メントールの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | メントール |
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医薬部外品表示名 | l-メントール、dl-メントール |
部外品表示簡略名 | メントール |
INCI名 | Menthol |
配合目的 | 冷感、香料 など |
1. 基本情報
1.1. 定義
以下の化学式で表されるp-メンタン骨格(∗1)をもつテルペノイド化合物(∗2)であり、モノテルペン(∗3)に分類される環式モノテルペンアルコール(∗4)です[1][2a]。
∗1 p-メンタンはシクロヘキサン環の1位にメチル基(-CH3)、4位にイソプロピル基(-CH(CH3)2)が置換した有機化合物であり、p-メンタン骨格は多くのテルペン類の母体となっています。
∗2 二重結合をもち炭素数5個(C5)を分子構造とするイソプレンを分子構造単位(イソプレンユニット)とし、イソプレンが直鎖状に複数個(C5×n個)連結した後に環化や酸化など種々の修飾を経て生成する化合物のことです(文献6:2017)。多くのテルペノイドは疎水性であり、メントールもまた疎水性です。イソプレン単体(C5)の場合はイソプレンまたはテルペンと呼ばれますが、イソプレンが2個以上連なった場合(C5×2個以上)は複数形としてテルペノイド(イソプレノイド)と呼ばれます。
∗3 イソプレン(C5)ユニットが2個連結した炭素数10個(C5×2)のテルペノイド化合物です。
∗4 モノテルペン構造に官能基としてヒドロキシ基(水酸基:-OH)が結合した化合物の総称です。
1.2. 物性・性状
メントールの物性・性状は、
状態 | 針状結晶 |
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溶解性 | エタノール、多価アルコール、油類に可溶、水に難溶 |
また、昇華性(∗5)を有しており、室温で徐々に昇華します[4a][5a]。
∗5 昇華性とは、液体を経ずに固体から気体へ相転移する現象のことです。
1.3. 分布
メントールは、自然界において主にシソ科植物ニホンハッカ(学名:Mentha canadensis var. piperascens)やペパーミント(学名:Mentha piperita)などに多量に存在しています[6]。
1.4. 化粧品以外の主な用途
メントールの化粧品以外の主な用途としては、
分野 | 用途 |
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食品 | 清涼感とハッカ様の香気を有することからチューインガム、キャンディ、飲料、アイスクリームなどに用いられています[7][8]。 |
医薬品 | 清涼感により患部のかゆみを鎮めることから、痔疾患の外用治療薬に用いられています[9]。また、dl-メントールは矯味、着香、香料、芳香目的の医薬品添加剤として経口剤、外用剤、歯科外用剤および口中用剤に[4b]、l-メントールは安定・安定化、矯味、着香、香料、清涼化、芳香、防腐、香料目的の医薬品添加剤として経口剤、外用剤、眼科用剤、耳鼻科用剤、歯科外用剤および口中用剤などに用いられます[5b]。 |
これらの用途が報告されています。
2. 化粧品としての配合目的
- TRPM8活性化による冷涼感付与効果
- ハッカ様香気の賦香
主にこれらの目的で、シャンプー製品、コンディショナー製品、制汗剤、頭皮ケア製品、ボディケア製品、洗顔料、ボディソープ製品、リップ系メイクアップ製品、スキンケア製品、ハンドケア製品、マスク製品、化粧下地製品、入浴剤など様々な製品に汎用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. TRPM8活性化による冷涼感付与効果
TRPM8活性化による冷涼感付与効果に関しては、まず前提知識として自由神経終末、温度感受性TRP(Transient Receptor Potential)チャネルおよびTRPM8について解説します。
皮膚には、体温を維持するために環境温を感受する温度受容器官が備わっており、温度受容器として働いているのが、表皮顆粒層に分布するケラチノサイト(角化細胞)および真皮から表皮に分布する自由神経終末です[10a][11a]。
ケラチノサイトおよび自由神経終末では、温度感受性TRPチャネルと呼ばれる陽イオンチャネル受容体が細胞膜に存在しており、これらが温度受容の一端を担っていると考えられています[10b][11b]。
