トリスヘキシルデカン酸ピリドキシンの基本情報・配合目的・安全性

トリスヘキシルデカン酸ピリドキシン

化粧品表示名 トリスヘキシルデカン酸ピリドキシン
INCI名 Pyridoxine Tris-Hexyldecanoate
配合目的 保湿 など

1. 基本情報

1.1. 定義

以下の化学式で表されるピリドキシンの3個のヒドロキシ基(-OH)にイソパルミチン酸が結合したトリエステル(∗1)(ビタミンB6誘導体)です[1]

∗1 モノエステルとは分子内に1基のエステル結合をもつエステルであり、通常はギリシャ語で「1」を意味する「モノ(mono)」が省略され「エステル結合」や「エステル」とだけ記載されます。分子内に3基のエステル結合をもつ場合はギリシャ語で「3」を意味する「トリ(tri)」をつけてトリエステルと記載されます。

トリスヘキシルデカン酸ピリドキシン

1.2. ビタミンB6誘導体としての特徴

ピリドキシン(ビタミンB6は、水溶性の化合物であり、皮膚において過剰な皮脂分泌の抑制など優れた機能を発揮することが知られていますが、中性やアルカリ性では光により分解される性質であることから、一般に安定性を高めたピリドキシンHClの形で用いられていることが知られています[2]

トリスヘキシルデカン酸ピリドキシンは、ピリドキシンのすべてのヒドロキシ基(-OH)にイソパルミチン酸を結合した液状の油溶性ビタミンB6誘導体であり、水溶性のピリドキシンと比較して様々な油性成分と溶解する油溶性や表皮への高い浸透性を有していることを特徴としています[3]

2. 化粧品としての配合目的

化粧品に配合される場合は、

  • フィラグリン産生促進による保湿作用

主にこれらの目的で、スキンケア製品、化粧下地製品、メイクアップ製品、リップケア製品、クレンジング製品、ボディケア製品などに使用されています。

以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。

2.1. フィラグリン産生促進による保湿作用

フィラグリン産生促進による保湿作用に関しては、まず前提知識として皮膚最外層である角質層の構造と役割およびフィラグリンについて解説します。

直接外界に接する皮膚最外層である角質層は、以下の図のように、

角質層の構造

水分を保持する働きもつ天然保湿因子を含む角質と角質の間を細胞間脂質で満たした、レンガとモルタルの関係と同様の構造になっており、この構造が保持されることによって外界からの物理的あるいは化学的影響から身体を守り、かつ体内の水分が体外へ過剰に蒸散していくのを防ぐとともに一定の水分を保持する役割を担っています[4][5]

角質層において水分を保持する働きをもつ天然保湿因子(NMF:natural Moisturizing Factor)は低分子の水溶性物質であり、以下の表のように、

成分 含量(%)
アミノ酸 40.0
ピロリドンカルボン酸(PCA) 12.0
乳酸 12.0
尿素 7.0
アンモニア、尿酸、グルコサミン、クレアチン 1.5
ナトリウム(Na⁺) 5.0
カリウム(K⁺) 4.0
カルシウム(Ca²⁺) 1.5
マグネシウム(Mg²⁺) 1.5
リン酸(PO₄³⁻) 0.5
塩化物(Cl⁻) 6.0
クエン酸、ギ酸 0.5
糖、有機酸、ペプチド、未確認物質 8.5

アミノ酸、有機酸、塩などの集合体として存在しており[6a]、これらのアミノ酸およびその代謝物は、以下の図のように、

天然保湿因子の産生メカニズム

表皮顆粒層に存在しているケラトヒアリン(∗2)が代謝されていく過程でフィラグリンと呼ばれるタンパク質となり、このフィラグリンがブレオマイシン水解酵素によって完全分解されることで産生されることが明らかにされています[7]

∗2 ケラトヒアリンの主要な構成成分は、巨大な不溶性タンパク質であるプロフィラグリンであり、プロフィラグリンは終末角化の際にフィラグリンに分解されます。

また、角質層内の主な水分は、天然保湿因子(NMF)の分子に結合している結合水と水(液体)の形態をした自由水の2種類の状態で存在しており、以下の表のように、

角質層内の水の種類 定義
結合水 一次結合水 角質層の構成分子と強固に結合し、硬く乾燥しきった角質層の中にも存在する水です。
二次結合水 角質層の構成分子と非常に速やかに結合するものの、乾燥した状態でゆっくりと解離するような比較的弱い結合をしている水の分子のことをいい、温度や湿度など外部環境によって比較的容易に結合と解離を繰り返す可逆的な水です。
自由水 二次結合水の容量を超えて角質層が水を含んだ場合に液体の形で角質層内に存在する水であり、この量が一定量を超えると過水和となり、浸軟した(ふやけた)状態が観察されます。

