乳酸の基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | 乳酸 |
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医薬部外品表示名 | 乳酸 |
INCI名 | Lactic Acid |
配合目的 | 収れん、pH調整・pH緩衝 など |
1. 基本情報
1.1. 定義
以下の化学式で表される有機酸かつα-ヒドロキシ酸(alpha hydroxy acid:AHA)(∗1)です[1a][2]。
∗1 「ヒドロキシ酸(hydroxy acid)」は、1分子中にカルボキシ基(-COOH)とヒドロキシ基(-OH)をもつ有機化合物の総称であり、「ヒドロキシカルボン酸(hydroxy carboxylic acid)」、「オキシ酸(oxy-acid)」ともいいます[3]。
1.2. 分布
乳酸は、自然界において多くの動物、イネなどの植物の組織に存在しており、またヨーグルトや乳酸菌飲料など乳の発酵物に多量に含まれています[4a]。
1.3. 化粧品以外の主な用途
乳酸の化粧品以外の主な用途としては、
分野 | 用途 |
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食品 | 酸味をもつことから酸味料として、また酸度・pHを調整する目的で清涼飲料水や漬物をはじめ様々な食品に用いられています[4b]。 |
医薬品 | 安定・安定化、可溶・可溶化、緩衝、矯味、湿潤調整、pH調節、溶解・溶解補助目的の医薬品添加剤として経口剤、各種注射、外用剤に用いられています[5]。 |
これらの用途が報告されています。
2. 化粧品としての配合目的
- 収れん作用
- 酸性によるpH調整・PH緩衝
主にこれらの目的で、スキンケア製品、シャンプー製品、コンディショナー製品、頭皮ケア製品、メイクアップ製品、洗顔料、洗顔石鹸、ボディソープ製品、ピーリング製品、アウトバストリートメント製品など様々な製品に汎用されています。
以下は、化粧品として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 収れん作用
収れん作用に関しては、乳酸は酸性を示し、処方として酸性に寄せることで化学的に緩和な収れん作用を発揮するため、皮脂腺や汗腺の開口部を収縮させて皮脂や発汗を抑制し、メイクアップ製品による化粧崩れを抑える目的や肌をひきしめる目的で、スキンケア製品、メイクアップ製品、頭皮ケア製品などに使用されます[6][7a][8]。
2.2. 酸性によるpH調整・PH緩衝
酸性によるpH調整・pH緩衝に関しては、まず前提知識としてpHと皮膚との関係およびpH緩衝について解説します。
pH(ペーハー:ピーエッチ)とは、水素イオン指数ともいい、水溶液中の水素イオン濃度(H⁺の量)を表す指数であり、0-14までの数値で表され、7を中性とし、7より低いとき酸性を示し、数値が低くなるほど強酸性を意味し、また7より大きいときアルカリ性を示し、数値が高くなるほど強アルカリ性を意味します[9][10a]。
皮膚のpHとは、皮膚表面を薄く覆っている皮表脂質膜(皮脂膜)のpHのことを指し、皮表脂質膜は皮脂の中に存在する遊離脂肪酸や汗に含まれている乳酸やアミノ酸の影響でpH4.5-6.0の弱酸性を示し、一般にこの範囲であれば正常であると考えられ、一方でpHが4.5-6.0の範囲から離れるほど肌への刺激が強くなっていくことが知られています[10b]。
次に、緩衝溶液とは外からの作用に対してその影響を和らげようとする性質をもつ溶液のことをいいますが、pH緩衝溶液とは酸とその塩、あるいは塩基とその塩の混合液を用いることによって、その溶液にある程度の酸または塩基(アルカリ)の添加あるいは除去または希釈にかかわらずほぼ一定のpHを維持する、pH緩衝能を有した溶液のことをいいます[11][12][13]。
たとえば人間の皮膚は弱酸性であり、入浴などで中性に傾いたとしてもすぐに弱酸性に保たれますが、これは緩衝作用が働いているためです。
多くの化粧品製剤には、pHが変動してしまうと効果を発揮しなくなる成分や品質の安定性が保てなくなる成分などが含まれており、乳酸は酸性を示す有機酸であることから、製品自体のpH調整や製品に化粧品原料を配合する際に中和するpH調整剤として使用されています[1b][14]。
また、製品の内容物がpH変動要因である大気中の物質に触れたり、人体の細菌類に触れても品質(pH)を一定に保つ代表的なpH緩衝剤として酸性を示す乳酸酸とその塩である乳酸Naが使用されています[7b]。
3. 混合原料としての配合目的
乳酸は混合原料が開発されており、乳酸と以下の成分が併用されている場合は、混合原料として配合されている可能性が考えられます。