温度感受性TRPチャネルとは、温度だけでなく多くの化学的・物理的刺激を感受する刺激受容体であり、以下の図をみるとわかりやすいと思いますが、
活性化温度域、発現部位などにより9つのチャネルが存在し、主に28℃以下の冷たい温度領域および43℃以上の熱い温度領域で活性化する温度感受性TRPチャネルは自由神経終末で発現、30-40℃の温かい温度領域で活性化する温度感受性TRPチャネルはケラチノサイトで発現すると報告されています[11c]。
TRPM8は、主に自由神経終末に存在する、8-28℃の冷刺激およびメントールによって活性化する冷刺激受容体であることが明らかにされており[12]、メントールを皮膚に接触させると活性化温度閾値が上昇することによって常温に近い温度で冷感が引き起こされるため、冷涼感を付与する目的で主にl-メントールがボディケア製品、頭皮ケア製品、洗浄系製品、制汗剤などに使用されています[13][14a]。
また、メントールは昇華性を有していることから、皮膚に塗布した場合に効果持続性に欠けますが、シクロデキストリンでメントールを包接することで、シクロデキストリンからメントールが徐々に放出されるようになり、冷涼感が持続するようになるため[15]、メントールとシクロデキストリンが併用されている場合はメントールの冷涼感持続目的で配合されている可能性が考えられます。
2.2. ハッカ様香気の賦香
ハッカ様香気の賦香(∗6)に関しては、メントールはハッカ様ハーブ香調(∗7)香気を有していることから、ハーブ系調合香料として広く使用されています[3b][16a]。
∗6 賦香(ふこう)とは、香りを付けるという意味です。
∗7 香調とは、香料分野においてはノート(note)とも呼ばれ、香りのタイプを意味します。メントールはミントの香りを有していることからハーバルノート(herbal note:ハーブ香調)に分類されます。
また、調合香料はそれらの揮発性から、
揮発性 | 分類 | 解説 | 保留時間 | 香調 |
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高
↑ 低 |
トップ ノート |
最初に感じ、そのものを印象づける香気 | 約30分 | シトラス グリーン フルーティ- ハーバル |
ミドル ノート |
香りの中心となる中盤に感じる香気 | 数時間 | フローラル | |
ラスト ノート |
最後まで残る重量感のある香気 | 数日-数週間 | ウッディ アンバー ムスク バルサム |
これら3つのステージに分類して表現されることが多く[16b][17]、メントールは揮発性の高いトップノートであることから、香気の保留性(持続性)は低いですが、まず最初に鼻につき清涼感のある印象を与えるミント様香気が特徴です。
3. 混合原料としての配合目的
メントールは混合原料が開発されており、メントールと以下の成分が併用されている場合は、混合原料として配合されている可能性が考えられます。
原料名 | Methol 50% Cyclosystem Complex |
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構成成分 | メントール、シクロデキストリン |
特徴 | メントールが徐々に放出され、冷感作用の持続性が向上したシクロデキストリン包接メントール |
原料名 | CelluOil Ment |
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構成成分 | メントール、(酢酸/酪酸)セルロース、トリカプリリン |
特徴 | カプセル化により製品内での結晶析出や冷感効果の減衰を解決したマイクロカプセル内包メントール |
原料名 | BioGenic Menthosol-200 |
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構成成分 | 水、ヒドロキシプロピルシクロデキストリン、マルトデキストリン、シクロデキストリン、メントール、フェノキシエタノール |
特徴 | カプセル化により水溶性を高めたカプセル内包メントール |
4. 配合量範囲
l-メントールおよびdl-メントールは、医薬部外品(薬用化粧品)への配合において配合上限があり、配合範囲は以下になります。
種類 | 配合量 | その他 |
---|---|---|
薬用石けん・シャンプー・リンス等、除毛剤 | 2.0 | dl-メントール及びl-メントールとして合計。 |
育毛剤 | 1.0 | |
その他の薬用化粧品、腋臭防止剤、忌避剤 | 1.0 | |
薬用口唇類 | 1.0 | |
薬用歯みがき類 | 1.0 | |
浴用剤 | 1.0 | |
