グリシンとは…成分効果と毒性を解説


・グリシン
[医薬部外品表示名称]
・グリシン
化学構造的にカルボキシル基(-COOH)のついた炭素(C)にアミノ基(-NH2)が直結した双性イオン化合物(∗1)であり、中性アミノ酸の脂肪族アミノ酸に分類される分子量75.07の水溶性アミノ酸(∗2)です(文献2:1994)。
∗1 双性イオン化合物とは、両性イオン化合物とも呼び、一つの分子内にプラス電荷とマイナス電荷の両方を持ち、全体としては中性イオンを示す化合物を指します。グリシンは電荷が全体として0となる(中性を示す)ときのpH(等電点)が5.97であることから(文献2:1994)、溶液のpHが5.97以下なら陽イオンに、5.97以上なら陰イオンとなります。
∗2 一般にアミノ基(-NH2)とカルボキシル基(-COOH)の両方の官能基をもつ有機化合物をアミノ酸と呼びます。分子中に存在するアミノ基とカルボキシル基の割合によって中性アミノ酸、酸性アミノ酸、塩基性アミノ酸に分類され、グリシンは中性アミノ酸に分類されます。
一般的な用途としては、医療分野においては水分や電解質などを点滴静注により投与するための輸液(点滴)に、医薬品分野においては湿疹や皮膚炎の治療薬、抗アレルギー剤、クレアチン生成促進剤に、食品分野において甘味・旨味成分としてドリンク剤、包装もち、そばつゆ、漬物、スープなどに、緩衝材としてマヨネーズ、ジュース、食酢などに、酸化防止・キレート成分としてチーズ、バター、マヨネーズ、即席麺、缶詰などに汎用されています(文献3:1967;文献4:1982)。
化粧品に配合される場合は、
これらの目的でスキンケア化粧品、ボディ&ハンドケア製品、シート&マスク製品、アウトバストリートメント製品、シャンプー製品、ヘアトリートメント製品、メイクアップ化粧品、クレンジング製品、洗顔料、洗顔石鹸など様々な製品に使用されています。
角質層水分量増加による保湿作用
角質層水分量増加による保湿作用に関しては、まず前提知識として皮膚最外層である角質層の構造と役割および角質細胞におけるアミノ酸の役割について解説します。
直接外界に接する皮膚最外層である角質層は、以下の図のように、
角質と角質の間を細胞間脂質で満たした、レンガとモルタルの関係と同様の構造となっており、この構造が保持されることによって、外界からの物理的あるいは化学的影響から身体を守り、かつ体内の水分が体外へ過剰に蒸散していくのを防ぐとともに一定の水分を保持する役割を担っています(文献5:1990;文献6:2002)。
また、角質細胞中に存在し水分を保持する働きをもつ水溶性物質は、天然保湿因子(NMF:natural Moisturizing Factor)と呼ばれており、以下の表のように、
成分 | 含量(%) |
---|---|
アミノ酸類 | 40.0 |
ピロリドンカルボン酸(PCA) | 12.0 |
乳酸 | 12.0 |
尿素 | 7.0 |
アンモニア、尿酸、グルコサミン、クレアチン | 1.5 |
ナトリウム(Na⁺) | 5.0 |
カリウム(K⁺) | 4.0 |
カルシウム(Ca²⁺) | 1.5 |
マグネシウム(Mg²⁺) | 1.5 |
リン酸(PO₄³⁻) | 0.5 |
塩化物(Cl⁻) | 6.0 |
クエン酸 | 0.5 |
糖、有機酸、ペプチド、未確認物質 | 8.5 |
アミノ酸、有機酸、塩などの集合体として存在していますが、天然保湿因子の約40%はアミノ酸類で構成されており(文献7:1985)、ピロリドンカルボン酸(PCA)や尿素などアミノ酸の代謝物を含めると約60%を占めることから、角層の水分保持にアミノ酸およびその関連物質が重要な役割を担っていると考えられています。
さらに、この天然保湿因子において約40%を占めるアミノ酸の組成は、以下の表のように、
アミノ酸の種類 | 含量(%) |
---|---|
プロリン | 5.6 |
アスパラギン + アスパラギン酸 | 0.8 |
トレオニン | 0.4 |
セリン | 19.7 |
グルタミン + グルタミン酸 | 2.3 |
グリシン | 14.7 |
アラニン | 10.4 |
バリン | 3.4 |
メチオニン | 0.2 |
イソロイシン | 0.5 |
ロイシン | 1.5 |
チロシン | 0.8 |
フェニルアラニン | 0.7 |
リシン | 1.1 |
ヒスチジン | 1.4 |
アルギニン | 10.3 |
16種類で構成されており(文献8:1983)、中でもセリン、グリシン、アラニンおよびアルギニンが大部分を占めています。
このような背景から、角質層の水分保持にアミノ酸が重要であると考えられています。
アミノ酸は天然保湿因子(NMF)の主要成分であることから皮膚の潤いを保つ目的でスキンケア化粧品に使用されていますが、一方で水溶性低分子の両性イオン化合物であり、一般的に電荷を有した物質は皮膚や生体膜を透過しにくく、その透過率は電荷を持たない物質と比較して1/1000といわれています(文献9:1984)。
1996年に味の素とカリフォルニア大学医学部皮膚科によって報告されたアミノ酸のヒト皮膚での経皮吸収挙動の検証によると、
いずれのアミノ酸も経皮吸収にタイムラグがみられ、またアミノ酸によって透過量が異なることがわかった。
次に、ヒト皮膚の角質層を擦って剥いだ肌荒れモデル上に同様のアミノ酸溶液をのせ、2-4時間ごとに皮膚透過挙動を評価したところ、以下のグラフのように、