原料名 | Natural AHA Complex Liquid |
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構成成分 | クエン酸、酒石酸、乳酸、グリセリン、水 |
特徴 | ピーリング作用があり、皮膚を滑らかにするα-ヒドロキシ酸混合物 |
原料名 | AH-CARE L-65 |
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構成成分 | 水、乳酸、アルギニン |
特徴 | 穏やかなピーリング作用を有した角質溶解性AHA複合体 |
原料名 | LACTIL |
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構成成分 | 水、乳酸Na、PCA-Na、グリシン、フルクトース、尿素、ナイアシンアミド、イノシトール、安息香酸Na、乳酸 |
特徴 | 皮膚のNMFをモデル化した保湿剤 |
4. 配合製品数および配合量範囲
実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の1995-1997年および2013-2014年の調査結果になりますが、以下のように報告されています(∗2)。
∗2 表の中の製品タイプのリーブオン製品というのは付けっ放し製品という意味で、主にスキンケア製品やメイクアップ製品などを指し、リンスオフ製品というのは洗浄系製品を指します。
5. 安全性評価
- 食品添加物の指定添加物リストに収載
- 医療上汎用性があり有効性および安全性の基準を満たした成分が収載される日本薬局方に収載
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 40年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:国内配合範囲において実質的にほとんどなし-軽度
- スティンギング:ほとんどなし
- スティンギング(過敏な皮膚を有する場合):濃度やpHにかかわらず可能性あり
- 眼刺激性:濃度にかかわらずpH4.26以下で軽度-中程度、pH4.84以上で最小限
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
- 光感作性:ほとんどなし
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
ただし、過敏な皮膚を有している場合や過去に化粧品や石鹸などに刺激を感じた経験がある場合は、濃度やpHに関わらずスティンギング(チクチクと刺すような刺激)を引き起こす可能性が報告されているため、注意が必要です。
以下は、この結論にいたった根拠です。
5.1. 皮膚刺激性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性試験データ[15a]によると、
- [ヒト試験] 19名および20名の被検者に4%-8%乳酸を含むローション(pH3.8-5.0)を対象に4日間連続閉塞パッチ試験を実施し、PII(Primary Irritation Index:皮膚一次刺激性指数)を0.0-4.0のスケールで評価したところ、以下の表のように、
製品の種類 濃度(%) pH 被検者数 PII 評価 化粧水 4.0 4.3 20 0.93 中程度 化粧水 6.0 3.8 19 0.66 軽度 化粧水 6.0 3.8 19 0.76 軽度 化粧水 6.0 3.8 19 1.08 中程度 化粧水 6.0 3.9 20 0.25 実質的になし 化粧水 6.0 4.2 20 0.25 実質的になし 化粧水 6.0 4.2 19 0.28 実質的になし 化粧水 6.0 4.2 20 0.40 わずか 化粧水 6.0 4.2 19 0.68 軽度 化粧水 6.0 4.2 20 0.73 軽度 化粧水 6.0 4.2 19 0.87 中程度 化粧水 6.0 4.2 20 0.95 中程度 化粧水 6.0 4.2 20 1.13 中程度 化粧水 6.0 4.2 20 1.88 重度 化粧水 6.0 4.3 20 0.65 軽度 化粧水 6.0 4.3 19 1.24 中程度 化粧水 6.0 5.0 20 0.25 実質的になし 化粧水 8.0 4.1 20 0.74 軽度 化粧水 8.0 4.3 20 0.70 軽度 濃度の増加またはpHの減少によってPIIが大きくなる傾向はあるが、必ずしもそうとは限らないと結論付けられた(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1995)
- [ヒト試験] 23名の被検者に10%,15%および20%濃度の乳酸を含む3つの製剤(pH3.5-4.5)と市販の入手可能な3つの製剤(濃度5-12%,pH4.2-4.6)を対象とした14日間累積刺激性試験を半閉塞パッチ下で実施したところ、以下の表のように、
