加水分解シルクの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | 加水分解シルク |
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医薬部外品表示名 | 加水分解シルク液、加水分解シルク末 |
部外品表示簡略名 | 水解シルク液、水解シルク末 |
INCI名 | Hydrolyzed Silk |
配合目的 | ヘアコンディショニング、保湿 など |
1. 基本情報
1.1. 定義
カイコガ科カイコ(学名:Bombyx mori 英名:Silkworm)の繭から得られる絹繊維(シルク)・絹繊維タンパク質を加水分解して得られる加水分解物です[1]。
1.2. 構造と物性
加水分解シルクは、不溶性タンパク質であるシルク繊維を水溶性とし、目的に応じて平均分子量350、650、1,000、2,000-4,000、10,000以下に調整された水溶性シルクペプチドであり[2a]、保湿性を有するとともに塗布した場合において緻密な皮膜を形成する特徴があります[3a]。
絹繊維は以下の図のように、
約70%のフィブロインタンパク質と約30%のセリシンタンパク質から成る2層で構成されており、またそれぞれのアミノ酸組成は、
アミノ酸 | アミノ酸組成(%) | |
---|---|---|
フィブロイン | セリシン | |
グリシン | 43 | 19 |
アラニン | 31 | 4 |
セリン | 10 | 31 |
チロシン | 5 | 3 |
アスパラギン酸 | 2 | 18 |
このように報告されており[3b][4]、フィブロインが吸水・保湿能の役割を、セリシンがフィブロイン繊維間を結合して繭の形状を維持しフィブロイン溶液の流動性を確保する役割を、それぞれ担っていると考えられています。
加水分解シルクのアミノ酸組成は一例ですが、
アミノ酸 | アミノ酸組成(g/タンパク質100g) |
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アスパラギン酸 | 7.4 |
トレオニン | 3.9 |
セリン | 17.4 |
グルタミン酸 | 3.6 |
プロリン | 0.9 |
グリシン | 20.6 |
アラニン | 21.0 |
バリン | 3.7 |
メチオニン | 0.4 |
イソロイシン | 0.8 |
ロイシン | 1.2 |
チロシン | 12.2 |
フェニルアラニン | 2.0 |
リシン | 1.6 |
ヒスチジン | 0.9 |
アルギニン | 2.4 |
このように報告されており[2b]、グリシン、アラニン、セリンのような側鎖の小さなアミノ酸を主体とし、酸性アミノ酸や塩基性アミノ酸の割合が少ないといった特徴があります。
2. 化粧品としての配合目的
- うるおい、なめらかさおよびツヤ向上によるヘアコンディショニング作用
- 保湿作用
主にこれらの目的で、シャンプー製品、コンディショナー製品、トリートメント製品、メイクアップ製品、化粧下地製品、アウトバストリートメント製品、まつげ美容液、ネイル製品、スキンケア製品、洗顔料、ボディソープ製品、ヘアカラー製品、ボディ&ハンドケア製品など様々な製品に汎用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. うるおい、なめらかさおよびツヤ向上によるヘアコンディショニング作用
うるおい、なめらかさおよびツヤ向上によるヘアコンディショニング作用に関しては、まず前提知識として毛髪の構造と毛髪ダメージとその原因について解説します。
毛髪の構造については、以下の毛髪構造図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
キューティクル(毛小皮)とよばれる5-10層で重なり合った平らかつうろこ状の構造からなる厚い保護外膜が表面を覆い、キューティクル内部は紡錘状細胞から成り繊維体質の大部分を占めるコルテックス(毛皮質)およびメデュラ(毛髄質)とよばれる多孔質部分で構成されています[5a]。
また、細胞膜複合体(CMC:Cell Membrane Complex)がこの3つの構造を接着・結合しており、毛髪内部の水分保持や成分の浸透・拡散の主要通路としての役割を担っています[5b]。
これら毛髪構造の中でキューティクルは、摩擦、引っ張り、曲げ、紫外線への曝露などの影響による物理的かつ化学的劣化に耐性をもち、その配列が見た目の美しさや感触特性となります[6a]。
