パントテン酸の基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | パントテン酸 |
---|---|
慣用名 | ビタミンB5 |
INCI名 | Pantothenic Acid |
配合目的 | 細胞賦活、ヘアコンディショニング など |
1. 基本情報
1.1. 定義
ビタミンB群の一種であるビタミンB5として知られている水溶性有機化合物であり、以下の化学式で表されるパント酸のカルボキシ基(-COOH)とβ-アラニンのアミノ基(-NH2)が脱水縮合した構造をもつ有機酸です[1a][2a]。
1.2. 物性・性状
パントテン酸の物性・性状は、
状態 | 油状物質 |
---|---|
溶解性 | 水、酢酸エチルに易溶 |
このように報告されています[3a]。
また、熱や光に不安定であることから、化粧品においては一般にパントテン酸Caの形で安定化した上で使用されています[2b]。
1.3. 分布
パントテン酸(D-パントテン酸)は、動植物界に広く分布し、とくに動物の肝臓に多く存在しています[3b]。
1.4. 生体における働き
生体細胞にはエネルギー代謝経路として、
種類 | エネルギー源 | 解説 |
---|---|---|
解糖系 | グルコース | ごはんやパンなど炭水化物がエネルギーに変換される経路 |
β酸化系 | 脂質 | 脂肪酸など脂肪を燃焼することでエネルギーに変換する経路 |
これら2つの経路がありますが、パントテン酸はCoA(補酵素A)の前駆物質であり、これら糖や脂質の代謝においてCoA(補酵素A)として重要な役割を果たしていることが知られています[3c]。
解糖系の経路は、以下のATP産生メカニズム図をみてもらうとわかるように、
グルコースが輸送されることにより「解糖系」「クエン酸回路」「電子伝達」とよばれる分解過程のそれぞれで生体のエネルギー伝達物質であるATP(adenosine tri-phosphate:アデノシン三リン酸)が産生されることが知られています[4]。
この解糖系におけるパントテン酸の役割は、以下のクエン酸回路のメカニズム図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
酢酸と結合したアセチルCoA(アセチル補酵素A)として、解糖系からクエン酸回路へのビルビン酸の受け渡しに重要な役割を果たしており、またクエン酸回路内においてはスクシニルCoAとしてコハク酸とCoAに変換されるといった糖代謝に関わっています[5]。
次に、β酸化系においては、脂肪酸をミトコンドリアに輸送することによりATP(adenosine tri-phosphate:アデノシン三リン酸)が産生されることが知られていますが、脂肪酸から変換されたアシルCoA(アシル補酵素A)は、そのままではミトコンドリア内膜を通過することができないため、L-カルニチンと結合してアシルカルニチンとなることによりミトコンドリア内膜を通過し、β酸化によってエネルギーに変換されることが知られています[6][7]。
1.5. 化粧品以外の主な用途
パントテン酸の化粧品以外の主な用途としては、
分野 | 用途 |
---|---|
医薬品 | 目の新陳代謝を促進し、疲労時の回復力を高める目的で一般点眼薬に用いられているほか[8]、眠気による倦怠感をやわらげる補助薬として配合されます[9]。 |
これらの用途が報告されています。
2. 化粧品としての配合目的
- 表皮角化細胞増殖促進による細胞賦活作用
- ヘアコンディショニング作用
主にこれらの目的で、スキンケア製品、マスク製品、シャンプー製品、コンディショナー製品、ボディケア製品などに使用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 表皮角化細胞増殖促進による細胞賦活作用
表皮角化細胞増殖促進による細胞賦活作用に関しては、まず前提知識としてターンオーバーの仕組みについて解説します。
皮膚は大きく最外層の表皮と表皮を支える真皮に分かれており、ターンオーバーについては以下の表皮の構造図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
ターンオーバー(turnover)とは、血液やリンパなどから栄養素や調節因子などの制御を受けながら、表皮最下層である基底層で生成された角化細胞(表皮細胞:ケラチノサイト)がその次につくられた、より新しい角化細胞によって皮膚表面に向かって押し上げられるとともに分化していき、最後はケラチンから成る角質細胞となり、角質層にとどまった後に角片(∗1)として剥がれ落ちる表皮の新陳代謝のことをいい、正常なターンオーバーによって皮膚の新鮮さおよび健常性が保持されています[10][11]。
∗1 角片とは、体表部分でいえば垢、頭皮でいえばフケを指します。
一方で、加齢にともない基底細胞の分裂能が低下することが明らかにされていることから[12]、表皮細胞の分裂・増殖・分化を促進し健常なターンオーバー機能を保持することは、健常な皮膚の維持において重要であると考えられています。
パントテン酸の前駆物質であるパンテノールは、皮膚内に浸透しパントテン酸に変化して皮膚の新陳代謝を促進し、肌乾燥の修復を助けることから、湿疹・皮膚炎やひび・あかぎれなどの医薬品の外用剤として用いられており[13][14]、パントテン酸も同様の作用を有しているため[15a]、表皮の代謝を促進し肌荒れやかぶれなどを改善する目的でスキンケア製品などに使用されていると考えられます[16]。
ただし、パントテン酸は不安定な成分であるため、一般に安定化したパントテン酸Caの形で使用されることが多いです。
2.2. ヘアコンディショニング作用
ヘアコンディショニング作用に関しては、まず前提知識として毛髪の構造と毛髪ダメージとその原因について解説します。
毛髪の構造については、以下の毛髪構造図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
キューティクル(毛小皮)とよばれる5-10層で重なり合った平らかつうろこ状の構造からなる厚い保護外膜が表面を覆い、キューティクル内部は紡錘状細胞から成り繊維体質の大部分を占めるコルテックス(毛皮質)およびメデュラ(毛髄質)とよばれる多孔質部分で構成されています[17a]。
また、細胞膜複合体(CMC:Cell Membrane Complex)がこの3つの構造を接着・結合しており、毛髪内部の水分保持や成分の浸透・拡散の主要通路としての役割を担っています[17b]。
