シラカンバ樹液とは…成分効果と毒性を解説



・シラカンバ樹液
[慣用名]
・シラカバ樹液、白樺樹液
カバノキ科植物シラカンバ(学名:Betula platyphylla var. japonica 英名:Japanese White Birch)の早春の開花および開葉までの1カ月間に限り幹に穴をあけて得られる溢出樹液です(∗1)。
∗1 化粧品表示名称において「シラカンバ樹液」は日本の白樺樹液を指し、「シラカバ樹液」はヨーロッパの白樺樹液を指します。また、一般的には「シラカバ」と称されますが、標準和名は「シラカンバ」です(文献1:2003)。
シラカンバ樹液の成分組成は、
成分 | 構成比率(%) |
---|---|
水 | 99.3 |
固形分(有機物・無機物) | 0.7 |
このように報告されており(文献2:1995)、固形分(0.7%)の組成は、
種類 | 成分名称 | 構成比率(%) | |
---|---|---|---|
有機物 | 糖類 | グルコース | 48.0 |
フラクトース | 41.00 | ||
ガラクトース | 0.50 | ||
スクロース | 0.60 | ||
有機酸 | リンゴ酸 | 3.10 | |
コハク酸 | 0.20 | ||
アミノ酸 | シトルリン | 0.15 | |
グルタミン | 0.10 | ||
グルタミン酸 | 0.05 | ||
その他 | 0.07 | ||
タンパク質 | 0.08 | ||
その他 | 3.35 | ||
無機物 | ミネラル | カルシウム(Ca) | 微量 (合計2.7%) |
カリウム(K) | |||
マグネシウム(Mg) | |||
その他 |
このように報告されています(文献2:1995;文献3:2000)。
ただし、個体によって著しい差異が認められるのに加えて、同一個体であっても採取年によって含量差が認められることが明らかになっています(文献4:2001)。
古来よりシラカンバ樹液は民間療法として、フィンランド、ロシア、中国、韓国などの北方諸国で飲まれてきた歴史があり、また日本においては北海道で先住民族であるアイヌの人々の間で飲用、調理用として用いられてきた歴史があります(文献2:1995)。
さらに日本においては、1980年代に北海道の美深町で飲料水として商品化したことによって「樹液を飲む」という森林文化が広く知られるようになり、現在においても飲料水としてのシラカンバ樹液が定着しています。
化粧品に配合される場合は、
これらの目的で、スキンケア製品、メイクアップ製品、ボディ&ハンドケア製品、クレンジング製品、洗顔料、ネイル製品などに使用されます。
角質層柔軟化による保湿作用
角質層柔軟化による保湿作用に関しては、シラカンバ樹液は99.3%の水と0.7%の固形分で構成されており、固形分は80%以上を占める糖類(グルコースおよびフルクトース)をはじめ、有機酸、アミノ酸およびミネラルなどが含まれていることから、角質層に潤いを付与する皮膚コンディショニング目的で、スキンケア製品、メイクアップ製品、ボディ&ハンドケア製品、クレンジング製品、洗顔料、ネイル製品などに使用されています。
また、樹液といっても99.3%が水で構成されており、粘性のないサラッとした水のような質感であることから、植物成分をコンセプトとした化粧水などの水系基剤に使用されていたり、シラカンバが北海道や長野県に代表される並木であることから、地産化粧品(地域ブランド化粧品)として使用されています。
効果・作用についての補足 – フィラグリン産生促進作用
フィラグリン産生促進作用に関しては、まず前提知識としてフィラグリンおよびフィラグリン産生促進による効果について解説します。
以下の表皮構造図(顆粒層より上部のみ)をみてもらえるとわかりやすいと思うのですが、
皮膚の角層における保湿成分として知られているNMF(天然保湿因子)は、表皮顆粒層に存在しているケラトヒアリン(∗2)が角質細胞に変化していく過程でフィラグリンと呼ばれるタンパク質となり、このフィラグリンがブレオマイシン水解酵素によって完全分解されることで、天然保湿因子(低分子アミノ酸およびその誘導体)になることが知られています(文献5:1983;文献6:2002)。
∗2 ケラトヒアリンの主要な構成成分は、分子量300-1,000kDaの巨大な不溶性タンパク質であるプロフィラグリンであり、プロフィラグリンは終末角化の際にフィラグリンに分解されます。
