パルミチン酸レチノールの基本情報・配合目的・安全性

パルミチン酸レチノール

化粧品表示名 パルミチン酸レチノール
医薬部外品表示名 パルミチン酸レチノール
部外品表示簡略名 ビタミンAパルミチン酸エステル、ビタミンAパルミテート
INCI名 Retinyl Palmitate
配合目的 細胞賦活抗シワ など

1. 基本情報

1.1. 定義

以下の化学式で表されるレチノールのヒドロキシ基(-OH)パルミチン酸のカルボキシ基(-COOH)を脱水縮合(∗1)したエステル(ビタミンA誘導体)です[1]

∗1 脱水縮合とは、分子と分子から水(H2O)が離脱することにより分子と分子が結合する反応のことをいいます。脂肪酸とレチノールのエステルにおいては、脂肪酸(R-COOH)のカルボキシ基(-COOH)の「OH」とレチノールのヒドロキシ基(-OH)の「H」が分離し、これらが結合して水分子(H2O)として離脱する一方で、残ったカルボキシ基の「CO」とヒドロキシ基の「O」が結合してエステル結合(-COO-)が形成されます。

パルミチン酸レチノール

1.2. 物性・性状

パルミチン酸レチノールの物性・性状は(∗2)

∗2 融点とは固体が液体になりはじめる温度のことです。

状態 油状液体または結晶
融点(℃) 20-27
溶解性 油脂類、アルコールに可溶、水に不溶

このように報告されています[2a][3]

1.3. ビタミンA誘導体としての特徴

レチノール(ビタミンA)は、皮膚において抗シワ作用やターンオーバー促進作用など優れた機能を発揮することが知られているものの、光、空気、酸化、酸などに非常に不安定であるとともに皮膚刺激を誘発することから、一般にカプセル化レチノールとして用いられるほか、エステル化することにより安定性を高め、皮膚刺激性を低減させたビタミンA誘導体の形で用いられることが知られています[4][5]

パルミチン酸レチノールは、レチノールのヒドロキシ基(-OH)をパルミチン酸でエステル化することにより安定性を高めたビタミンA誘導体であり、皮膚に浸透すると表皮に存在するエスラーゼによってレチノールに変換され、皮膚内でレチノールを経てレチノイン酸として効果を発揮することを特徴としていることから、「安定型ビタミンA誘導体」とよばれています[6a][7]

1.4. 化粧品以外の主な用途

パルミチン酸レチノールの化粧品以外の主な用途としては、

分野 用途
食品 ビタミンA強化剤として用いられています[6b]
医薬品 ビタミンA欠乏症の予防および治療、食事からの摂取が不十分な際の補給、皮膚角化症の改善目的のビタミン製剤として用いられています[8][9]

これらの用途が報告されています。

2. 化粧品としての配合目的

化粧品に配合される場合は、

  • 表皮角化細胞増殖促進による細胞賦活作用
  • 抗シワ作用
  • 配合目的についての補足

主にこれらの目的で、メイクアップ製品、スキンケア製品、マスク製品、シート製品、ネイル製品、リップケア製品、洗顔料、ボディケア製品、ハンドケア製品、頭皮ケア製品など様々な製品に汎用されています。

以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。

2.1. 表皮角化細胞増殖促進による細胞賦活作用

表皮角化細胞増殖促進による細胞賦活作用に関しては、まず前提知識としてターンオーバーの仕組みについて解説します。

皮膚は大きく最外層の表皮と表皮を支える真皮に分かれており、ターンオーバーについては以下の表皮の構造図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、

表皮細胞の新陳代謝(ターンオーバー)のメカニズム

ターンオーバー(turnover)とは、血液やリンパなどから栄養素や調節因子などの制御を受けながら、表皮最下層である基底層で生成された角化細胞(表皮細胞:ケラチノサイト)がその次につくられた、より新しい角化細胞によって皮膚表面に向かって押し上げられるとともに分化していき、最後はケラチンから成る角質細胞となり、角質層にとどまった後に角片(∗3)として剥がれ落ちる表皮の新陳代謝のことをいい、正常なターンオーバーによって皮膚の新鮮さおよび健常性が保持されています[10][11]

