o-シメン-5-オールの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | o-シメン-5-オール |
---|---|
医薬部外品表示名 | イソプロピルメチルフェノール |
部外品表示簡略名 | シメン-5-オール |
INCI名 | o-Cymen-5-ol |
配合目的 | 防腐、抗菌 など |
1. 基本情報
1.1. 定義
以下の化学式で表されるフェノール(∗1)の誘導体です[1][2]。
∗1 フェノールは、広義には芳香環にヒドロキシ基(-OH)が結合した化合物全般を指し、狭義にはフェノール類のうちもっとも単純な化合物であるヒドロキシベンゼン(hydroxybenzene)、つまりベンゼンの水素原子の一つがヒドロキシル基(-OH)に置換された化合物を指します。
1.2. 化粧品以外の主な用途
o-シメン-5-オールの化粧品以外の主な用途としては、
分野 | 用途 |
---|---|
医薬品 | 殺菌剤として細菌性皮膚疾患薬、口腔殺菌剤などに用いられています[3a]。 |
これらの用途が報告されています。
2. 化粧品としての配合目的
- 防腐
- アクネ菌増殖抑制による抗菌作用
主にこれらの目的で、スキンケア製品、ボディ&ハンドケア製品、デオドラント製品、洗顔料、洗顔石鹸、クレンジング製品、ボディソープ製品、頭皮ケア製品、入浴剤などに使用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 防腐
防腐に関しては、イソプロピルメチルフェノールは細菌性皮膚疾患薬などに用いられている、幅広い抗菌活性を示す抗菌剤であり、化粧品においては防腐剤としても用いられています[4]。
1990年にドイツのHoechst AGによって報告されたo-シメン-5-オールの抗菌活性検証によると、
– in vitro : 抗菌活性試験 –
寒天培地を用いて化粧品の腐敗でよく見受けられる様々なカビ、酵母および細菌に対するo-シメン-5-オールのMIC(minimum inhibitory concentration:最小発育阻止濃度)をpH6.0で検討したところ、以下の表のように、
微生物 | MIC(μg/mL) |
---|---|
緑膿菌(グラム陰性桿菌) Pseudomonas aeruginosa |
200 |
大腸菌(グラム陰性桿菌) Escherichia coli |
60 |
黄色ブドウ球菌(グラム陽性球菌) Staphylococcus aureus |
200 |
枯草菌(グラム陽性桿菌) Bacillus subtilis |
200 |
カンジダ(酵母) Candida albicans |
100 |
コウジカビ(カビ) Aspergillus brasiliensis |
100 |
o-シメン-5-オールは真菌(酵母、カビ)に対して比較的良好な抗菌活性を示した。
このような検証結果が明らかにされており[5]、o-シメン-5-オールに防腐作用が認められています。
2.2. アクネ菌増殖抑制による抗菌作用
アクネ菌増殖抑制による抗菌作用に関しては、まず前提知識として皮膚常在菌およびアクネ菌について解説します。
皮膚表面および皮脂腺開口部には多数の微生物が存在しており、その中でも健康なヒトの皮膚に高頻度で検出される病原菌をもたない微生物を皮膚常在菌と呼んでいます[6a][7a]。
健常な皮膚表面およびの主な皮膚常在菌の種類としては、20-69歳までの健常女性84名の頬より菌を採取し分離同定したところ、以下の表のように(∗2)、
∗2 好気性とは、酸素を利用した代謝機構を備えていること、嫌気性とは増殖に酸素を必要としない性質のことです。
分類 | 名称 | 性質 | 検出率(%) |
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グラム陽性桿菌 | アクネ菌(cutibacterium acnes) | 嫌気性 | 100.0 |
グラム陽性球菌 | 表皮ブドウ球菌(staphylococcus epidermidis) | 好気性 | 79.1 |
グラム陽性細菌 | ミクロコッカス属(micrococcus) | 好気性 | 41.2 |
グラム陽性球菌 | 黄色ブドウ球菌(staphylococcus aureus) | 好気性 | 8.7 |
グラム陽性細菌 | 枯草菌(bacillus subtilis) | 好気性 | 6.1 |
すべての人からアクネ菌が検出され、次いで表皮ブドウ球菌が79.1%の人から検出されたことから、これらが主要な皮膚常在菌であると考えられます[7b]。
皮膚常在菌の平均的な菌数については、被検者の頬1c㎡あたりの平均菌数を検討したところ、以下のグラフのように、
最も多く検出されたのはアクネ菌、次いで表皮ブドウ球菌であり[7c]、この試験結果は従来の試験データ[6b]とも同様であることから、一般に健常な皮膚状態かつこれらの皮膚常在菌が存在する場合はこれらの皮膚常在菌が大部分を占めていると考えられます。
皮膚常在菌は、皮膚上の皮表脂質やアミノ酸などを生育のための栄養源とし、1000種もの菌がお互いに競合と調和関係を構築しながら安定した叢(フローラ)を形成することで、通常は病原性を示すことなく、むしろ外部からの病原菌の侵入を防ぐ一種のバリア機能を発揮していると考えられています[6c][8]。
アクネ菌は嫌気性菌であり、酸素のある環境ではほとんど増殖できないため、毛穴や皮脂腺に存在しており、皮脂分解酵素であるリパーゼ(lipase)を産生・分泌し、皮脂の構成成分であるトリグリセリドを脂肪酸とグリセリンに分解することによって皮膚を弱酸性に保ち、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)など病原性の強い細菌の増殖を抑制する役割を担っています[9]。
