フィトスフィンゴシンとは…成分効果と毒性を解説



・フィトスフィンゴシン
[医薬部外品表示名]
・フィトスフィンゴシン
スフィンゴ脂質の一種であるセラミドの骨格成分であるスフィンゴイド塩基(スフィンゴシン)の一種であり、分子量317.5の長鎖アミノアルコール(∗1)です(文献1:2020)。
∗1 アミノアルコールとは、飽和炭化水素鎖であるアルカン骨格にヒドロキシ基(水酸基:-OH)とアミノ基(-NH2)をもつ化合物です。
セラミドとは、以下の表皮最外層である角質層の構造をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
顆粒層から角質層に細胞が移行する際に、セレブロシドがセレブロシダーゼと呼ばれる酵素を介して生成されるスフィンゴ脂質の一種であり、角質細胞の隙間を満たす細胞間脂質の主要構成成分です。
角質層は、角質と角質の間を細胞間脂質で満たしたレンガとモルタルの関係と同様の構造となっており、この構造が保持されることによってバリア機能を発揮すると考えられています。
このバリア機能は、皮膚内の過剰な水分蒸散の抑制および一定の水分を保持し、物理的あるいは化学的外的刺激から皮膚を防御するといった重要な役割を担っています(文献2:2002;文献3:1990)。
また、セラミドは化学構造的にスフィンゴシン(スフィンゴイド塩基)を骨格として脂肪酸をアミド結合したスフィンゴ脂質ですが、ヒト表皮においては以下の表のように、
スフィンゴイド塩基 | ノンヒドロキシ脂肪酸 (Non hydroxy FA) |
α-ヒドロキシ脂肪酸 (Alpha hydroxy FA) |
エステルω-ヒドロキシ脂肪酸 (Ester-linked Omega hydroxy FA) |
---|---|---|---|
ジヒドロスフィンゴシン (Dihydrosphingosine) |
セラミドNDS | セラミドADS | セラミドEODS |
スフィンゴシン (sphingosine) |
セラミドNS | セラミドAS | セラミドEOS |
フィトスフィンゴシン (Phytosphingosine) |
セラミドNP | セラミドAP | セラミドEOP |
6-ヒドロキシスフィンゴシン (6-Hydroxysphingosine) |
セラミドNH | セラミドAH | セラミドEOH |
4種類のスフィンゴイド塩基と、それらに飽和脂肪酸または一価不飽和脂肪酸、α-ヒドロキシ脂肪酸、ω-ヒドロキシ脂肪酸といった3種類の脂肪酸がそれぞれ結合した12種類すべてのセラミドの存在が確認されています(文献4:2008;文献5:2011)。
また、スフィンゴイド塩基に結合する脂肪酸(飽和脂肪酸または一価不飽和脂肪酸)は炭素数16-24(C16-24)の長鎖脂肪酸に加え、炭素数26以上の超長鎖脂肪酸も多く存在しており、これら脂肪酸の異なる組み合わせによって1,000種類以上が存在する中で、342種が同定されたことが報告されています(文献4:2008)。
フィトスフィンゴシンは各脂肪酸との組み合わせによって、セラミドNP(セラミド3)、セラミドAP(セラミド6Ⅱ)、セラミドEOP(セラミド1)の骨格(主要構成成分)として細胞間脂質に存在しています。
さらに、角質層においてはセラミドの構成成分としてだけでなく、セラミドの脂肪酸が分離した遊離状態(∗2)のフィトスフィンゴシンの存在も報告されています(文献6:2007)。
∗2 化学における遊離とは、なんらかの化学種が結合していないフリーな状態にあること、結合が切れることを指します。
化粧品に配合される場合は、
これらの目的で、スキンケア製品、メイクアップ製品、ボディ&ハンドケア製品、シート&マスク製品、シャンプー製品、コンディショナー製品、クレンジング製品、洗顔料など様々な製品に使用されています。
アクネ菌に対する抗菌作用
アクネ菌に対する抗菌作用に関しては、まず前提知識としてニキビとアクネ菌の関係について解説します。
ニキビ(尋常性ざ瘡)(∗3)は日本人の90%以上が思春期を終えるまでに経験する最も一般的な皮膚疾患であり(文献7:2001)、以下のニキビの種類・重症度図をみるとわかりやすいと思いますが、
∗3 ざ瘡とは、毛を包んでいる毛包と呼ばれる細長い管に生じる様々な炎症を伴った症状の総称であり、尋常性ざ瘡とはニキビの学術的な名称であり、いろいろなざ瘡の中で最も一般的な標準型という意味です(文献8:2002)。
ニキビは、毛包漏斗部(毛穴開口部)が過剰な皮脂分泌によって硬くなったり、角質細胞と脂質の混合物が詰まることによってせばめられ、毛包内に皮脂が貯留している状態である微小面皰を形成することから進行していき、さらに毛穴が閉じて皮脂の貯留が増えていくと面皰(∗4)として、
