炭酸水素Naの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | 炭酸水素Na |
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医薬部外品表示名 | 炭酸水素ナトリウム、重炭酸ナトリウム、重曹 |
部外品表示簡略名 | 炭酸水素Na、重炭酸Na |
INCI名 | Sodium Bicarbonate |
配合目的 | pH調整・pH緩衝、血行促進、研磨・スクラブ など |
1. 基本情報
1.1. 定義
以下の化学式で表される、炭酸水素イオン(HCO3⁻)とナトリウムイオン(Na⁺)から成る炭酸のモノナトリウム塩です[1a][2]。
1.2. 分布
炭酸水素Naは、自然界において温泉の一種であるナトリウム-炭酸水素塩泉(旧称:重曹泉)の主成分として存在しています[3a]。
ナトリウム-炭酸水素塩泉は、「美人の湯」「美肌の湯」といわれる代表的な温泉であり、入浴によって皮膚の脂肪、分泌物が乳化するため、皮膚の表面が滑らかになることが知られ、国内においては群馬県の鹿沢温泉、長野県の小谷温泉、佐賀県の嬉野温泉などに存在しています[3b]。
1.3. 化粧品以外の主な用途
炭酸水素Naの化粧品以外の主な用途としては、
分野 | 用途 |
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食品 | 膨張剤(ベーキングパウダー)として酸剤と併用して配合されるほか、pH調整剤として様々な食品に用いられています[4]。また、炭酸水素Naは水溶液中で有機酸と反応すると炭酸とナトリウムイオンとなり、炭酸はすぐに二酸化炭素ガスとして発泡することから、有機酸であるクエン酸の粉末と組み合わせることでそれぞれの粉末が唾液中で混ざったときに発泡感(シュワシュワ感)をもたせる目的で菓子類(グミ、飴、ラムネ、ガムなど)に使用されています(∗1)[5]。 |
医薬品 | アシドーシス補正、薬物中毒の際の排泄促進目的の治療薬として用いられています[6]。また安定・安定化、可溶・可溶化、緩衝、矯味、等張化、発泡、pH調節、賦形、崩壊・崩壊補助、無痛化、溶解・溶解補助目的の医薬品添加剤として経口剤、各種注射、外用剤、眼科用剤、口中用剤などに用いられています[7]。 |
∗1 それぞれの粉末を製品の外側にまぶしたり(飴、グミ)、製品中に分散させたり(ラムネ、ガム)、製品中に発泡性成分を封入するなど、製品によって唾液との接触点を変えて発泡感に変化をつけています。
これらの用途が報告されています。
2. 化粧品としての配合目的
- 弱アルカリ性によるpH調整・pH緩衝
- 炭酸ガス発生による血行促進作用
- 研磨・スクラブ
主にこれらの目的で、スキンケア製品、洗顔料、洗顔石鹸、シート&マスク製品、シャンプー製品、クレンジング製品、頭皮ケア製品、アウトバストリートメント製品、ボディ&ハンドケア製品、メイクアップ製品、化粧下地製品、デオドラント製品、入浴剤など様々な製品に汎用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 弱アルカリ性によるpH調整・PH緩衝
弱アルカリ性によるpH調整・pH緩衝に関しては、まず前提知識としてpHと皮膚との関係およびpH緩衝について解説します。
pH(ペーハー:ピーエッチ)とは、水素イオン指数ともいい、水溶液中の水素イオン濃度(H⁺の量)を表す指数であり、0-14までの数値で表され、7を中性とし、7より低いとき酸性を示し、数値が低くなるほど強酸性を意味し、また7より大きいときアルカリ性を示し、数値が高くなるほど強アルカリ性を意味します[8][9a]。
皮膚のpHとは、皮膚表面を薄く覆っている皮表脂質膜(皮脂膜)のpHのことを指し、皮表脂質膜は皮脂の中に存在する遊離脂肪酸や汗に含まれている乳酸やアミノ酸の影響でpH4.5-6.0の弱酸性を示し、一般にこの範囲であれば正常であると考えられ、一方でpHが4.5-6.0の範囲から離れるほど肌への刺激が強くなっていくことが知られています[9b]。
次に、緩衝溶液とは外からの作用に対してその影響を和らげようとする性質をもつ溶液のことをいいますが、pH緩衝溶液とは酸とその塩、あるいは塩基とその塩の混合液を用いることによって、その溶液にある程度の酸または塩基(アルカリ)の添加あるいは除去または希釈にかかわらずほぼ一定のpHを維持する、pH緩衝能を有した溶液のことをいいます[10][11][12]。