老人性乾皮症やアトピー性皮膚炎においては、角質細胞中のアミノ酸類が顕著に低下していることが報告されており(文献7:1989;文献8:1991)、また乾皮症発症部位ではフィラグリンの発現が低下していることが報告されていることから(文献9:1994)、キメの乱れがみられる部位では天然保湿因子の減少により角質層の乾燥が引き起こされている可能性が考えられており、フィラグリン産生を促進することは、角質層の天然保湿因子生成の促進し、結果的にキメの乱れの改善につながると考えられています。
2007年にコーセーによって公開された正常ヒト表皮角化細胞に対するシラカンバ樹液のフィラグリン産生促進効果検証(in vitro試験)によると、
シラカンバ樹液は、濃度依存的なフィラグリン産生量の増加が認められた。
この結果から、シラカンバ樹液はNMFの産生を促進させることにより、老化や乾燥に伴い減少する皮膚の潤い機能に働きかけ、皮膚の恒常性の維持において有用である可能性が示唆された。
このような検証結果が明らかにされており(文献10:2006;文献11:2008)、シラカンバ樹液にフィラグリン産生促進作用が認められています。
ただし、この試験は表皮角化細胞に直接シラカンバ樹液を添加することで得られた結果であり、シラカンバ樹液は実際のヒト皮膚において表皮角化細胞が存在する顆粒層まで浸透する成分ではないと推測されることから、皮膚浸透試験またはヒトによる塗布試験がみつからない現時点では、ヒト皮膚に対してシラカンバ樹液塗布によるフィラグリン産生促進作用の影響はほとんどないと考えられます(ヒト皮膚に対する効果が記載された文献がみつかった場合は追補します)。
効果・作用についての補足 – インボルクリン産生促進作用
インボルクリン産生促進作用についてに関しては、まず前提知識としてインボルクリンとバリア機能の関係について解説します。
以下の表皮角質層の拡大図をみてもらうとわかりやすいと思うのですが、
角質層は、角質と細胞間脂質で構成されており、角質の隙間を細胞間脂質が敷き詰めることで角質層は安定し、また外界物質の侵入を防ぐと同時に角質層の水分蒸発を防ぎ、バリア機能として働きます。
角質層を形成する角質細胞は、表皮ケラチノサイト(角化細胞)の最終産物であり、顆粒層で細胞にアポトーシス(∗3)を起こさせるタンパク質分解酵素であるカスパーゼによってアポトーシスを迎えた死細胞です。
∗3 アポトーシスとは、あらかじめ遺伝子で決められたメカニズムによる細胞の自然死現象のことです。
角質細胞の一番外側には細胞膜が存在し、細胞膜の内側には周辺帯(cornified cell envelope:CE)と呼ばれる極めて強靭な裏打ち構造の不溶性タンパクの膜が形成されており、角質細胞を包んでいます(文献12:2011)。
インボルクリンとは、表皮の有棘層から顆粒層で発現し、最終分化の角層において細胞膜の周辺帯として架橋結合される細胞膜裏打ちタンパクのひとつであり、周辺帯形成最終段階でロリクリンが組み込まれ、完成された周辺帯と細胞間脂質の主要構成成分であるセラミドが結合することによってバリア機能としての役割を果たしています。
表皮細胞の成熟にともなってつくられることから、ターンオーバーの指標としてよく用いられています。
このような背景から、インボルクリンの産生量の増加は皮膚バリア機能の向上・健常化において重要であると考えられています。
2007年にコーセーによって公開された正常ヒト表皮角化細胞に対するシラカンバ樹液のインボルクリン産生促進効果検証(in vitro試験)によると、
シラカンバ樹液は、濃度依存的なインボルクリン産生量の増加が認められた。
この結果から、シラカンバ樹液はCE(comified cell envelope)の形成成分であるインボルクリンの産生を促進させることにより、老化や乾燥に伴い減少するバリア機能に関わる因子に働きかけ、皮膚の恒常性の維持において有用である可能性が示唆された。
このような検証結果が明らかにされており(文献10:2006;文献11:2008)、シラカンバ樹液にインボルクリン産生促進作用が認められています。
