レチノールの基本情報・配合目的・安全性
化粧品表示名 | レチノール |
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医薬部外品表示名 | レチノール |
慣用名 | ビタミンA |
愛称 | 純粋レチノール |
INCI名 | Retinol |
配合目的 | 抗シワ、細胞賦活 など |
医薬部外品表示名「レチノール」は、資生堂の申請によって2017年に医薬部外品シワ改善有効成分として厚生労働省に承認された、一般に「純粋レチノール」とよばれる成分です。
1. 基本情報
1.1. 定義
油溶性ビタミンであるビタミンA(∗1)であり、以下の化学式で表される側鎖に4個の二重結合をもつ共役不飽和脂環式アルコールです[1]。
∗1 本来ビタミンAは、ビタミンAの生理的効果を有したビタミンA1(レチノール、レチナール、レチノイン酸)およびビタミンA2(デヒドロレチノール、デヒドロレチナール、デヒドロレチノイン酸)の総称ですが、一般にはビタミンA1のことを指し、狭義にはレチノールを指します。
1.2. 物性・性状
レチノールの物性・性状は、
状態 | 溶解性 |
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結晶 | 水に不溶、エタノールに易溶、油脂に混和 |
また、光、空気、酸化および酸などに対して非常に不安定であり[4]、一般に化粧品に配合する場合は安定性向上のための製剤化技術が用いられます[5][6]。
1.3. 分布
レチノールは、動物界においてヒトを含む脊椎動物の主に肝臓に集中的に存在しています[7]。
1.4. 皮膚における働き
生体においてレチノールは、
レチノール → レチナール → レチノイン酸(トレチノイン)
このように酸化による変換を経て、主にレチノイン酸として効果を発揮し、皮膚においてはレチノイン酸として細胞の分化の調節を担っていることが知られています(∗2)[8][9]。
∗2 細胞の分化においては、Ca+が分化を誘導し、レチノイン酸が抑制する働きを担っています。
1.5. 皮膚における浸透性
レチノールは、皮膚に塗布した場合、年齢やレチノールの濃度にかかわらず血液のビタミンA量が増加することから[10]、真皮まで浸透すると考えられます。
1.6. 化粧品以外の主な用途
レチノールの化粧品以外の主な用途としては、
分野 | 用途 |
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食品 | 栄養強化(ビタミンA補填・強化)目的で用いられています[11]。 |
医薬品 | 角化性皮膚疾患や目の乾燥などのビタミン製剤(ビタミンA補給製剤)として用いられています[12][13]。 |
これらの用途が報告されています。
2. 化粧品および医薬部外品としての配合目的
- 表皮ヒアルロン酸産生促進による抗シワ作用
- 表皮角化細胞増殖促進による細胞賦活作用
主にこれらの目的で、スキンケア製品、マスク製品、化粧下地製品、クレンジング製品、リップケア製品、コンシーラー製品などに使用されています。
以下は、化粧品および医薬部外品(薬用化粧品)として配合される目的に対する根拠です。
2.1. 表皮ヒアルロン酸産生促進による抗シワ作用
表皮ヒアルロン酸産生促進による抗シワ作用に関しては、まず前提知識としてターンオーバーの仕組みと表皮におけるヒアルロン酸の役割について解説します。
皮膚は大きく最外層の表皮と表皮を支える真皮に分かれており、ターンオーバーについては以下の表皮の構造図をみてもらうとわかりやすいと思いますが、
ターンオーバー(turnover)とは、血液やリンパなどから栄養素や調節因子などの制御を受けながら、表皮最下層である基底層で生成された角化細胞(表皮細胞:ケラチノサイト)がその次につくられた、より新しい角化細胞によって皮膚表面に向かって押し上げられるとともに分化していき、最後はケラチンから成る角質細胞となり、角質層にとどまった後に角片(∗3)として剥がれ落ちる表皮の新陳代謝のことをいい、正常なターンオーバーによって皮膚の新鮮さおよび健常性が保持されています[14][15]。
∗3 角片とは、体表部分でいえば垢、頭皮でいえばフケを指します。