濃度(%) pH 被検者数 累積刺激指数 10.0 3.0 23 590/966 10.0 3.5 23 124/966 15.0 3.5 23 78/966 10.0 4.0 23 1/966 15.0 4.0 23 4/966 20.0 4.0 23 10/966 8.0 4.2 23 7/966 5.0 4.3 23 8/966 15.0 4.5 23 16/966 20.0 4.5 23 9/966 12.0 4.6 23 2/966 濃度にかかわらず、pH4.0以上の製剤ではほとんど累積刺激は示されなかった(Essex Testing Clinic,1996)
- [ヒト試験] 乳酸を含む製剤の顔に対するスティンギング(刺すような刺激)を評価するために試験を実施した。これまでの試験の結論としてpHまたは濃度に対する効果の明確な関係は明らかではなかった。30名の被検者(男性15名、女性15名)にスティンギングテストを実施し、0-4のスケールで10秒、2.5分および5分後にスコアリングしたところ、5名の被検者がスティンギングが示された。この5名の被検者はいずれも過去に石けんや化粧品の刺激に悩まされた経験があり、敏感な皮膚に該当すると報告されている(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1995)
- [ヒト試験] 剥離した皮膚への影響を調べるため、3名の被検者の片頬にスコッチテープをつけ、それを剥がして肌バリアを壊し、15分後に5%乳酸溶液を両頬に塗布したところ、皮膚を剥がした側で重度の刺すような刺激が示されたが、皮膚を剥がした側で刺すような刺激を感じなかった被検者は反対側の頬でかなりの刺すような刺激を示した。剥がした皮膚に対するスティンギングは敏感肌のものよりも反応が早く、一般的に2.5分以内に急速に低下していった(Green and Bluth,1995)
- [ヒト試験] 41名の女性被検者にpH4.2および6%乳酸を含むローションを6ヶ月使用してもらう臨床試験が行われた。1週間のプレコンディニング期間の後、最初の2週間は毎日1回、それ以降は毎日2回顔にローションを塗布し続けたところ、刺激は報告されず、敏感肌の方でも十分に許容されると結論付けられた(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1994)
このように記載されていますが、前提としてこれらは海外の安全性試験データであり、海外では角質剥離(ピーリング)を目的に高濃度・低pHに調整した乳酸が汎用されているため、高濃度・低pHでの皮膚刺激性に焦点が当てられています。
国内において乳酸は、一般に収れん作用またはpH調整目的で配合されており、安全性が重要視される背景から濃度としては2%以下、pHは酸性に寄せたとしても弱酸性であり、40年以上の使用実績の中で重要な皮膚刺激の報告がみあたらないため、化粧品配合量および通常使用下において、一般的に皮膚刺激はほとんどないと考えられますが、実際の配合濃度やpHに近い安全性試験データがみあたらず、データ不足のため詳細は不明です。
ただし、過敏な皮膚を有している場合や過去に化粧品や石鹸などに刺激を感じた経験がある場合は、濃度やpHに関わらずスティンギング(チクチクと刺すような刺激)を引き起こす可能性が報告されているため、注意が必要です。
5.2. 眼刺激性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性試験データ[15b]によると、
- [in vitro試験] pH3.0-7.52および濃度0.12-8.0%までの乳酸を含む製剤をEytexシステムを用いて眼刺激性を評価したところ、濃度に関わらず、pH4.26以下で軽度-中程度の眼刺激が示され、pH4.84以上では最小限の眼刺激性であった(Avon Products Inc,1995)
このように記載されており、試験データをみるかぎりpH4.84以上で最小限の眼刺激が報告されていることから、一般に眼刺激性は最小限の眼刺激を引き起こす可能性があると考えられます。
5.3. 皮膚感作性(アレルギー性)
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性試験データ[15c]によると、