一方で、キューティクルはシャンプーや毎日の手入れなどの物理的要因、あるいはヘアアイロン、染毛・脱色、パーマなど化学的要因によるダメージに対して優れた耐性を有しているものの、以下の図をみてもらうとわかるように、
これらのダメージが重なり合い繰り返されるうちに劣化していき、最終的にキューティクルのめくれ上がりや毛髪繊維の弱化につながることが知られています[6b][7]。
このような背景から、損傷したキューティクルに水分を補給すること、損傷したキューティクルを平らに寝かせてなめらかにすることおよびツヤを向上させることは、毛髪の外観や感触の改善において重要なアプローチのひとつであると考えられています。
加水分解シルクは、ある程度の吸水性と毛髪に対する浸透性をもつことから損傷した毛髪に水分を補給することが知られており、また加水分解コンキオリンと同様にキューティクルをなめらかにし、ツヤを改善させるため[8][9a]、シャンプー製品、ヘアケア製品、まつげ美容液などに汎用されています。
2.2. 保湿作用
保湿作用に関しては、まず前提知識として皮膚最外層である角質層の構造と役割について解説します。
直接外界に接する皮膚最外層である角質層は、以下の図のように、
水分を保持する働きもつ天然保湿因子を含む角質と角質の間を細胞間脂質で満たした、レンガとモルタルの関係と同様の構造になっており、この構造が保持されることによって外界からの物理的あるいは化学的影響から身体を守り、かつ体内の水分が体外へ過剰に蒸散していくのを防ぐとともに一定の水分を保持する役割を担っています[10][11]。
また、角質層内の主な水分は、天然保湿因子(NMF)の分子に結合している結合水と水(液体)の形態をした自由水の2種類の状態で存在しており、以下の表のように、
角質層内の水の種類 | 定義 | |
---|---|---|
結合水 | 一次結合水 | 角質層の構成分子と強固に結合し、硬く乾燥しきった角質層の中にも存在する水です。 |
二次結合水 | 角質層の構成分子と非常に速やかに結合するものの、乾燥した状態でゆっくりと解離するような比較的弱い結合をしている水の分子のことをいい、温度や湿度など外部環境によって比較的容易に結合と解離を繰り返す可逆的な水です。 | |
自由水 | 二次結合水の容量を超えて角質層が水を含んだ場合に液体の形で角質層内に存在する水であり、この量が一定量を超えると過水和となり、浸軟した(ふやけた)状態が観察されます。 |
角質層の柔軟性は、水分量10-20%の間で自然な柔軟性を示す一方で、水分量が10%以下になると角層のひび割れ、肌荒れが生じると考えられており、種々の原因により角質層の保湿機能が低下することによって水分量が低下すると、皮膚表面が乾燥して亀裂、落屑、鱗屑などを生じるようになることから、角層に含まれる水分量が皮膚表面の性状を決定する大きな要因として知られています[12b]。
このような背景から、肌荒れやバリア機能の低下やなどによって角層の水分量が低下している場合に、皮膚表面に水分を含んだ膜を形成し、皮膚の水分蒸散を防止することや角層水分量を増加は、皮膚の乾燥、ひび割れ、肌荒れの予防や改善において重要なアプローチのひとつであると考えられています。
加水分解シルクは、ある程度の吸水性が確認されているとともに皮膚に対する浸透性にすぐれることから[9b][14]、角層の水分量を増加による保湿作用を発揮すると考えられますが、角層水分量に対するヒト試験データがみあたらないため、みつかりしだい追補します。
3. 混合原料としての配合目的
加水分解シルクは混合原料が開発されており、加水分解シルクと以下の成分が併用されている場合は、混合原料として配合されている可能性が考えられます。
原料名 | エテルナ |
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構成成分 | 水、加水分解シルク、炭酸水素Na、白金、フェノキシエタノール |
特徴 | 毛髪深部に浸透し、損傷した毛髪の強度、水分量を改善するとともにハリコシ感・なめらかさを付与するプラチナコロイドの加水分解シルクコーティング剤 |
原料名 | エテルナZnO |
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構成成分 | 水、加水分解シルク、酸化亜鉛、白金、炭酸水素Na、ヒアルロン酸Na、フェノキシエタノール |
特徴 | 電荷を利用して毛髪表面に付着し、キューティクルのリフトアップ(めくれ上がり)および退色を抑制するとともになめらかさを付与する酸化亜鉛の加水分解シルクコーティング剤 |
4. 配合製品数および配合量範囲
