トウガラシ果実エキスの基本情報・配合目的・安全性

トウガラシ果実エキス

化粧品表示名 トウガラシ果実エキス
医薬部外品表示名 トウガラシチンキ
INCI名 Capsicum Frutescens Fruit Extract、Capsicum Annuum Fruit Extract
配合目的 血行促進温感着色 など

1. 基本情報

1.1. 定義

ナス科植物トウガラシ(学名:Capsicum annuum, syn. Capsicum frutescens 英名:chile pepper)の果実から得られる抽出物植物エキスです(∗1)[1]

∗1 「syn」は同義語を意味する「synonym(シノニム)」の略称です。

医薬部外品表示名については、

医薬部外品表示名 本質
トウガラシチンキ(∗2) トウガラシ(Capsicum annuum)またはその変種の果実をエタノールで浸出して製したチンキ剤

∗2 チンキとは、生薬やハーブを高濃度のアルコールに漬けることで、水溶性成分および脂溶性成分のいずれもの植物化学成分を効率よく溶出させた液剤のことです。

このように定義されたものを指し、この場合は化粧品成分表示名称として「トウガラシ果実エキス」「エタノール」と表示されます。

1.2. 成分組成

トウガラシ果実エキス(トウガラシチンキ)は天然成分であることから、地域、時期、抽出方法によって成分組成に差異があると推察されますが、その成分組成は主に、

分類 成分名
アルカロイド カプサイシン、ジヒドロカプサイシン
カロテノイド カプサンチン(赤色色素)

これらの成分で構成されていることが報告されており[2][3][4]、主要成分は辛味成分のカプサイシン(capsaicin)であると考えられます。

1.3. 分布と歴史

トウガラシ(唐辛子)は、メキシコを原産とし、メキシコやペルーでは古くから食用に利用されてきた歴史があり、1493年にコロンブスによってスペインに伝えられたのをきっかけにヨーロッパに広まり、16世紀中頃にはポルトガル人やスペイン人によってインドや東南アジアに伝わると、広く世界中に普及するとともにコショウ、カラシに並ぶ世界三大香辛料のひとつとして認知され、現在ではインドやメキシコをはじめ世界各地で栽培されています[5a]

日本においては桃山時代の頃にポルトガル人から伝来し、江戸中期の頃に全国に広まり、香辛料の少なかった日本で七味唐辛子に使われたことから広く愛用されてきた歴史があり、1960年代まで香辛料として輸出用に栽培されていたものの漸次減少していき、現在は輸入に頼っている中で国内では主に栃木県那須地方で最も生産されています[5b][6][7]

1.4. 化粧品以外の主な用途

トウガラシ果実エキスの化粧品以外の主な用途としては、

分野 用途
医薬品 矯味目的の医薬品添加剤として経口剤に用いられます[8]
メディカルハーブ 辛味健胃薬として消化不良や食欲不振に用いられるほか、カプサイシンが末梢神経の神経伝達物質であるサブスタンスPを枯渇させることで鎮痛効果をもたらすことから、軟膏剤やチンキ剤が帯状疱疹後の神経痛や関節炎などに外用で用いられます[9]

これらの用途が報告されています。

2. 化粧品としての配合目的

化粧品に配合される場合は、

  • 局所刺激による血行促進作用
  • TRPV1活性化による温感付与効果
  • 赤色の着色

主にこれらの目的で、メイクアップ製品、化粧下地製品、コンシーラー製品などに使用されています。

以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。

2.1. 局所刺激による血行促進作用

局所刺激による血行促進作用に関しては、トウガラシチンキの主要成分はカプサイシン(capsaicin)であり、カプサイシンには局所刺激(∗3)による抹消血管拡張作用があり、その結果として皮膚に対する血行促進作用が認められています[10][11]

∗3 カプサイシンの皮膚塗布によって局所刺激が起こるメカニズムは「TRPV1活性化による温感付与効果」の項で解説します。

このような背景から、局所皮膚刺激・毛根刺激による抹消血管拡張・血行促進によって育毛効果を発揮すると考えられており[12][13]、古くから育毛・養毛目的で育毛剤・養毛剤に配合されています。

2.2. TRPV1活性化による温感付与効果

TRPV1活性化による温感付与効果に関しては、まず前提知識として自由神経終末、温度感受性TRP(Transient Receptor Potential)チャネルおよびTRPV1について解説します。