∗3 角片とは、体表部分でいえば垢、頭皮でいえばフケを指します。

一方で、加齢にともない基底細胞の分裂能が低下することが明らかにされていることから[12]、表皮細胞の分裂・増殖・分化を促進し健常なターンオーバー機能を保持することは、健常な皮膚の維持において重要であると考えられています。

1999年にブラジルのサンパウロ大学リベイラオプレト薬学部および歯学部によって報告されたパルミチン酸レチノールの表皮に対する影響検証によると、

– ex vivo : 表皮細胞増殖作用 –

モルモットの剃毛した背部皮膚2箇所のうち1箇所に0.5%パルミチン酸レチノール配合ジェルを、他方にジェルのみを1週間毎日塗布した。

1週間後に各試験部位から皮膚片を採取し、脱水・透明化を経てパラフィンに包埋した後、得られた6μmの厚さの皮膚片をヘマトキシリンとエオシンで染色し、状態を比較したところ、0.5%パルミチン酸レチノール配合ジェルを塗布した皮膚片は、ジェルのみのものと比較して有意に表皮の厚みが増し、表皮の中ではとくに基底層および有棘層がより厚みを増していたことがわかった。

このような検証結果が明らかにされており[13]、パルミチン酸レチノールに表皮角化細胞増殖促進作用が認められています。

次に、2018年にパキスタンのセントラルパンジャーブ大学薬学部およびイスラミアバハワルプール大学薬学部によって報告されたヒト皮膚ターンオーバーに対するパルミチン酸レチノールの有用性検証によると、

– ヒト使用試験 –

11名の被検者の半顔に2種類の異なるパルミチン酸レチノールを含むO/W型クリームをそれぞれ二重盲検法に基づいて30日間適用し、適用7,15および30日目に皮膚表面の粗さを、UVライトビデオカメラによって撮影された皮膚画像のグレーレベル分布を使用し、定量的および定性的特性を指標として皮膚表面の粗さの変化を評価したところ、以下の表のように(∗4)

∗4 皮膚表面の粗さは数値が小さいほどなめらかさが増します。

試料 皮膚表面の粗さ(絶対値)
使用前 7日 15日 30日
製品A 3.45 3.35 3.29 3.25
製品B 3.43 3.32 3.26 3.21

パルミチン酸レチノールの適用は、7日目でいずれも有意(製品A:p<0.001、製品B:p<0.004)に皮膚の粗さが減少した。

また、同試験においてスキャン測定における適切な角層コンダクタンス(∗5)を確保した上で皮膚の鱗屑の変化を評価したところ、以下の表のように、

∗5 コンダクタンスとは、電気を流した場合の抵抗(電気伝導度:電気の流れやすさ)を表し、水分量が多いと電気が流れやすくなり、コンダクタンス値が高値になることから、物質における水分量を調べる方法としてコンダクタンスを経時的に測定する方法が定着しています。この試験においては鱗屑(剥離した角質が皮膚表面に蓄積した状態)の変化を評価しているため、数値が低いほど鱗屑が少ないことを意味しています。

試料 皮膚の鱗屑(絶対値)
使用前 7日 15日 30日
製品A 1.70 1.66 1.63 1.61
製品B 1.70 1.65 1.62 1.60

パルミチン酸レチノールの適用は、15日目でいずれも有意(製品A:p<0.03、製品B:p<0.00)に皮膚の鱗屑の減少を示した。

このような検証結果が明らかにされており[14a]、パルミチン酸レチノールに肌荒れ改善作用が認められています。

パルミチン酸レチノールは、皮膚表面の粗さをなめらかにし、鱗屑を減少させるといった肌荒れ改善効果が認められており、また表皮においては表皮細胞の増殖によってターンオーバーを促進する作用が認められていることから、この肌荒れ改善効果は、表皮細胞の増殖によるターンオーバー促進作用によるものであると考えられます。