染毛剤 | 上限なし | |
パーマネント・ウェーブ用剤 | 上限なし |
また、l-メントールは医薬品成分であり、化粧品に配合する場合は以下の配合範囲内においてのみ使用されます。
種類 | 最大配合量(g/100g) |
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粘膜に使用されることがない化粧品のうち洗い流すもの | 7.0 |
粘膜に使用されることがない化粧品のうち洗い流さないもの | 7.0 |
粘膜に使用されることがある化粧品 | 1.0 |
5. 安全性評価
- 食品添加物の指定添加物リストに収載
- 医療上汎用性があり有効性および安全性の基準を満たした成分が収載される日本薬局方に収載
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 30年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:濃度8%以下においてほとんどなし
- 眼刺激性:詳細不明
- 皮膚感作性(アレルギー性):濃度8%以下においてほとんどなし
- 皮膚感作性(皮膚炎を有する場合):ほとんどなし-ごくまれに皮膚感作を引き起こす可能性あり
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
ただし、皮膚炎を有する場合はごくまれに皮膚感作を引き起こす可能性があるため、注意が必要であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
5.1. 皮膚刺激性
Research Institute for Fragrance Materialsの安全性データ[18a]によると、
- [ヒト試験] 5名の被検者に8%メントールを含むワセリンを48時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去後に皮膚刺激性を評価したところ、いずれの被検者も皮膚刺激を示さなかった(Research Institute for Fragrance Materials,1973)
- [ヒト試験] 24名の被検者に8%l-メントールを含むワセリンを48時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去後に皮膚刺激性を評価したところ、いずれの被検者も皮膚刺激を示さなかった(Research Institute for Fragrance Materials,1974)
- [ヒト試験] 133名の被検者に0.05-0.5%メントールを含むクリームを24-48時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去30分後に皮膚刺激性を評価したところ、2名の被検者にわずかな紅斑がみられたが、他の被検者は皮膚刺激を示さなかった(Takenaka et al,1986)
- [ヒト試験] 9名の被検者に30%l-メントールを含む水とエタノール混合液2.5mLを数分間閉塞パッチ適用したところ、この試験物質は感覚刺激(灼熱感、冷感および主観的なチクチク刺すような刺激感)を誘発した(Green and Shaffer,1992)
このように記載されており、試験データをみるかぎり濃度8%以下において共通して非刺激-わずかな刺激が報告されているため、一般に濃度8%以下において皮膚刺激性は非刺激-わずかな刺激を引き起こす可能性があると考えられます。
ただし、l-メントールは適度であれば快適な清涼感を付与する一方で、多すぎると灼熱感やヒリヒリ感といった不快刺激を感じることが知られており、またl-メントールに対する感受性の違いや清涼感の感じ方の違いに個人差があることが明らかにされていることから[14b]、個人によっては刺激感や不快感を感じる可能性があります。
5.2. 眼刺激性
試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細不明です。
5.3. 皮膚感作性(アレルギー性)
Research Institute for Fragrance Materialsの安全性データ[18b]によると、
– 健常皮膚を有する場合 –
- [ヒト試験] 25名の被検者に8%l-メントールを含むワセリンを対象にMaximization皮膚感作性試験を実施したところ、いずれの被検者も皮膚感作反応を示さなかった(Research Institute for Fragrance Materials,1973)