たとえば人間の皮膚は弱酸性であり、入浴などで中性に傾いたとしてもすぐに弱酸性に保たれますが、これは緩衝作用が働いているためです。
多くの化粧品製剤には、pHが変動してしまうと効果を発揮しなくなる成分や品質の安定性が保てなくなる成分などが含まれており、炭酸水素Naは弱アルカリ性を示す無機塩であることから[13]、製品自体のpH調整や製品に化粧品原料を配合する際に中和するpH調整剤として使用されています[1b][14a]。
また、製品の内容物がpH変動要因である大気中の物質に触れたり、人体の細菌類に触れても品質(pH)を一定に保つpH緩衝剤として炭酸水素Naと炭酸Naの組み合わせで主に使用されています[1c]。
2.2. 炭酸ガス発生による血行促進作用
炭酸ガス発生による血行促進作用に関しては、前提知識として皮膚に対する炭酸ガス(二酸化炭素)の作用について解説します。
水に溶存した炭酸ガスは皮膚から浸透しその刺激が血管に伝わり血管が拡張することで血行促進が起こると考えられています[15][16a]。
炭酸水素Naは、水溶液中で有機酸と反応することで炭酸とナトリウムイオンとなり、炭酸はすぐに二酸化炭素ガスとして発泡することから、炭酸水素Naと有機酸(∗2)の組み合わせで炭酸をコンセプトとした洗顔料、クレンジング製品、シート製品、ゲルパック製品、エアゾール製品、入浴剤などに使用されています[16b]。
∗2 炭酸水素Naと組み合わせる有機酸としては、一般的にクエン酸やリンゴ酸などが用いられます。
2.3. 研磨・スクラブ
研磨・スクラブに関しては、炭酸水素Naは水に少し溶け皮脂に対する洗浄力を有する無機塩であることから[17]、皮脂を洗浄しかつ水を加えることで結晶の角が溶けて皮膚を傷つけることなく物理的に古い角質を除去するスクラブ剤として、主に洗顔料などに使用されています[1d]。
3. 配合製品数および配合量範囲
実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の2002-2004年の調査結果になりますが、以下のように報告されています。
4. 安全性評価
- 食品添加物の指定添加物リストに収載
- 医療上汎用性があり有効性および安全性の基準を満たした成分が収載される日本薬局方に収載
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 40年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:ほとんどなし-わずか
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし(データなし)
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
4.1. 皮膚刺激性について
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性試験データ[18a]によると、
- [動物試験] 6匹のウサギの無傷および擦過した皮膚に炭酸水素Na0.5gを24時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去後に皮膚刺激性を評価したところ、いずれのウサギも皮膚刺激の兆候を示さなかった(Hudson Laboratories Inc,1972)
- [動物試験] 6匹のウサギの無傷および擦過した皮膚に炭酸水素Na0.5gを24時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去後に皮膚刺激性を評価したところ、この試験物質は皮膚刺激剤ではなかった(Leberco Laboratories,1972)
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して皮膚刺激なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性はほとんどないと考えられます。
4.2. 眼刺激性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性試験データ[18b]によると、
- [動物試験] 6匹ウサギ2群の片眼にそれぞれ100%炭酸水素Na(pH8.3)0.1mLを適用、もう片眼は未処置の対照とし、1群の眼は適用30秒後に水道水で2分間すすぎ、もう1群は眼をすすがず、Draize法に基づいて適用1時間後および1,2,3および7日後に眼刺激性を評価したところ、すべてのウサギの眼で結膜炎が観察され7日目まで持続した(J.C. Murphy et al,1982)
