加水分解ケラチンの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名称 | 加水分解ケラチン |
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医薬部外品表示名称 | 加水分解ケラチン液、加水分解ケラチン末 |
医薬部外品表示名称(簡略名) | 水解ケラチン液、水解ケラチン末 |
化粧品国際的表示名称(INCI名) | Hydrolyzed Keratin |
配合目的 | ヘアコンディショニング、保湿 など |
1. 基本情報
1.1. 定義
システイン間の共有結合を切断したケラチンタンパク質(∗1)を加水分解して得られる加水分解物です[1]。
∗1 ケラチンは、皮膚の上皮細胞に分布する「軟ケラチン」と髪や爪に分布する「硬ケラチン」に大別されますが、ここでは「硬ケラチン」を指します。髪や爪に存在するケラチンは硫黄を含む含硫アミノ酸であるシステイン(cysteine)の含有量が多く、システイン間の共有結合によりケラチン繊維同士の結合を強固にし、「軟ケラチン」に比べるとより強く丈夫な繊維構造を形成しています[2]。
一般に用いられている化粧品表示名称「加水分解ケラチン」は、羊毛(ウール:wool)からつくられたものがほとんどですが、ほかにも羽毛やカシミヤ毛からつくられるものもあります。
1.2. 構造と物性
加水分解ケラチンは、ケラチンタンパク質を水溶性とし、平均分子量310-30,000の範囲に調整された水溶性ポリペプチドです[3a]。
加水分解ケラチンのアミノ酸組成は一例ですが、
アミノ酸 | アミノ酸組成(g/100g タンパク質) |
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システイン酸 | 0.3 |
アスパラギン酸 | 7.8 |
トレオニン | 6.1 |
セリン | 8.1 |
グルタミン酸 | 17.0 |
プロリン | 7.6 |
グリシン | 3.9 |
アラニン | 7.6 |
シスチン | 7.2 |
バリン | 5.7 |
メチオニン | 1.0 |
イソロイシン | 3.8 |
ロイシン | 8.1 |
チロシン | 2.0 |
フェニルアラニン | 2.4 |
リシン | 3.2 |
ヒスチジン | 1.0 |
アルギニン | 9.0 |
このように報告されており[3b]、硫黄を含む含硫アミノ酸の含有量が多く、アミノ酸組成が毛髪と類似している点で毛髪親和性が高いことが知られています。
1.3. 毛髪内部への浸透性
加水分解ケラチンの毛髪内部への浸透性に関しては、1987年に花王によって報告された分子量による毛髪内部への加水分解ケラチン浸透の影響検証によると、
– 毛髪浸透性試験 –
分子量760,1300および1800の加水分解ケラチンを含むpH8の緩衝液および還元処理日本人毛髪を用いてシステイン残基の浸透度を指標として浸透性を検討したところ、以下のグラフのように、
分子量1300および1800の加水分解ケラチンを用いた場合は、反応量は10分で一定に達したが、分子量760の加水分解ケラチンを用いた場合は、10分以後も反応量は増加した。
このような試験結果が明らかにされており[4]、加水分解ケラチンに毛髪への浸透性が認められています。
また、加水分解ケラチンの浸透性は分子量が小さいほど浸透性が高くなると考えられます。
2. 化粧品としての配合目的
- ツヤ向上によるヘアコンディショニング作用
- 保湿作用
主にこれらの目的で、シャンプー製品、コンディショナー製品、トリートメント製品、ヘアカラー製品、アウトバストリートメント製品、ネイル製品、マスカラ製品、まつげ美容液、スキンケア製品などに汎用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. ツヤ向上によるヘアコンディショニング作用
ツヤ向上によるヘアコンディショニング作用に関しては、まず前提知識として毛髪の構造と毛髪ダメージとその原因について解説します。
毛髪の構造については、以下の毛髪構造図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
キューティクル(毛小皮)とよばれる5-10層で重なり合った平らかつうろこ状の構造からなる厚い保護外膜が表面を覆い、キューティクル内部は紡錘状細胞から成り繊維体質の大部分を占めるコルテックス(毛皮質)およびメデュラ(毛髄質)とよばれる多孔質部分で構成されています[5a]。
また、細胞膜複合体(CMC:Cell Membrane Complex)がこの3つの構造を接着・結合しており、毛髪内部の水分保持や成分の浸透・拡散の主要通路としての役割を担っています[5b]。
これら毛髪構造の中でキューティクルは、摩擦、引っ張り、曲げ、紫外線への曝露などの影響による物理的かつ化学的劣化に耐性をもち、その配列が見た目の美しさや感触特性となります[6a]。