ただし、この試験は表皮角化細胞に直接シラカンバ樹液を添加することで得られた結果であり、シラカンバ樹液は実際のヒト皮膚において表皮角化細胞が存在する顆粒層まで浸透する成分ではないと推測されることから、皮膚浸透試験またはヒトによる塗布試験がみつからない現時点では、ヒト皮膚に対してシラカンバ樹液塗布によるフィラグリン産生促進作用の影響はほとんどないと考えられます(ヒト皮膚に対する効果が記載された文献がみつかった場合は追補します)。
シラカンバ樹液の安全性(刺激性・アレルギー)について
- 30年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし(データなし)
- 眼刺激性:詳細不明
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし(データなし)
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)について
古くから飲用および化粧品成分として使用実績がある中で重大な皮膚刺激および皮膚感作の報告がみあたらないため、化粧品配合量および通常使用下において、一般的に皮膚刺激および皮膚感作性(アレルギー性)はほとんどないと考えられますが、詳細な安全性試験データがみあたらず、データ不足のため詳細は不明です。
シラカンバ樹液は、シラカバ花粉の成分とは異なり、シラカバ花粉症を有している場合でも問題が報告されていないことから、シラカバ花粉症の場合でも安全性に問題ないと考えられます。
眼刺激性について
試験結果や安全データはみあたらないため、データ不足により詳細不明です。
∗∗∗
シラカンバ樹液は保湿成分、ベース成分にカテゴライズされています。
成分一覧は以下からお読みください。
∗∗∗
参考文献:
- “植物和名ー学名インデックス YList”(2003)「シラカンバ」, <http://ylist.info/ylist_detail_display.php?pass=3232> 2020年5月3日アクセス.
- 寺沢 実(1995)「樹液を飲む」化学と生物(33)(11),755-760.
- 姉帯 正樹, 他(2000)「シラカバ樹液成分の経時変化」北海道立衛生研究所報 第50集,41-46.
- 姉帯 正樹, 他(2001)「シラカバ樹液成分の経時変化(第2報)」北海道立衛生研究所報 第51集,39-42.
- I Horii, et al(1983)「Histidine-rich protein as a possible origin of free amino acids of stratum corneum」Normal and Abnormal Epidermal Differentiation: Current Problems in Dermatology(11),301-315.
- 朝田 康夫(2002)「アミノ酸とは何か」美容皮膚科学事典,102-103.
- I Horii, et al(1989)「Stratum corneum hydration and amino acid content in xerotic skin」British Journal of Dermatology(121)(5),587-592.
- M. Watanabe, et al(1991)「Functional analyses of the superficial stratum corneum in atopic xerosis」Archives of Dermatology(127)(11),1689-1692.
- Tezuka T, et al(1994)「Terminal differentiation of facial epidermis of the aged: immunohistochemical studies.」Dermatology(188)(1),21-24.
- 森山 正大(2006)「シラカンバ(Betula platyphylla Sukatchev var. japonica Hara)樹液の表皮角化細胞の分化に及ぼす影響」Fragrance Journal(34)(10),24-29.
- 森山 正大, 他(2008)「シラカンバ (Betula platyphylla Sukatchev var. japonica Hara) 樹液の培養ヒト表皮角化細胞の分化に及ぼす影響」日本化粧品技術者会誌(42)(2),94-101.
- 清水 宏(2011)「周辺帯」あたらしい皮膚科学第2版,9.