下の化学式で表される、アミノ基(-NH2)とカルボキシ基(-COOH)をもち側鎖にイミダゾール基をもつ双性イオン化合物(∗1)であり、塩基性アミノ酸に分類されるアミノ酸(∗2)です[1][2a]。
∗1 双性イオン化合物とは、両性イオン化合物とも呼び、一つの分子内にプラス電荷とマイナス電荷の両方を持ち、全体としては中性イオンを示す化合物を指します。ヒスチジンは電荷が全体として0となる(中性を示す)ときのpH(等電点)が7.59であることから[2b]、溶液のpHが7.59以下なら陽イオンに、7.59以上なら陰イオンとなります。
∗2 一般にアミノ基(-NH2)とカルボキシ基(-COOH)の両方の官能基をもつ有機化合物をアミノ酸と呼び、塩基性を示すアミノ基と酸性を示すカルボキシ基の割合によって中性アミノ酸、酸性アミノ酸、塩基性アミノ酸に分類されます。ヒスチジンは1個のアミノ基と1個のカルボキシ基をもち、側鎖に塩基性のイミダゾール基をもつことから塩基性アミノ酸に分類されます(塩基性アミノ酸の中では塩基性が最も弱い)。
1.2. 分布
ヒスチジンは、自然界においてタンパク質の構成成分として存在しており、とくにヘモグロビンに多量に含まれています[3][4a]。
1.3. 化粧品以外の主な用途
ヒスチジンの化粧品以外の主な用途としては、
分野 | 用途 |
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食品 | 幼児には必須アミノ酸であることからほかの必須アミノ酸類と併用して栄養強化目的で乳幼児食や栄養ドリンクなどに用いられるほか、食品のフレーバー強化のために微量添加されることがあります[4b]。 |
医薬品 | 安定・安定化、緩衝目的の医薬品添加剤として各種注射に用いられています[5]。 |
これらの用途が報告されています。
2. 化粧品としての配合目的
- 角層水分量増加による保湿作用
- パサつき抑制による毛髪修復作用
主にこれらの目的でスキンケア製品、ボディ&ハンドケア製品、シート&マスク製品、アウトバストリートメント製品、シャンプー製品、ヘアトリートメント製品、メイクアップ製品、クレンジング製品、洗顔料、洗顔石鹸など様々な製品に汎用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 角層水分量増加による保湿作用
角層水分量増加による保湿作用に関しては、まず前提知識として皮膚最外層である角質層の構造と役割および角質細胞におけるアミノ酸の役割について解説します。
直接外界に接する皮膚最外層である角質層は、以下の図のように、
水分を保持する働きもつ天然保湿因子を含む角質と角質の間を細胞間脂質で満たした、レンガとモルタルの関係と同様の構造になっており、この構造が保持されることによって外界からの物理的あるいは化学的影響から身体を守り、かつ体内の水分が体外へ過剰に蒸散していくのを防ぐとともに一定の水分を保持する役割を担っています[6][7]。
また、角質層において水分を保持する働きをもつ物質は、天然保湿因子(NMF:natural Moisturizing Factor)とよばれる低分子の水溶性物質であり、天然保湿因子は以下の表のように、
成分 | 含量(%) |
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アミノ酸 | 40.0 |
ピロリドンカルボン酸(PCA) | 12.0 |
乳酸 | 12.0 |
尿素 | 7.0 |
アンモニア、尿酸、グルコサミン、クレアチン | 1.5 |
ナトリウム(Na⁺) | 5.0 |
カリウム(K⁺) | 4.0 |
カルシウム(Ca²⁺) | 1.5 |
マグネシウム(Mg²⁺) | 1.5 |
リン酸(PO₄³⁻) | 0.5 |
塩化物(Cl⁻) | 6.0 |
クエン酸、ギ酸 | 0.5 |
糖、有機酸、ペプチド、未確認物質 | 8.5 |
アミノ酸、有機酸、塩などの集合体として存在しています[8]。
この天然保湿因子において約40%を占めるアミノ酸組成は、以下の表のように、
アミノ酸の種類 | 含量(%) |
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プロリン | 5.6 |
アスパラギン + アスパラギン酸 | 0.8 |
トレオニン | 0.4 |
セリン | 19.7 |
グルタミン + グルタミン酸 | 2.3 |
グリシン | 14.7 |
アラニン | 10.4 |
バリン | 3.4 |
メチオニン | 0.2 |
イソロイシン | 0.5 |
ロイシン | 1.5 |
チロシン | 0.8 |
フェニルアラニン | 0.7 |
リシン | 1.1 |
ヒスチジン | 1.4 |
アルギニン | 10.3 |
16種類のアミノ酸で構成されており[9]、これらアミノ酸の大部分は、以下の図のように、
表皮顆粒層に存在しているケラトヒアリン(∗3)が角質細胞に変化していく過程でフィラグリンと呼ばれるタンパク質となり、このフィラグリンがブレオマイシン水解酵素(bleomycin hydrorase)によって完全分解されることで産生されることが報告されています[10][11]。
∗3 ケラトヒアリンの主要な構成成分は、分子量300-1,000kDaの巨大な不溶性タンパク質であるプロフィラグリンであり、プロフィラグリンは終末角化の際にフィラグリンに分解されます。
アミノ酸は、天然保湿因子(NMF)の主要成分であることから皮膚の潤いを保つ目的でスキンケア製品に用いられていますが、一方で水溶性低分子の両性イオン化合物であり、一般的に電荷を有した物質は皮膚や生体膜を透過しにくく、その透過率は電荷を持たない物質と比較して1/1000といわれています[12]。
