
慣用名 |
天然保湿因子、Natural Moisturizing Factor NMF(略称) |
配合目的 |
保湿、ヘアコンディショニング など |
1. 基本情報
1.1. 定義
天然保湿因子とは、角質細胞中に遊離状態(∗1)で存在し水分を保持する(∗2)働きもつ水溶性低分子の総称(∗3)であり、「natural moisturizing factor:NMF」ともよばれています(∗4)。
∗1 化学における遊離とは、なんらかの化学種が結合していないフリーな状態にあること、結合が切れることを指します。
∗2 水分を保持するとは、水分をつかまえて離さないという意味です。
∗3 1959年にJacobiによってはじめて吸湿性のある水溶性物質が角質層中に存在し、これが保湿に関与していると報告されました[1]。
∗4 「天然保湿因子」「NMF」という名称は、角質層に存在し水分を保持する働きもつ水溶性物質の総称であり、化粧品表示名(特定の成分)ではありません。
1.2. 角質層の構造と役割
皮膚については、以下の皮膚構造図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、

直接外界に接する皮膚最外層である角質層を含む表皮と表皮を支える真皮から構成されており、また角質層は、

水分を保持する働きもつ天然保湿因子を含む角質と角質の間を細胞間脂質で満たした、レンガとモルタルの関係と同様の構造になっており、この構造が保持されることによって外界からの物理的あるいは化学的影響から身体を守り、かつ体内の水分が体外へ過剰に蒸散していくのを防ぐとともに一定の水分を保持する役割を担っています[2][3]。
1.3. 天然保湿因子の組成およびその生成プロセス
角質層において水分を保持する働きをもつ物質は、親水性の吸湿物質である天然保湿因子(NMF)ですが、天然保湿因子は以下の表のように、
成分 |
含量(%) |
アミノ酸 |
40.0 |
ピロリドンカルボン酸(PCA) |
12.0 |
乳酸 |
12.0 |
尿素 |
7.0 |
アンモニア、尿酸、グルコサミン、クレアチン |
1.5 |
ナトリウム(Na⁺) |
5.0 |
カリウム(K⁺) |
4.0 |
カルシウム(Ca²⁺) |
1.5 |
マグネシウム(Mg²⁺) |
1.5 |
リン酸(PO₄³⁻) |
0.5 |
塩化物(Cl⁻) |
6.0 |
クエン酸、ギ酸 |
0.5 |
糖、有機酸、ペプチド、未確認物質 |
8.5 |
アミノ酸、有機酸、塩などの集合体として存在しています[4]。
この天然保湿因子において約40%を占めるアミノ酸組成は、以下の表のように、
16種類のアミノ酸で構成されており[5]、これらアミノ酸の大部分は、以下の図のように、