皮膚には、体温を維持するために環境温を感受する温度受容器官が備わっており、温度受容器として働いているのが、表皮顆粒層に分布するケラチノサイト(角化細胞)および真皮から表皮に分布する自由神経終末です[14a][15a]

皮膚の温度受容器官

ケラチノサイトおよび自由神経終末では、温度感受性TRPチャネルと呼ばれる陽イオンチャネル受容体が細胞膜に存在しており、これらが温度受容の一端を担っていると考えられています[14b][15b]

温度感受性TRPチャネルとは、温度だけでなく多くの化学的・物理的刺激を感受する刺激受容体であり、以下の図をみるとわかりやすいと思いますが、

温度感受性TRPチャネル

活性化温度域、発現部位などにより9つのチャネルが存在し、主に28℃以下の冷たい温度領域および43℃以上の熱い温度領域で活性化する温度感受性TRPチャネルは自由神経終末で発現、30-40℃の温かい温度領域で活性化する温度感受性TRPチャネルはケラチノサイトで発現すると報告されています[15c]

TRPV1は、主に自由神経終末に存在し、43℃以上の熱刺激やトウガラシの主成分であるカプサイシン(capsaicin)によって活性化する(∗4)熱刺激受容体(カプサイシン受容体)ですが[15d][16]、43℃は生体に痛みを引き起こす温度閾値(∗5)と考えられており、カプサイシンが熱感だけでなくヒリヒリとした痛み刺激も活性化したり、また酸刺激(プロトン)でも活性化することから、TRPV1は熱刺激だけでなく痛み刺激の受容体でもあると考えられています[15e]

∗4 トウガラシを食べると、口の中に灼けつくような熱さを感じるのは、TRPV1の活性化によるものです。

∗5 閾値とは、境界となる値のことであり、ここでは生体に痛みを引き起こす最低温度は43℃であるという意味です。

トウガラシ果実エキスはカプサイシンを有していることから、トウガラシ果実エキスを皮膚に接触させるとTRPV1が応答し[17]、活性化温度閾値が上昇することによって常温に近い温度で熱感が引き起こされることから、温感目的でボディケア製品、入浴剤などに使用されています。

この温感はTRPV1が活性化したことによって引き起こされた感覚であり、実際に温度が上昇するわけではありません。

2.3. 赤色の着色

赤色の着色に関しては、トウガラシ果実エキスは赤色色素としてカプサンチン(capsanthin)を有しており[18a]、天然由来色素として赤色の着色または他の着色剤と組み合わせて様々な色に着色する目的で使用されています。

着色剤として配合されている場合は、以下の成分を併用することが一般的であり、

物性 併用成分
水分散性 トウガラシ果実エキスアラビアゴムトコフェロールデキストリン
油溶性 トウガラシ果実エキストコフェロールカノラ油サフラワー油

これらの成分が併用されている場合は、橙-赤の着色目的で配合されていると考えられます。

色素として使用される原料には、主に辛味のない品種が利用されると報告されています[18b]

3. 配合製品数および配合量範囲

トウガラシチンキは、医薬部外品(薬用化粧品)への配合において配合上限があり、配合範囲は以下になります。

種類 配合量 その他
薬用石けんシャンプーリンス等除毛剤 1.0 カンタリスチンキ、ショウキョウエキス、ショウキョウチンキ、トウガラシチンキ及び油
溶性ショウキョウエキスとして合計。
育毛剤 1.0
その他の薬用化粧品、腋臭防止剤、忌避剤 1.0
薬用口唇類 配合不可
薬用歯みがき類 配合不可
浴用剤 1.0
染毛剤 カンタリスチンキ、ショウキョウエキス、ショウキョウチンキ、トウガラシチンキ及び油溶性ショウキョウエキスの合計として1.0
パーマネント・ウェーブ用剤

また、トウガラシ果実エキスは配合制限リスト(リストリクテッドリスト)収載成分であり、化粧品に配合する場合は以下の配合範囲内においてのみ使用されます。

種類 最大配合量(g/100g)
粘膜に使用されることがない化粧品のうち洗い流すもの カンタリスチンキ、ショウキョウチンキ又はトウガラシチンキの合計量として1.0
粘膜に使用されることがない化粧品のうち洗い流さないもの
粘膜に使用されることがある化粧品

化粧品に対する実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の2001-2002年の調査結果になりますが、以下のように報告されています。