次に、表皮においてヒアルロン酸は、密接に隣接した細胞間に網目状に高濃度で存在することが確認されており、表皮細胞間において増殖・分化・移動・接着といった基本的な細胞機能と密接な関係があり、かつ下層細胞間の細胞外空間維持、上層の細胞への栄養供給、老廃物の排出促進などの機能が明らかにされています[16a][17]。
一方で、加齢にともない基底細胞の分裂能が低下し[18]、また加齢にともなう表皮ヒアルロン酸の減少は皮膚機能の低下に関与すると考えられています[16b]。
このような背景から、表皮ヒアルロン酸の産生を促進することはターンオーバーの正常化において重要であると考えられます。
2021年に資生堂グローバルイノベーションセンターによって報告されたレチノール(純粋レチノール)の表皮ヒアルロン酸に対する影響検証およびヒト角皮膚シワへの有用性検証によると、
– in vitro : ヒアルロン酸産生促進作用 –
正常ヒト表皮角化細胞に各濃度のレチノールを添加し、ヒアルロン酸産生量を測定したところ、以下のグラフのように(∗4)、
∗4 ppm(parts per million)は100万分の1の意味であり、1ppm = 0.0001%です
レチノールは、0.05ppm以上で有意(0.005ppm:p<0.05、0.05ppm以上:p<0.001)にヒアルロン酸の産生量を促進した。
– ヒト使用試験 –
顔面に細かいシワを有する84名の女性被検者(40-69歳、平均年齢56.5歳)のうち48名に純粋レチノールを含むクリーム状美容液を、36名に純粋レチノール未配合美容液(プラセボ製剤)を、それぞれ12週間連用してもらった。
連用開始前、連用開始4,8,12週目および連用中止2週間後(14週目)に抗シワ評価ガイドラインに基づき、視感評価をシワグレード標準を用いて、機器評価をレプリカ法により行ったところ、以下のグラフのように、
レチノール配合美容液の塗布は、プラセボ製剤塗布群と比較して8週目以降に、視感評価では有意(8週以降:p<0.001)にシワグレードスコアを減少させ、機器評価では有意(8週:p<0.01、12週:p<0.001)にシワ面積率、シワ体積の両方でシワの減少を示した。
これらの結果から、レチノールは目尻のシワを改善する有用性を認めた。
このような検証結果が明らかにされており[19a]、レチノールに表皮ヒアルロン酸産生促進による抗シワ作用が認められています。
表皮ヒアルロン酸産生促進作用は、表皮ターンオーバーを促進する細胞賦活作用のメカニズムのひとつですが、この試験データによると表皮ヒアルロン酸産生促進により皮膚水分量を顕著に増加させ、皮膚に柔軟性を付与することによりシワを改善すると報告されており[19b]、この作用メカニズムに基づいて医薬部外品のシワ改善有効成分に承認されていることから、レチノールにおいてはこのメカニズムを抗シワ作用としています。
また、目尻のシワ改善の有用性を認めた上記試験データにおいて、レチノールは連用していくに従ってヒアルロン酸やコラーゲンなど真皮マトリックス成分の密度を増大させることが認められており、この細胞外マトリックス成分の密度増大作用は真皮の再構築を促進し、シワの改善作用を促していると示唆されていることから[19c]、レチノールの抗シワ作用は、厳密には表皮の細胞賦活作用および真皮の細胞外マトリックス成分産生促進作用の複合的なメカニズムによるものであると考えられます。
2.2. 表皮角化細胞増殖促進による細胞賦活作用
表皮角化細胞増殖促進による細胞賦活作用に関しては、レチノールは細胞レセプターに認識され、細胞成長の促進および細胞分裂を活性化し、結果的にターンオーバーを促進することが明らかにされており、また組織学的な観察ではすでに角層を増やし、表皮の厚みを増加させることがわかっています[20a]。
その上で、表皮ヒアルロン酸の産生促進などによってヒト皮膚のシワの有意な減少効果が認められていることから[19d]、実質的にヒト皮膚においてもターンオーバー促進効果を発揮すると考えられます。
ただし、ターンオーバーを指標としたヒト試験データはみつけられていないため、みつかりしだい追補します。
3. 混合原料としての配合目的
レチノールは混合原料が開発されており、レチノールと以下の成分が併用されている場合は、混合原料として配合されている可能性が考えられます。
原料名 | BioGenic Gentinol-200 |