化粧品に対する実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の2015年の調査結果になりますが、以下のように報告されています(∗1)。
∗1 以下表におけるリーブオン製品は、付けっ放し製品(スキンケア製品やメイクアップ製品など)を指し、またリンスオフ製品は、洗い流し製品(シャンプー、ヘアコンディショナー、ボディソープ、洗顔料、クレンジングなど)を指します。
5. 安全性評価
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 30年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:ほとんどなし
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
- 光毒性(光刺激性):ほとんどなし
- 光感作性:ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
5.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[2c]によると、
- [ヒト試験] 20名の被検者に20%加水分解シルク水溶液3mg以下を48時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去後に皮膚刺激性を評価したところ、パッチ除去30分後で3名の被検者に軽度の紅斑が観察され、24時間で3名のうち1名に軽度の皮膚刺激がみられた。残りの17名においては皮膚刺激を示さなかった(Dermis Research Center Co,2003)
- [ヒト試験] 24名に被検者の背中に6.5%加水分解シルク水溶液0.2mLを24時間閉塞パッチ適用したところ、この試験物質は非刺激剤に分類された(Osaka City Institute of Public Health Sciences,1984)
- [ヒト試験] 57名の被検者に加水分解シルク0.2mL(濃度不明)を対象にHRIPT(皮膚刺激性&皮膚感作性試験)を半閉塞パッチにて実施したところ、この試験物質は非刺激剤および非感作剤に分類された(Consumer Product Testing Co,1997)
- [ヒト試験] 49名の被検者に加水分解シルク(平均分子量1,000)2mLを対象にHRIPT(皮膚刺激性&皮膚感作性試験)を半閉塞パッチにて実施したところ、誘導期間9回目のパッチ除去後で1名の被検者に一過性の紅斑(非刺激性および非アレルギー性)がみられ、この被検者はチャレンジパッチでほとんど知覚できない紅斑を有したが臨床的にアレルギー性接触皮膚炎または炎症の兆候ではないと結論づけた(Essex Testing Clinic,1985)
- [ヒト試験] 48名の被検者に20%加水分解シルク20μLを対象にHRIPT(皮膚刺激性&皮膚感作性試験)を閉塞パッチにて実施したところ、この試験物質は非刺激剤および非感作剤であった(Aster Cosmétologie,2004)
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して皮膚刺激および皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性および皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
5.2. 眼刺激性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[2d]によると、
- [動物試験] 6匹のウサギの片眼に15-25%加水分解シルク水溶液0.1mLを点眼し、眼はすすがず、Draize法に基づいて72時間まで眼刺激性を評価したところ、この試験物質はウサギの眼に対して実質非刺激であった(Consumer Product Testing Co,1997)
- [動物試験] 6匹のウサギの右眼に6.5%加水分解シルク水溶液(平均分子量-300)を点眼し、点眼24,48および72時間後に眼刺激性を評価したところ、1匹のウサギにわずかな結膜の赤みが観察された。アメリカの連邦危険物法(FHSA)の定義によると、加水分解シルクが眼の刺激剤に分類される可能性は低いと結論付けられた。またより高い分子量の加水分解シルク(平均分子量650)を用いてウサギに同じ手順で試験し評価したところ、この試験物質は眼刺激剤ではなかった(Faculty Medicin, Hiroshima University,1985)