- [動物試験] 6匹のウサギの片眼に炭酸水素Na0.086gを適用し、Draize法に基づいて眼刺激性を評価したところ、5匹にわずかな結膜発赤が観察されたが、この試験物質は眼刺激剤に分類できなかった(Leberco Laboratories,1972)
- [動物試験] 6匹のウサギの片眼に炭酸水素Na0.1mLを適用し、適用7日眼まで眼刺激性を評価したところ、この試験物質はいずれのウサギの眼にも刺激を誘発しなかった(Hudson Laboratories Inc,1972)
このように記載されており、試験データをみるかぎり非刺激-わずかな眼刺激が報告されているため、一般に眼刺激性は非刺激-わずかな眼刺激を引き起こす可能性があると考えられます。
4.3. 皮膚感作性(アレルギー性)
食品添加物の指定添加物リスト、日本薬局方および医薬部外品原料規格2021に収載されており、40年以上の使用実績がある中で重大な皮膚感作(アレルギー)の報告がみあたらないため、化粧品配合量および通常使用下において、一般に皮膚感作性(アレルギー性)はほとんどないと考えられますが、詳細な安全性試験データがみあたらず、データ不足のため詳細は不明です。
5. 参考文献
- ⌃abcd日本化粧品工業連合会(2013)「炭酸水素Na」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,639.
- ⌃大木 道則, 他(1989)「炭酸水素ナトリウム」化学大辞典,1370.
- ⌃ab阿岸 祐幸(2012)「炭酸水素塩泉」温泉の百科事典,298.
- ⌃樋口 彰, 他(2019)「炭酸水素ナトリウム」食品添加物事典 新訂第二版,219.
- ⌃ユーハ味覚糖株式会社(2009)「発泡性食品の製造方法」特開2009-118771.
- ⌃浦部 晶夫, 他(2021)「炭酸水素ナトリウム」今日の治療薬2021:解説と便覧,537.
- ⌃日本医薬品添加剤協会(2021)「炭酸水素ナトリウム」医薬品添加物事典2021,376-378.
- ⌃大木 道則, 他(1989)「pH」化学大辞典,1834.
- ⌃ab朝田 康夫(2002)「皮膚とpHの関係」美容皮膚科学事典,54-56.
- ⌃霜川 忠正(2001)「緩衝能」BEAUTY WORD 製品科学用語編,134.
- ⌃大木 道則, 他(1989)「緩衝液」化学大辞典,503-504.
- ⌃西山 成二・塚田 雅夫(1999)「緩衝溶液についての一考察」順天堂医学(44)(Supplement),S1-S6. DOI:10.14789/pjmj.44.S1.
- ⌃日光ケミカルズ株式会社(1977)「無機薬品」ハンドブック – 化粧品・製剤原料 – 改訂版,809-818.
- ⌃ab鈴木 一成(2012)「炭酸水素ナトリウム(Na)」化粧品成分用語事典2012,635.
- ⌃Y. Sakai, et al(2011)「A Novel System for Transcutaneous Application of Carbon Dioxide Causing an “Artificial Bohr Effect” in the Human Body」Plos One(6)(9),e24137. DOI:10.1371/journal.pone.0024137.
- ⌃ab小林 由佳・棚橋 昌則(2015)「血行促進効果を高める炭酸製剤設計とそのスキンケア効果の検証」Fragrance Journal(43)(7),16-20.
- ⌃大矢 勝・甲斐 義明(2011)「炭酸水素ナトリウム(重曹)の洗浄力と環境影響の評価」繊維製品消費科学(52)(8),510-517. DOI:10.11419/senshoshi.52.8_510.
- ⌃abR.L. Elder(1987)「Final Report on the Safety Assessment of Sodium Sesquicarbonate, Sodium Bicarbonate, and Sodium Carbonate」Journal of the American College of Toxicology(6)(1),121-138. DOI:10.3109/10915818709095491.