いずれのアミノ酸も経皮吸収のラグタイムが短縮され、また蓄積量も増大した。
この試験結果から、角質層はアミノ酸の経皮吸収に対して最大のバリアとなっていることが明らかとなった。
このような検証結果が明らかにされており(文献10:1996)、グリシンは健常皮膚においては経時的に穏やかな経皮吸収性が、バリア機能が低下した皮膚においては健常な皮膚と比較して優れた経皮吸収性が認められています。
健常な皮膚においては、角質層がバリアの役割を果たしているため、グリシンは経皮吸収されにくく、また経皮吸収に時間がかかることから即時的な保湿効果はほとんどないと考えられますが、一方で40時間ジワジワと少しずつ経皮吸収されることが明らかにされていることから、持続性のある穏やかな保湿剤として機能すると考えられます。
また、肌荒れや皮膚炎などを有するバリア機能が低下した皮膚においては、角質層を有した健常な皮膚と比較して格段に高い経皮吸収性を示したことから、優れた水分保持剤になり得ると考えられます。
アミノ酸が角質層に経皮吸収されにくいメカニズムは、アミノ酸がイオン性物質であることによる角質層の水和(∗3)が重要な要因であり(文献11:1993)、経皮吸収のラグタイムが長い理由は、アミノ酸と表皮との間の水素結合や静電気的相互作用によるものであると考えられています(文献12:1990)。
∗3 水和(hydration)とは、ある化学種へ水分子が付加する現象であり、イオン性化合物や水素結合性化合物が水に溶解し、静電相互作用や水素結合することによって起こります。
複合アミノ酸原料としてのグリシン
グリシンは、他のアミノ酸やアミノ酸関連物質とあらかじめ混合された複合原料があり、グリシンと以下の成分が併用されている場合は、複合アミノ酸原料として配合されている可能性が考えられます。
原料名 | PRODEW 400 |
---|---|
構成成分 | ベタイン、PCA-Na、ソルビトール、セリン、グリシン、グルタミン酸、アラニン、リシン、アルギニン、トレオニン、プロリン、メチルパラベン、プロピルパラベン、水 |
特徴・主な用途 | 皮膚のNMFをモデル化した保湿剤 |
原料名 | PRODEW 500 |
---|---|
構成成分 | PCA-Na、乳酸Na、アルギニン、アスパラギン酸、PCA、グリシン、アラニン、セリン、バリン、プロリン、トレオニン、イソロイシン、ヒスチジン、フェニルアラニン、水 |
特徴・主な用途 | 毛髪のNMFをモデル化した保湿剤 |
原料名 | P.P.A.A.-C |
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構成成分 | タウリン、リシンHCl、アラニン、ヒスチジンHCl、アルギニン、セリン、プロリン、グルタミン酸、トレオニン、バリン、ロイシン、グリシン、アラントイン、イソロイシン、フェニルアラニン |
特徴・主な用途 | プラセンタに含まれるアミノ酸組成を模して構成されたアミノ酸混合物 |
原料名 | AMINO ACID COMPLEX |
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構成成分 | 水、BG、グリシン、セリン、グルタミン酸、アスパラギン酸、ロイシン、アラニン、リシン、アルギニン、チロシン、フェニルアラニン、トレオニン、プロリン、バリン、イソロイシン、ヒスチジン |
特徴・主な用途 | 皮膚のNMFをモデル化した保湿剤 |
原料名 | LACTIL |
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構成成分 | 水、乳酸Na、PCA-Na、グリシン、フルクトース、尿素、ナイアシンアミド、イノシトール、安息香酸Na、乳酸 |
特徴・主な用途 | 皮膚のNMFをモデル化した保湿剤 |
実際の配合製品の種類や配合濃度範囲は、海外の2012年の調査結果になりますが、以下のように報告されています。
以下表におけるリーブオン製品は、付けっ放し製品(スキンケア製品やメイクアップ製品など)を表しており、またリンスオフ製品というのは、洗い流し製品(シャンプー、ヘアコンディショナー、ボディソープ、洗顔料、クレンジングなど)を指します。
グリシンの安全性(刺激性・アレルギー)について
- 医療上汎用性があり有効性および安全性の基準を満たした成分が収載される日本薬局方に収載
- 外原規2006規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2006に収載
- 1980年代からの使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:2%濃度においてわずか-軽度
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般的に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)について
- [in vitro試験] 正常ヒト表皮角化細胞によって再構築された3次元培養表皮モデル(EpiDerm)を用いて角層表面に2%グリシンを含む保湿剤を処理し、皮膚刺激性を評価したところ、この試験物質は皮膚刺激剤ではなかった(Episkin SNC,2011)
