エクトインとは…成分効果と毒性を解説



・エクトイン
[医薬部外品表示名]
・エクトイン
主にハロモナス属(学名:Halomonas)やエクトチオロドスピラ属(学名:Ectothiorhodospira)などの好塩性細菌に存在する補償溶質(∗1)かつ双性イオン化合物(∗2)であり、分子量142.16の水溶性環状アミノ酸です(文献2:2020)。
∗1 補償溶質とは、高熱や高塩濃度などの環境ストレス(外部浸透圧)に対抗するために、細胞機能や細胞内の反応過程に有害な影響を与えることなく、浸透圧の調節を目的に細胞内に蓄積する物質のことをいいます。
∗2 双性イオン化合物とは、両性イオン化合物とも呼び、一つの分子内にプラス電荷とマイナス電荷の両方を持ち、全体としては中性イオンを示す化合物を指します。
エクトインは、1985年にエジプト北部にあるワディナトルーン(Wadi El Natrun)の塩湖に生息する好塩性細菌の一種であるエクトチオロドスピラ属(Ectothiorhodospira)の細菌から発見され、この好塩性細菌を由来として「エクトイン」と称されています(文献3:1985)。
高濃度の塩が存在する環境下では、細胞内部の浸透圧を調整して外界の浸透圧に対抗する必要がありますが、好塩性細菌は極限環境微生物(∗3)の一種であり、エクトインなどの補償溶質を合成し細胞内に蓄積することで、外界との浸透圧調整をはじめ凍結、乾燥、高温など温度ストレスから細胞やタンパク質を保護していることが明らかにされています(文献4:1998;文献5:2009)。
∗3 極限環境微生物とは、通常生物が生育できないような特殊環境下でも生育できる能力をもつ微生物のことをいいます。好塩性細菌は、高い塩濃度環境下に好んで生育することから、日本では伝統発酵食品として味噌、醤油、塩蔵(塩づけ)食品などに活用されています。
化粧品に配合される場合は、
これらの目的で、スキンケア製品、メイクアップ製品、日焼け止め製品、シート&マスク製品、クレンジング製品、洗顔石鹸などに使用されています。
水分保持による保湿作用
水分保持による保湿作用に関しては、エクトインは質量の3-4倍の水分子を抱え込み、水和(∗4)を形成することが知られており(文献6:1994)、この特性が皮膚水分量の保持・増加につながると考えられています。
∗4 水和(hydration)とは、ある化学種へ水分子が付加する現象であり、イオン性化合物や水素結合性化合物が水に溶解し、静電相互作用や水素結合することによって起こります。
2010年にMerckによって公開されたエクトイン添加による保湿効果検証(ヒト試験)によると、
エクトイン添加系では、プラセボと比較して約40%高い水分量を維持することが確認された。
また12日目で試料塗布を中止し、7日間経過した後に再度水分量を測定した結果、エクトイン添加系では高い水分量を維持していることが確認された。
このような検証結果が明らかにされており(文献7:2010)、エクトインは水分保持による保湿作用が認められています。
エクトインの保湿作用の特徴として、経時変化においてクラスター内の水分子量がほぼ変わらないという特性があり、ヒト試験においても添加中止から7日後でも水和量(水分量)が微減低度で維持されている長時間保湿能が明らかにされています(文献7:2010)。
HSP形成速度促進による細胞保護作用
HSP形成速度促進による細胞保護作用に関しては、まず前提知識としてHSP(Heat Shock Protein:ヒートショックプロテイン)について解説します。
HSPとは、紫外線、熱、物理的、化学的なストレス条件下にさらされた際に発現が上昇し、種々の外部ダメージに対してタンパク質の安定化や損傷タンパク質の代謝促進といった働きを通じて細胞を保護するタンパク質の一群として知られており(∗5)、HSPの生成速度によって皮膚が受けるダメージの度合いが異なることが明らかになっています。
∗5 HSPは、単一のタンパク質ではなく、ストレスにより分子量も作用も異なる複数のHSPが同時に誘導されることから、「HSPs:Heat Shock Proteins」と複数形で示され、それぞれのHSPは分子量に応じてHSP47(分子量47kDa)、HSP70(分子量70kDa)と名付けられています。
2010年にMerckによって公開されたエクトイン添加によるHSP形成速度促進効果(in vitro試験)によると、
ヒートショック付与から約1時間で極大値を迎え、その後減少しているが、初期段階においてエクトイン添加系は、無添加系と比較して発現状態において約2倍の有意差があることが確認された。
このような検証結果が明らかにされており(文献7:2010)、エクトインはHSP形成速度促進による細胞保護作用が認められています。
試験はin vitro系ですが、ヒト皮膚に浸透することが明らかになっていることから、ヒト皮膚においても細胞保護作用を発揮すると考えられます。
エクトインの安全性(刺激性・アレルギー)について
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 2001年からの使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:ほとんどなし
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)について
- [動物試験] ウサギを用いて未希釈のエクトインを対象にOECD404テストガイドラインに基づいて皮膚刺激性試験を実施したところ、この試験物質は皮膚刺激剤ではなかった
- [動物試験] モルモットを用いて未希釈のエクトインを対象にOECD406テストガイドラインに基づいて皮膚感作性試験を実施したところ、この試験物質は陰性であった
と記載されています。
試験データをみるかぎり、皮膚刺激および皮膚感作なしと報告されていることから、一般に皮膚刺激性および皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
眼刺激性について
- [動物試験] ウサギの片眼に未希釈のエクトインを点眼し、OECD405テストガイドラインに基づいて眼刺激性を評価したところ、この試験物質は眼刺激剤ではなかった
と記載されています。
試験データをみるかぎり、眼刺激なしと報告されていることから、一般に眼刺激性はほとんどないと考えられます。
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エクトインは保湿成分、細胞賦活成分にカテゴライズされています。
成分一覧は以下からお読みください。
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参考文献:
- Merck(2017)「RonaCare Ectoin」安全性データシート.
- “Pubchem”(2020)「Ectoine」, <https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/compound/Ectoine> 2020年5月4日アクセス.
- Erwin A Galinski, et al(1985)「1,4,5,6‐Tetrahydro‐2‐methyl‐4‐pyrimidinecarboxylic acid」European Journal of Biochemistry(149)(1),135-139.
- A Ventosa, et al(1998)「Biology of Moderately Halophilic Aerobic Bacteria」Microbiology and Molecular Biology Reviews(62)(2),504–544.
- 石橋 松二郎, 他(2009)「好塩性酵素の分子メカニズム」生化学(81)(12),1080-1086.
- Erwin A Galinski, et al(1994)「Microbial behaviour in salt‐stressed ecosystems」FEMS Microbiology Reviews(15)(2-3),95-108.
- メルク株式会社(2010)「RonaCare Ectoin」Fragrance Journal(38)(2),106-107.