- [ヒト試験] 24名の被検者に8%l-メントールを含むワセリンを対象にMaximization皮膚感作性試験を実施したところ、いずれの被検者も皮膚感作反応を示さなかった(Research Institute for Fragrance Materials,1974)
– 皮膚炎を有する場合 –
- [ヒト試験] 皮膚炎を有する220名の患者に1%l-メントールを含むワセリンを対象にパッチテストを実施したところ、2名(0.9%)の患者に陽性反応がみられた(Japan Contact Dermatitis Research Group,1981)
- [ヒト試験] 皮膚炎を有する877名の患者に5%メントールを含むパラフィンを対象にパッチテストを実施したところ、8名(1%)の患者に陽性反応がみられた(Rudzki and Kleniewska,1971)
- [ヒト試験] 皮膚炎を有する1,070名の患者に5%メントールを含むパラフィンを対象にパッチテストを実施したところ、9名(0.9%)の患者に陽性反応がみられた(Rudzki and Kleniewska,1971)
- [ヒト試験] 接触皮膚炎を有する1,200名の患者に5%メントールを含むワセリンを対象にパッチテストを実施したところ、1名(0.08%)の患者に陽性反応がみられた(Santucci et al,1987)
このように記載されており、試験データをみるかぎり健常な皮膚を有する場合は共通して皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
皮膚炎を有する場合は、濃度に関係なくごくまれに皮膚感作反応が報告されていることから、皮膚炎を有する場合においてごくまれに皮膚感作を引き起こす可能性があると考えられます。
6. 参考文献
- ⌃日本化粧品工業連合会(2013)「メントール」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,997.
- ⌃ab大木 道則, 他(1989)「l-メントール」化学大辞典,2363.
- ⌃ab合成香料編集委員会(2016)「メントール」増補新版 合成香料 化学と商品知識,87-93.
- ⌃ab日本医薬品添加剤協会(2021)「dl-メントール」医薬品添加物事典2021,668-669.
- ⌃ab日本医薬品添加剤協会(2021)「l-メントール」医薬品添加物事典2021,669-670.
- ⌃鈴木 洋(2011)「ペパーミント」カラー版健康食品・サプリメントの事典,167.
- ⌃樋口 彰, 他(2019)「Dl-メントール」食品添加物事典 新訂第二版,360.
- ⌃樋口 彰, 他(2019)「l-メントール」食品添加物事典 新訂第二版,361.
- ⌃小林 秀樹(2021)「痔疾患治療薬」今日のOTC薬 改訂第5版:解説と便覧,262-277.
- ⌃ab富永 真琴(2012)「刺激感受性:温度感受性TRPチャネルの生理機能」日本香粧品学会誌(36)(4),296-302. DOI:10.11469/koshohin.36.296.
- ⌃abc富永 真琴(2013)「温度感受性TRPチャネル」Science of Kampo Medicine(37)(3),164-175.
- ⌃富永 真琴(2004)「温度受容の分子機構」日本薬理学雑誌(124)(4),219-227. DOI:10.1254/fpj.124.219.
- ⌃鈴木 喜郎(2017)「TRPM8」温度生物学ハンドブック,10.
- ⌃ab嶋田 格, 他(2015)「心地よい清涼感の実現に向けた評価方法」オレオサイエンス(15)(9),415-421. DOI:10.5650/oleoscience.15.415.
- ⌃寺尾 啓二(2012)「シクロデキストリンの食品・化粧品への応用」化学と教育(60)(1),18-21. DOI:10.20665/kakyoshi.60.1_18.
- ⌃ab長谷川香料株式会社(2013)「フレグランスの分類と原料」香料の科学,124-127.
- ⌃兼井 典子(2003)「香りの化学」化学と教育(51)(2),86-88. DOI:10.20665/kakyoshi.51.2_86.
- ⌃abD. Belsito, et al(2008)「A toxicologic and dermatologic assessment of cyclic and non-cyclic terpene alcohols when used as fragrance ingredients」Food and Chemical Toxicology(46)(11),S1-S71. DOI:10.1016/j.fct.2008.06.085.