一方で、キューティクルはシャンプーや毎日の手入れなどの物理的要因、あるいはヘアアイロン、染毛・脱色、パーマなど化学的要因によるダメージに対して優れた耐性を有しているものの、以下の図をみてもらうとわかるように、
これらのダメージが重なり合い繰り返されるうちに劣化していき、最終的にキューティクルのめくれ上がりや毛髪繊維の弱化につながることが知られています[6b][7]。
このような背景から、損傷したキューティクルを平らに寝かせてなめらかにすることやツヤを向上させることは、毛髪の外観や感触の改善において重要なアプローチのひとつであると考えられています。
2000年に花王によって報告された加水分解ケラチンの毛髪の外観や感触に対する影響検証によると、
– 毛髪ツヤ評価試験 –
パーマ処理を行ったことのない20名の日本人女性毛髪10gを束ね、10%ドデシル硫酸ナトリウム水溶液で洗浄し十分にすすいだ後に0.4%加水分解ケラチン水溶液をまた対照として精製水のみをそれぞれ塗布し、温水にてすすぎ流した後にタオルドライ、ドライヤーによる乾燥、一定回数のブラッシングの手順を3回繰り返した。
コンディショニング効果については毛髪のツヤを「◎:非常に良い」「○:やや良い」「△:あまり良くない」「☓:悪い」の4段階で評価したところ、以下の表のように、
試料 | ツヤ |
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加水分解ケラチン | ◎ |
精製水 | ☓ |
0.4%加水分解ケラチン水溶液の塗布は、毛髪のツヤを向上させる効果が確認された。
次に、一週間以内にパーマ処理を行ったことのある20名の日本人女性の頭髪を10%ドデシル硫酸ナトリウム水溶液で洗浄し十分にすすいだ後に、0.4%加水分解ケラチン水溶液をまた対照として精製水のみをそれぞれ塗布し、温水にてすすぎ流した後にタオルドライ、ドライヤーによる乾燥、一定回数のブラッシングの手順を3回繰り返した。
コンディショニング効果については毛髪のツヤを「◎:良いと答えた人が18名以上」「○:良いと答えた人が14-17名」「△:良いと答えた人が8-13名」「☓:良いと答えた人が7名以下」の4段階で評価したところ、以下の表のように、
試料 | ツヤ |
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加水分解ケラチン | ○ |
精製水 | ☓ |
0.4%加水分解ケラチン水溶液の塗布は、毛髪のツヤを向上させる効果が確認された。
このような試験結果が明らかにされており[8]、加水分解ケラチンにツヤ向上によるヘアコンディショニング作用が認められています。
2.2. 保湿作用
保湿作用に関しては、まず前提知識として皮膚最外層である角質層の構造と役割について解説します。
直接外界に接する皮膚最外層である角質層は、以下の図のように、
水分を保持する働きもつ天然保湿因子を含む角質と角質の間を細胞間脂質で満たした、レンガとモルタルの関係と同様の構造になっており、この構造が保持されることによって外界からの物理的あるいは化学的影響から身体を守り、かつ体内の水分が体外へ過剰に蒸散していくのを防ぐとともに一定の水分を保持する役割を担っています[9][10]。
また、角質層内の主な水分は、天然保湿因子(NMF)の分子に結合している結合水と水(液体)の形態をした自由水の2種類の状態で存在しており、以下の表のように、
角質層内の水の種類 | 定義 | |
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結合水 | 一次結合水 | 角質層の構成分子と強固に結合し、硬く乾燥しきった角質層の中にも存在する水です。 |
二次結合水 | 角質層の構成分子と非常に速やかに結合するものの、乾燥した状態でゆっくりと解離するような比較的弱い結合をしている水の分子のことをいい、温度や湿度など外部環境によって比較的容易に結合と解離を繰り返す可逆的な水です。 | |
自由水 | 二次結合水の容量を超えて角質層が水を含んだ場合に液体の形で角質層内に存在する水であり、この量が一定量を超えると過水和となり、浸軟した(ふやけた)状態が観察されます。 |
角質層の柔軟性は、水分量10-20%の間で自然な柔軟性を示す一方で、水分量が10%以下になると角層のひび割れ、肌荒れが生じると考えられており、種々の原因により角質層の保湿機能が低下することによって水分量が低下すると、皮膚表面が乾燥して亀裂、落屑、鱗屑などを生じるようになることから、角層に含まれる水分量が皮膚表面の性状を決定する大きな要因として知られています[11b]。
このような背景から、肌荒れやバリア機能の低下やなどによって角層の水分量が低下している場合に、皮膚表面に水分を含んだ膜を形成し、皮膚の水分蒸散を防止することや角層水分量を増加は、皮膚の乾燥、ひび割れ、肌荒れの予防や改善において重要なアプローチのひとつであると考えられています。
