三フッ化イソプロピルオキソプロピルアミノカルボニルピロリジンカルボニルメチルプロピルアミノカルボニルベンゾイルアミノ酢酸Naの基本情報・配合目的・安全性
医薬部外品表示名 | 三フッ化イソプロピルオキソプロピルアミノカルボニルピロリジンカルボニルメチルプロピルアミノカルボニルベンゾイルアミノ酢酸Na |
---|---|
愛称 | ニールワン |
配合目的 | 抗シワ |
三フッ化イソプロピルオキソプロピルアミノカルボニルピロリジンカルボニルメチルプロピルアミノカルボニルベンゾイルアミノ酢酸Na(∗1)は、ポーラ化成工業の申請によって2016年に医薬部外品のシワ改善有効成分として厚生労働省に承認された、一般に「ニールワン(NEI-L1:Neutrophil Elastase Inhibitor-License 1)」とよばれる成分です。
∗1 最初の「三」は「サン」と読みます。
医薬部外品表示名が長く、そのまま記載した場合にわかりやすさを損なう可能性が高いと判断したため、ここでは愛称である「ニールワン」に統一して解説しています。
1. 基本情報
1.1. 定義
以下の化学式で表される複数のアミノ酸誘導体で構成されたアミノ酸誘導体のナトリウム塩です[1a]。
2. 医薬部外品(薬用化粧品)としての配合目的
- 好中球エラスターゼ活性阻害による抗シワ作用
主にこれらの目的で、目元用スキンケア製品に使用されています。
以下は、医薬部外品(薬用化粧品)として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 好中球エラスターゼ活性阻害による抗シワ作用
好中球エラスターゼ活性阻害による抗シワ作用に関しては、まず前提知識として真皮の構造、光老化のメカニズムについて解説します。
真皮については、以下の真皮構造図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
表皮を下から支える真皮を構成する成分としては、細胞成分と線維性組織を形成する間質成分(細胞外マトリックス成分)に二分され、以下の表のように、
分類 | 構成成分 | |
---|---|---|
間質成分 (細胞外マトリックス) |
膠原線維 | コラーゲン |
弾性繊維 | エラスチン | |
基質 | 糖タンパク質、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン | |
細胞成分 | 線維芽細胞 |
主成分である間質成分は、大部分がコラーゲンからなる膠原線維とエラスチンからなる弾性繊維、およびこれらの間を埋める基質で占められており、細胞成分としてはこれらを産生する線維芽細胞がその間に散在しています[2a][3a]。
間質成分の大部分を占めるコラーゲンは、膠質状の太い繊維であり、その繊維内に水分を保持しながら皮膚のハリを支えています[2b]。
このコラーゲンは、Ⅰ型コラーゲン(80-85%)とⅢ型コラーゲン(10-15%)が一定の割合で会合(∗2)することによって構成されており[4]、Ⅰ型コラーゲンは皮膚や骨に最も豊富に存在し、強靭性や弾力をもたせたり、組織の構造を支える働きが、Ⅲ型コラーゲンは細い繊維からなり、しなやかさや柔軟性をもたらす働きがあります[5]。
∗2 会合とは、同種の分子またはイオンが比較的弱い力で数個結合し、一つの分子またはイオンのようにふるまうことをいいます。
エラスチン(elastin)を主な構成成分とする弾性繊維は、皮膚の弾力性をつくりだす繊維であり、コラーゲンとコラーゲンの間に絡み合うように存在し、コラーゲン同士をバネのように支えて皮膚の弾力性を保持しています[2c]。
基質は、主に糖タンパク質(glycoprotein)とプロテオグリカン(proteoglycan)およびグリコサミノグリカン(glycosaminoglycan)で構成されたゲル状物質であり、これらの分子が水分を保持し、コラーゲンやエラスチンと結合して繊維を安定化させることにより、皮膚は柔軟性を獲得しています[2d][3b]。
細胞成分としては線維芽細胞(fibroblast)が真皮に分散しており、コラーゲン繊維やエラスチン繊維が古くなるとこれらを分解する酵素を産生して不必要な分を分解し、新しいコラーゲン繊維やエラスチン繊維を産生して細胞外マトリックス成分の産生・分解系バランスを保持しています[2e]。
これら真皮の働きを要約すると、
- コラーゲン繊維が水分を保持しながら皮膚の張りを支持
- エラスチンを主とした弾性繊維がコラーゲン同士をバネのように支えて皮膚の弾力性を保持