- [ヒト試験] 103人の被検者に1%グリシンを含むシェービングクリームを対象にHRIPT(皮膚刺激&感作試験)を半閉塞パッチにて実施したところ、この製品は皮膚刺激および皮膚感作を誘発しなかった(Product Investigations Inc,2010)
- [ヒト試験] 102人の被検者に0.025%グリシン、0.025%アルギニン、0.005%メチオニンを含むフェイス&ネック製品を対象にHRIPT(皮膚刺激&感作試験)を半閉塞パッチにて実施したところ、この製品は皮膚刺激および皮膚感作を誘発しなかった(Personal Care Products Council,2012)
- [ヒト試験] 107人の被検者に1%グリシンを含むキューティクルクリームを対象にHRIPT(皮膚刺激&感作試験)を実施したところ、この製品は皮膚刺激および皮膚感作性はなかった(Clinical Research Laboratories Inc,2005)
- [ヒト試験] 104人の被検者に2%グリシンを含む保湿剤を対象にHRIPT(皮膚刺激&感作試験)を閉塞パッチにて実施したところ、この製品は皮膚刺激および皮膚感作性はなかった(TKL Research,2011)
- [ヒト試験] 112人の被検者に2%グリシンを含む保湿剤を対象にHRIPT(皮膚刺激&感作試験)を閉塞パッチにて実施したところ、この製品は皮膚刺激および皮膚感作性はなかった(TKL Research,2011)
と記載されています。
試験データをみるかぎり、共通して皮膚刺激および皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性および皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
眼刺激性について
- [in vitro試験] 鶏卵の漿尿膜を用いて2%グリシンを含む保湿剤を処理したところ(HET-CAM法)、刺激性が予測された(Societe EVIC France,2011)
- [in vitro試験] 畜牛の眼球から摘出した角膜を用いて、角膜表面に2%グリシンを含む保湿剤を処理した後、角膜の濁度ならびに透過性の変化量を定量的に測定したところ(BCOP法)、わずかな刺激が予測された(EVIC France,2011)
と記載されています。
試験データをみるかぎり、共通して2%濃度においてわずか-軽度の眼刺激が報告されているため、一般に2%濃度において眼刺激性はわずか-軽度の眼刺激を引き起こす可能性があると考えられます。
∗∗∗
グリシンは保湿成分にカテゴライズされています。
成分一覧は以下からお読みください。
参考:保湿成分
∗∗∗
文献一覧:
- Cosmetic Ingredient Review(2013)「Safety Assessment of α-Amino Acids as Used in Cosmetics」International Journal of Toxicology(32)(6_suppl),41S-64S.
- 大木 道則, 他(1994)「グリシン」化学辞典,384.
- 日野 哲雄, 他(1967)「アミノ酸類の用途および製造の展望」有機合成化学協会誌(25)(4),349-354.
- 吉川 英雄, 他(1982)「最近のアミノ酸業界の動き」有機合成化学協会誌(40)(1),73-76.
- 田村 健夫, 他(1990)「表皮」香粧品科学 理論と実際 第4版,30-33.
- 朝田 康夫(2002)「角質層のメカニズム」美容皮膚科学事典,22-28.
- 尾沢 達也, 他(1985)「皮膚保湿における保湿剤の役割」皮膚(27)(2),276-288.
- I Horii, et al(1983)「Histidine-rich protein as a possible origin of free amino acids of stratum corneum」Normal and Abnormal Epidermal Differentiation: Current Problems in Dermatology(11),301-315.
- J Swarbrick, et al(1984)「Drug Permeation Through Human Skin Ⅱ: Permeability of Ionizable Compounds」Journal of Pharmaceutical Sciences(73)(10),1352–1355.
- 川崎 由明, 他(1996)「In vitroによるアミノ酸のヒト皮膚での経皮吸収挙動の解析」日本化粧品技術者会誌(30)(1),55-61.
- M Sznitowska, et al(1993)「In vitro permeation of human skin by multipolar ions」International Journal of Pharmaceutics(99)(1),43-49.
- L Wearley, et al(1990)「A Numerical Approach to Study the Effect of Binding on the Iontophoretic Transport of a Series of Amino Acids」Journal of Pharmaceutical Sciences(79)(11),992–998.
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