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構成成分 | 水、ポロキサマー235、レチノール、ポリソルベート20、アスコルビン酸Na |
特徴 | カプセル化することで安定化したレチノール |
原料名 | RETISTAR |
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構成成分 | トリ(カプリル酸/カプリン酸)グリセリル、アスコルビン酸Na、トコフェロール、レチノール、PEG-40水添ヒマシ油 |
特徴 | 最適に安定化されたレチノール |
原料名 | CelluCap RL |
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構成成分 | レチノール、(酢酸/酪酸)セルロース、トリカプリリン、テトラ(ジ-t-ブチルヒドロキシヒドロケイヒ酸)ペンタエリスリチル、ステアリン酸Mg、シリル化シリカ、シリカ |
特徴 | マイクロカプセル化に内包することで安定性を高めたレチノール |
原料名 | Cylasphere Retinol C00479 |
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構成成分 | 水、BG、レチノール、ペンチレングリコール、カルボマー、ダイズ油、トコフェロール、アラビアゴム、アルギン酸PG |
特徴 | アシル基転移技術でカプセル化することにより刺激を緩和するとともにゆっくり徐放することで効果持続性を高めたレチノール |
原料名 | Retinol Primasphere L2 PF |
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構成成分 | 水、ダイズ油、レチノール、セルロースガム、BHT、グリコール酸、(アクリレーツ/アクリル酸アルキル(C10-30))クロスポリマー、キトサン、ポリソルベート20、オレイン酸ソルビタン、エチルヘキシルグリセリン |
特徴 | キトサン、カルボキシメチルセルロースでカプセル化することにより刺激を緩和するとともにゆっくり徐放することで効果持続性を高めたレチノール |
原料名 | Agefinity |
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構成成分 | グリセリン、水、マンノースリン酸Na、マンノース、リン酸アスコルビルMg、レチノール、酢酸トコフェロール |
特徴 | 皮膚細胞を活性し、皮膚マトリックスの再編を促進することにより皮膚明度の向上やしわの改善にアプローチするアンチエイジング原料 |
原料名 | ROVISOME Retinol Moist |
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構成成分 | 水、ペンチレングリコール、レシチン、エタノール、レチノール、ポリソルベート20、リン酸K |
特徴 | レチノールをより深い皮膚層に安定に低刺激で送達するデリバリーシステム |
原料名 | InuMax Advanced Retinol |
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構成成分 | 水、トリ(カプリル酸/カプリン酸)グリセリル、グリセリン、ポリソルベート20、レチノール、ラウリルカルバミン酸イヌリン、ベヘントリモニウムクロリド、ラウリン酸スクロース |
特徴 | 高度なデリバリー技術を使用したカプセル化により刺激性を緩和し、長期間の安定性を実現した高濃度レチノール |
4. 配合製品数および配合量範囲
実際の配合製品数および配合量に関しては、海外の1981年および2013年の調査結果になりますが、以下のように報告されています(∗5)。
∗5 以下表におけるリーブオン製品は、付けっ放し製品(スキンケア製品やメイクアップ製品など)を指し、またリンスオフ製品は、洗い流し製品(シャンプー、ヘアコンディショナー、ボディソープ、洗顔料、クレンジングなど)を指します。
5. 安全性評価
- 食品添加物の指定添加物リストに収載
- 外原規2021規格の基準を満たした成分が収載される医薬部外品原料規格2021に収載
- 2017年に医薬部外品有効成分に承認
- 20年以上の使用実績
- 皮膚刺激性:製品の成分組成および製剤化技術に依存
- 眼刺激性:詳細不明
