グリセリンの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | グリセリン |
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医薬部外品表示名 | グリセリン、濃グリセリン |
INCI名 | Glycerin |
配合目的 | 保湿、保水、溶剤、温感 など |
1. 基本情報
1.1. 定義
以下の化学式で表される三価アルコール(多価アルコール)(∗1)です[1a][2a]。
∗1 2個以上のヒドロキシ基(-OH)が結合したアルコールを多価アルコールといい(n個結合したものはn価アルコールともよばれる)、グリセリンは3個のヒドロキシ基(-OH)が結合した三価アルコールです。
医薬部外品表示名については、それぞれ、
医薬部外品表示名 | 本質 |
---|---|
グリセリン | グリセリン84-87%を含む(比重による) |
濃グリセリン | グリセリン95.0%を含む(比重による) |
このようにグリセリン含有率によって区別されていますが、化粧品表示名としてはいずれも「グリセリン」と表示されます。
1.2. 物性
グリセリンの物性は、
融点(℃) | 沸点(℃) | 比重(d 20/4) | 屈折率(n 20/D) |
---|---|---|---|
18.07 | 290.5(分解) | 1.2613 | 1.4746 |
このように報告されています[2b]。
1.3. 分布
グリセリンは、自然界において脂肪酸とのエステルであるグリセリドとして人間を含む動植物の油脂中に広く存在しています[2c]。
1.4. 化粧品以外の主な用途
グリセリンの化粧品以外の主な用途としては、
分野 | 用途 |
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食品 | 着色料、香料などの溶媒、冷菓の結晶化防止、乾燥食品や菓子類の保湿剤、チューインガムの軟化、冷凍食品の氷点降下目的で用いられています[3]。 |
医薬品 | 濃度50%グリセリン液が肛門ないし直腸の粘膜を刺激して排便を促進する目的の浣腸薬として用いられています[4]。また安定・安定化、可塑、潤沢、可溶・可溶化、甘味、基剤、矯味、結合、懸濁・懸濁化、コーティング、湿潤、乳化、等張化、pH調節、賦形、分散、防腐、溶解補助目的の医薬品添加剤として経口剤、各種注射、外用剤、眼科用剤、耳鼻科用剤、口中用剤、吸入剤などに用いられています[5]。 |
これらの用途が報告されています。
2. 化粧品としての配合目的
- 角層水分量増加による保湿作用
- 保水
- 溶剤
- 温感付与
主にこれらの目的で、スキンケア製品、ボディ&ハンドケア製品、メイクアップ製品、化粧下地製品、シート&マスク製品、クレンジング製品、シャンプー製品、コンディショナー製品、アウトバストリートメント製品、洗顔料、洗顔石鹸、頭皮ケア製品、ボディソープ製品、まつ毛美容液、ヘアスタイリング製品、香水、入浴剤など様々な製品に汎用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 角層水分量増加による保湿作用
角層水分量増加による保湿作用に関しては、まず前提知識として皮膚最外層である角質層の構造と役割および天然保湿因子と水の関係について解説します。
直接外界に接する皮膚最外層である角質層は、以下の図のように、
水分を保持する働きもつ天然保湿因子を含む角質と角質の間を細胞間脂質で満たした、レンガとモルタルの関係と同様の構造になっており、この構造が保持されることによって外界からの物理的あるいは化学的影響から身体を守り、かつ体内の水分が体外へ過剰に蒸散していくのを防ぐとともに一定の水分を保持する役割を担っています[6][7]。
角質層において水分を保持する働きをもつ天然保湿因子(NMF:natural Moisturizing Factor)は低分子の水溶性物質であり、以下の表のように、
成分 | 含量(%) |
---|---|
アミノ酸 | 40.0 |
ピロリドンカルボン酸(PCA) | 12.0 |
乳酸 | 12.0 |
尿素 | 7.0 |
アンモニア、尿酸、グルコサミン、クレアチン | 1.5 |
ナトリウム(Na⁺) | 5.0 |
カリウム(K⁺) | 4.0 |
カルシウム(Ca²⁺) | 1.5 |
マグネシウム(Mg²⁺) | 1.5 |
リン酸(PO₄³⁻) | 0.5 |
塩化物(Cl⁻) | 6.0 |
クエン酸、ギ酸 | 0.5 |
糖、有機酸、ペプチド、未確認物質 | 8.5 |
アミノ酸、有機酸、塩などの集合体として存在しています[8a]。
また、角質層内の主な水分は、天然保湿因子(NMF)の分子に結合している結合水と水(液体)の形態をした自由水の2種類の状態で存在しており、以下の表のように、
角質層内の水の種類 | 定義 | |
---|---|---|
結合水 | 一次結合水 | 角質層の構成分子と強固に結合し、硬く乾燥しきった角質層の中にも存在する水です。 |
二次結合水 | 角質層の構成分子と非常に速やかに結合するものの、乾燥した状態でゆっくりと解離するような比較的弱い結合をしている水の分子のことをいい、温度や湿度など外部環境によって比較的容易に結合と解離を繰り返す可逆的な水です。 | |