2.2. 抗シワ作用

抗シワ作用に関しては、2018年にパキスタンのセントラルパンジャーブ大学薬学部およびイスラミアバハワルプール大学薬学部によって報告されたヒト皮膚シワに対するパルミチン酸レチノールの有用性検証によると、

– ヒト使用試験 –

11名の被検者の半顔に2種類の異なるパルミチン酸レチノールを含むO/W型クリームをそれぞれ二重盲検法に基づいて30日間適用し、適用7,15および30日目に皮膚表面の粗さを、UVライトビデオカメラによって撮影された皮膚画像のグレーレベル分布を使用して評価したところ、以下の表のように(∗6)

∗6 皮膚のシワは数値が小さいほどシワが減少していることを示します。

試料 皮膚のシワ(絶対値)
使用前 7日 15日 30日
製品A 61.4 60.5 59.2 58.5
製品B 61.1 59.9 59.0 58.1

パルミチン酸レチノールの適用は、15日目でいずれも有意(製品A:p<0.01、製品B:p<0.03)に皮膚シワの減少を示した。

このような検証結果が明らかにされており[14b]、パルミチン酸レチノールに抗シワ作用が認められています。

パルミチン酸レチノールの抗シワ作用のメカニズムは明確にはなっていませんが、皮膚内でレチノールを経てレチノイン酸として効果を発揮することから、レチノールと同様に表皮細胞の増殖促進(ターンオーバー促進)および真皮の細胞外マトリックス成分産生促進作用の複合的なメカニズムによるものである可能性が考えられます(現時点では明確でないので、試験データなどがみつかりしだい追補・再編集します)

2.3. 配合目的についての補足

パルミチン酸レチノールは、以下の紫外線吸収スペクトル図をみてもらうとわかるように、

パルミチン酸レチノールの紫外線吸収スペクトル

UVA領域である325nmに吸収極大を示すUVA吸収能を有しており、またUVB領域においても優れた吸収能を示すことが知られています[15a]

また、実際の紫外線吸収能について濃度2%パルミチン酸レチノールとSPF20(∗7)の日焼け止め製品を被検者に塗布したあとに最小紅斑線量の4倍(4MED)のUVBを照射し、24時間後にUVBによる紅斑の強度を評価したところ、どちらも紅斑を強く抑制したことから[15b]、濃度2%パルミチン酸レチノールはSPF20と同等のUVB吸収能を有していると考えられます。

∗7 SPFとは、紫外線による紅斑(一過性に皮膚が赤くなる現象)をどの程度防止できるかを示す目安の数値であり、紫外線による紅斑はUVBにより生じることからUVBの紫外線防御能を表す数値ともいえます。

このような背景から、アメリカなどでは日焼け止め製品の多くにパルミチン酸レチノールが配合されていますが[16]、日本においては医薬部外品に対する配合上限が25万IU(約0.04%)に定められており、配合範囲内の濃度で有意に紫外線吸収能が発揮されるのかどうか不明であることから、現時点では紫外線吸収作用については保留とし、試験データがみつかりしだい再編集します。