1996年に味の素とカリフォルニア大学医学部皮膚科によって報告されたアミノ酸のヒト皮膚での経皮吸収挙動の検証によると、
– in vitro:皮膚透過試験 –
ヒト皮膚(角質層、表皮および真皮の一部を含む)上に1%濃度生理食塩水(pH7.4)となるように調製した5種類の水溶性アミノ酸(L-リシン、グリシン、グルタミン酸Na、プロリンおよびトレオニン)溶液をのせ、2-4時間ごとに皮膚透過挙動を評価したところ、以下のグラフのように、
いずれのアミノ酸も経皮吸収にタイムラグがみられ、またアミノ酸によって透過量が異なることがわかった。
次に、ヒト皮膚の角質層を擦って剥いだ肌荒れモデル上に同様のアミノ酸溶液をのせ、2-4時間ごとに皮膚透過挙動を評価したところ、以下のグラフのように、
いずれのアミノ酸も経皮吸収のラグタイムが短縮され、また蓄積量も増大した。
この試験結果から、角質層はアミノ酸の経皮吸収に対して最大のバリアとなっていることが明らかとなった。
このような検証結果が明らかにされており[13]、水溶性アミノ酸は健常皮膚においては経時的に穏やかな経皮吸収性が、バリア機能が低下した皮膚においては健常な皮膚と比較して優れた経皮吸収性が認められています。
ヒスチジンはリシンと同様に水溶性の塩基性アミノ酸であることから、これらの水溶性アミノ酸と同様の経皮吸収挙動であると考えられます。
このような背景から、健常な皮膚においては、角質層がバリアの役割を果たしているため、一般にヒスチジンは経皮吸収されにくく、また経皮吸収に時間がかかることから即時的な保湿効果はほとんどないと考えられますが、一方で経時的に少しずつ経皮吸収されることが示されていることから、持続性のある穏やかな水分保持剤として機能すると考えられます。
また、肌荒れや皮膚炎などを有するバリア機能が低下した皮膚においては、角質層を有した健常な皮膚と比較して格段に高い経皮吸収性を示す傾向があることから、優れた水分保持剤になり得ると考えられます。
アミノ酸が角質層に経皮吸収されにくいメカニズムは、アミノ酸がイオン性物質であることによる角質層の水和(∗4)が重要な要因であり[14]、経皮吸収のラグタイムが長い理由は、アミノ酸と表皮との間の水素結合や静電気的相互作用によるものであると考えられています[15]。
∗4 水和(hydration)とは、ある化学種へ水分子が付加する現象であり、イオン性化合物や水素結合性化合物が水に溶解し、静電相互作用や水素結合することによって起こります。
2.2. パサつき抑制による毛髪修復作用
パサつき抑制による毛髪修復作用に関しては、まず前提知識として毛髪におけるCMCとパサつきの関係を解説します。
以下の毛髪の断面図をみてもらうとわかりやすいと思うのですが、
毛髪のパサつきは、主に加齢またはカラーやブリーチなどのダメージによる毛髪損傷などによって起き、見た目にパサつきのある毛髪は、健常毛と比較してCMC構成成分であるL-アルギニンおよびL-ヒスチジンが多く流出していることが明らかになっています[16a][17]。
こういった背景からCMC構成成分、とくにL-アルギニンおよび/またはL-ヒスチジンを補うことが毛髪のパサつき抑制および改善に重要であると考えられます。
2016年にライオンによって報告された塩基性アミノ酸の毛髪内部への影響によると、
– 毛束摩擦試験 –
毛髪における見た目のパサつき抑制効果を有する物質を検討するために、パサつきモデルの毛束を作製し、CMC構成成分を中心に各1%濃度のコンディショナー1gを均一塗布し、その後に温水ですすぎ、評価用シャンプー1gを均一塗布してすすぎ、風乾したところ、以下のグラフのように、
アミノ酸においては、L-アルギニンおよびL-ヒスチジンを添加した場合に顕著なパサつき抑制効果が認められた。
また毛髪内部のL-アルギニン量、L-ヒスチジン量を定量した結果、毛髪内部のL-アルギニン量、L-ヒスチジン量と見た目のパサつきのなさには比例関係が見られ、L-アルギニン、L-ヒスチジンの浸透量が多いほど、見た目のパサつきのなさは向上することが明らかになった。
ただし、持続的な効果を確認するために、0.1%L-アルギニンまたはL-ヒスチジンを配合したコンディショナー処理後に、シャンプー製剤を用いて洗浄を行う処理を7回繰り返したところ、毛髪内部のL-アルギニン量、L-ヒスチジン量は極めて少なく、見た目のパサつき抑制効果が小さいことがわかった。
これらの浸透量が少なかった原因として、
- コンディショナで処理したことによって毛髪内部にアミノ酸が浸透しにくい
- コンディショナー処理でアミノ酸は浸透したが、後のシャンプー洗浄によって洗い流される
といった仮説が考えられた。
そこで、アミノ酸を毛髪内部に浸透しやすくする毛髪膨潤効果および毛髪内部で多重膜を形成し浸透したアミノ酸の流出を防ぐ滞留効果を有する基剤を併用してスクリーニングしたところ、以下のグラフのように、
ラウロイルグルタミン酸ジ(フィトステリル/オクチルドデシル)と併用した場合に、アミノ酸の浸透および滞留効果が最も示された。
これは、ラウロイルグルタミン酸ジ(フィトステリル/オクチルドデシル)と細胞間脂質の構造が類似していることに起因していると考えられる。
このような検証結果が明らかにされており[16b]、ヒスチジンにパサつき抑制による毛髪修復作用が認められています。
また、ヒスチジンとラウロイルグルタミン酸ジ(フィトステリル/オクチルドデシル)を併用することで、毛髪へのヒスチジン浸透性および滞留性が顕著に向上することが認められています[16c]。
