パルミチン酸イソプロピルの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | パルミチン酸イソプロピル |
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医薬部外品表示名 | パルミチン酸イソプロピル |
慣用名 | IPP |
INCI名 | Isopropyl Palmitate |
配合目的 | 混和、エモリエント、溶剤 など |
1. 基本情報
1.1. 定義
直鎖脂肪酸と低級アルコールとのエステルの一種であり、以下の化学式で表されるパルミチン酸のカルボキシ基(-COOH)とイソプロパノールのヒドロキシ基(-OH)を脱水縮合(∗1)したエステルです[1]。
∗1 脱水縮合とは、分子と分子から水(H2O)が離脱することにより分子と分子が結合する反応のことをいいます。脂肪酸とアルコールのエステルにおいては、脂肪酸(R-COOH)のカルボキシ基(-COOH)の「OH」とアルコール(R-OH)のヒドロキシ基(-OH)の「H」が分離し、これらが結合して水分子(H2O)として離脱する一方で、残ったカルボキシ基の「CO」とヒドロキシ基の「O」が結合してエステル結合(-COO-)が形成されます。
1.2. 物性・性状
パルミチン酸イソプロピルの物性・性状は(∗2)(∗3)、
∗2 凝固点とは液体が固体になりはじめる(固まりはじめる)温度のことです。比重とは固体や液体においては密度を意味し、標準密度1より大きければ水に沈み(水より重い)、1より小さければ水に浮くことを意味します。
∗3 屈折とは光の速度が変化して進行方向が変わる現象のことで、屈折率は「空気中の光の伝播速度/物質中の光の伝播速度」で表されます。光の伝播速度は物質により異なり、また同一の物質でも波長により異なるため屈折率も異なりますが、化粧品において重要なのは空気の屈折率を1とした場合の屈折率差が高い界面ほど反射率が大きいということであり、平滑性をもつ表面であれば光沢が高く、ツヤがでます(屈折率の例として水は1.33、エタノールは1.36、パラフィンは1.48)。
状態 | 凝固点(℃) | 比重(d 20/20) | 屈折率(n 20/D) |
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液体 | 8-15 | 0.850-0.869 | 1.437-1.440 |
このように報告されています[2]。
1.3. 化粧品以外の主な用途
パルミチン酸イソプロピルの化粧品以外の主な用途としては、
分野 | 用途 |
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医薬品 | 基剤、光沢化、溶剤、溶解補助目的の医薬品添加剤として外用剤などに用いられています[3]。 |
これらの用途が報告されています。
2. 化粧品としての配合目的
- 混和
- エモリエント効果
- 溶剤
主にこれらの目的で、スキンケア製品、ボディ&ハンドケア製品、メイクアップ製品、化粧下地製品、日焼け止め製品、コンディショナー製品、トリートメント製品、アウトバストリートメント製品、クレンジング製品、ヘアスタイリング製品、フレグランス製品、ヘアカラー製品など様々な製品に汎用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 混和
混和に関しては、パルミチン酸イソプロピルは鉱物油と植物油など相溶性の低い油性成分同士を媒介することで安定に混ぜ合わせることから、安定に混和する目的で主にメイクアップ製品、オイル系製品などに汎用されています[4a][5]。
2.2. エモリエント効果
エモリエント効果に関しては、パルミチン酸イソプロピルは油性感の少ないさらっとした感触をもち、クリームや乳液の油性基剤として配合することで皮膚に柔軟性や滑らかさを付与するエモリエント性を有していることから[4b][6]、各種クリーム、乳液、メイクアップ製品、ヘアケア製品などに汎用されています。
2.3. 溶剤
溶剤に関しては、パルミチン酸イソプロピルは溶剤性に優れ、色素成分や香料を均一に溶かし込むことから、主にメイクアップ製品、ヘアケア製品、フレグランス製品に汎用されています[7][8]。
3. 配合製品数および配合量範囲
実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の1976-2001年および2012-2013年の調査結果になりますが、以下のように報告されています(∗4)。
∗4 以下表におけるリーブオン製品は、付けっ放し製品(スキンケア製品やメイクアップ製品など)を指し、またリンスオフ製品は、洗い流し製品(シャンプー、ヘアコンディショナー、ボディソープ、洗顔料、クレンジングなど)を指します。
4. 安全性評価
- 薬添規2018規格の基準を満たした成分が収載される医薬品添加物規格2018に収載
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 40年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし-最小限
- 眼刺激性:ほとんどなし
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
- 光毒性(光刺激性):ほとんどなし
- 光感作性:ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
4.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[9a]によると、
- [ヒト試験] 20名の被検者に100%パルミチン酸イソプロピルを24時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去後に皮膚刺激スコア0.0-4.0のスケールで皮膚刺激性を評価したところ、皮膚刺激スコアは0.0であり、この試験物質は皮膚刺激剤ではなかった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1972)