それぞれこのような特徴を有しています[8a][6b]

角質層の柔軟性は、水分量10-20%の間で自然な柔軟性を示す一方で、水分量が10%以下になると角層のひび割れ、肌荒れが生じると考えられており、種々の原因により角質層の保湿機能が低下することによって水分量が低下すると、皮膚表面が乾燥して亀裂、落屑、鱗屑などを生じるようになることから、角層に含まれる水分量が皮膚表面の性状を決定する大きな要因として知られています[8b]

このような背景から、角層の水分量が低下している場合にフィラグリンの産生を促進し、皮膚の水分産生機能を高めることは、皮膚の乾燥、ひび割れ、肌荒れの予防や改善において重要なアプローチのひとつであると考えられています。

2009年にコスモステクニカルセンターによって報告されたトリスヘキシルデカン酸ピリドキシンのフィラグリンへの影響検証およびヒト皮膚に対する有用性検証によると、

– in vitro : フィラグリン産生促進作用 –

培養ヒト表皮細胞に各濃度のトリスヘキシルデカン酸ピリドキシンを添加し、フィラグリンタンパク量をドットブロッティング法により解析したところ、以下のグラフのように、

トリスヘキシルデカン酸ピリドキシンのフィラグリン産生促進作用

トリスヘキシルデカン酸ピリドキシンは、十分なフィラグリンタンパク産生作用を有していることが確認された。

– ヒト使用試験 –

ヒトボランティアに3%トリスヘキシルデカン酸ピリドキシン配合ジェルを28日間連用してもらい、連用前から7日おきに角層コンダクタンス(∗3)を測定したところ、以下のグラフのように、

∗3 コンダクタンスとは、電気を流した場合の抵抗(電気伝導度:電気の流れやすさ)を表し、水分量が多いと電気が流れやすくなり、コンダクタンス値が高値になることから、物質における水分量を調べる方法としてコンダクタンスを経時的に測定する方法が定着しています。

トリスヘキシルデカン酸ピリドキシン配合製剤の角層水分量への影響

3%トリスヘキシルデカン酸ピリドキシン配合製剤の塗布は、連用前と比較して経時的な角層水分量の増加がみられ、28日時点で有意(p<0.05)な増加を示した。

このような試験結果が明らかにされており[9]、トリスヘキシルデカン酸ピリドキシンにフィラグリン産生促進による保湿作用が認められています。

3. 安全性評価

トリスヘキシルデカン酸ピリドキシンの現時点での安全性は、

  • 2008年からの使用実績
  • 皮膚刺激性:ほとんどなし(データなし)
  • 眼刺激性:詳細不明
  • 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし(データなし)

このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。

以下は、この結論にいたった根拠です。

3.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)

2008年からの使用実績がある中で重大な皮膚刺激および皮膚感作の報告がみあたらないため、化粧品配合量および通常使用下において、一般に皮膚刺激および皮膚感作性(アレルギー性)はほとんどないと考えられますが、詳細な安全性試験データがみあたらず、データ不足のため詳細は不明です。

3.2. 眼刺激性

試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細不明です。

4. 参考文献

  1. 日本化粧品工業連合会(2013)「トリスヘキシルデカン酸ピリドキシン」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,700.
  2. 樋口 彰, 他(2019)「ピリドキシン塩酸塩」食品添加物事典 新訂第二版,287.
  3. 岡野 由利, 他(2008)「ビタミンB6とその誘導体の表皮に対する作用」ビタミン(82)(4),295. DOI:10.20632/vso.82.4_295_1.
  4. 朝田 康夫(2002)「保湿能力と水分喪失の関係は」美容皮膚科学事典,103-104.
  5. 田村 健夫・廣田 博(2001)「表皮」香粧品科学 理論と実際 第4版,30-33.
  6. ab武村 俊之(1992)「保湿製剤の効用:角層の保湿機構」ファルマシア(28)(1),61-65. DOI:10.14894/faruawpsj.28.1_61.
  7. 日比野 利彦(2013)「天然保湿因子 (NMF) 産生酵素の性質とバリア機能」日本化粧品技術者会誌(47)(3),216-220. DOI:10.5107/sccj.47.216.
  8. ab日光ケミカルズ株式会社(2006)「水」新化粧品原料ハンドブックⅠ,487-502.
  9. 矢作 彰一(2009)「フィラグリン産生に焦点をおいた保湿・荒れ肌改善アプローチ -VB6およびその脂溶性誘導体の効果-」機能性化粧品開発と医薬部外品専用化粧品承認取得アプローチ,57-65.

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