∗4 面皰(めんぽう)はコメド(comedo)とも呼ばれ、脂腺性毛包において脂腺の活動性の亢進から皮脂の分泌が増加し、毛包漏斗部の角化亢進により皮脂の毛包内貯留をきたした状態を指します。炎症は起こしていない状態であり、毛穴開口部が閉じた閉鎖面皰(白色面皰:白ニキビ)と毛穴が開大した開放面皰(黒色面皰:黒ニキビ)に分けられます(文献8:2002)。微小面皰は面皰の前段階であり、皮疹としては認識できない程度の毛包内皮脂貯蔵に伴う病理組織学的な変化を指します(文献9:2017)。
重症度 | 一般名称 | 学術名称 | 炎症性 | 状態 |
---|---|---|---|---|
軽度
↓ 重度 |
白ニキビ | 閉鎖面皰 | 非炎症性 | 正常の皮膚色で白っぽくポツンとできて毛穴が閉じている面皰であり、非炎症性で面皰の内容物はまだ外気に触れていない |
黒ニキビ | 開放面皰 | 貯留している皮脂が毛穴を押し拡げて毛穴が開き、外に出て空気中の汚れなどの付着と皮脂の酸化がみられると、面皰の先端部(毛穴の開口部)が黒っぽくなる | ||
赤ニキビ | 紅色丘疹 | 炎症性 | 面皰の内容物のうち、皮脂成分による毛包への刺激と細菌による作用により、毛包周囲に炎症が誘導され、炎症性丘疹が起こる | |
黄ニキビ | 膿疱 | 紅色丘疹が毛包周囲の組織にまで進行し、好中球などの白血球が浸潤して化膿を起こす |
このように重症化していくことが知られています(文献9:2017;文献8:2002;文献10:2016)。
次に、アクネ菌(Propionibacterium acnes)は、毛穴の脂腺中に生育する通性嫌気性菌(∗5)の皮膚常在菌であり(文献11:2010)、脂質分解酵素であるリパーゼを産生・分泌して皮脂に含まれる脂質を遊離脂肪酸に加水分解するといった役割を担っています(文献12:2011)。
∗5 通性嫌気性菌とは、空気の存在下で成育できるものの基本的に酸素のないところを好む性質をいいます。
アクネ菌によって加水分解されたオレイン酸を主成分とする遊離脂肪酸は、皮膚表面のpHを弱酸性に保ち、黄色ブドウ球菌などの病原菌の増殖を抑制するといった役割を担っています(文献12:2011)。
ただし、面皰の形成によって毛包内に皮脂が貯留している場合、嫌気性で皮脂を好むアクネ菌が毛包内で増殖することが知られています。
毛包内で増殖したアクネ菌は、過剰に遊離脂肪酸を産生することで面皰形成の一因および炎症の原因になるだけでなく(文献10:2016)、過剰なアクネ菌そのものが毛穴の細胞に異物と判断され、免疫反応によって毛穴の細胞に炎症性サイトカインの一種であるIL-1αを産生させることで炎症を誘導することが報告されており(文献14:-)、これらの反応によって面皰が炎症性丘疹に移行します。
このような背景から、過剰なアクネ菌を抑制することは、ニキビケアにおいて重要であると考えられます。
2008年にEvonikによって報告されたアクネ菌に対するフィトスフィンゴシンの影響検証によると、
また、濃度と比例して長い時間アクネ菌の増殖を抑制することが明らかになっています。
次に、12名の被検者の洗っていない手に0.1%フィトスフィンゴシン製剤、陽性対照として0.1%トリクロサン(殺菌剤)製剤および陰性対照として基剤のみをそれぞれ塗布し、1および4時間後の皮膚上の総菌数を測定したところ、以下のグラフのように、
フィトスフィンゴシンは、0.1%の低濃度でもトリクロサンほどではないが、非常に優れた抗菌性を示した。
最後に中程度の炎症性ニキビをもつ15名の被検者に朝夕1日2回、60日間にわたって顔を洗った後に顔の右側にプラセボ製剤を、左側にフィトスフィンゴシン製剤を塗布し、皮膚科医によって0,30および60日目に丘疹、膿疱および面皰の数を基準に評価した。
その結果、以下の表のように、
製剤 | ニキビの種類 | 塗布日数 | 結果 |
---|---|---|---|
プラセボ | 面皰 | 30日後 | 43%増加 |
60日後 | |||
丘疹・膿疱 | 30日後 | 影響なし | |
60日後 | |||
フィトスフィンゴシン | 面皰 | 30日後 | 新しい面皰の発生をほぼ抑制 6%増加 |
60日後 | |||
丘疹・膿疱 | 30日後 | – | |
60日後 | 89%減少 |
フィトスフィンゴシンは、あたらしい面皰の発生の抑制を示し、60日後において丘疹・膿疱の有意な減少を確認した。
このような検証結果が明らかにされており(文献15:2008)、フィトスフィンゴシンにアクネ菌に対する抗菌作用が認められています。
IL-1αの分泌抑制による抗炎症作用
IL-1αの分泌抑制による抗炎症作用に関しては、まず前提知識としてIL-1αの解説および炎症との関係について解説します。
皮膚は、紫外線や刺激性物質など種々の刺激に反応して炎症を引き起こすことが知られており、以下の図にをみるとわかりやすいと思いますが、
炎症を引き起こす際には、細胞間の情報伝達を担うタンパク質であり、角化細胞(ケラチノサイト)で産生されるIL-1α(Interleukin-1α:インターロイキン-1α)が炎症の誘引および鎮静に関与していることが知られています(文献16:1988;文献17:1995)。