一方で、以下のニキビの種類・重症度図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
様々な要因から皮脂の分泌量が過剰に増えることにより、毛穴開口部の角層が硬くなって毛穴を塞ぐことや角質細胞と脂質の混合物が毛穴に詰まり狭められて皮脂が溜まることなど、酸素が少なく栄養が多いアクネ菌にとって理想的な環境となった場合に、アクネ菌が過剰に増殖することが知られています。
アクネ菌が増殖するメカニズムとしては、アクネ菌がリパーゼを分泌しトリグリセリドを分解することによって生じる脂肪酸の一種であるオレイン酸が毛穴開口部の角層を硬くし、アクネ菌の生育を促進することから[10a]、アクネ菌がリパーゼを分泌することでオレイン酸を産生し、閉塞環境を強化しながら増殖していくというものになります[7d]。
アクネ菌は、過剰に増殖しなければニキビの原因菌になりませんが、皮脂の分泌量が増えて何かの理由で毛穴が塞がり過剰に増殖すると、増殖したアクネ菌の数に比例して分泌されるリパーゼによって産生された過剰な脂肪酸や増殖した菌体の成分が毛穴に炎症を引き起こすことから[10b][11][12]、ニキビの発生から悪化の要因であると考えられています。
このような背景から、皮膚常在菌がバランスした健常な皮膚状態であればアクネ菌の存在は問題ではありませんが、毛穴開口部の閉塞などによりアクネ菌が増殖し皮膚常在菌バランスが崩れた場合は、増殖したアクネ菌を抑制するアプローチが皮膚常在菌バランスの改善、ひいては皮膚状態の改善に重要であると考えられます。
大阪化成によって報告されたo-シメン-5-オールのアクネ菌およびヒト皮膚常在菌への影響検証によると、
– in vitro : 抗菌活性試験 –
寒天培地を用いてヒト皮膚に存在するグラム陽性菌であるアクネ菌および黄色ブドウ球菌に対するo-シメン-5-オールのMIC(minimum inhibitory concentration:最小発育阻止濃度)を検討したところ、以下のグラフのように(∗3)、
∗3 MICの単位であるppm(parts per million)は100万分の1の意味であり、1ppm = 0.0001%です。
微生物 | MIC | |
---|---|---|
% | ppm | |
アクネ菌(グラム陽性桿菌) Propionibacterium acnes |
100 | 0.010 |
黄色ブドウ球菌(グラム陽性球菌) Staphylococcus aureus |
150 | 0.015 |
o-シメン-5-オールは、皮膚常在菌である黄色ブドウ球菌およびアクネ菌に対して優れた抗菌活性を示した。
このような検証結果が報告されており[3b]、o-シメン-5-オールにアクネ菌増殖抑制による抗菌作用が認められています。
MICをみてもらうとわかるように、アクネ菌に対しては濃度0.01%で十分な抗菌活性を示すことから、ニキビ抑制を目的にした場合でもごく微量の配合であると考えられますが、アクネ菌増殖抑制目的の場合は医薬部外品(薬用化粧品)として医薬部外品表示名である「イソプロピルメチルフェノール」と表記され、抗菌有効成分として記載されます[13]。
3. 配合製品数および配合量範囲
イソプロピルメチルフェノールは、医薬部外品(薬用化粧品)への配合において配合上限があり、配合範囲は以下になります。
種類 | 配合量 |
---|---|
薬用石けん・シャンプー・リンス等、除毛剤 | 1.0 |
育毛剤 | 0.1 |
その他の薬用化粧品、腋臭防止剤、忌避剤 | 0.1 |
薬用口唇類 | 0.1 |
薬用歯みがき類 | 0.1 |
浴用剤 | 0.1 |
染毛剤 | 1.0 |
パーマネント・ウェーブ用剤 | 1.0 |
また、イソプロピルメチルフェノールは配合制限成分リスト(ポジティブリスト)収載成分であり、化粧品に配合する場合は以下の配合範囲内においてのみ使用されます。
種類 | 最大配合量(g/100g) |
---|---|
粘膜に使用されることがない化粧品のうち洗い流すもの | 配合上限なし |
粘膜に使用されることがない化粧品のうち洗い流さないもの | 0.1 |
粘膜に使用されることがある化粧品 | 0.1 |
化粧品に対する実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の2001年の調査結果になりますが、以下のように報告されています。
4. 安全性評価
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 30年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:ほとんどなし-最小限
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
4.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[14a]によると、
- [ヒト試験] 53名のボランティアの前腕3ヶ所に0.0%(対照),0.1%および1.0%o-シメン-5-オールを含むワセリンを対象に24時間パッチテストを実施し、パッチ除去3時間以内に皮膚刺激性を評価したところ、いずれの被検者も皮膚刺激を示さなかった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1980)
