リン酸の基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | リン酸 |
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医薬部外品表示名 | リン酸 |
INCI名 | Phosphoric Acid |
配合目的 | pH調整・pH緩衝 など |
1. 基本情報
1.1. 定義
以下の化学式で表される無機酸であり、窒素族元素の一種であるリン(元素記号:P)に3つのヒドロキシ基(-OH)と1つのオキソ基(=O)が結合したオキソ酸(∗1)です[1a][2a]。
∗1 オキソ酸とは、ある原子にヒドロキシ基(水酸基:-OH)とオキソ基 (=O)が結合しており、かつそのヒドロキシ基(水酸基:-OH)が酸性プロトンを与える化合物のことを指します。プロトン(proton)とは、化学分野においては水素(元素記号:H)が水の中に溶けて水素イオン(H⁺)となったものをいいます。
1.2. 生体におけるリン酸の働き
リン酸は、生体においてタンパク質や脂質などと結合したエステルやカルシウム塩などの形で物質代謝や細胞内pH調整に、またエネルギー伝達物質であるATP(adenosine tri-phosphate:アデノシン三リン酸)の構造の一部としてエネルギー放出に関与しています[2b][3]。
1.3. 化粧品以外の主な用途
リン酸の化粧品以外の主な用途としては、
分野 | 用途 |
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食品 | 酸味料のひとつとして清涼飲料水などに、pHの調整目的で醸造に用いられています[4]。 |
医薬品 | 安定・安定化、滑沢、緩衝、懸濁・懸濁化、等張化、保存、pH調節、溶解・溶解補助目的の医薬品添加剤として経口剤、各種注射、外用剤、眼科用剤、口中用剤などに用いられています[5]。 |
これらの用途が報告されています。
2. 化粧品としての配合目的
- 酸性によるpH調整・pH緩衝
主にこれらの目的で、ネイル製品、メイクアップ製品、シャンプー製品、コンディショナー製品、クレンジング製品、ボディソープ製品、スキンケア製品、シート&マスク製品、ボディケア製品など様々な製品に汎用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 酸性によるpH調整・PH緩衝
酸性によるpH調整・pH緩衝に関しては、まず前提知識としてpHと皮膚との関係およびpH緩衝について解説します。
pH(ペーハー:ピーエッチ)とは、水素イオン指数ともいい、水溶液中の水素イオン濃度(H⁺の量)を表す指数であり、0-14までの数値で表され、7を中性とし、7より低いとき酸性を示し、数値が低くなるほど強酸性を意味し、また7より大きいときアルカリ性を示し、数値が高くなるほど強アルカリ性を意味します[6][7a]。
皮膚のpHとは、皮膚表面を薄く覆っている皮表脂質膜(皮脂膜)のpHのことを指し、皮表脂質膜は皮脂の中に存在する遊離脂肪酸や汗に含まれている乳酸やアミノ酸の影響でpH4.5-6.0の弱酸性を示し、一般にこの範囲であれば正常であると考えられ、一方でpHが4.5-6.0の範囲から離れるほど肌への刺激が強くなっていくことが知られています[7b]。
次に、緩衝溶液とは外からの作用に対してその影響を和らげようとする性質をもつ溶液のことをいいますが、pH緩衝溶液とは酸とその塩、あるいは塩基とその塩の混合液を用いることによって、その溶液にある程度の酸または塩基(アルカリ)の添加あるいは除去または希釈にかかわらずほぼ一定のpHを維持する、pH緩衝能を有した溶液のことをいいます[8][9][10]。
たとえば人間の皮膚は弱酸性であり、入浴などで中性に傾いたとしてもすぐに弱酸性に保たれますが、これは緩衝作用が働いているためです。
多くの化粧品製剤には、pHが変動してしまうと効果を発揮しなくなる成分や品質の安定性が保てなくなる成分などが含まれており、リン酸は酸性を示す無機酸であることから、製品自体のpH調整や製品に化粧品原料を配合する際に中和するpH調整剤として使用されています[1b][11a]。
また、製品の内容物がpH変動要因である大気中の物質に触れたり、人体の細菌類に触れても品質(pH)を一定に保つ代表的なpH緩衝剤としてリン酸とその塩(∗2)が使用されています[11b]。
∗2 リン酸塩としてはリン酸Na、リン酸2Naなどがあります。
3. 配合製品数および配合量範囲
実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の2015-2016年の調査結果になりますが、以下のように報告されています(∗3)。
∗3 表の中の製品タイプのリーブオン製品というのは付けっ放し製品という意味で、主にスキンケア製品やメイクアップ製品などを指し、リンスオフ製品というのは洗浄系製品を指します。
4. 安全性評価
- 食品添加物の指定添加物リストに収載
- 薬添規2018規格の基準を満たした成分が収載される医薬品添加物規格2018に収載
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 40年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし(データなし)
- 眼刺激性:詳細不明
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし(データなし)
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
4.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)について
リン酸は、一般に酸性に傾く(pHが低い)ほどまたは/および濃度が高いほど皮膚刺激リスクが高まります[12]。
国内においては、主にpH調整やpH緩衝を目的に化粧品をはじめ食品や医薬品などで使用されており、40年以上の使用実績がある中で重大な皮膚刺激および皮膚感作の報告がみあたらないため、化粧品配合量および通常使用下において、一般的に皮膚刺激および皮膚感作性(アレルギー性)はほとんどないと考えられますが、詳細な安全性試験データがみあたらず、データ不足のため詳細は不明です。
4.2. 眼刺激性
実際の化粧品使用に基づいた試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細不明です。
5. 参考文献
- ⌃ab日本化粧品工業連合会(2013)「リン酸」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,1084.
- ⌃ab大木 道則, 他(1989)「リン酸」化学大辞典,2514.
- ⌃二井 將光(2017)「エネルギー通貨ATPとは」生命を支えるATPエネルギー メカニズムから医療への応用まで,32-39.
- ⌃樋口 彰, 他(2019)「リン酸」食品添加物事典 新訂第二版,388.
- ⌃日本医薬品添加剤協会(2021)「リン酸」医薬品添加物事典2021,724-725.
- ⌃大木 道則, 他(1989)「pH」化学大辞典,1834.
- ⌃ab朝田 康夫(2002)「皮膚とpHの関係」美容皮膚科学事典,54-56.
- ⌃霜川 忠正(2001)「緩衝能」BEAUTY WORD 製品科学用語編,134.
- ⌃大木 道則, 他(1989)「緩衝液」化学大辞典,503-504.
- ⌃西山 成二・塚田 雅夫(1999)「緩衝溶液についての一考察」順天堂医学(44)(Supplement),S1-S6. DOI:10.14789/pjmj.44.S1.
- ⌃ab日光ケミカルズ株式会社(1977)「無機薬品」ハンドブック – 化粧品・製剤原料 – 改訂版,809-818.
- ⌃W.F. Bergfeld, et al(2016)「Safety Assessment of Phosphoric Acid and Its Salts as Used in Cosmetics(∗4)」.2021年6月16日アクセス.
∗4 PCPCのアカウントをもっていない場合はCIRをクリックし、表示されたページ中のアルファベットをどれかひとつクリックすれば、あとはアカウントなしでも上記レポートをクリックしてダウンロードが可能になります。