- [ヒト試験] 40名の被検者に100%パルミチン酸イソプロピルを24時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去後に皮膚刺激スコア(0-4)を評価したところ、皮膚刺激スコアは0.5であり、この試験物質は最小限の皮膚刺激剤に分類された(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1973)
- [ヒト試験] 10名の被検者に45.6%パルミチン酸イソプロピルを含むバスオイル製剤を1日1回10日間にわたって閉塞パッチ適用し、パッチ除去後に皮膚刺激性を評価したところ、いずれの被検者も皮膚刺激の報告はなかった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1978)
- [ヒト試験] 102名の被検者に100%パルミチン酸イソプロピルを対象に改変Draize法に基づいてHRIPT(皮膚刺激性&皮膚感作性試験)を閉塞パッチにて実施したところ、いずれの被検者も皮膚刺激および皮膚感作反応を示さなかった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1976)
- [ヒト試験] 25名の被検者に45.6%パルミチン酸イソプロピルを含むバスオイル製剤を対象にmaximization皮膚感作性試験を実施したところ、すべての被検者において陰性であり、この試験物質は皮膚感作を誘発する可能性が著しく低いと結論付けられた(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1978)
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
皮膚刺激性については、試験データをみるかぎり共通して非刺激-最小限の皮膚刺激が報告されているため、一般に非刺激-最小限の皮膚刺激を引き起こす可能性があると考えられます。
4.2. 眼刺激性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[9b]によると、
- [動物試験] 9匹のウサギの片眼に100%パルミチン酸イソプロピルを点眼し、3匹は眼をすすぎ、残りの6匹は眼をすすがず、Draize法に基づいて点眼24,48および72時間後に眼刺激性を評価したところ、この試験物質は洗眼の有無にかかわらず眼刺激の兆候を示さなかった(Leberco Laboratories,1975)
- [動物試験] 6匹のウサギの片眼に100%パルミチン酸イソプロピルを点眼し、眼はすすがず、Draize法に基づいて点眼24,48および72時間後に眼刺激性を評価したところ、この試験物質は眼刺激剤ではなかった(Bio Toxicology Laboratories,1975)
- [動物試験] 6匹のウサギの片眼に100%パルミチン酸イソプロピルを点眼し、Draize法に基づいて点眼24,48および72時間後に眼刺激性を評価したところ、この試験物質は実質的に眼刺激剤ではなかった(Armak,1972)
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して眼刺激なしと報告されているため、一般に眼刺激性はほとんどないと考えられます。
4.3. 光毒性(光刺激性)および光感作性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性データ[9c]によると、
- [ヒト試験] 10名の被検者に45.6%パルミチン酸イソプロピルを含むバスオイル製剤を閉塞パッチ適用し、パッチ適用6および24時間後にキセノンソーラーシミュレータ-(25-30mW/c㎡)を照射した。照射後に光刺激性を評価したところ、いずれの被検者においても光刺激反応はなく、この試験物質は通常使用条件下で光刺激のリスクを示す可能性は低いと結論付けられた(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1978)
- [ヒト試験] 25名の被検者に45.6%パルミチン酸イソプロピルを含むバスオイル製剤を閉塞パッチ適用し、6および24時間の適用後にキセノンソーラーシミュレータ-(25-30mW/c㎡)を照射した。最後の誘導パッチ適用の10日後にチャレンジパッチおよび照射を行ったところ、いずれの被検者においても光感作反応を示さず、この試験物質は通常の使用条件下で光感作を誘発する可能性は低いと結論付けられた(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1978)
このように記載されており、試験データをみるかぎり光刺激および光感作なしと報告されているため、一般に光毒性(光刺激性)および光感作性はほとんどないと考えられます。
5. 参考文献
- ⌃日本化粧品工業連合会(2013)「パルミチン酸イソプロピル」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,774.
- ⌃有機合成化学協会(1985)「パルミチン酸イソプロピル」有機化合物辞典,704.
- ⌃日本医薬品添加剤協会(2021)「パルミチン酸イソプロピル」医薬品添加物事典2021,477-478.
- ⌃ab広田 博(1970)「エステル類」化粧品のための油脂・界面活性剤,58-71.
- ⌃田村 健夫・廣田 博(2001)「油脂相互間の溶解性」香粧品科学 理論と実際 第4版,266-267.
- ⌃平尾 哲二(2006)「乾燥と保湿のメカニズム」アンチ・エイジングシリーズ No.2 皮膚の抗老化最前線,62-75.
- ⌃日光ケミカルズ株式会社(2016)「エステル」パーソナルケアハンドブックⅠ,62-86.
- ⌃鈴木 一成(2012)「パルミチン酸イソプロピル」化粧品成分用語事典2012,69.
- ⌃abcR.L. Elder(1990)「Final Report on the Safety Assessment of Octyl Palmitate, Cetyl Palmitate and Isopropyl Palmitate」Journal of the American College of Toxicology(1)(2),13-35. DOI:10.3109/10915818209013145.