3. 混合原料としての配合目的

パルミチン酸レチノールは混合原料が開発されており、パルミチン酸レチノールと以下の成分が併用されている場合は、混合原料として配合されている可能性が考えられます。

原料名 Nikkol アクアソーム VA
構成成分 水添レシチンBGパルミチン酸レチノールピーナッツ油トコフェロールPEG-60水添ヒマシ油
特徴 ビタミンAの皮膚の浸透を促進し効果を高めるビタミンA誘導体含有リポソーム
原料名 CelluCap A
構成成分 パルミチン酸レチノール、(酢酸/酪酸)セルロース、トリカプリリン、テトラ(ジ-t-ブチルヒドロキシヒドロケイヒ酸)ペンタエリスリチル
特徴 マイクロカプセル化に内包することで安定性を高めたパルミチン酸レチノール
原料名 Nikkol アクアソーム AE
構成成分 水添レシチンBG酢酸トコフェロールパルミチン酸レチノールピーナッツ油トコフェロールPEG-60水添ヒマシ油
特徴 ビタミンA、Eの皮膚の浸透を促進し効果を高めるビタミンA、E誘導体含有リポソーム
原料名 Nikkol NET-Vitamin-ACE
構成成分 ラウリン酸ポリグリセリル-10グリセリンテトラヘキシルデカン酸アスコルビル酢酸トコフェロールトコフェロールパルミチン酸レチノールピーナッツ油スクワラン
特徴 ビタミンA、CおよびE誘導体を高濃度含有するO/W型乳化基剤
原料名 NIKKOL Nikkosome Vitamin ABCE
構成成分 グリセリン水添レシチンソルビトールテトラヘキシルデカン酸アスコルビルトコフェロールパンテノールパルミチン酸レチノールピーナッツ油スクワラン
特徴 4種のビタミン(脂溶性ビタミンC,E,A誘導体、ビタミンB前駆体)を配合したビタミン補給向けナノエマルジョン
原料名 Vitamin Concentrate watersoluble
構成成分 セイヨウトチノキ種子エキスPGPEG-40水添ヒマシ油酢酸トコフェロールソルビトールパンテノールパルミチン酸レチノール、アマニ脂肪酸、ヒマワリ種子油BHT
特徴 水溶性マルチビタミン複合原料
原料名 Vitamin Concentrate oilsoluble
構成成分 ミリスチン酸イソプロピルリノール酸パルミチン酸レチノールヒマワリ種子油酢酸トコフェロールオレイン酸パルミチン酸リノレン酸ステアリン酸BHT
特徴 脂溶性マルチビタミン複合原料

4. 配合製品数および配合量範囲

パルミチン酸レチノールは、医薬部外品(薬用化粧品)への配合において配合上限があり、配合範囲は以下になります。

種類 配合量 その他
薬用石けん・シャンプー・リンス等、除毛剤 250,000IU IUは、100gに対して配合する当該成分の国際単位を表す(∗8 )。
育毛剤 250,000IU
その他の薬用化粧品、腋臭防止剤、忌避剤 250,000IU
薬用口唇類 250,000IU
薬用歯みがき類 250,000IU
浴用剤 250,000IU
染毛剤 上限なし
パーマネント・ウェーブ用剤 上限なし

∗8 IU(International Unit:国際単位)とは、医薬品分野で用いられる国際的に決められた単位のことであり、医薬品ではビタミン、ホルモン、抗生物質、酵素、抗体など生理作用をもち、医療に用いられる物質の力価を国際的に規定したものです[17]。250,000IUは重量換算で約0.04%に相当します[18]

実際の化粧品における配合製品数および配合量に関しては、海外の1981年および2013年の調査結果になりますが、以下のように報告されています(∗9)

∗9 以下表におけるリーブオン製品は、付けっ放し製品(スキンケア製品やメイクアップ製品など)を指し、またリンスオフ製品は、洗い流し製品(シャンプー、ヘアコンディショナー、ボディソープ、洗顔料、クレンジングなど)を指します。

パルミチン酸レチノールの配合製品数と配合量の調査結果(1981年および2013年)

5. 安全性評価

パルミチン酸レチノールの現時点での安全性は、

  • 食品添加物の指定添加物リストに収載
  • 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
  • 20年以上の使用実績
  • 皮膚刺激性:ほとんどなし-軽度
  • 眼刺激性:ほとんどなし-わずか
  • 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
  • 発がん性:ヒトにおける十分な証拠なし

このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。

以下は、この結論にいたった根拠です。

5.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)

Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[2b]によると、

  • [ヒト試験] 100名の被検者に1%パルミチン酸レチノールを含む保湿剤を対象にHRIPT(皮膚刺激性&皮膚感作性試験)を実施したところ、誘導期間の8回目および9回目に異なる部位で1名の被検者に明確な紅斑がみられたが、チャレンジパッチではいずれの被検者も皮膚反応は観察されなかった。この試験製剤は皮膚刺激剤、疲労剤および皮膚感作剤ではなかった(Biosearch Inc,1983)
  • [ヒト試験] 210名の被検者に0.1%パルミチン酸レチノールを含むボディローションを対象にHRIPT(皮膚刺激性&皮膚感作性試験)を閉塞パッチにて実施したところ、2名の被検者のうち1名は誘導期間の9回および10回目のパッチの後に紅斑および丘疹がみられた。この被検者はチャレンジパッチで陰性であったため、これは刺激反応であると考えられた。もう1名の被検者は2回目のチャレンジパッチ72時間時で紅斑および丘疹がみられたが、他はすべて陰性であった。浮腫が観察されなかったことからこの反応は本質的に刺激性であると考えられた。この試験製剤は強い皮膚刺激剤でも接触感作剤でもなかった(Leo Winter Associates,1979)
  • [ヒト試験] 189名の被検者に0.1%パルミチン酸レチノールを含む保湿剤を対象にHRIPT(皮膚刺激性&皮膚感作性試験)を実施したところ、すべての被検者で陰性であったため、この試験製剤は皮膚刺激剤およびアレルギー増感剤としての可能性を示さなかった(Leo Winter Associates,1974)
  • [ヒト試験] 12名の被検者に0.1%パルミチン酸レチノールを含むボディローションを対象に21日間累積皮膚刺激性試験を実施したところ、累積皮膚刺激スコア0-630のスケールで58であった。この試験製剤は通常使用においておそらく軽度の累積皮膚刺激剤であると考えられた(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1984)

このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚感作性はほとんどないと考えられます。

皮膚刺激性については、ごくまれに明確な皮膚刺激反応や軽度の累積皮膚刺激反応が報告されていることから、一般に非刺激-軽度の皮膚刺激反応を引き起こす可能性があると考えられます。

5.2. 眼刺激性

Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[2c]によると、

  • [動物試験] 6匹のウサギの片眼に0.1%パルミチン酸レチノールを含むボディローションを点眼し、点眼後に眼刺激性を評価したところ、1時間ですべてのウサギの眼に軽度の結膜刺激がみられたがこれらは24時間以内に正常に回復した。角膜および虹彩膜は影響を受けなかった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1976)
  • [動物試験] 6匹のウサギの片眼に0.1%パルミチン酸レチノールを含む保湿剤を点眼し、点眼後に眼刺激性を評価したところ、1時間ですべてのウサギの眼に軽度の結膜刺激がみられたが24-48時間以内に正常に回復した。角膜および虹彩膜は影響を受けなかった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1977)

このように記載されており、試験データをみるかぎり共通してわずかな眼刺激が報告されているため、一般に眼刺激性は非刺激-わずかな眼刺激を引き起こす可能性があると考えられます。

5.3. 発がん性

2012年(∗10)にFDAの国家毒性プログラム(National Toxicology Program:NTP)によって報告されたパルミチン酸レチノールの光発がん性への影響検証によると、

∗10 正式なレビューが公開されたのは2012年ですが、予備データは2010年に公開されています。

SKH-1ヘアレスマウスに0.1および0.5%パルミチン酸レチノール配合クリームを適用した後に6.75および13.7mJ/c㎡のUVを照射し、光発がん性について評価したところ、低線量(6.75mJ/c㎡)を照射した群ではコントロール群と比較して濃度0.5%で統計的に有意な悪性病変の発生率の増加がみられた。

一方で、高線量(13.7mJ/c㎡)のUVを照射した群では、コントロール群との間で悪性病変の発生率に統計的に有意な差はみられなかった。

このような検証結果が明らかにされており[19]、この試験データではパルミチン酸レチノールとUVの組み合わせによる光発がん性を決定的に実証できたわけではないものの、光発がん性に対する問題を提起するに至りました。

この問題提起に対して翌年(2011年)に米国のメモリアルスローンケタリングがんセンターによって報告されたパルミチン酸レチノールの光発がん性に対するレビューによると、