- 基質(ゲル状物質)が水分を保持し、コラーゲン繊維と弾性繊維を安定化
- 紫外線曝露時など必要に応じてコラーゲン繊維、弾性繊維、ムコ多糖を産生し、細胞外マトリックス成分の産生・分解系バランスを保持
それぞれがこのように働くことで、皮膚はハリや柔軟性・弾性を保持しています。
一方で、一般に紫外線を浴びる時間や頻度に比例して、間質成分(細胞外マトリックス成分)であるコラーゲン、エラスチン、ムコ多糖類への影響が大きくなり、シワの形成促進、たるみの増加など老化現象が徐々に進行することが知られています[6]。
紫外線の曝露によりシワやたるみが形成されるメカニズムは複合的であることから、わかりやすさを優先するために直接的に関係がないメカニズムは省略しますが、以下の光老化メカニズム図をみてもらうとわかるように、
紫外線曝露刺激などによって真皮で引き起こされる炎症反応により、白血球の一種である好中球が血管を透過(浸潤)しタンパク質分解酵素である好中球エラスターゼを放出することが知られており、この好中球エラスターゼはコラーゲン、エラスチン、プロテオグリカンなどを直接分解することが報告されています[7]。
また、好中球エラスターゼは紫外線曝露によって活性化するⅠ型コラーゲン分解酵素であるMMP-1(Matrix metalloproteinase-1:マトリックスメタロプロテアーゼ-1)の活性化に関与する可能性が示唆されています[8]。
20代あたりまでは細胞外マトリックス成分の合成が活発であるため、紫外線照射によってこれらが破壊されてもダメージが蓄積されずシワの形成に至らないと考えられますが、過剰および長期にわたって紫外線環境に曝されている場合は加齢とともに細胞外マトリックス成分の産生能が低下していくに従って細胞外マトリックス成分の産生・分解系バランスが崩れていき、主な皮膚老化現象としてシワが形成されていくと考えられています[9]。
このような背景から、好中球エラスターゼの活性を抑制することはシワおよび小ジワの防止や改善、ひいては光老化の防御において重要であると考えられています。
2019年にポーラ化成工業によって報告されたニールワンの好中球エラスターゼに対する影響検証によると、
– in vitro : 好中球エラスターゼ活性阻害作用 –
好中球エラスターゼに各濃度のニールワンを添加し、活性阻害率を算出したところ、以下のグラフのように(∗3)、
∗3 10-9は0.000000001、10-7は0.0000001、10-5は0.00001のことです。
ニールワンは、濃度2.93×10-7mol/Lで好中球エラスターゼの活性を50%阻害したことから、非常に低濃度で阻害効果を示すことがわかった。
このような検証結果が明らかにされており[10]、ニールワンに好中球エラスターゼ活性阻害作用が認められています。
次に、2017年にポーラ化成工業によって報告されたニールワンのヒト皮膚シワに対する有用性検証によると、
– ヒト使用試験 –
両目尻に主としてグレード3(明瞭な浅いシワ)からグレード5(やや深いシワ)を有した68名の被検者の片方の目尻にニールワン配合製剤を、残りの片方に未配合製剤(プラセボ)を二重盲検法を用いて1日2回12週間にわたって塗布してもらった。
評価は、日本香粧品学会が定めた抗シワ評価ガイドラインに基づき、6および12週目に医師によるシワグレード目視評価、写真評価および目尻より採取したレプリカ解析により最大シワ最大深さを算出したところ、以下のグラフのように、
ニールワン配合製剤は、いずれの評価方法においてもプラセボ製剤と比較した場合に使用6週間で改善傾向、12週間で有意(目視評価:p<0.01、写真評価および最大シワ最大深さ評価:p<0.001)な改善が認められた。
このような検証結果が明らかにされており[11]、ニールワンに抗シワ作用が認められています。
3. 安全性評価
- 2016年に医薬部外品有効成分に承認
- 2017年からの使用実績
- 皮膚刺激性:ほとんどなし
- 眼刺激性:詳細不明
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし
- 光毒性(光刺激性):ほとんどなし
- 光感作性:ほとんどなし
このような結果となっており、医薬部外品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
以下は、この結論にいたった根拠です。
3.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)
