エクトインの基本情報・配合目的・安全性

エクトイン

化粧品表示名 エクトイン
INCI名 Ectoin
配合目的 保湿、皮膚保護 など

1. 基本情報

1.1. 定義

以下の化学式で表されるカルボキシ基(-COOH)とアミノ基(-NH2をもつ双性イオン化合物(∗1)かつ環状アミノ酸です[1]

∗1 双性イオン化合物とは、両性イオン化合物とも呼び、一つの分子内にプラス電荷とマイナス電荷の両方を持ち、全体としては中性イオンを示す化合物を指します。

エクトイン

1.2. 物性・性状

エクトインの物性・性状は、

状態 固体
溶解性 水に易溶、グリセリン、PG、エタノールに可溶

このように報告されています[2][3a]

1.3. 分布

エクトインは、主にハロモナス属(学名:Halomonas)やエクトチオロドスピラ属(学名:Ectothiorhodospira)など好塩性細菌に存在しています[3b][4]

1.4. 好塩性細菌における働き

高濃度の塩が存在する環境下では、細胞内部の浸透圧を調整して外界の浸透圧に対抗する必要があり、極限環境微生物(∗2)の一種である好塩性細菌は、エクトインなどの補償溶質(∗3)を合成し細胞内に蓄積することで、外界との浸透圧調整をはじめ凍結、乾燥、高温など温度ストレスから細胞やタンパク質を保護していることが明らかにされています[5][6]

∗2 極限環境微生物とは、通常生物が生育できないような特殊環境下でも生育できる能力をもつ微生物のことをいいます。好塩性細菌は高い塩濃度環境下に好んで生育することから、日本では伝統発酵食品として味噌、醤油、塩蔵(塩づけ)食品などに活用されています。

∗3 補償溶質とは、高熱や高塩濃度などの環境ストレス(外部浸透圧)に対抗するために、細胞機能や細胞内の反応過程に有害な影響を与えることなく、浸透圧の調節を目的に細胞内に蓄積する物質のことをいいます。

2. 化粧品としての配合目的

化粧品に配合される場合は、

  • 角層水分量増加および長時間保持による保湿作用
  • HSP形成速度促進による皮膚保護作用

主にこれらの目的で、スキンケア製品、マスク製品、日焼け止め製品、化粧下地製品、ファンデーション製品などに汎用されています。

以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。

2.1. 角層水分量増加および長時間保持による保湿作用

角層水分量増加および長時間保持による保湿作用に関しては、まず前提知識として皮膚最外層である角質層の構造と役割について解説します。

直接外界に接する皮膚最外層である角質層は、以下の図のように、

角質層の構造

水分を保持する働きもつ天然保湿因子を含む角質と角質の間を細胞間脂質で満たした、レンガとモルタルの関係と同様の構造になっており、この構造が保持されることによって外界からの物理的あるいは化学的影響から身体を守り、かつ体内の水分が体外へ過剰に蒸散していくのを防ぐとともに一定の水分を保持する役割を担っています[7][8]

また、角質層内の主な水分は、天然保湿因子(NMF)の分子に結合している結合水と水(液体)の形態をした自由水の2種類の状態で存在しており、以下の表のように、

角質層内の水の種類 定義
結合水 一次結合水 角質層の構成分子と強固に結合し、硬く乾燥しきった角質層の中にも存在する水です。
二次結合水 角質層の構成分子と非常に速やかに結合するものの、乾燥した状態でゆっくりと解離するような比較的弱い結合をしている水の分子のことをいい、温度や湿度など外部環境によって比較的容易に結合と解離を繰り返す可逆的な水です。
自由水 二次結合水の容量を超えて角質層が水を含んだ場合に液体の形で角質層内に存在する水であり、この量が一定量を超えると過水和となり、浸軟した(ふやけた)状態が観察されます。

それぞれこのような特徴を有しています[9a][10]

角質層の柔軟性は、水分量10-20%の間で自然な柔軟性を示す一方で、水分量が10%以下になると角層のひび割れ、肌荒れが生じると考えられており、種々の原因により角質層の保湿機能が低下することによって水分量が低下すると、皮膚表面が乾燥して亀裂、落屑、鱗屑などを生じるようになることから、角層に含まれる水分量が皮膚表面の性状を決定する大きな要因として知られています[9b]

このような背景から、肌荒れやバリア機能の低下やなどによって角層の水分量が低下している場合に、角層水分量を増加することは、皮膚の乾燥、ひび割れ、肌荒れの予防や改善において重要なアプローチのひとつであると考えられています。

2010年にメルクによって報告されたエクトインのヒト皮膚角層水分量への影響検証によると、

– ヒト使用試験 –

ヒト前腕部に0.5および1%エクトイン製剤およびエクトイン未配合製剤(プラセボ)を1日2回12日間塗布し、8日目から12日目までコルネオメーターで測定したところ、以下のグラフのように、

エクトインの保湿効果

エクトイン添加系では、プラセボと比較して約40%高い水分量を維持することが確認された。

また12日目で試料塗布を中止し、7日間経過した後に再度水分量を測定した結果、エクトイン添加系では高い水分量を維持していることが確認された。

このような検証結果が明らかにされており[3c]、エクトインに角層水分量増加および長時間保持による保湿作用が認められています。

エクトインはその質量の3-4倍の水分子を抱え込み、水和(∗4)を形成することが知られており[11]、この特性が長時間にわたって保湿効果を発揮するメカニズムとして考えられています。

∗4 水和(hydration)とは、ある化学種へ水分子が付加する現象であり、イオン性化合物や水素結合性化合物が水に溶解し、静電相互作用や水素結合することによって起こります。