- [動物試験] 6匹のウサギの右眼に加水分解シルク(平均分子量-1,000)0.1mLを点眼し、点眼24,48および72時間後に角膜混濁、虹彩炎または結膜炎の兆候を評価したところ、この試験物質はウサギの眼に対して事実上非刺激であると結論づけた(Consumer Product Testing Co,1985)
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して眼刺激なしと報告されているため、一般に眼刺激性はほとんどないと考えられます。
5.3. 光毒性(光刺激性)および光感作性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[2e]によると、
- [動物試験] 6匹のモルモットの背中のに6.5%加水分解シルク(平均分子量650)0.05mLを1日2時間週5回合計10回適用し、2時間UV照射した。2週間の無処置期間をおいて適用部位を2時間UV照射し、24,48および72時間後に検査したところ、試験部位に照射の影響はみられなかったことから、この試験条件下においてこの試験物質は光感作剤ではないと考えられた(Faculty Medicin, Hiroshima University,1985)
- [動物試験] 6匹のモルモットに6.5%加水分解シルク(平均分子量650)水溶液0.05mLを適用し、ある部位には一度UVランプを照射、他方は非照射とし、照射24,48および72時間後に光刺激性を評価したところ、この試験物質は光刺激剤ではなかった(Faculty Medicin, Hiroshima University,1985)
このように記載されており、試験データをみるかぎり光刺激および光感作なしと報告されているため、一般に光毒性(光刺激性)および光感作性はほとんどないと考えられます。
6. 参考文献
- ⌃日本化粧品工業連合会(2013)「加水分解シルク」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,301.
- ⌃abcdeW. Johnson, et al(2020)「Safety Assessment of Silk Protein Ingredients as Used in Cosmetics」International Journal of Toxicology(39)(3_suppl),127S-144S. DOI:10.1177/1091581820966953.
- ⌃ab大海 須恵子, 他(2000)「シルク加水分解物類およびそれらの誘導体について」Fragrance Journal(28)(4),22-27.
- ⌃N. Kato, et al(1998)「Silk Protein, Sericin, Inhibits Lipid Peroxidation and Tyrosinase Activity.」Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry(62)(1),145-147. DOI:10.1271/bbb.62.145.
- ⌃abクラーレンス・R・ロビンス(2006)「毛形態学的構造および高次構造」毛髪の科学,1-68.
- ⌃abデール・H・ジョンソン(2011)「毛髪のコンディショニング」ヘアケアサイエンス入門,77-122.
- ⌃クラーレンス・R・ロビンス(2006)「シャンプー、髪の手入れ、ウェザリング(風化)による毛髪ダメージおよび繊維破断」毛髪の科学,293-328.
- ⌃橋井 洋子(2019)「加水分解コンキオリン及び加水分解シルクの毛髪ツヤ改善作用について」Fragrance Journal(47)(6),47-54.
- ⌃ab鈴木 一成(2012)「加水分解シルク」化粧品成分用語事典2012,176.
- ⌃朝田 康夫(2002)「保湿能力と水分喪失の関係は」美容皮膚科学事典,103-104.
- ⌃田村 健夫・廣田 博(2001)「表皮」香粧品科学 理論と実際 第4版,30-33.
- ⌃ab日光ケミカルズ株式会社(2006)「水」新化粧品原料ハンドブックⅠ,487-502.
- ⌃武村 俊之(1992)「保湿製剤の効用:角層の保湿機構」ファルマシア(28)(1),61-65. DOI:10.14894/faruawpsj.28.1_61.
- ⌃一丸ファルコス株式会社 (1982)「可溶化シルクペプチド含有皮膚化粧料」特開昭57-004910.