塩化レボカルニチンの基本情報・配合目的・安全性
医薬部外品表示名 | 塩化レボカルニチン |
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配合目的 | バリア機能修復 |
塩化レボカルニチンは、カネボウの申請によって2005年に医薬部外品の肌荒れ改善有効成分として厚生労働省に承認された成分です。
1. 基本情報
1.1. 定義
以下の化学式で表されるL-カルニチンの塩化物です[1a]。
1.2. 皮膚内挙動
塩化レボカルニチンは、皮膚に浸透すると塩が解離しL-カルニチンとして作用します[1b]。
1.3. 皮膚におけるカルニチンの働き
皮膚におけるカルニチンの働きについては、まず前提知識として生体細胞のエネルギー代謝経路の種類と表皮のターンオーバーについて解説します。
生体細胞にはエネルギー代謝経路として、
種類 | エネルギー源 | 解説 |
---|---|---|
解糖系 | グルコース | ごはんやパンなど炭水化物がエネルギーに変換される経路 |
β酸化系 | 脂質 | 脂肪酸など脂肪を燃焼することでエネルギーに変換する経路 |
これら2つの経路があります。
このうちβ酸化系代謝反応は、脂質をエネルギー源としてミトコンドリア内で行われますが、脂肪酸などの脂質はそのままではミトコンドリア内膜を通過することができないため、L-カルニチンと結合してアシルカルニチンとなることによりミトコンドリア内膜を通過し、アシルカルニチンがβ酸化によってエネルギーに変換されることが知られています[2][3]。
このようなメカニズムであるため、脂肪酸のβ酸化は完全にL-カルニチンに依存することとなり、カルニチンはβ酸化の律速物質(∗1)として機能しています[1c]。
∗1 律速(りっそく)とは、反応速度を決定する箇所を意味し、律速物質とは反応速度を決定づける物質のことを指します。
次に表皮のターンオーバーについては、以下の表皮ターンオーバー構造図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
ターンオーバー(turnover)とは、血液やリンパなどから栄養素や調節因子などの制御を受けながら、表皮最下層である基底層で生成された角化細胞(表皮細胞:ケラチノサイト)がその次につくられた、より新しい角化細胞によって皮膚表面に向かって押し上げられるとともに分化していき、最後はケラチンから成る角質細胞となり、角質層にとどまった後に角片(∗2)として剥がれ落ちる表皮の新陳代謝のことをいい、正常なターンオーバーによって皮膚の新鮮さおよび健常性が保持されています[4][5]。
∗2 角片とは、体表部分でいえば垢、頭皮でいえばフケを指します。
このターンオーバーに用いられるエネルギーは、真皮に近い基底層から有棘層では主に糖をエネルギーとする解糖系で、表面に近い顆粒層では脂肪酸をエネルギーとするβ酸化系で産生されると考えられており、L-カルニチンは表皮にも存在することから、顆粒細胞の代謝活動に重要な役割を担っていると考えられています[6a]。
1.4. 化粧品以外の主な用途
塩化レボカルニチンの化粧品以外の主な用途としては、
分野 | 用途 |
---|---|
医薬品 | カルニチン欠乏症などのカルニチン補給に用いられています[7]。 |
これらの用途が報告されています。
2. 医薬部外品(薬用化粧品)としての配合目的
- 表皮細胞のβ酸化促進によるバリア機能修復作用
主にこれらの目的で、スキンケア製品などに使用されています。
以下は、医薬部外品(薬用化粧品)として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 表皮細胞のβ酸化促進によるバリア機能修復作用
表皮細胞のβ酸化促進によるバリア機能修復作用に関しては、まず前提知識として角質層における細胞間脂質の構造および役割について解説します。
以下の表皮最外層である角質層の構造をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
角質層は天然保湿因子を含む角質細胞と角質の間を細胞間脂質で満たした、レンガとモルタルの関係と同様の構造となっており、細胞間脂質は主に、
細胞間脂質構成成分 | 割合(%) |
---|---|
セラミド | 50 |
遊離脂肪酸 | 20 |
コレステロール | 15 |
コレステロールエステル | 10 |
糖脂質 | 5 |
このような脂質組成で構成されており[8]、その約50%をセラミドが占めています。
これら細胞間脂質は以下の図のように、
疎水層(脂質)と親水層(水分)を繰り返すラメラ構造を形成していることが大きな特徴であり、脂質が結合水(∗3)を挟み込むことで水分を保持し、角質細胞間に層状のラメラ液晶構造を形成することでバリア機能を発揮すると考えられており、このバリア機能は、皮膚内の過剰な水分蒸散の抑制および一定の水分保持、外的刺激から皮膚を防御するといった重要な役割を担っています。
∗3 結合水とは、たんぱく質分子や親液コロイド粒子などの成分物質と強く結合している水分であり、純粋な水であれば0℃で凍るところ、角層中の水のうち33%は-40℃まで冷却しても凍らないのは、角層内に存在する水のうち約⅓が結合水であることに由来しています[9]。
一方で、皮膚が乾燥寒冷下に長時間曝露されるような外的要因やアトピー性皮膚炎のような内的要因により乾皮症(ドライスキン)が生じた場合は、角質層の機能低下により、角質層の水分保持能の低下およびバリア機能低下による経表皮水分蒸散量(transepidermal water loss:TEWL)の上昇が起こり[10]、その結果として角質細胞や細胞間脂質が規則的に並ばなくなり、そこに生じた隙間からさらに水分が蒸散し、バリア機能・保湿能が低下していくことが知られています[11]。
このような背景から、バリア機能が低下している場合において細胞間脂質構成成分の産生を促進することは、バリア機能の改善、ひいてはドライスキンの改善や皮膚の健常性を維持するために重要なアプローチのひとつであると考えられます。
2005年にカネボウ化粧品化粧品研究所(現 カネボウ化粧品小田原研究所)によって報告された塩化レボカルニチンの表皮細胞のβ酸化と細胞間脂質構成成分に対する影響検証およびヒト乾燥皮膚に対する有用性検証によると、
– in vitro : 表皮細胞のβ酸化促進作用 –
培養ヒト表皮細胞に塩化レボカルニチンを添加し、培養・処理後にβ酸化能を測定したところ、以下のグラフのように、
