クロフサスグリ種子油の基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | クロフサスグリ種子油 |
---|---|
慣用名 | ブラックカラントオイル、カシスオイル |
INCI名 | Ribes Nigrum (Black Currant) Seed Oil |
配合目的 | エモリエント など |
1. 基本情報
1.1. 定義
スグリ科植物クロスグリ(∗1)(学名:Ribes nigrum 英名:Blackcurrant)の種子から得られる脂肪油(植物油)です[1a]。
∗1 「クロスグリ」は別名として「クロフサスグリ」「カシス(仏名: Cassis)」ともいいます。
1.2. 物性・性状
クロフサスグリ種子油の物性・性状は(∗2)、
∗2 融点とは固体が液体になりはじめる温度のことです。またヨウ素価とは油脂を構成する脂肪酸の不飽和度を示すものであり、一般にヨウ素価が高いほど不飽和度が高い(二重結合の数が多い)ため、酸化を受けやすくなります。
状態 | 融点(℃) | ヨウ素価 |
---|---|---|
油状液体 | – | 145-185(乾性油) |
このように報告されています[2a]。
1.3. 脂肪酸組成および不鹸化物
クロフサスグリ種子油の脂肪酸組成は、一例として、
脂肪酸名 | 脂肪酸の種類 | 炭素数:二重結合数 | 比率(%) |
---|---|---|---|
パルミチン酸 | 飽和脂肪酸 | C16:0 | 9.63 |
ステアリン酸 | C18:0 | 1.4 | |
アラキジン酸 | C20:0 | 0.2 | |
オレイン酸 | 不飽和脂肪酸 | C18:1 | 12.1 |
リノール酸 | C18:2 | 38.6 | |
α-リノレン酸 | C18:3 | 13.6 | |
γ-リノレン酸 | C18:3 | 18.5 | |
ステアリドン酸 | C18:4 | 3.6 | |
エイコセン酸 | C20:1 | 1.3 |
このような種類と比率で構成されていることが報告されており[3a]、またクロフサスグリ種子油には不鹸化物(∗3)として、以下の表のように、
∗3 不鹸化物(不ケン化物)とは、脂質のうちアルカリで鹸化されない物質の総称です。水に不溶、エーテルに可溶な成分である炭化水素、高級アルコール、ステロール、色素、ビタミン、樹脂質などが主な不鹸化物であり、油脂においてはその含有量が特徴のひとつとなります。
不鹸化物 | 構成比(mg/100g) | ||
---|---|---|---|
トコフェロール | α-トコフェロール | 84.3 | 225.1 |
γ-トコフェロール | 117.9 | ||
δ-トコフェロール | 18.4 | ||
フィトステロール | シトステロール | 363.7 | 682.5 |
カンペステロール | 51.3 | ||
その他 | 267.5 |
このような種類で構成されていることが報告されています[3b]。
クロフサスグリ種子油は、多価不飽和脂肪酸であるリノール酸を主成分とし、かつγ-リノレン酸を約18%、α-リノレン酸を約14%、ステアリドン酸を約3%含むといった脂肪酸組成を有していながら、抗酸化物質であるトコフェロールをある程度含有していることもあってか、自動酸化に対する安定性がやや高いといった報告が複数みられます[2b][3c]。
一方で、コールドプレス製法を用いたクロフサスグリ種子油においては自動酸化に対する安定性が低いといった試験データもみられることから[4]、クロフサスグリ種子油の総合的な自動酸化安定性は組成や精製方法に依存すると考えられます。
化粧品において酸化安定性が低い場合は、トコフェロールに代表される酸化防止剤を添加することで酸化安定性が大幅に向上するため、一般にトコフェロールなどの酸化防止剤やトコフェロールの含有量の多い植物油脂と一緒に使用されます。
1.4. 分布と歴史
クロスグリ(黒酸塊)は、ヨーロッパから中央アジアを原産とし、16世紀にはヨーロッパで健康食品としての価値が認められるとともにバルト海沿岸諸国を中心に栽培されはじめ、現在は健康果樹飲料やジャム、製菓、リキュール(∗4)などに利用する目的でロシア、ドイツ、ポーランドなどヨーロッパ各国で生産されています[5a]。
∗4 リキュールとしては、1841年からつくられている元祖カシスリキュールである「クレーム・ド・カシス(Crème de Cassis))」が世界的に有名です。
日本においては、1868年に導入されたのが最初とされており、1873年には北海道開拓使によって導入されたものの経済果樹として発展するまでには至らず、現在は青森県で主に栽培されているほか北海道の観光果樹園でも栽培されています[5b][6]。
2. 化粧品としての配合目的
- エモリエント効果
主にこれらの目的で、スキンケア製品、メイクアップ製品、化粧下地製品、日焼け止め製品、ボディ&ハンドケア製品、クレンジング製品などに使用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. エモリエント効果
エモリエント効果に関しては、クロフサスグリ種子油は皮膚親和性に優れており、閉塞性により皮膚の水分蒸発を抑え、その結果として皮膚に柔軟性や滑らかさを付与するエモリエント性を有していることから[1b][7]、各種クリーム、乳液、メイクアップ製品、ヘアケア製品などに使用されています。
2.2. 配合目的についての補足
クロフサスグリ種子油に約18%含まれるγ-リノレン酸は、以下の細胞膜の構造図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
脂肪酸鎖としてリノール酸とともに細胞の流動性と安定性を保持している細胞膜の構成成分であり、γ-リノレン酸が不足することと、アトピー性皮膚炎、湿疹、乾燥肌、経皮水分蒸散量の増加などの皮膚障害が関係していることが報告されています[8][9]。
このような背景から、皮膚炎を有する場合や加齢などにより皮膚の乾燥傾向を自覚している場合は、経口・経皮を問わずγ-リノレン酸を摂取することで皮膚状態の回復が期待できますが、健常な皮膚を有する場合はリノール酸からγ-リノレン酸を体内で合成できるため、積極的にγ-リノレン酸を外部から補う必要性は低いと考えられます[10]。
また、クロフサスグリ種子油はγ-リノレン酸の含有量が高いという点で特徴的ですが、現時点では配合濃度が最大でも0.3%と低く、またヒト使用試験データもみつけられていないため、直接的に効果を発揮するというよりは、皮膚にγ-リノレン酸が不足していた場合に補うといった補助的な役割を担っていると考えられます(ヒト使用試験データがみつかった場合は再編集します)。
3. 混合原料としての配合目的
クロフサスグリ種子油は混合原料が開発されており、クロフサスグリ種子油と以下の成分が併用されている場合は、混合原料として配合されている可能性が考えられます。