加水分解ケラチンは、皮膚との親和性を有しており、皮膚になじみやすく、皮膚にうるおい、ツヤおよびなめらかさを付与することが明らかにされています[13][14]。
3. 配合製品数および配合量範囲
化粧品に対する実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の2015-2016年の調査結果になりますが、以下のように報告されています(∗2)。
∗2 以下表におけるリーブオン製品は、付けっ放し製品(スキンケア製品やメイクアップ製品など)を指し、またリンスオフ製品は、洗い流し製品(シャンプー、ヘアコンディショナー、ボディソープ、洗顔料、クレンジングなど)を指します。
4. 安全性評価
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 40年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:ほとんどなし-わずか
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
- 光毒性(光刺激性):ほとんどなし
- 光感作性:ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
4.1. 皮膚刺激性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[3c]によると、
– 健常皮膚を有する場合 –
- [ヒト試験] 16名の女性被検者に0.3%加水分解ケラチン(平均分子量<1,000)を含むハンドクリームを1日1回2.5週にわたって合計12回使用してもらったところ、いずれの被検者においても有害な影響はなかった(C. Barba et al,2007)
- [ヒト試験] 40名の健康な被検者に25%羊由来加水分解ケラチン(平均分子量310)水溶液0.5mLを24時間閉塞パッチ適用し、適用後に皮膚刺激性を評価したところ、この試験条件下においてこの試験物質は皮膚刺激剤ではなかった(Personal Care Products Council,2016)
- [ヒト試験] 24名の健康な被検者に25%羊由来加水分解ケラチン(平均分子量320)水溶液0.2mLを24時間閉塞パッチ適用し、適用後に皮膚刺激性を評価したところ、この試験条件下においてこの試験物質は皮膚刺激剤ではなかった(Personal Care Products Council,2016)
- [ヒト試験] 23名の被検者に20%羊由来加水分解ケラチン(平均分子量11,000)水溶液0.03gを24時間閉塞パッチ適用し、適用後に皮膚刺激性を評価したところ、パッチ除去30-60分後に1名の被検者で軽度の紅斑が観察されたが、24時間後には紅斑は消失した。他の被検者においては皮膚反応は観察されず、この試験物質は非刺激剤に分類された(Personal Care Products Council,2016)
- [ヒト試験] 20名の被検者に10%羊由来加水分解ケラチン(平均分子量30,000)水溶液を24時間閉塞パッチ適用し、適用後に皮膚刺激性を評価したところ、この試験物質は皮膚刺激剤ではなかった(Personal Care Products Council,2016)
– 皮膚炎を有する場合 –
- [ヒト試験] 10名のアレルギーを有する被検者に25%羊由来加水分解ケラチン(平均分子量310)水溶液0.5mLを24時間閉塞パッチ適用し、適用後に皮膚刺激性を評価したところ、この試験条件下においてこの試験物質は皮膚刺激剤ではなかった(Personal Care Products Council,2016)
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して皮膚刺激なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性はほとんどないと考えられます。
4.2. 眼刺激性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[3d]によると、
- [in vitro試験] 正常ヒト表皮角化細胞によって再構築された3次元培養角膜モデルを用いて、モデル角膜表面に未希釈の羊毛由来加水分解ケラチン(分子量不明)粉末を処理し反応を評価したところ、この試験物質は非刺激剤に分類された(Active Concepts,2012)
- [in vitro試験] 鶏卵の漿尿膜を用いて1%,5%および10%加水分解ケラチン(分子量3000)を処理(HET-CAM法)し、眼刺激性を評価したところ、濃度1%および5%においては実質的に非刺激剤、濃度10%においてはわずかな刺激剤が予測された(Consumer Product Testing Co,2004)