ヒトにおけるパルミチン酸レチノールの光発がん性に関する試験データは不足していますが、パルミチン酸レチノールには臨床医学での40年以上の使用実績があり、日焼け止め製品中のパルミチン酸レチノールが光発がん性であるという概念を疑問視する強力な根拠を提供します。

第一に、経口レチノイドは免疫抑制患者などリスクの高い患者の皮膚がんを予防するために問題なく使用されています。

第二に、皮膚科医は一般ににきび、乾癬、光老化、など様々な皮膚障害の管理において局所的にレチノイドを処方します。

局所または経口レチノイドで治療された患者の中でこれらの薬物療法が皮膚がんのリスクを高めることを示唆する公表データはこれまで存在しません。

また、SKH-1ヘアレスマウスはヒトと比較して表皮が薄く、UV照射の透過性が高まることや皮膚がんを発症する傾向が高いことが知られており、ヒトへの関連性を推定する際にはこれらを十分考慮する必要があります。

そのため、結論としてin vitroおよび動物研究から得られた証拠は、パルミチン酸レチノールが皮膚がんのリスクの増加を示す説得力のある根拠にはなりえない。

さらに、ヒト試験データこそないものの、何十年にもわたる臨床観察の結果は、パルミチン酸レチノールが日焼け止めなどの局所用途で安全に使用できるという考えを裏付けています。

このような分析結果が明らかにされており[20]、現時点ではin vitroや動物研究から得られた証拠のみで、パルミチン酸レチノールがヒトにおいて光発がん性リスクの増加をもたらすことを示すことができず、また臨床的に局所用途で何十年も使用されていることから、安全に使用できるという考えが支持されています。

このような経緯があり、また年々パルミチン酸レチノール配合製品数が増加していることからも、現時点では光発がん性はほとんどないと考えられますが、NTPが改めて試験データなどを公開した場合は改めて評価する必要があります。

5.4. 安全性についての補足

2013年12月12日に、パルミチン酸レチノール配合化粧品を使用した顧客から腫れ、発疹、かぶれなど肌トラブルが起きたとの問い合わせが相次いだことで、パルミチン酸レチノール配合化粧品の販売が終了したという事実が以下のように公表されました[21]

調査によると、この製品はパルミチン酸レチノールを部外品基準(17-25万IU)(∗11)で高濃度に配合しており、販売開始の2012年7月-2013年12月の期間で配合化粧品の使用者数約85,000名のうち肌トラブルの問い合わせは発売直後から寄せられ、合計で273名(0.3%)が医療機関で受診している。

∗11 25万IUは重量換算で約0.04%。

これを多いと捉えるかは各販売メーカーにより判断が分かれるが、顧客数の増加に応じてトラブルも急増したため、今回は販売終了および返品・返金の対応となった。

ただし、パルミチン酸レチノール自体は医薬部外品として承認されている成分であり、また高濃度配合とはいえ医薬部外品基準範囲内であり、今回のケースでは、高濃度で配合し、さらに肌への浸透性を高める乳化技術を使っていたことが肌トラブル増加の原因となった可能性が考えられる。

厚生労働省では「他の製品でも広く起こっているという症例報告は受けておらず、全体の発生率は多くない。新規成分でもなく、製品の特性や品質、使い方、濃度の問題かどうかはっきりした上で部外品基準の変更は検討する」としている。

通販新聞(2013年12月12日)より引用・一部改変

他のパルミチン酸レチノール配合製品ではこのような報告がないことから、この製品固有の症例と考えられますが、パルミチン酸レチノールにおいて「高濃度配合」「浸透技術」などをプロモーションする製品を使用する際は、事前にパッチテストをして皮膚反応の確認を行うなど注意が必要であると考えられます。

6. 参考文献

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  9. 小林 秀樹(2021)「湿疹・皮膚炎治療薬」今日のOTC薬 改訂第5版:解説と便覧,332-351.
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