原料名 | BSB – Blackcurrant Seed Butter |
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構成成分 | クロフサスグリ種子油、水添野菜油 |
特徴 | クロフサスグリ種子油と水添野菜油を混合した融点50-60℃のブラックカレントシードバター |
4. 配合製品数および配合量範囲
実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の2017年の調査結果になりますが、以下のように報告されています(∗5)。
∗5 以下表におけるリーブオン製品は、付けっ放し製品(スキンケア製品やメイクアップ製品など)を指し、またリンスオフ製品は、洗い流し製品(シャンプー、ヘアコンディショナー、ボディソープ、洗顔料、クレンジングなど)を指します。
5. 安全性評価
- 15年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:ほとんどなし
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
5.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[2c]によると、
- [ヒト試験] 114名の被検者に0.1%クロフサスグリ種子油を含むスカルプコンディショナーの1%溶液を対象に皮膚一次刺激性試験を実施したところ、この試験条件下においてこの試験物質は皮膚刺激剤ではなかった(Institut D’Expertise Clinique,2005)
- [ヒト試験] 119名の被検者に0.25%クロフサスグリ種子油を含むクリームを対象に皮膚一次刺激性試験を実施したところ、この試験条件下においてこの試験物質は皮膚刺激剤ではなかった(Institut D’Expertise Clinique,2005)
- [ヒト試験] 114名の被検者に0.1%クロフサスグリ種子油を含むスカルプコンディショナーの1%溶液を対象にHRIPT(皮膚刺激性&皮膚感作性試験)を閉塞パッチにて実施したところ、この試験物質は皮膚刺激剤および皮膚感作剤ではなかった(Institut D’Expertise Clinique,2005)
- [ヒト試験] 106名の被検者に0.2%クロフサスグリ種子油を含むスキンクリームを対象にHRIPT(皮膚刺激性&皮膚感作性試験)を閉塞パッチにて実施したところ、この試験物質は皮膚刺激剤および皮膚感作剤ではなかった(Institut D’Expertise Clinique,2010)
- [ヒト試験] 118名の被検者に0.25%クロフサスグリ種子油を含むクリームを対象にHRIPT(皮膚刺激性&皮膚感作性試験)を閉塞パッチにて実施したところ、この試験物質は皮膚刺激剤および皮膚感作剤ではなかった(Institut D’Expertise Clinique,2005)
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して皮膚刺激および皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性および皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
5.2. 眼刺激性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[2d]によると、
- [in vitro試験] 鶏卵の漿尿膜を用いて、0.2%クロフサスグリ種子油を含むアイマスクを処理したところ(HET-CAM法)、この試験物質は実質的に非刺激剤に分類された(CPTC,2007)
このように記載されており、試験データをみるかぎり眼刺激なしと報告されているため、一般に眼刺激性はほとんどないと考えられます。
6. 参考文献
- ⌃ab日本化粧品工業連合会(2013)「クロフサスグリ種子油」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,380.
- ⌃abcdC.L. Burnett, et al(2017)「Safety Assessment of Plant-Derived Fatty Acid Oils」International Journal of Toxicology(36)(3_suppl),51S-129S. DOI:10.1177/1091581817740569.
- ⌃abcM. Pieszka, et al(2015)「Native Oils from Apple, Blackcurrant, Raspberry, and Strawberry Seeds as a Source of Polyenoic Fatty Acids, Tocochromanols, and Phytosterols: A Health Implication」Journal of Chemistry,659541. DOI:10.1155/2015/659541.
- ⌃Q. Ying, et al (2018)「Phytochemical Content, Oxidative Stability, and Nutritional Properties of Unconventional Cold-pressed Edible Oils」Journal of Food and Nutrition Research(6)(7),476-485. DOI:10.12691/jfnr-6-7-9.
- ⌃ab鉄村 琢哉(2008)「カランツ(カラント)」果実の事典,293-296.
- ⌃鈴木 洋(2011)「カシス」カラー版健康食品・サプリメントの事典,35.
- ⌃平尾 哲二(2006)「乾燥と保湿のメカニズム」アンチ・エイジングシリーズ No.2 皮膚の抗老化最前線,62-75.
- ⌃K.L. Campbell(1990)「Fatty acid supplementation and skin disease」Veterinary Clinics of North America: Small Animal Practice(20)(6),1475-1486. DOI:10.1016/S0195-5616(90)50156-4.
- ⌃B. Melnik & G. Plewig(1991)「Atopic dermatitis and disturbances of essential fatty acid and prostaglandin E metabolism」Journal of the American Academy of Dermatology(25)(5),859-860. DOI:10.1016/S0190-9622(08)80989-9.
- ⌃田中 稔久(2002)「γ-リノレン酸を化粧品に配合した時の効果」Fragrance Journal(30)(8),86-88.