自由水 | 二次結合水の容量を超えて角質層が水を含んだ場合に液体の形で角質層内に存在する水であり、この量が一定量を超えると過水和となり、浸軟した(ふやけた)状態が観察されます。 |
角質層の柔軟性は、水分量10-20%の間で自然な柔軟性を示す一方で、水分量が10%以下になると角層のひび割れ、肌荒れが生じると考えられており、種々の原因により角質層の保湿機能が低下することによって水分量が低下すると、皮膚表面が乾燥して亀裂、落屑、鱗屑などを生じるようになることから、角層に含まれる水分量が皮膚表面の性状を決定する大きな要因として知られています[9b]。
このような背景から、角層の水分量が低下している場合に角層水分量を増加することは、皮膚の乾燥、ひび割れ、肌荒れの予防や改善において重要なアプローチのひとつであると考えられています。
グリセリンは、化学構造に3個のヒドロキシ基をもつ三価アルコール(多価アルコール)であり、非常に高い吸湿性を示し、皮膚においてしっとりとした感触を付与するとともに角層に浸透しケラチンと水分子との間で仲介役を果たすことで保湿性を発揮することから、保湿剤として広く汎用されています[10][11a]。
1969年に資生堂研究所によって報告されたグリセリンの吸湿性検証によると、
– 吸湿性試験 –
各湿度における多価アルコールの吸湿性を比較検討したところ、以下のグラフのように、
多価アルコールは、低湿度下において吸湿性は低く、高湿度下において高い吸湿性を発揮する傾向が示された。
グリセリンは、相対湿度50%において高い吸湿性を示した。
このような検証結果が明らかにされており[12a]、グリセリンに50%以上の湿度下において高い吸湿性が認められています。
次に、2016年に坂本薬品工業によって報告されたグリセリンの角層水分量への影響検証によると、
– ヒト使用試験 –
23℃および相対湿度50%の環境制御された部屋で、健常な皮膚を有する女性被検者の前腕の各領域にそれぞれ10%多価アルコール溶液および水0.03gを40秒間適用し、適用3分,10分,30分,1時間,2時間および8時間で角層水分量の経時変化を静電容量値で測定した。
これらの手順を5回繰り返し、各領域における測定の平均を算出したところ、以下のグラフのように、
10%グリセリン溶液の塗布は、塗布直後から高い角層水分量の増加を示し、塗布8時間後においても高い角層水分量を保持することが確認された。
このような検証結果が明らかにされており[13]、グリセリンに角層水分量増加による保湿作用が認められています。
2.2. 製品自体の保水
製品自体の保水に関しては、グリセリンは高い吸湿性・保水性を有していることから、製品自体の水分を保留し、乳化系や可溶化系の安定性を保持する目的で様々な製品に配合されています[1b][12b]。
2.3. 溶剤
溶剤に関しては、グリセリンは水およびエタノールに任意の割合で混合し[2d]、また植物エキスなどの抽出溶媒としても用いられています[11b]。
2.4. 温感付与
温感付与に関しては、グリセリンは水に接すると水和熱により温感を生じることが知られており、水をほとんど含まず(含まれていても微量)、グリセリンを多量に配合した処方の場合(∗2)は温感付与目的でマッサージ料、パック製品、クレンジング製品などに使用されています[14]。
∗2 成分表示一覧の一番最初にグリセリンが表示されている場合は、温感化粧品である可能性が高いと考えられます。
3. 配合製品数および配合量範囲
実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の2013-2014年の調査結果になりますが、以下のように報告されています(∗3)。
∗3 以下表におけるリーブオン製品は、付けっ放し製品(スキンケア製品やメイクアップ製品など)を指し、またリンスオフ製品は、洗い流し製品(シャンプー、ヘアコンディショナー、ボディソープ、洗顔料、クレンジングなど)を指します。
4. 安全性評価
- 食品添加物の指定添加物リストに収載
- 医療上汎用性があり有効性および安全性の基準を満たした成分が収載される日本薬局方に収載
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 50年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:ほとんどなし-軽度
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
4.1. 皮膚刺激性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[15a]によると、
– 皮膚炎を有する場合 –
- [ヒト試験] 皮膚炎を有する420名の患者に50%グリセリン水溶液を20-24時間閉塞パッチ適用したところ、この試験物質はいずれの患者においても皮膚刺激剤ではなかった(M. Hannuksela & L. Forstrom,1979)
- [ヒト試験] 33名の患者に25%グリセリン溶液0.2mLを24時間パッチ適用したところ、いずれの患者も皮膚刺激反応を示さなかった(European Chemicals Agency,2014)
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して皮膚刺激なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性はほとんどないと考えられます。