2.2. HSP形成速度促進による皮膚保護作用

HSP形成速度促進による皮膚保護作用に関しては、まず前提知識としてHSP(Heat Shock Protein:熱ショックタンパク質)について解説します。

HSPとは、紫外線、熱、物理的、化学的なストレス条件下にさらされた際に発現が上昇し、種々の外部ダメージに対してタンパク質の安定化や損傷タンパク質の代謝促進といった働きを通じて細胞を保護するタンパク質の一群として知られており(∗5)、HSPの生成速度によって皮膚が受けるダメージの度合いが異なることが明らかになっています[3d]

∗5 HSPは、単一のタンパク質ではなく、ストレスにより分子量も作用も異なる複数のHSPが同時に誘導されることから、「HSPs:Heat Shock Proteins」と複数形で示され、それぞれのHSPは分子量に応じてHSP47(分子量47kDa)、HSP70(分子量70kDa)と名付けられています。

2010年にメルクによって報告されたエクトインのHSP形成速度促進への影響検証によると、

– in vitro:HSP形成速度促進作用 –

37℃培養したケラチノサイトを1%エクトイン添加系および無添加系(プラセボ)でさらに培養し、それぞれのサンプルに44℃のヒートショックを付与し、HSP72/73の生成速度を蛍光強度にて測定したところ、以下の表のように、

エクトインのHSP形成速度促進効果

ヒートショック付与から約1時間で極大値を迎え、その後減少しているが、初期段階においてエクトイン添加系は、無添加系と比較して発現状態において約2倍の有意差があることが確認された。

このような検証結果が明らかにされており[3e]、エクトインにHSP形成速度促進作用が認められています。

このエクトインのHSP形成速度促進作用は、紫外線からの細胞保護作用として機能することから[12][13]、日焼け止め製品、化粧下地製品、ファンデーション製品などに使用されています。

3. 安全性評価

エクトインの現時点での安全性は、

  • 2001年からの使用実績
  • 皮膚刺激性:ほとんどなし
  • 眼刺激性:ほとんどなし
  • 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし

このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。

以下は、この結論にいたった根拠です。

3.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)

メルクパフォーマンスマテリアルズの安全性データ[14a]によると、

  • [動物試験] ウサギの皮膚にエクトイン(濃度不明)を対象に皮膚刺激性試験を実施し、OECD404テストガイドラインに基づいて皮膚刺激性を評価したところ、この試験物質は皮膚刺激剤ではなかった
  • [動物試験] モルモットの皮膚にエクトイン(濃度不明)を対象に皮膚感作性試験を実施し、OECD406テストガイドラインに基づいて皮膚感作性を評価したところ、この試験物質は皮膚感作剤ではなかった

このように記載されており、試験データをみるかぎり皮膚刺激および皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性および皮膚感作性はほとんどないと考えられます。

3.2. 眼刺激性

メルクパフォーマンスマテリアルズの安全性データ[14b]によると、

  • [動物試験] ウサギの眼にエクトイン(濃度不明)を適用し、適用後にOECD405テストガイドラインに基づいて眼刺激性を評価したところ、この試験物質は眼刺激剤ではなかった

このように記載されており、試験データをみるかぎり眼刺激および皮膚感作なしと報告されているため、一般に眼刺激性はほとんどないと考えられます。

4. 参考文献

  1. 日本化粧品工業連合会(2013)「エクトイン」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,217.
  2. European Chemicals Agency(2012)「(S)-2-methyl-3,4,5,6-tetrahydropyrimidine-4-carboxylic acid」, 2022年8月25日アクセス.
  3. abcdeメルク株式会社(2010)「RonaCare Ectoin」Fragrance Journal(38)(2),106-107.
  4. Erwin A. Galinski, et al(1985)「1,4,5,6‐Tetrahydro‐2‐methyl‐4‐pyrimidinecarboxylic acid」European Journal of Biochemistry(149)(1),135-139. DOI:10.1111/j.1432-1033.1985.tb08903.x.
  5. A. Ventosa, et al(1998)「Biology of Moderately Halophilic Aerobic Bacteria」Microbiology and Molecular Biology Reviews(62)(2),504–544. DOI:10.1128%2Fmmbr.62.2.504-544.1998.
  6. 石橋 松二郎, 他(2009)「好塩性酵素の分子メカニズム」生化学(81)(12),1080-1086.
  7. 朝田 康夫(2002)「保湿能力と水分喪失の関係は」美容皮膚科学事典,103-104.
  8. 田村 健夫・廣田 博(2001)「表皮」香粧品科学 理論と実際 第4版,30-33.
  9. ab日光ケミカルズ株式会社(2006)「水」新化粧品原料ハンドブックⅠ,487-502.
  10. 武村 俊之(1992)「保湿製剤の効用:角層の保湿機構」ファルマシア(28)(1),61-65. DOI:10.14894/faruawpsj.28.1_61.
  11. Erwin A. Galinski & Hans G. Trüper(1994)「Microbial behaviour in salt‐stressed ecosystems」FEMS Microbiology Reviews(15)(2-3),95-108. DOI:10.1111/j.1574-6976.1994.tb00128.x.
  12. J. Bunger, et al(2001)「The Protective Function of Compatible Solute Ectoin on the Skin, Skin Cells and its Biomolecules with Respect to UV-Radiation, Immunosupression and Membrane Damage」IFSCC Magazine(4)(2),127-131.
  13. J. Buenger & H. Driller(2004)「Ectoin: an effective natural substance to prevent UVA-induced premature photoaging」Skin Pharmacology and Physiology(17)(5),232-237. PMID:15452409.
  14. abメルクパフォーマンスマテリアルズ合同会社(2021)「RonaCare Ectoin」安全データシート.

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