これら毛髪構造の中でキューティクルは、摩擦、引っ張り、曲げ、紫外線への曝露などの影響による物理的かつ化学的劣化に耐性をもち、その配列が見た目の美しさや感触特性となります[18a]。
一方で、キューティクルはシャンプーや毎日の手入れなどの物理的要因、あるいはヘアアイロン、染毛・脱色、パーマなど化学的要因によるダメージに対して優れた耐性を有しているものの、以下の図をみてもらうとわかるように、
これらのダメージが重なり合い繰り返されるうちに劣化していき、最終的にキューティクルのめくれ上がりや毛髪繊維の弱化につながることが知られています[18b][19]。
このような背景から、損傷したキューティクルを平らに寝かせてなめらかにすることやツヤを向上させることは、毛髪の外観や感触の改善において重要なアプローチのひとつであると考えられています。
パントテン酸は、低分子の吸湿性物質であり[3d]、毛髪に浸透して持続性の保湿効果を発揮し、その結果として毛髪の損傷や枝毛の発生を抑制することから[15b][18c]、ヘアコンディショニング目的でヘアケア製品に使用されています[1b]。
ただし、パントテン酸は不安定な成分であるため、一般に安定化したパントテン酸Caの形で使用されることが多いです。
3. 配合製品数および配合量範囲
実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の2002-2004年および2016-2017年の調査結果になりますが、以下のように報告されています(∗2)。
∗2 以下表におけるリーブオン製品は、付けっ放し製品(スキンケア製品やメイクアップ製品など)を指し、またリンスオフ製品は、洗い流し製品(シャンプー、ヘアコンディショナー、ボディソープ、洗顔料、クレンジングなど)を指します。
4. 安全性評価
- 10年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし(データなし)
- 眼刺激性:ほとんどなし(データなし)
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし(データなし)
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
4.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)
10年以上の使用実績がある中で重大な皮膚刺激および皮膚感作の報告がみあたらないため、化粧品配合量および通常使用下において、一般に皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)はほとんどないと考えられますが、詳細な安全性試験データがみあたらず、データ不足のため詳細は不明です。
また、皮膚内でパントテン酸に変化するパンテノールに重大な皮膚刺激および皮膚感作の報告がないこともパントテン酸の安全性を裏付けていると考えられます。
4.2. 眼刺激性
一般点眼薬に使用されていることから、一般に眼刺激性はほとんどないと考えられますが、詳細な安全性試験データがみあたらず、データ不足のため詳細は不明です。
5. 参考文献
- ⌃ab日本化粧品工業連合会(2013)「パントテン酸」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,784.
- ⌃ab片岡 道彦・清水 昌(2010)「科化学的構造,関連物質」ビタミン総合事典,269.
- ⌃abcd大木 道則, 他(1989)「D-パントテン酸」化学大辞典,1824.
- ⌃二井 將光(2017)「植物から動物へ。糖を変換してATPエネルギー生産」生命を支えるATPエネルギー メカニズムから医療への応用まで,31-68.
- ⌃片岡 道彦・清水 昌(2010)「酵素作用」ビタミン総合事典,275-277.
- ⌃J.D. McGarry・N.F. Brown(1997)「The Mitochondrial Carnitine Palmitoyltransferase System – From Concept to Molecular Analysis」European Journal of Biochemistry(244)(1),1-14. DOI:10.1111/j.1432-1033.1997.00001.x.
- ⌃R.R. Ramsay, et al(2001)「Molecular enzymology of carnitine transfer and transport」Biochimica et Biophysica Acta (BBA) – Protein Structure and Molecular Enzymology(1546)(1),21-43. DOI:10.1016/s0167-4838(01)00147-9.
- ⌃折井 孝男・田邉 直人(2021)「眼科用薬」今日のOTC薬 改訂第5版:解説と便覧,428-459.
- ⌃真野 泰成(2021)「眠気防止薬」今日のOTC薬 改訂第5版:解説と便覧,468-475.
- ⌃朝田 康夫(2002)「表皮を構成する細胞は」美容皮膚科学事典,18.
- ⌃朝田 康夫(2002)「角質層のメカニズム」美容皮膚科学事典,22-28.
- ⌃M. Engelke, et al(1997)「Effects of xerosis and ageing on epidermal proliferation and differentiation」British Journal of Dermatology(137)(2),219-225. DOI:10.1046/j.1365-2133.1997.18091892.x.
- ⌃小林 秀樹(2021)「湿疹・皮膚炎治療薬」今日のOTC薬 改訂第5版:解説と便覧,332-351.
- ⌃新倉 卓(2021)「しもやけ, ひび, あかぎれ用薬」今日のOTC薬 改訂第5版:解説と便覧,362-371.
- ⌃ab日光ケミカルズ株式会社(2006)「パントテン酸類」新化粧品原料ハンドブックⅠ,426-427.
- ⌃鈴木 一成(2012)「パントテン酸」化粧品成分用語事典2012,386.
- ⌃abクラーレンス・R・ロビンス(2006)「毛形態学的構造および高次構造」毛髪の科学,1-68.
- ⌃abcデール・H・ジョンソン(2011)「毛髪のコンディショニング」ヘアケアサイエンス入門,77-122.
- ⌃クラーレンス・R・ロビンス(2006)「シャンプー、髪の手入れ、ウェザリング(風化)による毛髪ダメージおよび繊維破断」毛髪の科学,293-328.