3. 混合原料としての配合目的
ヒスチジンは混合原料が開発されており、ヒスチジンと以下の成分が併用されている場合は、混合原料として配合されている可能性が考えられます。
原料名 | PRODEW 500 |
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構成成分 | PCA-Na、乳酸Na、アルギニン、アスパラギン酸、PCA、グリシン、アラニン、セリン、バリン、プロリン、トレオニン、イソロイシン、ヒスチジン、フェニルアラニン、水 |
特徴 | 毛髪のNMFをモデル化した保湿剤 |
原料名 | AMINO ACID COMPLEX |
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構成成分 | 水、BG、グリシン、セリン、グルタミン酸、アスパラギン酸、ロイシン、アラニン、リシン、アルギニン、チロシン、フェニルアラニン、トレオニン、プロリン、バリン、イソロイシン、ヒスチジン |
特徴 | 皮膚のNMFをモデル化した保湿剤 |
4. 配合製品数および配合量範囲
実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の2012年の調査結果になりますが、以下のように報告されています(∗5)。
∗5 表の中の製品タイプのリーブオン製品というのは付けっ放し製品という意味で、主にスキンケア製品やメイクアップ製品などを指し、リンスオフ製品というのは洗浄系製品を指します。
5. 安全性評価
- 食品添加物の既存添加物リストに収載
- 医療上汎用性があり有効性および安全性の基準を満たした成分が収載される日本薬局方に収載
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 50年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:詳細不明
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
- 光毒性(光刺激性):ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
5.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性試験データ[18a]によると、
- [ヒト試験] 104名の被検者に0.05%ヒスチジン、0.04%アラニン、0.15%アルギニン、0.01%グルタミン酸、0.01%リシンおよび0.13%セリンを含むフェイス&ネック製品を対象にHRIPT(皮膚刺激性&感作性試験)を半閉塞パッチにて実施したところ、この製品は皮膚刺激および皮膚感作を誘発しなかった(Personal Care Products Council,2012)
このように記載されており、試験データをみるかぎり皮膚刺激および皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性および皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
5.2. 眼刺激性
試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細は不明です。
5.3. 光毒性(光刺激性)
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性試験データ[18b]によると、
- [in vitro試験] 正常ヒト表皮角化細胞によって再構築された3次元培養表皮モデル(EpiDerm)を用いて、角層表面に陰性対照として3.3%までヒスチジンを処理し、光毒性を評価したところ、光毒性は予測されなかった(FX Bernard et al,2000)
- [in vitro試験] 正常ヒト表皮角化細胞によって再構築された3次元培養表皮モデルを用いて、角層表面に陰性対照として10%までヒスチジンを処理し、光毒性を評価したところ、光毒性は予測されなかった(M Liebsch et al,1995)
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して光毒性なしと報告されているため、一般に光毒性(光刺激性)はほとんどないと考えられます。
6. 参考文献
- ⌃日本化粧品工業連合会(2013)「ヒスチジン」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,793.
- ⌃ab大木 道則, 他(1989)「ヒスチジン」化学大辞典,1861-1862.
- ⌃有機合成化学協会(1985)「L-ヒスチジン」有機化合物辞典,737.
- ⌃樋口 彰, 他(2019)「L-ヒスチジン」食品添加物事典 新訂第二版,278-279.
- ⌃日本医薬品添加剤協会(2021)「L-ヒスチジン」医薬品添加物事典2021,484-485.
- ⌃朝田 康夫(2002)「保湿能力と水分喪失の関係は」美容皮膚科学事典,103-104.
- ⌃田村 健夫・廣田 博(2001)「表皮」香粧品科学 理論と実際 第4版,30-33.
- ⌃武村 俊之(1992)「保湿製剤の効用:角層の保湿機構」ファルマシア(28)(1),61-65. DOI:10.14894/faruawpsj.28.1_61.
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