表皮顆粒層に存在しているケラトヒアリン(∗5)が角質細胞に変化していく過程でフィラグリンと呼ばれるタンパク質となり、このフィラグリンがブレオマイシン水解酵素(bleomycin hydrorase)によって完全分解されることで産生されることが報告されています[6][7]。
∗5 ケラトヒアリンの主要な構成成分は、分子量300-1,000kDaの巨大な不溶性タンパク質であるプロフィラグリンであり、プロフィラグリンは終末角化の際にフィラグリンに分解されます。
さらに、角質層では以下の表のように、
アミノ酸の一部が代謝され、より保湿性の高い代謝産生物が生成されることが知られています(∗6)[8a][9][10][11][12][13]。
∗6 グルタミンの代謝物であるPCAそのものは保湿性に乏しく、PCAのナトリウム塩であるPCA-Naとなってはじめて保湿性を発揮することが明らかにされており[8b]、皮膚のpH(5.0-6.0)においてほとんどのPCAはPCA-Naの形で存在しています[14]。
1.4. 天然保湿因子の機能
天然保湿因子の大部分は角質細胞内に存在し、その約60%をアミノ酸およびその代謝産生物が占め、このアミノ酸類およびアミノ酸代謝産物が角質層水分保持の要となっており[15a]、また約12%を占める有機酸(乳酸およびクエン酸)が、角質柔軟化の役割を担っています[16a]。
また、アミノ酸の一部がより保湿性の高い代謝産生物となって存在するように、有機酸の一種である乳酸もナトリウム塩の形やカリウムとのイオンペアとして寄与することで保湿剤として重要な役割を果たしていることが示唆されています[15b][17]
とくにPCA-Naと乳酸Naは、分子そのものの水分保持力が高いだけでなくともに有機酸でもあり、塩の形をとることで角質層の柔軟持続にも寄与していると考えられています[16b]。
次に、ミネラル塩は生体において極めて重要な恒常性維持の役割を担っており、天然保湿因子においても約18.5%を占め、たとえば夏から冬にかけてはナトリウム(Na⁺)、カリウム(K⁺)および塩化物などの有意な減少がみられ、またカリウム(K⁺)は角質層の水和状態(∗7)、柔軟性およびpHと有意に相関することが明らかにされています[18]。
∗7 水和(hydration)とは、ある化学種へ水分子が付加する現象であり、イオン性化合物や水素結合性化合物が水に溶解し、静電相互作用や水素結合することによって起こります。
このような背景から、天然保湿因子は主にアミノ酸類、アミノ酸代謝産生物および有機酸塩が水分保持を、ミネラル塩が恒常性維持を、有機酸が角質層の柔軟化を担うことで角質層を健常に保っていると考えられます。
2. 化粧品としての配合目的
化粧品に配合される場合は、
- [皮膚] 水分量増加による保湿作用
- [毛髪] ヘアコンディショニング作用
主にこれらの目的で、スキンケア製品、ボディ&ハンドケア製品、メイクアップ製品、シャンプー製品、ヘアトリートメント製品、ボディソープ製品、アウトバストリートメント製品、クレンジング製品、洗顔料など様々な製品に汎用されています。
天然保湿因子は、ヒト皮膚および毛髪において水分保持および柔軟化の役割を担っていることから、ヒト皮膚または毛髪の天然保湿因子の組成を模した混合原料が開発されており、一般に天然保湿因子モデルとして混合原料が汎用されています。
3. 安全性評価
天然保湿因子の皮膚刺激性、皮膚感作性(アレルギー性)、眼刺激性などは化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
詳細は各天然保湿因子の総合レポートページを参照してください。
4. 参考文献
- ⌃O. Jacobi(1959)「About the mechanism of moisuture regulation in the horney layer of the skin」Proceedings of the Scientific Section of the Toilet Goods Association(31),22-24.
- ⌃朝田 康夫(2002)「保湿能力と水分喪失の関係は」美容皮膚科学事典,103-104.
- ⌃田村 健夫・廣田 博(2001)「表皮」香粧品科学 理論と実際 第4版,30-33.
- ⌃武村 俊之(1992)「保湿製剤の効用:角層の保湿機構」ファルマシア(28)(1),61-65. DOI:10.14894/faruawpsj.28.1_61.
- ⌃I. Horii, et al(1983)「Histidine-rich protein as a possible origin of free amino acids of stratum corneum」Current Problems in Dermatology(11),301-315. DOI:10.1159/000408684.
- ⌃M. Watanabe, et al(1991)「Functional analyses of the superficial stratum corneum in atopic xerosis」Archives of Dermatology(127)(11),1689-1692. DOI:10.1001/archderm.1991.01680100089010.
- ⌃T. Tezuka, et al(1994)「Terminal differentiation of facial epidermis of the aged: immunohistochemical studies」Dermatology(188)(1),21-24. DOI:10.1159/000247079.
- ⌃abK. Laden & R. Spitzer(1967)「Identification of a Natural Moisturizing Agent in Skin」Journal of the Society of Cosmetic Chemists(18)(6),351-360.
- ⌃J.G. Barrett & I.R. Scott(1983)「Pyrrolidone Carboxylic Acid Synthesis in Guinea Pig Epidermis」Journal of Investigative Dermatology(81)(2),122-124. DOI:10.1111/1523-1747.ep12542975.
- ⌃H.P. Badent & M.A. pathak(1967)「The Metabolism and Function of Urocanic Acid in Skin」Journal of Investigative Dermatology(48)(1),11-17. DOI:10.1038/jid.1967.3.
- ⌃I.R. Scott(1981)「Factors controlling the expressed activity of histidine ammonia-lyase in the epidermis and the resulting accumulation of urocanic acid」Biochemical Journal(194)(3),829-838. DOI:10.1042/bj1940829.
- ⌃A.F. Redmond & S. Rothberg(1978)「Arginase activity and other cellular events associated with epidermal hyperplasia」Journal of Cellular Physiology(94)(1),99-104. DOI:10.1002/jcp.1040940113.
- ⌃J. Koyama, et al(1984)「Free Amino Acids of Stratum Corneum as a Biochemical Marker to Evaluate Dry Skin」Journal of the Society of Cosmetic Chemists(35)(4),183-195.
- ⌃日光ケミカルズ株式会社(2016)「アミノ酸およびペプチド」パーソナルケアハンドブックⅠ,392-404.
- ⌃ab朝田 康夫(2002)「皮膚と水分の関係」美容皮膚科学事典,90-103.
- ⌃ab尾沢 達也, 他(1985)「皮膚保湿における保湿剤の役割」皮膚(27)(2),276-288. DOI:10.11340/skinresearch1959.27.276.
- ⌃中川 典昭(2004)「イオンペア(乳酸,カリウム)の角層物性に対する重要性」Fragrance Journal(32)(9),47-52.
- ⌃N. Nakagawa, et al(2004)「Relationship Between NMF (Lactate and Potassium) Content and the Physical Properties of the Stratum Corneum in Healthy Subjects」Journal of Investigative Dermatology(122)(3),755–763. DOI:10.1111/j.0022-202X.2004.22317.x.
5. 天然保湿因子一覧
- 数字 A-Z ア-ンの順番に並べてあります。
- 知りたい天然保湿因子がある場合は「目的の行(ア行カ行など)」をクリックすると便利です。
医薬部外品表示名 |
DL-ピロリドンカルボン酸ナトリウム液 |
配合目的 |
水分量増加および柔軟持続性向上による保湿、きしみ感改善 など |
化学式 |
 |
レポート |
→ 基本情報・配合目的・安全性ページ |
医薬部外品表示名 |
L-アルギニン |
配合目的 |
角層水分量増加による保湿、塩基性によるpH調整、ケン化または中和反応によるセッケン合成、パサつき抑制による毛髪修復 など |
化学式 |
 |
レポート |
→ 基本情報・配合目的・安全性ページ |
化粧品表示名 |
アルギニン |
配合目的 |
角層水分量増加による保湿、塩基性によるpH調整、ケン化または中和反応によるセッケン合成、パサつき抑制による毛髪修復 など |
化学式 |
 |
レポート |
→ 基本情報・配合目的・安全性ページ |