- [ヒト試験] 27名の被検者にo-シメン-5-オールを含むワセリンを対象にMaximization皮膚感作性試験を閉塞パッチにて実施(誘導期間において濃度1.0%およびチャレンジ期間において濃度0.1%)したところ、いずれの被検者も皮膚刺激および皮膚感作を示さなかった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1978)
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して皮膚刺激および皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性および皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
4.2. 眼刺激性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[14b]によると、
- [動物試験] 9匹のウサギ2群の片眼に0.1%および1.0%o-シメン-5-オールを含むワセリン0.1gをそれぞれ点眼し、3匹は眼をすすがず、別の3匹は眼をすすぎ、Draize法に基づいて1および4時間後および1-7日後に眼刺激性を評価したところ、0.1%濃度のグループでは洗眼にかかわらずほとんど知覚できないわずかな結膜発赤が1および24時間でみられたが、この症状は48時間後には完全に消失した。1.0%濃度のグループでは非洗眼でとてもわずかな結膜発赤が1および4時間でみられたが、24時間で消失した。洗眼グループでは眼刺激性はみられなかった。また両方のグループで残りの3匹に対照としてワセリンのみを点眼したところ、1および4時間でわずかな結膜刺激がみられ、この刺激は24時間で消失した。o-シメン-5-オールは対照とほとんど同様の眼刺激性であったことから、最小限の眼刺激を誘発すると結論付けられた(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1980)
このように記載されており、試験データをみるかぎり最小限の眼刺激が報告されているため、一般に眼刺激性は非刺激-最小限の眼刺激を引き起こす可能性があると考えられます。
5. 参考文献
- ⌃日本化粧品工業連合会(2013)「o-シメン-5-オール」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,512.
- ⌃“Pubchem”(2021)「4-Isopropyl-3-methylphenol」,2021年7月20日アクセス.
- ⌃ab大阪化成株式会社(-)「イソプロピルメチルフェノール」技術資料.
- ⌃日光ケミカルズ株式会社(2006)「殺菌・防腐剤」新化粧品原料ハンドブックⅠ,458-470.
- ⌃K.H. Wallhausser(1990)「香粧品工業で使用されている防腐剤」香粧品 医薬品 防腐・殺菌剤の科学,501-565.
- ⌃abc桑山 三恵子, 他(1986)「健常女性の皮膚常在菌叢と皮膚の性状」日本化粧品技術者会誌(20)(3),167-179. DOI:10.5107/sccj.20.167.
- ⌃abcd末次 一博, 他(1994)「皮膚常在菌の皮膚状態に与える影響」日本化粧品技術者会誌(28)(1),44-56. DOI:10.5107/sccj.28.44.
- ⌃岡部 美代治(2018)「皮膚常在菌の化粧品への応用と今後の展望」Fragrance Journal(46)(12),17-20.
- ⌃E.A. Grice & J.A. Segre(2011)「The skin microbiome」Nature Reviews Microbiology(9),244-253. DOI:10.1038/nrmicro2537.
- ⌃abS.M. Puhvel & R.M. Reisner(1970)「Effect of Fatty Acids on the Growth of Corynebacterium Acnes in Vitro」Journal of Investigative Dermatology(54)(1),48-52. PMID:5416678.
- ⌃G.F. Webster & J.J. Leyden(1980)「Characterization of serum-independent polymorphonuclear leukocyte chemotactic factors produced byPropionibacterium acnes」Inflammation(4),261-269. DOI:10.1007/bf00915027.
- ⌃S.M. Puhvel & R.M. Reisner(1972)「The Production of Hyaluronidase (Hyaluronate Lyase) by Corynebacterium Acnes」Journal of Investigative Dermatology(58)(2),66-70. PMID:4258461.
- ⌃宇山 侊男, 他(2020)「イソプロピルメチルフェノール」化粧品成分ガイド 第7版,160.
- ⌃abNo Author Listed(1984)「Final Report on the Safety Assessment of o-Cymen-5-ol」Journal of the American College of Toxicology(3)(3),131-138. DOI:10.3109/10915818509078671.