IL(Interleukin:インターロイキン)は、サイトカイン(∗6)と呼ばれる生理活性物質の一種であり、IL-1はILの中で最初に同定された分子です。
∗6 サイトカイン(cytokine)は、細胞から分泌される低分子のタンパク質で生理活性物質の総称であり、細胞間相互作用に関与し周囲の細胞に影響を与えます。
IL-1は、炎症反応に深く関与していることから炎症性サイトカインに分類されており、IL-1αとIL-1βの2種類が同定されています。
IL-1αとIL-1βの違いは、成熟体に関してはどちらも同じ受容体に結合しほぼ同じ活性を示しますが、α型は前駆体型でも受容体に結合し活性を示すため、多くの細胞で産生され、日常起こる小さな変化に対応し、一方でβ型は感染などの緊急時にマクロファージなど特定の細胞から大量に産生され対応するといった役割分担をしていると考えられています(文献18:2013)。
皮膚に対する紫外線の照射はとくにIL-1αの産生量を増やすことが知られており、それに関連して炎症が引き起こされること、また面皰形成によるアクネ菌の増殖によりアクネ菌が異物と判断されて毛穴の細胞がIL-1αを産生し、それによって面皰が炎症性丘疹に移行することなどから(文献14:-)、紫外線や刺激性物質による刺激反応後の炎症を抑えるためには、IL-1αの産生量を抑制することが重要であると考えられます。
2015年にEvonikによって公開されているヒト皮膚のIL-1αに対するフィトスフィンゴシンの影響検証(ex vivo試験)によると、
未塗布の場合、UVB照射した皮膚のIL-1α放出量は未照射と比較して約4倍の増加を示した。
0.2%および1.0%濃度フィトスフィンゴシンの塗布は、それぞれ有意なIL-1α放出量の大幅な抑制を示した。
この結果から、フィトスフィンゴシンは炎症性サイトカインIL-1αの活性を効果的に阻害することが認められ、皮膚の炎症に対する保護特性を明らかにしたと結論づけることができます。
このような検証結果が明らかにされており(文献19:2015)、フィトスフィンゴシンにIL-1α分泌抑制による抗炎症作用が認められています。
ヒト皮膚型脂質混合原料としてのフィトスフィンゴシン
フィトスフィンゴシンは、ヒト皮膚角質層を構成している他の脂質や脂質関連物質とあらかじめ混合された複合原料があり、フィトスフィンゴシンと以下の成分が併用されている場合は、ヒト皮膚型脂質混合原料として配合されている可能性が考えられます。
原料名 | SK-INFLUX V MB |
---|---|
構成成分 | セラミドNP、セラミドAP、セラミドEOP、フィトスフィンゴシン、コレステロール、ラウロイルラクチレートNa、カルボマー、キサンタンガム |
特徴 | ヒト皮膚同一型脂質の混合物 |
原料名 | NIKKOL セラリピッド PS236 |
---|---|
構成成分 | セラミドNG、セラミドNP、セラミドAP、フィトスフィンゴシン、べヘニルアルコール、ペンタステアリン酸ポリグリセリル-10、ステアロイルラクチレートNa |
特徴 | 水中でラメラ層を形成する安定なセラミド複合物 |
フィトスフィンゴシンの安全性(刺激性・アレルギー)について
- 20年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:詳細不明
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし(データなし)
このような結果となっており、化粧品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
皮膚刺激性について
- [動物試験] ウサギの皮膚にフィトスフィンゴシンを対象にOECD404テストガイドラインに基づいて皮膚刺激性試験を実施したところ、この試験物質は非刺激剤であった
と記載されています。
試験データをみるかぎり、皮膚刺激なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性はほとんどないと考えられます。
眼刺激性について
試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細は不明です。
皮膚感作性(アレルギー性)について
20年以上の使用実績がある中で重大な皮膚感作の報告がみあたらないため、化粧品配合量および通常使用下において、一般的に皮膚感作性(アレルギー性)はほとんどないと考えられますが、詳細な安全性試験データがみあたらず、データ不足のため詳細は不明です。
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フィトスフィンゴシンは抗菌成分、抗炎症成分にカテゴライズされています。
成分一覧は以下からお読みください。
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参考文献:
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