ポーラ・オルビスホールディングスグループ研究・知財薬事センターの臨床データ[1b]によると、
- [ヒト試験] 102名の被検者のシワの気になる部位にニールワン配合製剤を1日2回24週にわたって連用してもらい、24週後に皮膚専門医によって乾燥、落屑、掻痒、紅斑および丘疹などの症状について評価してもらったところ、いずれの被検者においても有害な皮膚の変化はみられず、この試験物質は皮膚刺激剤ではなかった
- [ヒト試験] 102名の被検者のシワの気になる部位にニールワン配合製剤を1日2回24週にわたって連用してもらい、1週間の休息期間を設けた後にニールワン水溶液を48時間閉塞パッチ適用し、パッチ除去後に皮膚反応を評価したところ、いずれの被検者においても皮膚反応はみられず、この試験物質は皮膚感作剤ではなかった
- [ヒト試験] 122名の被検者のシワの気になる部位にニールワン配合製剤を1日2回12ヶ月にわたって連用してもらい、連用後に皮膚専門医によって皮膚状態の目視評価および写真評価を実施したところ、いずれの被検者においても有害な皮膚状態の変化はみられず、この試験物質は皮膚刺激剤ではなかった
このように記載されており、試験データをみるかぎり皮膚刺激および皮膚感作なしと報告されているため、一般に皮膚刺激性および皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
また、医薬部外品有効成分に承認されており、2017年からの使用実績がある中で重大な皮膚刺激および皮膚感作の報告がないこともニールワンの安全性を裏付けていると考えられます。
3.2. 眼刺激性
試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細不明です。
3.3. 光毒性(光刺激性)および光感作性
吸光度測定により290-700nmにおける吸光係数が基準値を超えなかったため、光毒性試験および光感作性試験は省略されています。
4. 参考文献
- ⌃ab末延 則子(2020)「香粧品学が取り組む研究開発イノベーション—シワ改善医薬部外品誕生秘話—」日本香粧品学会誌(44)(1),13-19. DOI:10.11469/koshohin.44.13.
- ⌃abcde朝田 康夫(2002)「真皮のしくみと働き」美容皮膚科学事典,28-33.
- ⌃ab清水 宏(2018)「真皮」あたらしい皮膚科学 第3版,13-20.
- ⌃D.R. Keene, et al(1987)「Type Ⅲ collagen can be present on banded collagen fibrils regardless of fibril diameter」Journal of Cell Biology(105)(5),2393-2402. DOI:10.1083/jcb.105.5.2393.
- ⌃村上 祐子, 他(2013)「加齢にともなうⅢ型コラーゲン/Ⅰ型コラーゲンの比率の減少メカニズム」日本化粧品技術者会誌(47)(4),278-284. DOI:10.5107/sccj.47.278.
- ⌃朝田 康夫(2002)「急性と慢性の皮膚障害とは」美容皮膚科学事典,195.
- ⌃楊 一幸(2019)「抗シワ医薬部外品成分の開発」日本香粧品学会誌(43)(1),24-27. DOI:10.11469/koshohin.43.24.
- ⌃H. Takeuchi, et al(2010)「Neutrophil elastase contributes to extracellular matrix damage induced by chronic low-dose UV irradiation in a hairless mouse photoaging model」Journal of Dermatological Science(60)(3),151–158. DOI:10.1016/j.jdermsci.2010.09.001.
- ⌃大林 恵, 他(1998)「植物抽出物の細胞外マトリックス分解酵素に対する阻害作用」日本化粧品技術者会誌(32)(3),272-279. DOI:10.5107/sccj.32.272.
- ⌃楊 一幸(2019)「抗シワ医薬部外品成分の開発」日本香粧品学会誌(43)(1),24-27. DOI:10.11469/koshohin.43.24.
- ⌃楊 一幸(2017)「新規抗シワ医薬部外品成分の開発」Fragrance Journal(45)(6),49-53.