ピリドキシンHClの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | ピリドキシンHCl |
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医薬部外品表示名 | 塩酸ピリドキシン、ビタミンB6 |
部外品表示簡略名 | HClピリドキシン、ピリドキシンHCl |
INCI名 | Pyridoxine HCl |
配合目的 | 皮脂抑制 など |
1. 基本情報
1.1. 定義
以下の化学式で表されるピリドキシンの塩酸塩です[1]。
1.2. 物性・性状
ピリドキシンHClの物性・性状は、
状態 | 結晶 |
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溶解性 | 水に易溶、エタノールに微溶、エーテルに不溶 |
このように報告されています[2]。
ピリドキシンは、熱や酸性では比較的安定ですが、中性やアルカリ性では光により分解される性質であることから、一般に安定性を高めたピリドキシンHCl(ピリドキシン塩酸塩)の形で用いられます[3a]。
1.3. 化粧品以外の主な用途
ピリドキシンHClの化粧品以外の主な用途としては、
分野 | 用途 |
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食品 | ビタミンB6の補填・強化目的で調整粉乳や小麦粉に加えられるほか、健康志向の菓子類や飲料をはじめとする食品類に用いられています[3b]。 |
医薬品 | ビタミンB6欠乏症の予防および治療、口唇炎、急性・慢性湿疹、脂漏性湿疹、接触皮膚炎、末梢神経炎などにビタミン製剤として用いられるほか[4]、過剰な皮脂の分泌を抑えることから毛髪用薬に[5a]、目の新陳代謝を促進し疲労時の回復力を高めることから点眼薬にそれぞれ用いられています[6]。 |
これらの用途が報告されています。
2. 化粧品としての配合目的
- 皮脂抑制作用
主にこれらの目的で、スキンケア製品、マスク製品、化粧下地製品、日焼け止め製品、メイクアップ製品、ハンドケア製品、洗顔料、洗顔石鹸、クレンジング製品、シャンプー製品、コンディショナー製品など様々な製品に使用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 皮脂抑制作用
皮脂抑制作用に関しては、まず前提知識として皮脂の構造と役割について解説します。
皮脂とは、以下の皮膚の最外層である角質層の構造図および皮脂の流れ図をみてもらえるとわかりやすいと思いますが、
狭義には皮脂腺で合成された脂質が毛包を通って皮膚表面に分泌される脂肪のことをいい、主にスクワレン、ワックス(ロウ)、脂肪酸系物質(トリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド、遊離脂肪酸)(∗1)で構成されています[7a][8a]。
∗1 遊離脂肪酸は、オレイン酸、ステアリン酸、パルミチン酸などです。
また、表皮細胞(角化細胞)は分化の過程においてコレステロール、コレステロールエステルなどの表皮脂質を産生し、この表皮脂質と皮脂腺由来の皮脂が皮膚表面で混ざったものを皮表脂質といいます[7b][8b]。
このような背景から皮表脂質の組成は、ヒトによって含有量が異なり、また同じヒトであっても日によって変動がありますが、
由来 | 成分 | 含量範囲(%) |
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表皮細胞 | コレステロールエステル | 1.5 – 2.6 |
コレステロール | 1.2 – 2.3 | |
皮脂腺 | スクワレン | 10.1 – 13.9 |
ワックス | 22.6 – 29.5 | |
トリグリセリド | 19.5 – 49.4 | |
ジグリセリド | 2.3 – 4.3 | |
遊離脂肪酸 | 7.9 – 39.0 |
このように報告されており[9]、皮脂腺由来の脂肪が約90%を占めることから、広義には皮表脂質も皮脂とよばれています。
皮表脂質は、皮膚表面で汗と混合(乳化)して薄い脂肪の膜をつくり、皮表脂質膜(皮脂膜)を形成することで、
- 皮膚や毛髪にうるおいやなめらかさを付与する
- 外界の刺激から皮膚を保護
- 弱酸性を示し外部の影響などによってアルカリ性となった皮膚を元のpH値に戻す緩衝作用
- 有害な細菌の増殖を抑制
このような生理的役割を担っています[10]。
一方で、皮脂の分泌が過剰な場合は、脂性肌という主観的な認識に結びつき、肌のテカリやベタつきといった皮脂由来の直接的な肌の悩みだけでなく、皮膚表面の洗浄作用が低下し、ほこりや雑菌が付着、繁殖しやすくなり、脂漏性湿疹、ざ瘡(ニキビ)発症の原因となります[7c][11]。
さらに、過剰な皮脂は毛包周辺の角層細胞とともに角栓を形成し、毛穴の開大を招いたり、皮膚表面上の皮脂が紫外線により酸化し、この過酸化脂質が角層細胞にダメージを与え、バリア機能を低下させるなどの悪影響をもたらすことが知られています。