- [in vitro試験] 正常ヒト表皮角化細胞によって再構築された3次元培養角膜モデル(EpiOcular)を用いてモデル角膜表面に加水分解ケラチン(分子量2,000-4,000、濃度不明)溶液を処理し、眼刺激性を評価したところ、この試験物質は非刺激剤に分類された(Anonymous,2012)
このように記載されており、試験データをみるかぎり眼刺激なし-わずかな眼刺激の範囲で報告されているため、一般に眼刺激性は非刺激-わずかな眼刺激を引き起こす可能性があると考えられます。
4.3. 皮膚感作性(アレルギー性)
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[3e]によると、
- [ヒト試験] 51名の被検者に加水分解ケラチン(平均分子量3,000、濃度不明)を対象にHRIPT(皮膚刺激性&皮膚感作性試験)を半閉塞パッチにて実施したところ、この試験物質は皮膚感作剤ではなかった(Consumer Product Testing Co,2004)
このように記載されており、試験データをみるかぎり皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
4.4. 光毒性(光刺激性)および光感作性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[3f]によると、
- [動物試験] 6匹のモルモットの皮膚2箇所に25%羊由来加水分解ケラチン(分子量320)水溶液0.05mLを適用後に一箇所は覆い、他方は2時間光を照射した。照射24,48および72時間後に光刺激性を評価したところ、この試験物質は光刺激剤ではなかった(Personal Care Products Council,2016)
- [動物試験] 6匹のモルモットの皮膚2箇所に25%羊由来加水分解ケラチン(分子量320)水溶液0.05mLを適用後に一箇所は覆い、他方は2時間光を照射する手順を週5回2週間にわたって繰り返した。2週間の休憩期間を設けた後に同様の手順を単回適用し、光照射から24,48および72時間後に光反応を評価したところ、この試験物質は光刺激剤および光刺激剤ではなかった(Personal Care Products Council,2016)
このように記載されており、試験データをみるかぎり光刺激および光感作なしと報告されているため、一般に光毒性(光刺激性)および光感作性はほとんどないと考えられます。
5. 参考文献
- ⌃日本化粧品工業連合会(2013)「加水分解ケラチン」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,297.
- ⌃日比野 利彦(2003)「ケラチン」化粧品事典,451-452.
- ⌃abcdefC.L. Burnett, et al(2021)「Safety Assessment of Keratin and Keratin-Derived Ingredients as Used in Cosmetics」International Journal of Toxicology(40)(2_suppl),36S-51S. DOI:10.1177/10915818211013019.
- ⌃内藤 幸雄・大島 久美(1987)「毛髪へのケラチン加水分解物の吸着とその効果」日本化粧品技術者会誌(21)(2),146-155. DOI:10.5107/sccj.21.146.
- ⌃abクラーレンス・R・ロビンス(2006)「毛形態学的構造および高次構造」毛髪の科学,1-68.
- ⌃abデール・H・ジョンソン(2011)「毛髪のコンディショニング」ヘアケアサイエンス入門,77-122.
- ⌃クラーレンス・R・ロビンス(2006)「シャンプー、髪の手入れ、ウェザリング(風化)による毛髪ダメージおよび繊維破断」毛髪の科学,293-328.
- ⌃花王株式会社(2000)「毛髪用組成物」特開2000-219612.
- ⌃朝田 康夫(2002)「保湿能力と水分喪失の関係は」美容皮膚科学事典,103-104.
- ⌃田村 健夫・廣田 博(2001)「表皮」香粧品科学 理論と実際 第4版,30-33.
- ⌃ab日光ケミカルズ株式会社(2006)「水」新化粧品原料ハンドブックⅠ,487-502.
- ⌃武村 俊之(1992)「保湿製剤の効用:角層の保湿機構」ファルマシア(28)(1),61-65. DOI:10.14894/faruawpsj.28.1_61.
- ⌃株式会社生和化成(1991)「ケラチン加水分解物、その製造方法および上記ケラチン加水分解物からなる化粧品基剤」特開平03-011099.
- ⌃鈴木 一成(2012)「加水分解ケラチン」化粧品成分用語事典2012,156.