トウガラシ果実エキスの配合製品数と配合量の調査結果(2001-2002年)

4. 安全性評価

トウガラシ果実エキスの現時点での安全性は、

  • 食品添加物の既存添加物リストに収載
  • 医療上汎用性があり有効性および安全性の基準を満たした成分が収載される日本薬局方に収載
  • 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
  • 20年以上の使用実績
  • 皮膚刺激性:ほとんどなし
  • 眼刺激性:詳細不明
  • 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし

このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。

以下は、この結論にいたった根拠です。

4.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)

Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[19]によると、

  • [ヒト試験] 10名の被検者に0.2%-1.0%トウガラシ果実エキスを含むオイル0.02mLを48時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去30分後に皮膚刺激性を評価したところ、1名に非常にわずかな紅斑が観察されたが、この紅斑は臨床的に有意な刺激反応とはみなされず、この試験物質はヒトに塗布する上で十分な許容性があると結論付けられた(Institut D’Expertise Clinique,1995)
  • [ヒト試験] 103名の被検者に有効濃度0.025%トウガラシ果実エキスを含むベニバナ油を対象にHRIPT(皮膚刺激性&感作性試験)を閉塞パッチにて実施したところ、誘導期間において7名に一過性のわずかに知覚できるくらいの紅斑が観察されたが、これらは臨床的に意味のある刺激とみなされず、チャレンジ期間においてはいずれの被検者も皮膚反応を示さなかった(Reliance Clinical Testing Services Inc,2000)

このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して臨床的に有意な皮膚刺激および皮膚感作なしと報告されているため、一般に濃度1%以下において皮膚刺激性および皮膚感作性はほとんどないと考えられます。

4.2. 眼刺激性

試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細不明です。

5. 参考文献

  1. 日本化粧品工業連合会(2013)「トウガラシ果実エキス」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,670.
  2. 原島 広至(2017)「トウガラシ(蕃椒)」生薬単 改訂第3版,56-57.
  3. 御影 雅幸(2013)「トウガラシ」伝統医薬学・生薬学,123.
  4. 竹田 忠紘, 他(2011)「トウガラシ」天然医薬資源学 第5版,256-257.
  5. ab草川 俊(1992)「トウガラシ」野菜・山菜博物事典,195-198.
  6. 林 輝明・吉川 雅之(2008)「唐辛子」健康・栄養食品事典 2008改訂新版,629-630.
  7. 杉田 浩一, 他(2017)「とうがらし」新版 日本食品大事典,531-533.
  8. 日本医薬品添加剤協会(2021)「トウガラシチンキ」医薬品添加物事典2021,410-411.
  9. 林 真一郎(2016)「カイエンペッパー」メディカルハーブの事典 改定新版,40-41.
  10. 竹田 忠紘, 他(2011)「トウガラシ」天然医薬資源学 第5版,256-257.
  11. 井上 誠, 他(2017)「ユニット由来のアルカロイド」エッセンシャル天然薬物化学 第2版,205-207.
  12. 田村 健夫・廣田 博(2001)「発毛促進剤」香粧品科学 理論と実際 第4版,249-252.
  13. 鈴木 正巳(1999)「育毛素材とその効果」Fragrance Journal臨時増刊(16),122-128.
  14. ab富永 真琴(2012)「刺激感受性:温度感受性TRPチャネルの生理機能」日本香粧品学会誌(36)(4),296-302. DOI:10.11469/koshohin.36.296.
  15. abcde富永 真琴(2013)「温度感受性TRPチャネル」Science of Kampo Medicine(37)(3),164-175.
  16. 富永 真琴(2004)「温度受容の分子機構」日本薬理学雑誌(124)(4),219-227. DOI:10.1254/fpj.124.219.
  17. 富永 真琴(2004)「温度受容の分子機構」日本薬理学雑誌(124)(4),219-227.
  18. ab大野 友道(1999)「植物性色素」Fragrance Journal臨時増刊(16),77-81.
  19. W. Johnson(2007)「Final Report on the Safety Assessment of Capsicum Annuum Extract, Capsicum Annuum Fruit Extract, Capsicum Annuum Resin, Capsicum Annuum Fruit Powder, Capsicum Frutescens Fruit, Capsicum Frutescens Fruit Extract, Capsicum Frutescens Resin, and Capsaicin」International Journal of Toxicology(26)(1_Suppl),3-106. DOI:10.1080/10915810601163939.

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