- 皮膚感作性(アレルギー性):ほとんどなし(データなし)
このような結果となっており、化粧品および医薬部外品配合量および通常使用下において、一般に安全性に問題のない成分であると考えられます。
ただし、安定性や皮膚刺激性は各製品の成分組成および製剤化技術に依存するため、製品単位で注意する必要があります。
以下は、この結論にいたった根拠です。
5.1. 皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)
レチノールの効果が発揮されるための最適な配合濃度は0.01-0.1%とされていますが、一方でこの濃度範囲においては皮膚刺激性がともなうと考えられており、一般にレチノールを配合する場合はその不安定性や刺激性を低減するために様々な製剤化技術が用いられています[20b]。
このような背景から、レチノールの刺激性は各製品の成分組成に依存すると考えられます。
また、医薬部外品におけるレチノールは、有効成分に承認以降皮膚刺激および皮膚感作の重大な報告がみあたらなかったことから、皮膚刺激性および皮膚感作性はほとんどないと考えられます。
5.2. 眼刺激性
試験結果や安全性データがみあたらないため、現時点ではデータ不足により詳細不明です。
6. 参考文献
- ⌃日本化粧品工業連合会(2013)「レチノール」日本化粧品成分表示名称事典 第3版,1092.
- ⌃有機合成化学協会(1985)「レチノール」有機化合物辞典,1097.
- ⌃BASF(2004)「Retinol」Technical Information.
- ⌃大木 道則, 他(1989)「ビタミンA」化学大辞典,1870.
- ⌃圷 信子(2001)「レチノール含有抗シワ化粧品の研究開発」Fragrance Journal(29)(2),37-42.
- ⌃加納 潤子(2001)「レチノールとビタミンEアセテートの抗老化化粧品への応用」Fragrance Journal(29)(2),54-58.
- ⌃妹尾 春樹(2010)「ビタミンAの生体内分布」ビタミン総合事典,15-16.
- ⌃影近 弘之・首藤 紘一(1990)「レチノイド:ビタミンAは治療薬になるか」ファルマシア(26)(1),35-40. DOI:10.14894/faruawpsj.26.1_35.
- ⌃高橋 典子(2010)「レチノイレーション(レチノイル化)」ビタミン総合事典,34-37.
- ⌃R. Caldera, et al(1984)「The Cutaneous Absorption of Vitamin A」Developmental Pharmacology and Therapeutics(7)(suppl_1),213-217. DOI:10.1159/000457256.
- ⌃樋口 彰, 他(2019)「ビタミンA」食品添加物事典 新訂第二版,280.
- ⌃浦部 晶夫, 他(2021)「ビタミンA」今日の治療薬2021:解説と便覧,1110.
- ⌃西村 友宏(2021)「ビタミン剤」今日のOTC薬 改訂第5版:解説と便覧,532-549.
- ⌃朝田 康夫(2002)「表皮を構成する細胞は」美容皮膚科学事典,18.
- ⌃朝田 康夫(2002)「角質層のメカニズム」美容皮膚科学事典,22-28.
- ⌃ab佐用 哲也(2013)「表皮ヒアルロン酸合成制御機構の解明」東京薬科大学(323). DOI:10.15072/00000011.
- ⌃井上 紳太郎(2009)「皮膚ヒアルロン酸の不思議」グルコサミン研究(5),4-10.
- ⌃M. Engelke, et al(1997)「Effects of xerosis and ageing on epidermal proliferation and differentiation」British Journal of Dermatology(137)(2),219-225. DOI:10.1046/j.1365-2133.1997.18091892.x.
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- ⌃abE. Perrier, et al(2005)「カプセル化技術を用いたレチノールの生物学的利用能(バイオアベイラビリティー)の改善および炎症誘発能の低下」Fragrance Journal(33)(5),89-93.