塩化レボカルニチンの添加により、表皮細胞のβ酸化能は有意(p<0.05)に増加した。
– in vitro : 細胞間脂質構成成分の産生促進作用 –
表皮の再構築モデルである3次元培養皮膚モデルに塩化レボカルニチンを添加し、角層中の角質細胞間脂質量を測定したところ、以下のグラフのように、
塩化レボカルニチンにの添加により、セラミド量、脂肪酸量およびコレステロールの増加が確認され、その増加量はセラミドおよび脂肪酸において有意(p<0.05)であった。
– ヒト使用試験 –
乾燥した皮膚を有する被検者に塩化レボカルニチン配合製剤および未配合製剤(プラセボ)を6週間連用してもらい、6週間後にそれぞれの角層水分量を測定したところ、以下のグラフのように、
塩化レボカルニチン配合製剤は、未配合製剤と比較しても有意(p<0.01)に高い角層水分量の増加を示した。
また、同試験において6週間連用後に経表皮の水分蒸散量を測定したところ、以下のグラフのように、
塩化レボカルニチン配合製剤は、未配合製剤と比較して有意(p<0.05)に低い値を示し、表皮バリア機能の改善効果が示された。
このような検証結果が明らかにされており[6b]、塩化レボカルニチンに表皮細胞のβ酸化促進によるバリア機能修復作用が認められています。
塩化レボカルニチンの肌荒れ改善作用メカニズムは、表皮のβ酸化促進によって各細胞間脂質構成成分の合成が促進される細胞賦活作用ともいえますが、実際的にはバリア機能の改善・修復作用となっていることから、ここではバリア機能修復作用に分類しています。
3. 安全性評価
- 2005年に医薬部外品有効成分に承認
- 2005年からの使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし-わずか
- 眼刺激性:ほとんどなし
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
- 光毒性(光刺激性):ほとんどなし
- 光感作性:ほとんどなし
このような結果となっており、医薬部外品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
3.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)
カネボウの安全性データ[12a]によると、
- [ヒト試験] 40名の被検者に各濃度の塩化レボカルニチンを含む生理食塩水を24時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去1および24時間後に皮膚反応を評価したところ、除去1時間後で4名に軽度の紅斑がみられたがいずれも24時間で消失したことから、この試験製剤は安全性に問題ないと考えられた
- [動物試験] モルモットに塩化レボカルニチンを対象に皮膚感作性試験を実施したところ、この試験物質は皮膚感作剤ではなかった
このように記載されており、試験データをみるかぎり、皮膚刺激および皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性および皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
3.2. 眼刺激性
カネボウの安全性データ[12b]によると、
- [動物試験] ウサギの片眼に塩化レボカルニチンを適用し、適用後に眼刺激性を評価したところ、この試験製剤は眼刺激剤ではなかった
このように記載されており、試験データをみるかぎり、眼刺激なしと報告されているため、一般に眼刺激性はほとんどないと考えられます。
3.3. 光毒性(光刺激性)および光感作性
紫外線領域(290-400nm)に吸収がないため、試験は省略されており、光毒性(光刺激性)および光感作性はないと考えられます。
4. 参考文献
- ⌃abc杉山 義宣(2009)「表皮エネルギー代謝に着目した肌荒れ改善アプローチ –塩化レボカルニチンの作用メカニズムとその有用性-」機能性化粧品開発と医薬部外品専用化粧品承認取得アプローチ,24-34.
- ⌃J.D. McGarry・N.F. Brown(1997)「The Mitochondrial Carnitine Palmitoyltransferase System – From Concept to Molecular Analysis」European Journal of Biochemistry(244)(1),1-14. DOI:10.1111/j.1432-1033.1997.00001.x.
- ⌃R.R. Ramsay, et al(2001)「Molecular enzymology of carnitine transfer and transport」Biochimica et Biophysica Acta (BBA) – Protein Structure and Molecular Enzymology(1546)(1),21-43. DOI:10.1016/s0167-4838(01)00147-9.
- ⌃朝田 康夫(2002)「表皮を構成する細胞は」美容皮膚科学事典,18.
- ⌃朝田 康夫(2002)「角質層のメカニズム」美容皮膚科学事典,22-28.
- ⌃ab丹野 修・原武 昭憲(2005)「カルニチンの肌への効果 -塩化レボカルニチンの開発とその作用-」Fragrance Journal(33)(8),82-85.
- ⌃浦部 晶夫, 他(2021)「レボカルニチン塩化物」今日の治療薬2021:解説と便覧,512.
- ⌃芋川 玄爾(1995)「皮膚角質細胞間脂質の構造と機能」油化学(44)(10),751-766. DOI:10.5650/jos1956.44.751.
- ⌃G. Imokawa, et al(1991)「Stratum corneum lipids serve as a bound-water modulator」Journal of Investigative Dermatology(96)(6),845-851. PMID:2045673.
- ⌃石田 賢哉(2004)「光学活性セラミドの開発と機能」オレオサイエンス(4)(3),105-116. DOI:10.5650/oleoscience.4.105.
- ⌃朝田 康夫(2002)「保湿能力と水分喪失の関係は」美容皮膚科学事典,103-104.
- ⌃abカネボウ株式会社(2005)「カネボウ トリートメントC」審査報告書.