4.2. 眼刺激性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[15b]によると、
- [動物試験] 6匹のウサギの眼に100%グリセリン0.1mLを点眼し、点眼1,24,72時間および7日後にDraize法に基づいて眼刺激性を評価したところ、この試験物質は非刺激剤であった(C.S. Weil & R. Scala,1971)
- [動物試験] 4匹のウサギの眼に99.5%天然由来および合成グリセリンを点眼し、点眼後に眼刺激性を評価したところ、1時間ですべてのウサギの角膜に刺激がみられたが、24時間ですべて解消した。この試験物質は眼刺激剤ではなかった(C.H. Hine et al,1953)
- [動物試験] 6匹のウサギの眼に100%グリセリン0.1mLを点眼し、点眼後にDraize法に基づいて眼刺激性を評価したところ、この試験物質は眼刺激剤ではなかった(C.R. Clark et al,1979)
- [動物試験] 5匹のウサギの眼に100%グリセリン0.5mLを滴下し、滴下後に眼刺激性を評価したところ、軽度の充血および浮腫が観察された。この試験物質はこの試験条件下において軽度の眼刺激剤であった(A.R. Latven & H. Molitor,1939)
このように記載されており、試験データをみるかぎり非刺激-軽度の眼刺激が報告されているため、一般に眼刺激性は非刺激-軽度の眼刺激を引き起こす可能性があると考えられます。
4.3. 皮膚感作性(アレルギー性)
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[15c]によると、
- [ヒト試験] 48名の被検者に65.9%グリセリンを含む保湿剤を対象に皮膚感作性試験をDraize法に基づいて閉塞パッチにて実施したところ、この保湿剤は皮膚感作剤ではなかった(International Research Services,2006)
– 個別事例 –
- [個別事例] まぶた、顔、首、頭皮、腋窩に7か月の斑状湿疹の病歴を有する29歳の女性にヨーロッパ標準アレルゲンおよび彼女が使用している化粧品のパッチテストを実施したところ、4日目に1%ジメチルアミノプロピルアミンおよび使用している手用保湿クリームに対して陽性反応を示した。次にこの手用保湿クリームの個別成分のパッチテストを実施したところ、4日目に1%グリセリン水溶液に対して陽性反応を示した。彼女にグリセリン含有化粧品を避けてもらうと湿疹症状は解消していった(P.W. Preston & T. Finch,2003)
このように記載されており、試験データをみるかぎり1例の個別事例を除いて皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
5. 参考文献
- ⌃ab日本化粧品工業連合会(2013)「グリセリン」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,366-367.
- ⌃abcd大木 道則, 他(1989)「グリセリン」化学大辞典,638.
- ⌃樋口 彰, 他(2019)「グリセリン」食品添加物事典 新訂第二版,108.
- ⌃浦部 晶夫, 他(2021)「グリセリン」今日の治療薬2021:解説と便覧,812.
- ⌃日本医薬品添加剤協会(2021)「グリセリン」医薬品添加物事典2021,182-183.
- ⌃朝田 康夫(2002)「保湿能力と水分喪失の関係は」美容皮膚科学事典,103-104.
- ⌃田村 健夫・廣田 博(2001)「表皮」香粧品科学 理論と実際 第4版,30-33.
- ⌃ab武村 俊之(1992)「保湿製剤の効用:角層の保湿機構」ファルマシア(28)(1),61-65. DOI:10.14894/faruawpsj.28.1_61.
- ⌃ab日光ケミカルズ株式会社(2006)「水」新化粧品原料ハンドブックⅠ,487-502.
- ⌃平尾 哲二(2017)「保湿 温故知新」日本香粧品学会誌(41)(4),277-281. DOI:10.11469/koshohin.41.277.
- ⌃ab日光ケミカルズ株式会社(1977)「多価アルコール類」ハンドブック – 化粧品・製剤原料 – 改訂版,76-94.
- ⌃ab尾沢 達也(1969)「保湿剤(Humectant)」ファルマシア(5)(10),685-690. DOI:10.14894/faruawpsj.5.10_685.
- ⌃A. Tomiie, et al(2016)「Moisturizing Effects of Diglycerol Combined with Glycerol on Human Stratum Corneum」Journal of Oleo Science(65)(8),681-684. DOI:10.5650/jos.ess15253.
- ⌃株式会社ノエビア(2011)「温感ゲル状化粧料」特開2011-116726.
- ⌃abcL.C. Becker(2019)「Safety Assessment of Glycerin as Used in Cosmetics」International Journal of Toxicology(38)(3_suppl),6S-22S. DOI:10.1177/1091581819883820.