- [ヒト試験] 99名の被検者に2%,3%,4%および5%乳酸を含む無水エマルションを対象にHRIPT(皮膚刺激性&感作性試験)を実施したところ、1名の被検者は2%乳酸製剤を適用して48時間後に最初の試験部位で軽度の紅斑反応を示し、別の1名の被検者は3%製剤で48時間後に軽度の紅斑反応を示した。さらに別の1名の被検者はチャレンパッチの未処置部位で3%,4%および5%乳酸製剤に対して軽度の紅斑反応を示した。これら3名の被検者に再度チャレンジパッチを適用したところ、2%製剤に反応した被検者の未処置部位で24時間後に軽度の紅斑反応が観察されたが48時間後には消失した。反応は弱く一時的かつ臨床的に重要ではないと判断された。3%製剤に反応した被検者の再チャレンジ適用は反応が観察されなかった。3%,4%および5%製剤に反応した被検者の再チャレンジパッチ適用は、24および48時間後に未処置部位で軽度の紅斑反応が観察された。この反応は過敏症によるものであり、おそらく臨床的に重要ではないと判断された。これらの結果から2%,3%,4%および5%乳酸を含む無水エマルションは皮膚刺激および皮膚感作を示すものではないと結論づけた(Consumer Product Testing Co,1993)
- [ヒト試験] pH3.9および6%乳酸を含む化粧水、pH4.2および6%乳酸を含む化粧水、pH3.7および10%乳酸を含むクリームの3つの製剤を各27名の被検者を用いてMaximization皮膚感作試験にて感作性を評価したところ、いずれも皮膚感作剤ではないと結論付けられた(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1995)
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して皮膚感作性なしと結論づけられていることから、一般に皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
5.4. 光感作性
Cosmetic Ingredient Reviewの安全性試験データ[15d]によると、
- [ヒト試験] 25名の被検者に6%乳酸(pH4.2)を含む化粧水を対象とした光感作性試験を実施したところ、照射部位または非照射部位で増感反応は生じなかった(Cosmetic Toiletry and Fragrance Association,1994)
このように記載されており、試験データをみるかぎり共通して光感作なしと結論づけられていることから、一般に光感作性はほとんどないと考えられます。
6. 参考文献
- ⌃ab日本化粧品工業連合会(2013)「乳酸」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,729-730.
- ⌃大木 道則, 他(1989)「乳酸」化学大辞典,1701.
- ⌃大木 道則, 他(1989)「ヒドロキシ酸」化学大辞典,1886.
- ⌃ab樋口 彰, 他(2019)「乳酸」食品添加物事典 新訂第二版,259-260.
- ⌃日本医薬品添加剤協会(2021)「乳酸」医薬品添加物事典2021,439-440.
- ⌃西山 聖二・熊野 可丸(1989)「基礎化粧品と皮膚(Ⅱ)」色材協会誌(62)(8),487-496. DOI:10.4011/shikizai1937.62.487.
- ⌃ab田村 健夫・廣田 博(2001)「皮膚収れん剤」香粧品科学 理論と実際 第4版,246-247.
- ⌃日光ケミカルズ株式会社(2016)「脂肪酸および有機酸」パーソナルケアハンドブックⅠ,32-43.
- ⌃大木 道則, 他(1989)「pH」化学大辞典,1834.
- ⌃ab朝田 康夫(2002)「皮膚とpHの関係」美容皮膚科学事典,54-56.
- ⌃霜川 忠正(2001)「緩衝能」BEAUTY WORD 製品科学用語編,134.
- ⌃大木 道則, 他(1989)「緩衝液」化学大辞典,503-504.
- ⌃西山 成二・塚田 雅夫(1999)「緩衝溶液についての一考察」順天堂医学(44)(Supplement),S1-S6. DOI:10.14789/pjmj.44.S1.
- ⌃鈴木 一成(2012)「乳酸」化粧品成分用語事典2012,428.
- ⌃abcdF.A. Andersen(1998)「Final Report on the Safety Assessment of Glycolic Acid,Ammonium,Calcium,Potassium,and Sodium Glycolates,Methyl,Ethyl,Propyl,and Butyl Glycolates,and Lactic Acid,Ammonium,Calcium,Potassium,Sodium,and Tea-Lactates,Methyl,Ethyl,Isopropyl,and Butyl-Lactates,and Luryl,Myristyl,and Cetyl Lactates」International Journal of Toxicology(17)(1_Suppl),1-241. DOI:10.1177/109158189801700101.