このような背景から、過剰な皮脂を抑制することは、皮膚を健常に保つ上で重要であると考えられます。
ピリドキシンHClは、過剰な皮脂分泌を抑制することから毛髪用薬に用いられており[5b]、またニキビ、皮膚炎、乾性脂漏などに外用剤として用いられることから[12]、化粧品においても過剰な皮脂分泌の抑制目的でスキンケア製品などに使用されています。
3. 混合原料としての配合目的
ピリドキシンHClは混合原料が開発されており、ピリドキシンHClと以下の成分が併用されている場合は、混合原料として配合されている可能性が考えられます。
原料名 | BeauPlex VH |
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構成成分 | パントテン酸Ca、ナイアシンアミド、アスコルビルリン酸Na、酢酸トコフェロール、ピリドキシンHCl、マルトデキストリン、オクテニルコハク酸デンプンNa、シリカ |
特徴 | ビタミンC、E、B3、B5、B6を一体化した水溶性ビタミン原料 |
原料名 | Asebiol |
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構成成分 | 水、ピリドキシンHCl、ナイアシンアミド、グリセリン、パンテノール、加水分解酵母タンパク、トレオニン、アラントイン、ビオチン、フェノキシエタノール、ソルビン酸K、リン酸2Na、クエン酸 |
特徴 | 皮脂の産生に関与する酵素である5α-リダクターゼを阻害することにより頭皮の皮脂量を調整するビタミンおよびアミノ酸の複合体 |
4. 安全性評価
- 食品添加物の指定添加物リストに収載
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 20年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし(データなし)
- 眼刺激性:ほとんどなし(データなし)
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし(データなし)
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
4.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)
食品添加物の指定添加物リストおよび医薬部外品原料規格2021に収載されており、20年以上の使用実績がある中で重大な皮膚刺激および皮膚感作の報告がみあたらないため、化粧品配合量および通常使用下において、一般に皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)はほとんどないと考えられますが、詳細な安全性試験データがみあたらず、データ不足のため詳細は不明です。
4.2. 眼刺激性
一般点眼薬に使用されていることから、一般に眼刺激性はほとんどないと考えられますが、詳細な安全性試験データがみあたらず、データ不足のため詳細は不明です。
5. 参考文献
- ⌃日本化粧品工業連合会(2013)「ピリドキシンHCl」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,825-826.
- ⌃大木 道則, 他(1989)「ピリドキシン塩酸塩」化学大辞典,1931.
- ⌃ab樋口 彰, 他(2019)「ピリドキシン塩酸塩」食品添加物事典 新訂第二版,287.
- ⌃浦部 晶夫, 他(2021)「ピリドキシン塩酸塩」今日の治療薬2021:解説と便覧,507-508.
- ⌃ab崔 吉道(2021)「毛髪用薬」今日のOTC薬 改訂第5版:解説と便覧,420-427.
- ⌃折井 孝男・田邉 直人(2021)「眼科用薬」今日のOTC薬 改訂第5版:解説と便覧,428-459.
- ⌃abc朝田 康夫(2002)「皮脂腺の機能と構造」美容皮膚科学事典,38-45.
- ⌃ab朝田 康夫(2002)「皮表脂質の組成とその由来」美容皮膚科学事典,45-48.
- ⌃D.T. Downing, et al(1969)「Variability in the Chemical Composition of Human Skin Surface Lipids」Journal of Investigative Dermatology(53)(5),322-327. DOI:10.1038/jid.1969.157.
- ⌃松尾 聿朗・犬飼 則子(1988)「皮表脂質の生理的役割」油化学(37)(10),827-831. DOI:10.5650/jos1956.37.827.
- ⌃D.T. Downing, et al(1986)「Essential fatty acids and acne」Journal of the American Academy of Dermatology,(14)(2)221-225. DOI:10.1016/S0190-9622(86)70025-X.
- ⌃鈴木 一成(2012)「ピリドキシンHCl」化粧品成分用語事典2012,383-384.